★巻頭言


畜産の国際化に向けて、牛舎からのささやかなメッセージ

兵庫県酪農農業協同組合連合会 会長理事 盛岡定芳


  只今、1990年7月1日、テレビ・新聞は東西ドイツの通貨統合を大きく報じ
ている。

  6ヵ月にも及んで吹きぬけた東欧の突風が、よもやこんなに早くここまでくると
は、誰も予測しなかったのではなかろうか。

  1年に3人もの首相が交替しても、もう大概のことでは驚かなくなってしまった
日本人だが、これには一寸びっくり。

  目まぐるしく動く国際化にむけて、私たちは今、100年に一度あるかなしかの
大きな世界の動きの真只中にある。

  畜産の国際化も「待ったなし」。といえば、いよいよこれからと聞こえるが、今
日すでに世界の国々のなかでも畜産物の最多量輸入国になっているにもかかわらず、
さらに穀物などの飼料を加えると、驚くばかりの輸入量に達する。

  しかし、輸入自由化が避けて通れぬ道であれば、現実をクールにみて、一日も早
く対応策をたて、ピンチをチャンスとして、国際的に他国とのランデヴーを享受す
る態勢をたてねばなるまい。

  その周辺対策としては、@国家的対策と、A個々の経営における対策とに大別で
きるが、@の国家的対策は、多くの識者や関係者によってよく論じられているので、
ここではわれわれ現地にあるものとして、牛舎周辺から「国際化をどう考え、どう
乗り切ろうとしているのか」について、小さなメッセージをおくる。

  先ず最初に、「国際化とは何か」を考えておきたい。

  私は国際化とは平たくいえば「国と国との幅広いおつき合い」だと考えている。
さらに、畜産にとって国際化とは、経済的には「生産コストの問題」であり、国策
的に物価の問題として捉えれば、「価格の内外格差」だと思っている。

  一口にいえばこのように簡単そうだが、国情も、風土も、産業の構造も異なる国
と国とのおつき合いだから、先ず相互理解が絶対条件である。

  理解のないところに協力はなく、おつき合いも、深くもならなければ、長続きも
しない。

  日米農産物交渉での最大の教訓は、相手側の農業の実情をよく理解しておれば、
交渉はもっとスムーズに進んだのではないかということである。

  だのに、現実には国際化の考え方について、両者にはいまだにすれ違いの多いこ
とが気になる。

  例えば、われわれは「一国の食糧は自国内生産を基本とすべきものである」と考
えているし、単に市場原理にすべてを任せたりすべきものでもない。また、決して
輸出国が、輸入国に迫るものでもないと思う。

  一方、外国からみれば、日本は何故こんなに狭い土地で、非能率な生産、あるい
は割高な畜産物を生産しようとするのかわからないということを、私はある外国人
から直接聞いた。そしてさらに「食糧はわれらが作る。日本は工業品を作れ」とも
言い添えていた。つまり、考え方に大きなギャップがあるのである。さらに、国の
外に出て日本の農業の話をしていると、どうしても相手方が理解をしないものに
「兼業農家」がある。これも日本の畜産にとっては大事なことなのに、相手にはわ
からないことのようだ。

  また、交渉窓口のこともあるのではなかろうか。今では交渉に当たっているなか
に専門の農水がメンバーとしておられるが、農業事情や畜産事情のよくわからない
他の省を通じてということになれば、専門家同志のようにはいくまい。

  このように、一寸考えても問題点が多いのであるから、より以上の相互理解と問
題解消のための努力を必要とすることを痛感するのである。

  次に、国内での理解もキチッと条件整理をしておくことである。

  先ず最初に、国に要望しておきたいことは、@牛乳など1千万トンの消費量とな
れば、米に匹敵する主食である。先ず、この位置づけだけはしっかりしてほしい。
この位置づけが決まれば、対応は自然と決まるもの。A次に、コスト引き下げの目
標を各段階毎に示し、同時にその技術的マニュアルを示すことである。

  世上では、「内外価格差が大きすぎる。早く国際化して、国民に安い畜産物を供
給せよ」という声がある。

  米と同様、畜産物も価格が高いという非難が大きい。これらは何れも生活必需品
だから、賃金とならんで価格の安定が大事である。だから、この価格を抑えること
が、物価安定のために必要だと主張する。これが、価格差罪悪論と共通した見解の
ようだ。

  しかし、一国の賃金・物価体系全体の価値を論ぜず、単に需給からくる単品の価
格論だけでは、畜産物は果たして高いか、安いかの判断はできないのではないか。

  割高の真の理由は、私は実は「海外通貨の減価」だと思っているし、一般には
「規模の零細性」にあるとみている。この判断の違いが、畜産の実態を歪曲し、解
体し、衰退せしめた主因だと考えている。

  したがって、畜産物の内外価格差をこのままいくら民意に訴えても理解はむつか
しい。畜産を経済の視点から捉え、高いか安いかについて、物価のメカニズムを解
明しながら、もっときめ細かく訴えるべきだと思っている。

  こうは言っても、確かに差はあるのだから、訴えながらも内外価格差の縮小に日
夜努力をしなければならないし、しなければ国民から見放されることになろう。

  内外価格差について、さらに引き続き説明しよう。

  日本畜産の実態がわからずに価格差縮小案としてよく聞くのは、乳牛にせよ、肉
牛にせよ、大家畜で生産コスト高の原因は、えさ高、もと牛高、仔牛高だ。だから、
経済ベースに合わないこの不採算分野の仔牛育成段階までを外国でやり、これを国
内に持ってくれば、という。これはできない話で、このように日本の白黒合わせて
四百余万頭を支えるもと牛が、どこの国にいるのかを考えれば、答えは聞かずとも
わかっている。

  また、かりにそのような国があったとしても、日本のように繁殖農家と搾乳・肥
育農家のわかれている国では、その階層の農家が、そして地域が忽ちにして崩壊す
ることになるだろう。

  さて、話がここまでくれば、いよいよ「生産コスト低減化」そして「内外価格差
の縮小策」に入ろう。

  これは技術的対策である。真の解決は、技術的に対応するしかない。

  こう書き出すと、何か妙案があるのかと言われそうだが、ある筈もない。ただ、
よい牛、よいえさ、よい環境を作り出すことに全力をあげることだ。勿論、先端技
術や新ホルモン剤の話もあるが、何れも近い将来、威力を発揮する日が来ようが、
今直ちに即戦力として期待はできないから、研究しながら走るのが良策であると思
う。

  次に技術的対策として「えさ対策」がある。30年〜40年代の努力で品種改良
も進んだし、冬場のえさ対策としてもサイロ、乾草技術なども目覚ましかったと思
う。「かった」と何故過去形にしたのかというと、ここ1〜2年の円高で、安い配
合飼料の使用量が急増したり、青刈飼料も輸入量までが随分と増加して、今まで積
み上げた飼料対策が、吹き飛んでしまった感があるからである。

  面白い話がある。

  先日、誰からか「成田港」という語を聞いた。さて、何のことかなあ、成田の港
というと、と一瞬考えた。なるほど最近の輸入もの、魚介類の輸入玄関口である。
こうなるとさしずめ神戸港などは「神戸の飼料畠」である。一寸ひとっ走り飼料圃
に行ってこよう、と陸揚げされた外国の青刈飼料を手に入れてくる。まあこんな話
はさておいて、折角面積も収量も増加していたものが、円高による輸入価格のメリ
ットで後退した感じすらある。えさ対策だけは、どんなにむつかしくとも自給態勢
をくずしてはならないし、ぼつぼつ家畜は日本、そして飼料圃は外国という変則的
な家畜のあり方にも終止符を打ちたいものだ。

  このように、いろいろ手を打って、努力して努力して、それでも差が縮まらなけ
れば、その時こそ、ここまではやったが、ここから先はできぬ、それを乗り切るの
にこんな援助かほしい、と国なり国民の皆さんに堂々と訴えればよい。

  しかし、われわれが知っている限り、生産者はよく頑張り、実績もあげていると
思う、そして、これからも力の限り頑張るだろう。ロマンと使命感に燃えているし、
最近、畜産哲学も戻っている。しかし、絶対ないのが土地である。

  資本、労働(技術)、土地の三条件の内、日本の畜産が歩んだ道は、確かに資本
(施設、機械類)、労働(技術)はECどころか、世界のトップレベルまで進んだ
と思う。ただ、この進度に見合った形で伸びないのが土地であり、規模拡大に絶対
必要な「土地」となると、対策がピタッととざされて、ひずみが出てくるのである。

  土地を集積する各種施策もあるにはあるが、なかなか実績もあがらず、さらに今
後活用努力するとして、私は日本の土地改良の方向で、一日も早く水田と畑地のく
りかえしをする地下水の調節可能地を作り上げてほしいと思う。そうすれば、飼料
作は一挙に増加し、生産コストは引き下げに大きな力を発揮すると思うし、「家ピ
カピカ、土カチカチ」ということもなくなるだろう。

  そして、技術的対応も、このほか小さな努力の積み重ねをせねばなるまい。例え
ば、受胎率の向上や、分娩間隔の短縮化だけでも、まだまだ牛舎周辺で、手の届く
ところにコスト低減の鍵はかくれていると思う。

  さて、われわれはこう考えているが、地方のマスコミではこれらのことをどうみ
ているのか。

  次の一文は、本年春の畜審を2〜3日後に控えたある日の地域新聞社の論説の一
部である。

  「(前文略)酪農家1戸当たりの成牛飼育頭数は20頭をこえ、ECの水準に達
した。また、1頭当たりの年間産乳量はEC平均の約4,500sに対して、日本
は6,000sとかなり上回っている。急激に規模拡大を進めたので、巨額の負債
を抱えている農家が多く、総合的な経営力ではまだ酪農先進国に及ばないが、技術
的な競争力はかなり高まっている。

  コメと違って専業がほとんどなので、後に引けないという固い決意で体質強化に
取り組んでいるためだろう。

  一般家庭向け生乳も、脂肪率引き上げなど質向上の努力が実を結んで需要が伸び、
産地名で通用する付加価値の高い製品もふえている。しかし、国際価格との開きは
まだまだ大きく、乳製品に対する輸入自由化圧力も強まっている。内外価格差を少
しでも縮める努力を強めないと、自立は遠のくばかりだ。もし今年度も乳価=加工
原料乳保証価格が据え置かれることにでもなれば、たちまち米価にも波及し、農業
改革は頓挫してしまう。(後略)」

  何故こんなに価格差だけを気にし、立地条件の違いを認めながら、それを埋める
措置は過保護となり、生産者がその上にあぐらをかくということになるのだろう。

  また、それが「忽ち米農家に及ぶから、酪農家に思い知らしめておこう。」とな
るのか。何と筋の違う話だろう。農業と一口にいってもいろいろあるのだから、作
目毎に相当違うメカニズムを知ってほしいのである。

  また、内外の食糧をただ価格差だけでこのように評価してよいのだろうか。品質
の違いは、国際化ではあまり論ぜられていないが、輸入ものに比べ国産ものは品質
もよく優れているようだ。神戸は製菓業も多いところだが、先日関係の友人に聞い
たのでは、乳製品を使ってのお菓子(ケーキ)は、やはり国産品でなければ、とい
う話であった。まだまだ国際化対応する道はいくでもある。品質で勝負したり、品
質と価格、これを組み合わせるだけでも国民の理解は深まると思う。

  次に、ある生産農家からの便りを紹介しよう。郵便の消印は63年4月12日、
婦人部でいつも熱心に活発に活動している方からの手紙で、便箋何枚かにびっしり
と書いてある。要旨は、「長男の進学は、小さい頃からの希望をすて、会長のお勧
めどおり畜産の大学にしたこと。国際化が私らには何のことかわかりませんが、世
界中の舌やのどをならすほどおいしい牛肉や牛乳を、消費者の目の前で生産すれば、
いつかは国民の皆さんが認めてくれる。それにむけて努力をするし、子供にもその
ために勉強しようと言ったら、長い間迷いましたが、やっと昨秋に進学を決め、合
格して今日、北海道に旅立ちました。日本一になる、よりよいものを、他県にない
ものを作ります。会長応援してください。」と結んでいた。

  意気込みだけでは解決できる国際化ではないが、このような生産者がいる限り、
あらん限りの技術を傾注してくれると信じている。

  この手紙はその年の6月4日、たまたま私どもの連合会にお立ち寄りくださった
当時の農水大臣  佐藤隆先生のお目にとまり、大臣をして感動せしめたものである。

  さて、ここで一つささやかな提言をしておきたい。

  「生産者と食品産業との新しいパートナーシップの創造」である。

  畜産物は、生産されてから消費者の食膳にのぼるまでに、多かれ少なかれ処理、
加工、流通という過程を経なければならない。

  それだけに、この両者にはより深い強い関わりがある筈である。

  これを、さらに両者で力を合わせ、生産流通の総合的なコスト引き下げを進め、
共存共栄を図り、国際化にも対応すれば、国民の期待にも応えられるのではなかろ
うか。

  従来、生産者は市場性の関心が薄く、生産一途にきたきらいがあるかもしれない。
また、食品産業界も生産面よりも販売重視の傾向もあるかもしれない。

  しかし、今後は企業としての経済性の追求もさることながら、地域における文化
開発にも一翼を担い、日本の風土に根ざし、かつオリジナルなものを企画する。こ
のためには、両者がさらに連繋を深めていくべきではないかと思う。

  最近、農業には耳を傾けない人でも、食糧といえば50%はふりむき、食べもの
といえば80%が、グルメといえば120%が誘いを待つ時代だと思う。両者が新
たなパートナーとして進みたいものだ。

  国民の合意を得ながら、国際化にも強くなるためのささやかな提言である。

  さて、以上述べてきたが、そろそろ結論としよう。

  「とよあしはらのみづほのくに」といわれ、世界一食べものの豊かな日本でも、
今や大きな輸入国になってしまった。

  食糧だけは国内生産に基本をおくことは、われわれの年代なら誰しもわかること
だし、正論である。だから、日本だけでなく何れの国も、国境保護措置や、国内価
格支持のため輸入制限や輸出補助金などの壁をもっている。

  さらに、現在日米構造協議中であるが、この帰趨次第ではさらに国際化はスピー
ドアップをするかもしれない。

  品質について、一級品さえ作っておれば、どんな時でもこわくないし、国民の合
意が得られる、と言ったスコットランドのウィスキー製造業者の声に学びたい。

  国際化にむけて、畜産の周辺はその対策を急がねばならない。

  新しい国家的対策をきちっと望みながらも、天下国家論だけでなく、牛舎の周辺
のごく身近なところに埋もれているキイを、一つ一つ解決していくことが、真の国
際化対応の道なのである。

  畜産物=食べもの、曲がり角はあっても終局はない。

  畜産業界よ、誇りとゆとりをもって奮起しようではないか。

(90'7.1)


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