★ 国内現地の新しい動き


新しい銘柄化をめざす伊万里牛

九州大学農学部助教授 甲斐 諭


1.はじめに
   
  我が国の肉用牛生産地では、来年度から開始される牛肉輸入自由化と激化する産
地間競争に対応するために、種々の生き残り輸入牛肉とは明確に差別化できる高品
質の牛肉生産を目的にし、産地間競争に勝ち抜くための銘柄化の推進もその一礼で
ある。

  本稿では、それらの肉用牛産地のなかでも銘柄化を熱心に推進し、高品質の牛肉
生産に成功している好例として、佐賀県伊万里市の肥育牛経営を探り上げ、その実
情を紹介し、今後の課題について検討する。

2.伊万里市農協の概要

  伊万里市は佐賀県の北西部に位置し、県庁の所在地の佐賀市の北西役50qの地
点にあり、「フルーツと牛肉の里」をキャッチフレーズに、市の基幹産業である農
業の振興に力を注いでいる。特に、米・果樹・畜産を基幹作物にしており、梨、ぶ
どうをはじめとするフルーツに加えて、高級和牛、きゅうり、いちごといった施設
野菜は全国にも高い評価を得ており、銘柄確立への努力が実を結びつつある。

  山間丘陵地の多い地理的に不利な条件にあって、1戸当たり耕地面積は役96a
と規模が小さく、かつ生産性が低いことから、これまて樹園地開発主体の農業構造
改善事業や各種圃場整備事業などに取り組み、農業基盤の整備を進めてきた。

  伊万里市の農家数は、昭和45年の5,731戸から昭和60年には4,613
戸に減少している。専業農家割合は11.0%から9.3%に減少し、逆に第2種
兼業農家割合が46.3%から71.7%に増加している。その結果、佐賀県平均
値より専業農家割合が低く、兼業農家割合が多くなっている。山間部に位置してい
るため、専業農家割合が佐賀県平均値より低いのであろう。しかし、経営規模別農
家数の推移を検討すると2.5ha以上規模階層では農家数がわずかずつ増加してい
る。

  農業荒生産額の推移を検討すると、昭和50年の85億円から55年の94億円、
60年の121億円、63年の132億円に増加している。その内訳は耕種部門で
は米が50年の41億円から63年には35億円に減少し、逆に野菜が4億円から
13億円に、さらに果実が17億円から30億円に増加している。また、畜産部門
では肉用牛が同期間に3億円から21億円に7倍も急増して、粗生産額の増大に大
きく寄与している。伊万里市においては肉用牛がいかに重要な作目であるかが理解
できよう。

3.伊万里市の肉用牛生産事情

  伊万里市内には、伊万里市農協、南波多農協、大川町農協、伊万里地方酪農協の
4農協があり、肉用牛は酪農協を除く3農協が取り扱っている。平成2年6月末日
現在の肥育牛の飼養戸数と飼養頭数は、伊万里市農協が53戸、4050頭、南波
多農協が35戸、2,350頭、大川町農協が54戸、3,090頭であり、3農
協合計で142戸、9,490頭である。また、繁殖牛の飼養戸数と飼養頭数は、
伊万里市農協が81戸、350頭、南波多農協が8戸、65頭、大川農協が16戸、
215頭であり、3農協合計で105戸、630頭である。肥育牛頭数に比較して
繁殖牛頭数が非常に少なく、伊万里市は肥育牛もと牛生産を欠いた肥育牛地帯であ
ることがわかる。

  平成元年度の肥育牛の販売頭数と販売額は、伊万里市農協が2,468頭、約2
3億円、南波多農協が1,121頭、約12億円、大川町農協が1,651頭、約
13億円であり、3農協合計で、5,240頭、約48億円である。子牛販売頭数
と販売額は伊万里市農協が151頭、8千万円、大川町農協が41頭で、2千万円
であり、2農協合計で192頭、約1億円であり、3農協合計の平成元年度肉用牛
販売額は約49億円であり、圧倒的に肥育牛販売額の割合が大きい。

  伊万里市で生産された肥育牛は主に大阪市場、全農九州畜産センター(福岡県)、
京都市場、神戸市場に出荷されている。

  平成元年度の大阪市場出荷枝肉の販売実績を表−1を用いて検討しよう。伊万里
市農協から出荷された932頭の5率(肉質が5に格付けされた頭数の割合)は6
8.2%であり、南波多農協から出荷された793頭の5率は69.3%であった。
ところで、佐賀県から出荷された4,513頭の5率は60.9%であったので、
伊万里市で生産される肥育牛の品質は微小に高いといえよう。

  また、表−2を用いて全農九州畜産センター出荷枝肉の販売実績を検討しよう。
伊万里市農協から出荷された566頭の5率は62.1%であり、南波多農協から
出荷された266頭の5率は65.57%である。ところで、佐賀県から出荷され
た4,555頭の5率は45.2%であったので、南波多農協管内で生産される肥
育牛の品質は非常に高いと評価できよう。

  南波多農協から出荷された枝肉の格付と枝肉重量、枝肉単価の関係を検討できる
のが表−3である。大阪市場出荷の場合、A規格では枝肉重量が重いほど等級が高
くなっている。しかし、B規格では枝肉重量が思いほど等級が低くなっている。ま
た、全農九州畜産センター出荷の場合、A、B規格とも枝肉重量が重いほど等級が
高くなっているのである。この傾向から判断すると等級を高めるためには枝肉重量
を大きくすることが前提条件として必要であるように思われる。

4.南波多農協の肥育牛銘柄確立の努力

  以上の分析により南波多農協の肥育牛は各地の市場で高い評価を受けていること
が明らかになった。次に、このような評価を受けるようになった背景、すなわち銘
柄確立のための努力について検討してみたい。

  第1に指摘したい点は、行政、農協、農協の和牛肥育部会などの地域内各種機関
が有機的に連携し、融和が保たれていることである。

  例えば、ソフト面では、情報の収集、研修会、経営セミナー、農栄マスタープラ
ンの策定、むらおこし活動の実践を行っている。また、ハード面では、農業生産施
設整備、集落環境施設整備などを行っている。

  それらの努力によって、肥育牛経営と果樹経営のプロ農家集団を育成し、大型団
地形成による「フルーツと牛肉の里」づくりを目指している。

  第2に指摘したい点は南波多農協和牛肥育部会自身の銘柄確立努力である。多く
の研究会、共励会、品評会を開催し、また、市場関係者との意見交換、市場訪問な
どを実施して、銘柄確立に役立つ多くの情報入手努力を続けていることがわかる。
青色申告記帳会を実施して自己の経営状況把握に努めていることや婦人部、青年部
の市場訪問なども特筆すべき自助努力事項である。

  第3に指摘したい点は、技術の向上努力である。銘柄確立のための技術的ポイン
トは導入する肥育もと牛の選択、給与する飼料の工夫、肥育牛の管理の3点に要約
できよう。

  肥育もと牛の選択は血統を重視し、また、自分の技術にマッチしたもと牛導入し
ている。部会員が多くないために、農協の技術者も部会員の個性や技術水準をよく
把握しており、部会員のもと牛導入に際しては部会員の個性や技術水準に即応した
導入に配慮し、指導助言を行っている。

  また、給与する飼料については、農協の技術者を中心に試行を繰り返し、さらな
る上物率の達成にチャレンジするなど最大限の努力が続けられている。特筆すべき
点は部会員全員の上物率が向上するように部会員内の意見交換がなされ、技術移転
がなされている点である。この背景には農協と部会員、および部会員同士の融和が
重要な要因として作用している。部会の規模も適性規模といえる。

  管理技術については、牛舎美化コンクールを実施するなど肥育牛のストレス解消
に重点を置いた相互健研鑽がなされている。

5.南波多農協の肥育もと牛確保の課題

  前述のように、南波多農協は肥育牛産地であり、肥育もと牛の自給がなされてい
ない。これが特徴であり、問題点でもある。もと牛は約3分の1が島根県、約3分
の1が大分券、残りの約3分の1が佐賀県、宮崎県、鹿児島県から導入している。

  今後、国内の各肥育牛産地は、牛肉輸入自由化対策として、また、激化する産地
間競争対策としてますます血統重視型もと牛導入を推進するものと推測される。そ
れに伴いもと牛価格も高騰を続けている。平成元年度のもと牛価格は約60万円で
あったが、現在では約65万円に上昇している。このような傾向が続けば、肥育牛
経営の収益性は危険にさらされ、肥育牛生産地の維持が困難にならぬとも限らない。

  表−4を用いて肥育牛経営におけるもと牛価格、枝肉価格、1日当たり家族労働
報酬の関係を検討しよう。もと牛価格が60万円の場合、1万円の1日当たり家族
労働報酬を確保するには枝肉を1kg当たり2,400円以上で売らなければなら
ないことが明らかになった。また、もと牛が65万円に上昇すれば、2,500円
以上の枝肉を生産する必要がある。しかし、現在の価格体系のもとで2,500円
以上の価格にするためには枝肉「5」に格付される必要があり、南波多農協の肥育
牛といえどもその約30%は「5」未満である。

  もし、牛肉輸入自由化によって枝肉価格が若干でも下落し、しかも肥育牛経営が
1日当たり家族労働報酬を1万円以上確保したいとすれば、もと牛価格を引き下げ
る必要がある。だが、もと牛産地は労働力確保の困難性からもと牛の増産不可能で
あり、もと牛は今後逼迫するものと予測される。そうなれば、もと牛市場は売り手
市場になり、もと牛の価格が高値で安定するであろう。従って、もと牛価格は引き
下げられないであろう。

  そのような状況のもとで、もと牛を安価に入手できる方法はもと牛の自給である。
これが我が国の牛肉を低コスト化で生産するための課題であり、南波多農協管内の
肥育牛経営が今後、解決しなければならない重要課題である。幸いにして、南波多
農協管内では現在国営総合農地開発事業に取り組んでいるので、そこで新たに造成
され農地で繁殖牛を飼養し、出来れば放牧して、別個一貫経営によって自家産もと
牛を生産し、それを肥育することが重要な今後の課題といえよう。



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