食肉部 渡部 紀之
最近における牛肉をめぐる諸統計の時系列分析について、部分肉価格を中心にそ の分析結果を、「畜産の情報」平成2年5月号〜7月号にかけて掲載してきたとこ ろであるが、このところ国産牛枝肉価格が、いわゆる「スソ物(格付け下位の物)」 を中心に急落しているとの話題が多い。 この話題を追って、国産牛枝肉価格の推移について時系列分析を試みたので、そ の結果を紹介したい。 なお、先に「畜産の情報」で紹介したようなEPA法等の精密な時系列分析には、 最低でも3年間以上の連続したデータが必要となっているが、国産の牛枝肉につい ては昭和63年(1988年)4月に規格改正が行われた関係で、データ2年3ヵ 月(平成2年6月まで)分しか無く、EPA法等は使えないので、季節調整法とし て最も簡単な「12ヵ月移動累計平均法」を用いて分析を行った。 この方法は簡便法であることから、読者にあっては、結果はあくまでも傾向を判 断するだけの情報としていただきたい。 さらに、価格動向と併せて「牛のと畜動向」及び「牛枝肉の中央卸売市場におけ る平均価格の動向」の時系列分析(EPA法)も行ったので、その結果についても 紹介したい。
「12ヵ月移動累計平均法」 簡便的に季節変動を除去する方法。 (例)1990年6月の12ヵ月移動累計平均は、1989年7月から1990年6月までの合計を12で割った値で表す。 1989年 1990年 7月、 8月、 9月、…………………、4月、 5月、 6月 └─────────────────────┘ 12ヵ月の合計を12で割った値 |
1.牛枝肉価格の動向 (1) 和牛 分析に用いた価格は、特に断る場合を除き牛枝肉価格のリーディング市場である 東京市場における卸売り価格とした。 図−1は、原データをそのままグラフ化したものである。 全般的に季節的な価格の上昇、下降が繰り返し発生しているが、「B−1」が最 近値下がり傾向かなと思える程度である。 図−2は、原データを「12ヵ月移動累計平均法」を用いて得た値をグラフ化し たものである。 このグラフから判断して、「B−1」は89年11月を境として値下がりに転じ たといえる。 「A−2」及び「B−2」は、89年11月から値上がり傾向が鈍化し、最近横 ばい傾向で推移している。 「B−3」及び「A−3」は、分析期間を通して上昇が続いているが、90年1 月からは値上がり傾向が鈍化している。 「B−4」以上のものは、依然として値上がり傾向にある。 このことから、和牛の「B−3」以上のものは牛肉が自由化されても影響は受け ないとの論を裏付けしているとも見られるが、自由化の影響は「B−2」→「B− 3」→「B−4」以上と肉質等級の上位のものに波及し、現在はその途中段階であ るとも見られる。 なお、「肉質等級(5〜1)が同じなら「歩留等級「A〜C)」が上位の方が価 格は高く(当然)なっているが、「肉質等級」の各等級間価格差程の格差はない、 すなわち、「サシ」が枝肉価格の決定要素の大きな部分を占めていると言える。 さらに格付け上、上級のものは「おす」に比して「めす」の方が高いと言えるが、 「B−2」以下のものは「おす」の方か価格的には高い。 (2) 乳牛 図−3は、原データをそのままグラフ化したものである。 全般的に季節変動等は、和牛に比して大きく、さらに各格付等級間の差も和牛ほ ど歴然とはしていない。 特定な時期の価格変動以外にも、価格が大きく変動していることからみて、不規 則変動の要素も「和牛」に比して大きいものと思われる。 以上のことから、乳牛は和牛に比して同一等級といえども個体差もかなり大きい と思われる。 最近の動向では、「B−2」以下のものが値下がりが大きいように見える。図− 4は、和牛と同様に原データを「12ヵ月移動累計平均法」を用いてグラフ化した ものである。 原データでは明確ではなかったが、格付等級毎に価格は分離されるが和牛ほど明 確ではなく、さらに「B−3」〜「C−2」までの間では、「おす」、「めす」の 性差による格付と価格の間に前述した和牛との逆転現象も見られる。 枝肉価格は、「B−3」及び「C−3」は最近横ばいで推移しているが、それ以 下の等級のものは値下がり傾向にあるといえる。 この値下がり傾向は、「C−1」は89年7月から、「B−1」は89年9月か ら、「C−2」及び「B−2」は90年2〜3月から始まったと判断できる。 また、「C−4」は横ばい傾向であるが、それ以上の格付等級のものは値上がり 傾向にあるものの値上がりは鈍化している。なお、「おす」の「B−5 」は、特異 な動きをしている。 図−1 和牛枝肉価格(東京市場)(原データ) 図−2 和牛枝肉価格(東京市場)(季節調整済み)※ 図−3 乳牛枝肉価格(東京市場)(原データ) 図−4 乳牛枝肉価格(東京市場)(季節調整済み)※ (3) 輸入牛肉の影響 以上述べた動向に輸入牛肉がどの程度影響を与えているかは分からないが、輸入 牛肉の品質は、以前から乳おす牛の「中」から「並」程度(現行の等級では乳おす 牛の「B−2」以下)といわれていること、いわゆる「スソ物」の値下がり傾向は、 輸入牛肉が急増し牛肉在庫が増え出した時期と一致していること、さらに下級のも のから順に値下がりとなっていること等を総合的な判断すると、輸入牛肉の動向が ある程度影響していることはまちがいなさそうである。 なお、最近の値下がりは、季節的な変動による値下がりを含んだもので、「C− 1」以外はそれ程大きな値下がりとはなっていない。 2.牛のと畜の動向 (1) 和牛 図−5 めす和牛のと畜頭数 図−5は「めす和牛」のと畜頭数を見たものである。85年6月をピークとし、 89年1月をボトムとするキャトルサイクルがうかがいえるが、89年1月以降の 増加割合は過去のキャトルサイクルに比して低いものとなっており、89年1月か ら90年6月までの18ヵ月間の増加率は3.6%である(前回のキャトルサイク ルのボトム81年6月から18ヵ月間の増加率は15.3%であった)。 繁殖意欲が旺盛になり、「めす」の保有が進んでいるとも考えられるが、確認出 来るようなデータがない。 図−6 去勢和牛のと畜頭数 「去勢和牛」のと畜頭数は(図−6)、めす和牛と同様に85年7月をピークと し88年6月をボトムとするキャトルサイクルをえがき、88年6月以降増加に転 じている。 増加の割合は、過去のキャトルサイクルに比して大きくなっており、88年6月 から90年6月までの25ヵ月間の増加率は15.1%となっている(前回は80 年11月からの25ヵ月間の増加率は12.6%である)。 90年6月のTC値は、約22,500頭と85年6月ピーク時のTC値の22, 800頭に近いと畜頭数になっている。 図−7 乳めす牛のと畜頭数 (2) 乳牛 「乳めす牛」のと畜頭数は(図−7)、88年初まではほぼ横ばいで推移した後、 90年1月まで急減した。 90年1月以降は、ほぼ横ばいとなっているが、一時的な現象かどうか経緯を見 守る必要がある。 図−8 乳おす牛のと畜頭数 「乳おす牛」のと畜頭数は(図−8)、88年初までは増加傾向で推移した後、 減少傾向に転じ、89年1月以降一時的な横ばいはあるものの減少が続いている。 先の「去勢和牛」の急増と併せて考えれば、牛肥育業者が「乳おす牛」から「去 勢和牛」にシフトした結果とも思われる。 3.牛枝肉の中央卸売市場における平均価格の動向 (1) 和牛 図−9 めす和牛枝肉の中央卸売市場における平均価格 「めす和牛」の中央卸売市場における平均価格(以下「平均価格」という。)は (図−9)、先に述べたと畜頭数と逆の動向となっており、と畜頭数がピークに近 ずいた84年10月をボトムとして、その後は一貫して値上がり傾向が続いたが、 と畜頭数が89年1月以降増加に転じたこと、及び輸入牛肉の増加による「スソ物」 価格の値下がり等により、89年10月をピークに値下がりに転じている。 図−10 去勢和牛枝肉の中央卸売市場における平均価格 「去勢和牛」の平均価格は(図−10)、「めす和牛」と同様にと畜頭数と逆の 動向となっており、84年6月をボトムとして、その後は一貫して値上がり傾向が 続いたが、「めす和牛」に若干遅れて89年12月から値下がりに転じている。 (「去勢和牛」のと畜頭数は、89年12月から急増している。) 図−11 乳めす牛枝肉の中央卸売市場における平均価格 (2) 乳牛 「乳めす牛」の平均価格は(図−11)、と畜頭数が88年初までほぼ横ばいで 推移したこと、この間の和牛の平均価格は値上がり傾向にあったものの、牛肉の輸 入量の増加はそれ程、多くなかったこと等から、若干の値下がり、値上がりはある もののほぼ横ばい(キログラム当たり1,050円〜1,150円、1,100円 を中心に±50円の幅)で推移した。 88年初からはと畜頭数が減少しているが、牛肉の輸入量が増加しだしたことも あり89年5月まではほぼ横ばいで推移し、その後「スソ物」から価格が値下がり となったことから、平均価格は急速に低落したが、本データに入っていない7月以 降東京市場では相当持ち直している等のデータもあり、今後の推移を注視する必要 がある。 図−12 乳おす牛枝肉の中央卸売市場における平均価格 「乳おす牛」の平均価格(図−12)、と畜頭数が88年初まで増加傾向で推移 する中で、若干の値下がり、値上がりはあるもののほぼ横ばい(キログラム当たり 1,200円〜1,300円、1,250円を中心に±50円の幅、グラフはスケ ールの取り方で「乳めす牛」より値下がり、値上がり幅が大きく見える)で推移し た。 その後、「乳めす牛」より遅れて、89年12月より価格は値下がりだしたが、 「乳めす牛」程の急速な値下がりとはなっていない。