★論 壇


最近のイギリス・オランダ酪農経済事情と先進国酪農の教訓

北海道大学農学部教授 天間 征


はじめに

  今回(平成2年10月8日〜同21日)のイギリス、オランダ両国を対象とした酪農事
情および酪農経営調査の主たる目的は、わが国乳製品の市場開放、補助金削減によ
る価格支持水準の引下げ要請などの国際的圧力の増大下において、より一層の牛乳
生産費削減のための方策について、欧米先進酪農国から学ぶべき点は何かを明らか
にすることであった。その成果の一部は、同行した農林放送事業団(畜産振興事業
団の依頼した事業)の作成するVTRに収められ、後日広く公開されることになるが、
これとは別に、現地調査で得られた数々の知見をここに報告することとする。

  まず、日本とイギリスとの間および日本とオランダとの間に、牛乳生産費におい
てどれほどの違いがあるのか、また、そのどれほどが生産資材価格水準の違いによ
るものか、あるいはどれほどが実質的な要素生産性の違いによるものかについては、
近年になっていくつかの研究成果が、これらの国々と日本の研究者との共同研究成
果として出版されている。これらの比較研究が明らかにしている点は、わが国の牛
乳生産費が表面的にはオランダ、イギリス両国のそれに比べて2倍程度の水準にあ
り、かつ、その原因はおおまかにいえば約半分が土地、労働、乳牛をはじめ生産要
素価格水準の違いに基づいており、他の半分が物的生産性の違いに起因していると
いうことである。

  生産要素購入価格水準の違いの主なものは、配合飼料、購入粗飼料、自給飼料、
機械、種付料、獣医料、労働、建物、乳牛、土地など殆んどすべての投入要素に及
んでいる。また、物的生産性の違いは、自給飼料生産、飼養管理、購入濃厚飼料反
応、乳牛の生産性など、これまた全般に及んでいる。このような個々の牛乳生産費
目における格差は、彼我両国における酪農生産構造や酪農技術体系の違いはもとよ
り、それぞれの国の経済構造全体の違いを反映した結果に外ならず、それらの違い
の原因究明は結局、現地酪農経営調査によらざるを得ないものと思われる。

  今回のヨーロッパ調査は、イギリス、オランダ両国と日本との間における牛乳生
産費の違いの原因のすべてを解明したものではないが、得られた成果は、わが国の
酪農家および関係機関・組織に対して、かなり示唆的なものを数多く含んでいると
思う。わが国牛乳生産費を国際比較において、かなり割高なものとしている原因と
して、今回の調査から明らかにし得たものとして、@  配合飼料価格の格差をもた
らしている原材料の違い、A  機械に対する過大な投資を押える組織としてのコン
トラクター(農作業請負会社)の発達、B  放牧技術、採草技術、グラスサイレー
ジ生産技術の違い、C  草地管理の補助手段としての、古くからの緬羊の飼育伝統、
D  飼養規模の違いに基づく畜舎・搾乳施設の違い(フリーストール、パーラーな
ど)、E  草地維持管理技術の違い、F  高付加価値乳製品加工への積極的取組み
と加工副産物の有効利用、G  厳しく生産制限下における牛乳クォータの売買によ
る「規模の経済」の実現、H  濃厚飼料の給与節減とグラスサイレージの集中的給
与に対する、ヨーロッパと日本との間の取り組みの違い、などを挙げることができ
よう。

  以下において、上記諸項目を逐次取り上げて説明を加えていきたいと思う。

1. 日英、日蘭両国における牛乳生産費格差

1)日英間の牛乳生産費格差
  生源寺真一、D.C.プライス「酪農のコスト及び生産性に関する日英比較研究」
(畜産振興事業団、1989年7月)において、両国政府機関の行っている牛乳生産費
調査結果(1984年度)に基づいて、日本と英国との牛乳生産費の違いの原因の究明
が行われている。日本の分析対象階層は、北海道における「搾乳牛50頭以上層(平
均頭数63.8頭)」であり、英国の場合は「搾乳牛60〜70頭階層」である。両国の牛
乳生産費の構成費目の違いや、計測方法の違いを種々の方法で調整した上で比較可
能としたものが第1表である。その内容を要約すると次の如くになる。

  牛乳1,000リットル当たり(1リットルは1.03kg)の日英両国の総費用を比較する
と、英国の3.48万円(当時のレートで1ポンド305円換算)に対し、日本の場合は8.
22万円で、その格差は2.36倍に達している。この2.36倍の格差のうち、1.42倍が
「生産性格差」であり、残りの1.66倍が投入要素の「価格格差」となっている。彼
我の具体的投入要素の価格差の事例としては、トラクター1.59倍、ミルキングパー
ラー施設1.49倍、配合飼料1.37倍、肥料1.89倍、労働賃金1.16倍、地代2.77倍など
となっている。

  生産費格差の形成に対して寄与度の高い投入要素としては、購入濃厚飼料費、自
給粗飼料費、乳牛償却費および地代等があげられる。濃厚飼料水準の差は単価の違
いと生産性の違いとの両者によって、また、自給粗飼料費水準の違いは、労賃水準、
労働生産性格差および機械設備費の価格差、生産性格差にその原因があり、乳牛償
却費の場合は個体の価格差に加えて生産性格差も影響しており、地代の場合には生
産性格差は存在せず、地価の違いに専ら依存しているとされている。

2)日蘭間の牛乳生産費格差
  オランダのC.L.J.Van Der Meer博士は、東大の山田三郎教授との共同研究成果と
して、「Japanese Agriculture−A Comparative EConomic Analysis」(1990年
Routledge社)を出版した。この本の中では、1983年度のオランダと日本との牛乳
生産費の比較・検討が行われている。比較に当たっては、両国通貨の為替レート換
算による倚りを回避するため、投入物、産出物の両者について、両国それぞれ同一
の価格を適用して、価格バイアスを避け、実質的格差の追求を行っている。その結
果は第2表に示す如くである。

  オランダ酪農と日本酪農とでは飼養規模、土地面積に差のあることから、オラン
ダ酪農を大規模、小規模の2つに分け、日本酪農については、まず北海道地域と、
その他の地域(都府県)とに分けた上で、それぞれの地域について「全平均」と
「大規模層平均」とに再分類している。牛乳100kg当たり生産費格差は、オランダ
価格を用いた場合には、北海道平均生産費との格差は1.3倍あり(生産性格差)、
都府県平均との間では1.54倍に達している。また、頭数規模が比較的類似なオラン
ダ全平均(57.9頭)と都府県大規模層(57.6頭)との間においても1.2倍の格差が
みられる。

  このような生産性格差を生ずる主たる原因としては、「純要素生産性」および
「労働時間当たりの付加価値額」の違いが挙げられ、とくにわが国の労働生産性の
遅れが極めて大きいことが同表から明らかにされている。

  なお、九大の小林康平教授は、第1図にみられるような世界主要国の1kg当たり牛
乳生産費の比較を行い、「ヨーロッパで酪農が最も進んだ国はオランダであるとた
またまいわれているが、むしろイギリスであろう」と述べている(小林康平「酪農
大百科」1990年11月、109頁)。

第1表  牛乳1,000リットル当たり日英間コスト比較(大規模層)、1984


第2表  日本とオランダの牛乳100kg生産費と生産性の比較、1983年度
   オランダ 日   本
全平均 大規模 小規模 北海道 都府県
全平均 大規模 全平均 大規模
搾乳牛頭数 57.9 72.3 31.4 28.1 66.3 15.2 57.6
飼料畑面積(ha) 24.5 29.6 15.2 23.4 53.3 2.2 4.8
全生産性(比)
  北海道価格
  都府県価格
  オランダ価格

100
100
100

103
103
104

89
87
83

83
82
72

87
85
78

73
76
61

83
88
77
純要素生産性(比)
  北海道価格
  都府県価格
  オランダ価格

100
100
100

108
109
110

71
71
67

60
61
47

67
66
55

43
52
28

62
78
44
1時間当り付加価格値(比)
  北海道価格
  都府県価格
  オランダ価格

100
100
100

114
114
114

61
60
60

48
51
41

60
63
51

29
32
22

43
50
36
牛乳100kg 当り生産費(比)
  北海道価格
  都府県価格
  オランダ価格

100
100
100

97
97
96

110
112
118

113
114
130

107
110
120

127
123
154

112
106
120
注1)全生産性とは  総生産額/総費用
      純要素生産性とは  純付加価値/要素費用
  2)C.L.J.ヴァン・デル・メアー「日本農業-比較経済分析」1990年より

第1図  乳牛飼養頭数規模と生乳生産量の主要国間の比較

2. Less concentrates. more grass silage

  1984年4月以来、ヨーロッパ共同体は牛乳のクォータ制を実施した。その結果、
EC域内全酪農家は現在厳しい牛乳生産割当に直面している。イギリス・オランダ
両国での農家へのクォータは当初に比べて絶対的削減の傾向にあり、その減少量は
それぞれの国、農家によっても異なるが5〜10%に達するものと思われる。しかし、
クォータの減少とは反対に、乳価水準は84年以来上昇傾向にあったため、この面で
は多くの酪農家の経済的な打撃は軽減されてきた。しかし、89年度を境に農家手取
り乳価は価格支持水準の引下げ、共同責任分担金の賦課増等によりかなり大巾に低
下をみせてきた。その結果、ヨーロッパ酪農民の合言葉は今や「less concentrat
es,more grass silage!」となっている。

  このような動きは、1988年7月に出されたイングランドおよびウェールズの搾乳
牛10頭以上飼養農家に対する悉皆調査からも明らかにされている(第3表)。濃厚
飼料を減らし、乾草を減らし、コーンサイレージを減らして、放牧とグラスサイレ
ージに集中化しつつある状況を第3表は示している。このような飼料構造の変更が
可能となった背後には、低水分サイレージの普及、サイレージ生産技術の向上、ス
タック・サイロやロールド・パック・サイレージの普及、糖みつの添加技術、兼用
草地における頻繁な放牧とのローテーションによる良質グラスサイレージの収穫、
パスチュアーハローと羊の放牧による不食過繁草の除去の掃除刈り効果などがある。

  オランダ酪農家の説明によれば、1〜2日間の放牧を2回反覆した後にグラスサイ
レージの収穫をくり返すというローテーションが最も好ましいと語っている。また、
スプリング・フラッシュの乗り切り、秋から初冬にかけての掃除刈り用としての緬
羊効果を高く評価しており、乳牛1頭に緬羊6〜7頭がよい組み合わせであるとして
いる。オランダ農林省が全国7ヶ所の1つとして指定したモデル農場(J.Veheul農場、
ライデン市から東南へ30Km、ゼクベルト近郊)の経営主は、放牧適期を草丈20cm、
採草適期を草丈30cmと主張している。かくして作られたグラスサイレージは実に見
事なものであった。彼は自ら簡易な草丈測尺器を考案し、それを用いて草地の放牧、
採草適期を判断していた。牧区の数を比較的多くし、頻繁な放牧牛および羊の群の
牧区移動を行い、その度毎に糞尿散布を繰返すことが草地の密生を保つ秘訣として
いる。頻繁な草地へのスラリー散布については、北海道の場合「硝酸態窒素」の過
給となり、乳牛の起立不能を招くなどの害が懸念されているが、オランダ農家によ
れば、そらはマグネシウム不足の問題だと片づけている。

第3表  イングランドおよびウェールズ酪農経営における投入量および生産量の変化

  乳牛用濃厚飼料(Compound feeds)の価格は、イギリスのコーンウォール地域
(イングランド西南部)の酪農家(P.Cornelius農場、キャメルフォード近郊)調
査では、トン当たり152ポンド(1ポンド270円として約4.1万円)、オランダ酪農家
の聞きとりでは、トン当たり330ギルダー(1ギルダー7.4円として2,554万円)と答
えている。これに対して北海道における標準配合飼料のトン当たり価格は、現在4.
7万円とされている。われわれからすれば、オランダの配合飼料価格はかなり安い
と受けとめるけれど、オランダ農民からすればkg当たり50円前後の乳価では、この
水準であっても高いものと映ずるのであろう。とくにオランダの濃厚飼料価格が極
端に低いのは、世界から食品加工業の副産物を集め、いわゆる粕類を中心とした素
材を原料としているからである。オランダの農家から入手した配合飼料の材料構成
は第4表に示す如くである。なぜ飼料産業が配合飼料として粕類に傾斜したかにつ
いては、次のように説明されている。「これまで濃厚飼料は使われており、油脂カ
スや安い穀物などが利用されてきた。ところがECの共通農業政策の下で、飼料原
料となる輸入穀物が価格支持で高価となる打撃を受けたが、それは飼料産業の近代
化と、海外からの安価なタピオカ、ビートバルプ、コーングルテンなどを代替輸入
することにより克服した」(山田三郎、「酪農大百科」123頁)。

第4表  オランダ産配合飼料の成分
種    類 含有比%
ココナツ油粕 2.50
コーングルテン・ペレット
(21/22%)
35.00
ドイツ産ライジンミール
4%
1.50
ヨーロッパ産ブドウ酒粕 6.70
パルム粕
(150〜85)
18.00
ビールパルプ 2.00
ヴィタミン
(ベボミックス)
2.00
0.45
オレンジパルプ 17.65
大豆 8.55
サトウキビ粕 4.00
脂肪 0.90
ミネラル・プレミックス 0.75
3. 羊の効用

  オランダにおいてもイギリスにおいても、酪農家たちは厳しい牛乳生産割当に直
面して、いかに乳代の低下を他の拡大自由な部門の導入や拡大で補っていくかにつ
いて懸命な努力を払っていた。たまたま調査したオランダ、ライデン市近郊のヘー
ムスカーク牧場の場合では、320トンの生産割当乳のうち220トンを自家のバターお
よびチーズ加工にふり向け、いわゆる付加価値生産に努めていたし、イギリスのコ
ーンウォール地域のコーネリアス牧場の場合には、肉牛および緬羊の増加によって
収入低下に対応していた。

  オランダ、イギリスの両調査農場とも緬羊を導入して自家生産飼料の利用率向上
や草地の維持管理に努めていることが私にとっては珍しく映った。酪農経営におけ
る羊の導入に長い歴史と伝統の上に築かれたヨーロッパ酪農民の知恵の結果であろ
う。イギリスは例の「囲い込み運動」以来緬羊の飼育熱が盛んな国であるが、最近
の2年間、殊更に緬羊が増えた理由として、生乳クォータの強化、高い利子率(現
在14%)および羊毛と羊肉価格の上昇とをあげていた(現在は低下)。このような
理由のほかに、イギリスやオランダでは「1頭の乳牛に6〜7頭の羊」といった古く
からの組み合わせが、草地管理上望ましいものという伝統的考え方に基づいている
ようである。

  10月半ば過ぎになると、イギリスの場合もオランダの場合も、草地に放牧されて
いるのは羊ばかりとなり、旅行者からすると、羊専用牧場が数多く立地しているよ
うに錯覚する。これは、10月に入ると乳牛は舎飼期に入り、グラスサイレージ主体
で飼育されはじめられる一方で、放牧・採草兼用地で掃除刈りを兼ねて2月頃まで
羊が専ら放牧されるからにはほかならない。晩秋から初冬にかけての羊の放牧によ
って、春からの草生が一段とよくなっていくということである。ドイツ農業経営学
の泰斗エーレボー教授は、今から80年ほど前に出版された「農業経営学汎論」(工
藤元訳、公論社刊、昭和34年)において、羊と乳牛とが草地利用において補完関係
にあることを次のように述べている。「草が豊富に生えていない放牧地、あるいは
高い刈株の間に草がぽつり、ぽつり生えている刈跡放牧地は、如何なる他の家畜に
よるよりも緬羊によって集約的に利用される。……緬羊飼養の主なる任務は、牛が
利用し得ぬ程度に草生の貧弱な放牧地の利用という点にある。」。

  羊を放牧にとり入れることは確かに草利用効率を増加させ、羊毛と肉とによって
収入増加をはかる道であるが、他方において牧柵費を増加させることになることも
考えねばならない。オランダの場合には、クリークという自然の牧柵が存在するが、
イギリスの場合には乳牛と羊との囲いこみのため併用型牧柵が必要となる。イギリ
スは古来、圃場から出た石を積み上げたり、土塁を作ってそこに有刺灌木を植えつ
けた生け垣(hedges)によって牧柵を設けており、コーンウォール地区はその生け
垣自体が自然景観維持の補助対象(Environmentally Sensitive Area Scheme)と
なっているほどである。しかし、生け垣に近寄ってよくみると、乳牛の場合とはか
なり異なった牧柵が生け垣の前に張られている。羊にとって有刺鉄線は望ましくな
く、また、われわれになじみの3段張りの乳牛牧柵では羊は脱柵してしまう。現地
のものは羊の高さに粗い金網がはってあり、最上部に一本バラ線が張ってある。現
地の説明では、下部の金網は羊のため、上部の一本のバラ線は乳牛のためというこ
とであった。放牧畜産においては牧柵が最大の投資であるように思われる。

4. 機械投資とコントラクター

  オランダ農林省は、新しい農業技術の適用やデモンストレーションのため、周辺
農家への技術浸透を目的としたモデル農場を全国7ヶ所に設けている。その1つであ
るVeheul牧場は総耕地面積50ha、搾乳牛頭数100頭を有し、コンピューターによる
飼育管理を行っている堂々たる模範牧場である。この牧場には国内の農民のみなら
ずフランス、ドイツ、イギリス、日本などから多くの視察者が訪れているという。
この農家には重装備の数々の農機具を収めた機械庫があり、写真をとっていたとこ
ろ、Veheul氏は「多くの高価な機械をもつことは農民の恥だから、写さないでほし
い」と言った言葉が心に深く残った。後でわかったことだが、これらの機械は周辺
農家5〜6戸との共同利用であった。

  ヨーロッパの農家が極力機械への過剰投資を避け、耐用年数のとうに過ぎたもの
を丁寧に手入れし、長く使い続けていることはよく知られている事実である。今回
のヨーロッパ酪農調査においては、「コントラクター」という言葉がしばしば登場
した。訳してみれば、「農作業請負会社」ということになろうか。イギリスのコー
ネリアス牧場では、新しく借り入れた草地でのグラスサイレージ生産が間に合わず、
「6月末から8月まで100エーカー(40ha)の草地の収穫からサイロ堆積(スタック)
までコントラクターに頼み、その料金はエーカー当たり28ポンド(7,560円)であ
った」という。また、オランダのヘームスカーク牧場の場合においても、特殊な農
機具を用いる作業はコントラクターに頼んでいるということであった。

  わが国の場合には、作業請負会社は余り発達しておらず、近隣農家集団による機
械共同利用組織が一般的であり、また5割補助の対象ともなっている。これらの機
械利用組合は本来ならば共同所有、共同利用、共同作業の3つの機能を兼ね備える
ことが望ましいとされている。しかし、構造改善事業等の補助事業によって、全国
津々浦々に作られた機械共同利用組織は、今ではその多くが事実上解散してしまい、
多くは共同所有機械の持ち迴り利用集団か、あるいは実質的に個人利用となってい
ることが多い。共同利用は理論的には労働効率の高い方式ではあるが、自家作業と
共同出役の労働競合や、構成員の感情的対立から次第にその本来的使命を失いつつ
ある。とくに北海道の場合では、雇用労働力の不足のため、規模拡大が行きづまっ
ていることが報告されており、他方、農機具の大型化、自走式化が一層のスピード
で進行している今日、日本の場合でも民間のコントラクターの出現が農家の間から
強く望まれている。ヨーロッパの場合も農家同士の機械共同利用組織は存在するが、
「共同出役が困難」ということから、使用時間の短かい農機具の利用はコントラク
ターに委ねるということが多いように思われるし、また、農繁期の乗り切りのため
にコントラクターに頼むということが一般的である。

  私自身も各地の農業振興計画作りに従事してみて、改めて集落毎の機械共同利用
組織作りよりも、村全体を対象とする農業機械銀行方式や民間の作業請負会社方式
の出現の方と農家が望んでいることを知って以来、この作業請負会社方式に注目し
ていただけに、ヨーロッパでのコントラクターの展開はわが意を得たものと思った。

5. 牛乳クォータの売買

  ヨーロッパ共同体の場合には、1984年度から、日本の場合には1979年度から牛乳
クォータ制を行われている。クォータ制は一国の農産物の需給調整をはかるための
最後の切り札であり、その行政的効果も高いものである。しかし、生産者側からみ
れば超過出荷量には100%を超えるペナルティが課せられるというリスクに絶えず
直面することになり(現在のECのペナルティは125%)、また規模拡大の自由が
奪われることにもなる。また一国全体からみても、高コスト農家の残存や低コスト
農家の拡大抑制につながり、酪農産業全体の合理化に対するブレーキとなる可能性
もある。これらの諸点への懸念から、生産割当を行っている多くの国々では、クォ
ータの農家間売買を認める措置をとっている。日本の場合には未だクォータ・トラ
ンスファーは認められていないが、遠からずこの問題が大きな論議になるであろう
と思われる。今回のヨーロッパ調査においても、クォータのトランスファーがどう
なっているかは私にとって大きな関心課題であった。

  EC諸国においては、牛乳クォータのトランスファーは公然と認められており、
1年限りのリース・トランスファーと永久の購入トランスファーとの2つに区分され
ている。リース・トランスファーの必要性は、生産農家の牛乳計画生産の短期的調
整失敗に基づくものであり、当然のことながらその売買価格は年度末になるぼと高
くなる傾向がある。計画と実績との不一致は年度末に近づくほど明らかとなるから
である。クォータ売買は売り手、買い手の当事者間で行われる場合もあるが、相手
を互に見出すことが困難な場合や、当事者間で価格の一致をみなかった場合には、
それぞれの地方に存在する仲介業者に頼むことになる。例えば第5表は仲介業者の
出した新聞広告の1例で、ヨーロッパの地方新聞にはクォータ売買の広告が絶えず
出されている。この広告はイギリスのコーン・ウォール地域のコーネリアス牧場が
とっている新聞に出ていたもので、この広告では44万リットルのクォータが分割販
売可能と書かれている。3.95%とあるのは脂肪率で、割当が脂肪量で行われている
ことを示している。また44万リットルの割当権のうち本年度は23%分が既に使用ず
みであるが、来年度からは44万リットルのすべてが利用しうることを示唆している。
リース売買の価格は永久売買の場合に比べて当然安くなる。オランダでの聞きとり
では1リットル当たり4〜5ギルダー(31〜39円)、イギリスのコーンウォーン地方
では短期の場合には、1リットル当たり5〜7ペンス(14〜19円)、永久売買の場合
はリットル当たり35〜40ペンス(95〜108円)であった。
 
 ECとしては、牛乳のクォータは草地ないし飼料畑に付着した生産の権利である
という見解をもっており、オランダでの聞きとりによれば、土地の肥沃度に応じて
クォータの量が、変化し、草地1ha当たりのクォータは1.5万リットルから2万リッ
トルまでの開きがあるという。従ってクォータの永久売買の場合には、土地の売買
ないし賃貸借を伴ってはじめてクォータの移転が認められることになるとされる。
この場合、最低3年間の農地利用権の移動が必要である。このような規則からこの
期間を過ぎたら農地を相手に買い戻させたり、小作契約を解除することを予め当時
者間で協定する「偽装的永久売買」も存在するという。

 クォータが農地に付着する権利であるとする考え方は、自給飼料を中心としてヨ
ーロッパの酪農が営まれていることの反映であって、もしわが国においても将来同
様の措置をとるということになれば、自給飼料生産を奨励することにもなり、望ま
しい方向にわが国の酪農を誘導する1つの手段となるものと思われる。


第5表  イギリスの1地方新聞に掲載された生乳割当権利の販売広告
(Gronish&Debon  Post紙、10月13日号)
 注) 上記広告中の3.95%は脂肪率、割当は脂肪量で行われる。44万リットル中23
  %は今年度で使用ずみであるが、来年度は44万リットルの枠が全部使える。当
  時者はMMBに届けでなくてはならない。

  最近出版されたイングランド・ウェールズ・ミルク・マーヶティング・ボード
「ミルク・クォータの5年間」1989年12月によると第6表にみられるように、1988年
度において(1988年4月〜89年3月)クォータのリースおよび永久売買は全割当量の
6.8%、関係した農家数は永久売買取引割当者数、6,381戸、リースで8,701戸、計
13,772戸となっており、イングランド・ウェールズの乳牛飼養農家に対しての比率
は約4割に達している。クォータは極めて厳格に守られており、オーバーした場合
のペナルティーはECの生乳目的価格の125%となっている。さきに紹介したイギ
リスのコーネリアス牧場に対する「割当通知書」Quota information 1990年度)を
入手したが(第7表)、割当量自体は本来脂肪量でなされるが、MMBではこれを個々
の農家の平均脂肪率で割り返して、各月の乳量表示をとっており、毎月毎に割当量
と実績とが比較可能となっており、極めて親切な表示となっている。


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