◎巻頭言


牛肉の自由化と今後の農産物交渉

畜産局 参事官 菱沼 毅


牛肉の自由化と今後の農産物交渉

 我が国の畜産も否応なしに国際化の波に曝される厳しい時代になった。

 その代表的な動きとして、昨年は米豪との牛肉交渉による自由化スケジュール
の決定及びガット12品目パネルでの乳製品の「クロ」裁定がある。更に今年に
入ってからは、4月以降精力的に動きだしたウルグアイ・ラウンド農業交渉委員
会における農業保護削減への合意等がある。

 これらいずれの動きを見ても今後の日本の畜産は思い切った方向転換と質的改
善を図っていく必要に迫られていると云える。

 特に牛肉については、米豪との厳しい交渉の結果、自由化への移行準備期間と
して3年間が確保されたものの平成3年4月から自由化されることとなり、残す
ところあと1年半となっている。幸いなことに牛肉は今後需要の伸びが見込まれ
ている数少ない農産品の一つであり、また、今後特に力を入れていこうとしてい
る土地利用型農業の代表選手として位置付けられてる。そこで何とかしてこの自
由化に耐えつつ、今後共生産の拡大が可能になるような道を求めた結果、国境措
置としては、他に例を見ない高率関税(自由化初年度70%、次いで60%、5
0%)の採用と自由化後、輸入量が急増(対前年20%増目途)し、国内が混乱
しないような緊急輸入調整措置が導入されることになっている。一方国境でのこ
れだけ手厚い措置に加え、国内措置として、この高率関税から得られる収入を特
定財源化し、肉用子牛の不足払いに充てる等により、繁殖基盤の維持と肥育部門
のコスト軽減を図ることにしている。

 翻って最近の情勢をみると、自由化決定後道半ばをすぎたものの、牛肉の卸売
価格や子牛の価格はむしろ高い方の水準で推移しており、このような現象が関係
者の自由化への対応を誤らせるとのないようにしていかなければならない。いず
れにしろ将来は関税引き下げ問題が浮上してくることも想定され、生産・流通の
段階では、これら一連の自由化代替措置に甘えることなくコストの削減、品質の
向上等に努めることが求められている。

 次に、酪農関係に目を移してみると、乳製品については、昨年2月のガット理
事会において、粉乳やれん乳は保存がきき、またプロセスチーズのような調整品
は加工度が進んでいるため計画生産をしている生乳とは競合しない等を理由とす
るパネル報告書が採択され、我が国の乳製品輸入数量制限措置はガット違反であ
る旨の裁定が下された。それに対し、我が方は、パネル報告書の法的解釈には異
議があって同意できないこと、又乳製品の輸入数量制限の撤廃などは極めて困難
であること等を表明したものの、この採択を容認せざるを得なかった。その後、
提訴国である米国との間でこの問題に関する二国間協議がもたれた。その際我が
国は、生乳の計画生産の維持継続を拠りどころに、脱粉等の基本的乳製品の輸入
制度の堅持を前提に、米国の輸出関心品目であるアイスクリーム等一部の高度加
工品の自由化とその他マイナー製のアクセス改善で妥協し、とりあえずの決着を
みた。

 しかし、我が国が実施している数量制限がガットに違反しているとされた事実
は何ら変わっていないため、酪農関係における対外的な現在の小康状態は何時ま
で続くのか保証の限りではない。すでに米国との間では平成2年度中に再交渉す
ることがセットされている他、EC、NZ、豪州等の関心国からもガット上の権
利を留保している旨のアプローチもある。

 今後この乳製品の自由化問題はウルグアイ・ラウンド農業交渉での新しいルー
ルづくりとの関係もでてこようが、牛肉に比し制度や商品学が複雑なだけ厄介な
交渉になる可能性もある。従ってどのような局面に立ち到ろうとも現行制度の妥
当性と必要性を主張していくためには、計画生産のきちっとした実施と当然のこ
とながらコスト低減等の目に見える合理化努力が必要であろう。

 次に今世紀最後の多角的貿易交渉となるウルグアイ・ラウンドでの農業分野の
交渉は、今後の農業貿易の一層の自由化のため農業貿易に影響を与える全ての措
置を「ガットの管理下に置くべし」として高い理想を掲げて出発した。

 農業交渉は昨年12月のカナダ・モントリオールでの中間レビュー会合は不首
尾に終わったものの、本年4月ジュネーブでの高級事務レベル会合で中間合意に
達しルール作りを急いでいる。

 中間合意まで米・EC間で農業保護を巡り「撤廃」か「削減」か、で深刻な対
立がみられたが、米国の言う完全撤廃は、余りにも野心的にすぎて実効性にも乏
しいということで中間合意では「農業保護の相当程度の斬新的な削減」が長期目
標として採用されることとなった。これからはいよいよ交渉期間である1990
年12月に向け本格的交渉が開始されることになる。

 12月までには各国とも交渉のベースとなる具体的な考え方を提出することに
なっており、我が国としては今後、食料安全保障や環境保全、地域対策といった
ような貿易政策以外の関心事に対する取扱いや保護の削減手法等について提言し
ていく必要がある。また、保護の削減を言う場合は、保護を総合的の計量化し、
毎年一定割合を削減していく方法と、補助事業あるいはアクセスといった個別政
策についてそれぞれ一定の削減、改善を図る方法があるが、政策選択をする場合
の長短・国益を常に念頭にいれておく必要のあることは言うまでもない。

 以上いずれにしても今後の農業交渉は、自由化、非自由化の産品を問わず全て
の措置を含む保護の削減、内外価格差の縮小という目的に向かって行われる。

 従って我が国の畜産もこのような情勢を踏まえた早急な対応が求められている。


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