★ ハワイ大学牛肉国際会議に出席して


アメリカの対日牛肉輸出戦略

嘉田 良平


1. さる11月30目と12月1目の2日間、ハワイ大学において「アメリカ産牛肉の国
  内消費と輸出拡大の戦略」(Technical Committee Meeting on Domestic and 
  International Marketing Strategies for U.S.Beef)と題する国際会議が開
  催された。この会議は、アメリカ農務省のW-177号研究プロジェクトの一貫と
  して、毎年一回、牛肉生産に関係する米国西部10余州の農業経済学と畜産学の
  研究者が集まり、過去1年間の研究成果を発表し、今後の研究課題について意
  見交換を行うものである。今回は特に、牛肉の対日輸出の可能性と問題点を中
  心に議論が行われた。海外からは、オーストラリア、カナダ、日本の3ヵ国の
  研究者が参加し、なごやかな雰囲気のなかで討論が行われた。

   日本からは、専修大学森宏教授、農業総合研究所大賀圭治氏、そして筆者の
  3名が招かれ、それぞれ報告を行った。そこでこの紙面をお借りして、最近の
  アメリカの牛肉輸出戦略に関する研究の動向と日本市場に対する関心を中心に、
  この会議の内容と私の受けた印象をお伝えしたいと思う。

2. まず第1セッションでは、各州におげるこれまでの研究の成果と今後の計画
  が披露された。以下、筆者がとくに興味深く感じたいくつかの州の報告を要約
  してみよう。

   冒頭、カリフォルニア大学のA.シュミッツ教授は、氏が座長をつとめた全
  米肉牛生産者協会の委託研究の成果について報告した。その主要ポイントをあ
  げると、第1に、アメリカにおける牛肉需要減退の主要因は需要構造の変化で
  はなく、相対価格つまり牛肉価格の割高さにあり、したがって生産コストの引
  き下げこそが長期的戦略としてもっとも重要であること、第2に、牛肉の国内
  消費宣伝の効果はあまり期待できず、むしろ金の無駄使いにすぎないとの意見
  を展開した。

   アイダホ大学のB.H.リン教授は需要分析に基づいて、日本における和牛肉
  は乳雄牛や輸入牛肉とは競合的でなく、両者はかなり独立したものであると報
  告した。また、今後のひとつの重要な研究課題として、アメリカにおける和牛
  生産の可能性についての研究を予定していると述べた。

   アイオワ大学のD.ヘイズ教授は、近年の畜産学研究者の主たる研究関心が、
  牛肉の日持ち期間の拡大、肉質の柔らかさの増大、そして安全性の確保などに
  移行しつつあると述べた。また、同大学での社会学者による日本の消費者に関
  する研究成果をもとに、日本への牛肉輸出は今後とも拡大し続けるであろうと
  の見解を示した。さらに、日本以外にも、韓国、台湾などへの牛肉輸出拡大の
  可能性について研究をすでに開始していることを報告した。

   カンサス大学のO.グルンワルト教授は、牛肉輸出によってアメリカ国内で
  の牛肉価格がいかなる影響を受けたのかに関する計量分析の結果を紹介した。
  それによれば、1987年の場合、牛肉の輸出によって生体100キログラムあたり
  で2.50〜3.00ドル程度の価格上昇効果があり、肉牛生産者は計7億ドルの追加
  的な収入を得たことになる、と報告した。

   ニューメキシコ大学のW.ゴーマン教授は、日本での輸入内臓牛肉に関する
  研究についてふれ、牛肉の輸入自由化後は、これらの内臓牛肉がますます穀物
  飼育牛肉との競合度を増すであろうとの興味ある分析結果を紹介した。

3. つづく第2セッションでは、日本市場に対するオーストラリアとカナダの牛
  肉輸出戦略について議論がなされた。まず、オーストラリアでの穀物肥育牛肉
  の調査を最近行ったW.ゴーマン教授は、オーストラリアのフィードロットで
  の牛肉生産の拡大の多くが日本企業との合弁事業でなされており、今後さらに
  拡大するであろうこと、また、日本市場においてオーストラリアの穀物肥育牛
  肉は将来アメリカ産高級牛肉と十分にコスト面で競争できるであろうとの見解
  を述べた。ただし、フィードロット数の拡大については、生態系の破壊につな
  がる危険性が指摘されている。こうした環境面からの制約は今後ますます強ま
  ると予想されており、これが穀物肥育牛の生産にいかなる影響を及ぼすかが大
  きな鍵を握るであろうことが指摘された。

   一方、牛肉の国内消費が近年頭打ち傾向をみせているカナダにおいても、日
  本向け輸出に対する関心と期待が高まっている。ちなみに、1990年3月にはカ
  ルガリー(アルバータ州)において牛肉輸出に関する国際会議が予定されてい
  るという。カナダ産牛肉は、その牛肉の特性からオーストラリア産牛肉と競合
  するが、輸送コストや日持ちの点で到底オーストラリアには太刀打ちできない
  現状にある。そこでカナダの研究者からは、今後いかにして日本市場向けの高
  品質な穀物肥育牛肉の生産を行えるのかについて、本格的な研究に着手する計
  画であるとの報告がなされた。いずれの報告においても、アルバータ牛肉の対
  日輸出にかけるカナダ側のなみなみならぬ情熱が筆者にはひしひしと感じられ
  た。

4. 第3部では、日本の事情に関する特別セッションが設けられ、日本人参加者
  の研究報告を軸として活発な議論が展開された。その焦点は、やはり、牛肉輸
  出の将来の見通しであり、日本市場における輸入牛肉の評価についてであった。
  とくに関心が持たれたのは、和牛肉が特別な独自の需要を持つと仮定しても、
  はたして輸入「高級」牛肉と国産乳雄牛肉とがどの程度競合するのか、また、
  その背後にある要因は何なのかについてであった。
 
   まず大賀氏は、最近計測し直した計量経済モデルによって、3つのシナリオ
  ごとに自由化後の牛肉輸入の予測値を示した。すなわち、最も起こる確率の高
  いと予想されるケースB(自由化後の国産乳雄牛肉価格が輸入穀物肥育牛肉価
  格より4割高い場合)では、1995年に牛肉輸入量は3倍に増加するものの、和牛
  肉で29%、乳雄でも22%の供給増加がみられる(この結果、わが国の牛肉自給
  率は、69%から43%へと低下する)という結果が提示され、参加者の強い関心
  をひいた。

   つぎに、森氏は、現在の輸入牛肉の保護率(実効関税率にほぼ相当する)の
  推計を行い、アメリカ産(冷凍)牛肉の場合には73%、オーストラリア産のチ
  ルド牛肉の場合には100%となっていること、したがって、自由化後に設定さ
  れる高関税率のもとでは国内の牛肉生産にはあまり大きな影響はないであろう
  との見解を述べた。

   一方、最後に、私は品質差別化問題をとりあげ、先のシュミッツ教授の立論
  に対する反論を行った。それはひと言でいえば、「安価なアメリカ産牛肉が日
  本市場で期待された程売れないのは、日本の市場・流通制度に障壁があるから
  だ」とするアメリカ側の受けとめ方に対して、つぎの3つの要因をあげて事実
  認識の必要性を訴えたのである。

   第1に、日本における牛肉という商品は多様でありかなり差別化されている
  こと。第2に、安価だからといって必ずしも輸入牛肉を取扱うとは限らない小
  売店(特に食肉専門小売店)の行動があること、そして第3に、輸入牛肉の消
  費に対する珍奇性ないしは追加的欲求は徐々にではあるが相対的に薄れつつあ
  ること、以上の3点である。西洋人の目には一見不合理に映る日本人の牛肉購
  買・消費行動にはこれらの多様な要因がある。価格(内外価格差)だけでは実
  態は見えてこない、というのが私の結論であった。

5. 以上の報告をふまえて、次の2点を中心に最後に総括討論が行われた。1つは、
  チルド輸入牛肉の販売のための日持ち期間(Shelf life)の問題であり、もう
  1つは、牛肉の品質問題であった。

   第1の日持ち期間について、日本の卸売市場到着の段階では、オーストラリ
  ア産は40〜45日(国産牛肉とほぼ同程度)であるのに対し、アメリカ産は20〜
  25日程度しかないといわれている。両者の優劣は同じチルド肉であれば明白な
  のである。アメリカとしては、これをせめて60目(日本到着後で40日以上)ま
  で延ばしたいという。当然、これを実現するためには、オーストラリア並のと
  殺場での衛生管理および輸送途上での温度管理の徹底化が必要となるが、これ
  は決して容易ではない。

   第2の品質問題については、日本の消費者ニーズに応えるために、いかに乳
  雄牛なみの脂肪交雑をつくれるかが問われる。さらに、冷凍肉よりもチルド肉
  の方が好まれ、日持ち期間の長いものがより求められるようになる。品質向上
  のためには、品種選択に加えて肥育期間の延長は不可欠となるが、はたして経
  営的に採算がとれるのかどうかである。かなりの経営リスクを伴うと見た方が
  よいのではないか。

   以上、提起された諸問題はかなり明白であり、それらの問題に対する解決方
  向も明らかなようである。では、なぜアメリカの対応が遅れているのか。それ
  は単に技術の問題ではなく、アメリカ牛肉産業の特質ないしインセンティブに
  深く関連している。

   近年、牛肉需要が減退してきたとはいえ、アメリカは巨大な国内市場をもっ
  ている。対日輸出は、総生産量のせいぜい2%にすぎない。その、いわば相対
  的には小さな市場のために、アメリカ側の牛肉生産・加工・流通のあらゆるシ
  ステムを変更するであろうか。答えは否であり、またその必要もないとみるべ
  きではなかろうか。コストの増加を大幅に上回る追加利益が確実に見込まれな
  い限り、少なくとも基本的には、アメリカは国内市場志向で進むであろう。

6. 最後に、ひと言づけ加えておきたい、それは、情報伝達の必要性と困難性に
  ついてである。今回の会議では、日本の実情を正確に伝えることがいかに困難
  であり、かつ重要であるかということを痛感した、例えば、先の「安いのに、
  なぜもっと売れないのか」という素朴な疑問に答えることは決して容易ではな
  い。アメリカ側は、正確かつ納得できる情報をますます求めている。それは単
  に数量や価格といった統計情報だけでなく、取引ルールあるいは消費者行動と
  いった質的情報も含まれねばならない。これらの情報伝達のさらなる努力がな
  されない限り、理不尽なアメリカ側の要求や圧力は、仮に自由化後の段階に突
  入したとしても、決して弱まることはないであろう。今回の会議は、いみじく
  もこのような情報伝達の重要性を日米双方に対して示唆しているような気がし
  てならない。(1990年1月6日記)


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