★ 国内現地の新しい動き


肉用牛における繁殖・肥育一貫経営成立のための飼養技術的条件

京都大学農学部畜産資源学講座教授 宮崎 昭


1.繁殖・肥育一貫生産
 農林水産省が平成2年2月9日、各地方農政局等へ通知した畜産生産の技術指導
についての内容をみると、肉用牛に関して、地域内・経営内一貫生産の重要性を挙
げている。経営の安定と生産の効率化を図るため、地域内において繁殖経営と肥育
経営とを結びつけた一貫生産を推進するとともに、両部門を同一経営が取り込んだ
経営内一貫生産を進めることが今後のわが国の肉用牛生産の望ましい方向の一つと
いうわけである。

  もともと、肉用牛一貫生産の発想は、子牛生産と肥育牛生産という二極分化の進
んだ生産体系における相反する利害関係を旨く吸収して、効率の良い牛肉生産を行
おうというものであった。ヨーロッパでは広大な農用地を所有、もしくは安く賃借
する農家が、数年ごとに小麦や大麦作と、牧草作を輪換する過程で、自分の利用す
る農地の生産力を十分に活用するために、家畜を導入した長い歴史を有している。
そこでは、農用地の半分を穀作に、そして残りを飼料作とし、穀作に伴う副産物を
飼料として利用するので、かなり多くの家畜、とくに牛を経営内に保有する。そし
て、子牛を生産し、それを育成し、さらに牧草地で肥育したり、あるいは穀作によ
って得られた大麦などの肥育飼料の一部として、出荷前に短期間、牛に給与するこ
とが一般的に行われている。したがって、多くの肉用牛経営は、一つの経営体の中
で、繁殖から肥育までの一貫生産を行っている。

  オーストラリアやニュージーランドでも、土地生産力の豊かな地域では、繁殖か
ら肥育まで、一貫生産体系をとっており、経営内容を分析するときに、例えば子牛
生産費だけを調べたり、肥育牛生産費だけを分離独立させて算出することが困難な
場合が多い、とくにこれらの国々では、めん羊と肉用牛が同じ経営内に飼育されて
おり、めん羊を良質の牧草地に放牧させた後、その食べ残しを繁殖雌牛に放牧で摂
食させたり、逆に子牛や発育の旺盛な育成牛を優先的に良好な草地に放牧し、その
後にめん羊を放牧し、さらにその残りを繁殖雌牛に掃除刈りのように採食させるの
で、さらに生産費を算出するのが難しくなる。

2.繁殖と肥育の分化
  オーストラリアでも、降雨量が少なく、土地生産力の低い地域では、牛を育成し
たり肥育したりすることは不可能に近く、そこでは、繁殖雌牛を飼育し、もっぱら
子牛生産によって肉用牛生産が続けられている。そして、生産された子牛を、草の
豊かな地域に肥育もと牛として販売し、生計を立てているわけである。しかし、一
般的に草の豊かな地方といっても、ときに降雨量が極端に少ないような年には、繁
殖から肥育までの一貫生産という形をとらず、より飼料条件に恵まれた地域に肥育
もと牛を途中で出荷していくこともある。すなわち、肉用牛の一貫生産ができるた
めには、立地的に飼料生産に有利な地域環境に経営が存在しなければならないわけ
である。

  アメリカはその点、飼料生産力の著しく異なる土地を国土に広く所有しているの
で、ヨーロッパやオーストラリア、ニュージーランドとは違った肉用牛飼養が歴史
的に成立してきた。すなわち、この国では、肉用牛の子牛生産、育成、肥育の分化
が明確になっている点が大きな特徴となっている。もちろん、繁殖肥育一貫生産を
行っているところは、アメリカの北中部(コーンベルト、五大湖周辺諸州)にかな
りみられるが、国全体としてみたとき、一貫生産はマイナーなものである。

  それというのは、アメリカでは肉用牛の繁殖経営は放棄資源利用産業と呼ばれる
ほど、粗放的に行われることが多く、そこでは離乳後の子牛を育成したり、肥育し
たりしようと考えても、それに利用できる飼料が、その周囲で入手不可能なためで
ある。雨量が少なく、土壌のやせた原野や、林地にまばらに生えた草を、放牧され
た繁殖雌牛が食べ、また、穀物収穫後の残茎を、刈跡放牧によって、あるいは刈取
り利用によって、繁殖雌牛が飼料として利用する。そういうところでは、子牛を離
乳まで育てるのがやっとということになり、そこは完全な子牛生産地帯となる。そ
れは東南部、南西部(大平原南部とテキサス)、大平原(大平原北部)に広く展開
している。もっとも、なかには草地の条件がよいところでは、離乳子牛をさらに保
留して、育成し、フィードロットに送る直前の育成牛まで仕上げていることもある
が、大部分は離乳子牛を出荷している。

  離乳した子牛が送られる育成経営は、比較的良質の草が多く生産される地域にあ
って、そこでは子牛を数か月間、主として放牧によって飼育して、フィードロット
向けに肥育もと牛として出荷できる程度の大きさに子牛を育てる。ふつうは生後9
〜12か月齢で体重320〜410kgまで、そこで育成する。肥育もと牛育成経
営は南西部、大平原、そして北中部に多い。その後、フィードロットに向けて、肥
育もと牛が輸送され、本格的に穀物中心の飼料を与えられ、肉牛として仕上げられ
る。このフィードロットは、穀物生産地にあり、以前は、コーンベルトを中心とし
て小規模な農家フィードロットが数多く集まって、ぼう大な肉牛を生産していたが、
今では、大平原南部のハイプレーンズと呼ばれる広いマイロ生産地帯と、それに続
く南西部のオクラホマ州、テキサス州に大型のフィードロットが林立するにつれ、
そこが主な肥育地となっている。

3.わが国の一貫生産の動き
  このように、土地の生産力の違いや、土地の利用形態における主力商品の違いに
よって、肉用牛の繁殖肥育一貫生産が成立しやすい立地と、そうでない立地にわか
れるものである。わが国においては、従来、子牛生産に適した地域と肥育牛生産に
適した地域は完全に分離していたのは、読者諸賢のご存じのとおりであった。子牛
生産の立地は、山村で粗飼料が入手しやすい地域に限られ、そこでは子牛生産専業
というよりも、稲作と子牛生産の複合という形で行われることが多かった。一方、
肥育牛生産の立地は、かつては大麦生産地帯の限られた地域が良い肥育牛の生産地
として名が通っていたが、今では飼料用穀物の大部分が輸入されたものになったの
で、それを容易に入手し得る場所や、大規模に肉用牛を飼育しても公害の発生が問
題となりにくい場所へと変化している。それでも、古くから銘柄牛を作出していた
地域は、地の利をえて、肥育地としての有利さを残していることには変わりがない。
その一方で、新興の肥育地として近年、目ざましい発展をとげたところも多い。

  このように、わが国では、最近まで、肉用牛の子牛生産と肥育牛生産は立地面で
完全な棲み分けをしたかのように理解されていた。もっとも、子牛価格が下落した
ときには、一時的に、安く子牛を販売することをきらって、子牛を再び持ち帰り、
肥育にまわすようなことはあったし、そういうことが例外的に推奨されたこともあ
った。古くは昭和40年代に、肉用牛の一貫生産が肉用牛生産地形成のあり方の一
つとして提案され、当時、その賛否について激しく論議が交わされたことがあった。
その後も、時折、主として子牛価格の低迷時に一貫生産が話題となったが、やがて、
一貫生産の良い面への理解が深まり、国でも積極的にそれへの取組みを勧めるよう
になった。たとえば、昭和58年の「酪農及び肉用牛生産の振興に関する法律」に
もとづいて樹立された「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」にお
いては、肉用牛の経営内ならびに地域内一貫生産の推進がうたわれている。そして
実際に、地域畜産総合対策事業や家畜導入事業資金供給事業なども実施され、その
振興に強い支えが与えられている。今後、肉用牛一貫生産は、ますます盛んになる
気配が感じられる。

4.経営的に望ましい一貫生産
  わが国のように繁殖経営と肥育経営が分離独立し、しかもそのそれぞれが必ずし
も大規模化されていない条件下では、それぞれの経営は自らの利益の追求に熱中す
るあまり、他の経営の利益に十分な配慮をするという余裕を持つことが困難であっ
た。そのため、多くの繁殖経営では、子牛が市場で少しでも高い評価をうけるよう
に願って、必要量以上の濃厚飼料を給与し、過肥とまではいかないまでも、子牛の
市場での見栄えを良くしようと務めることが多かった。しかし、多くの肥育経営で
は、そのような子牛を導入した後、飼い直しと称して、体重を減少させてから、本
格的な肥育にとりかかるのであった。そうしないことには、肥育牛が小格のまま満
肉となり、仕上げ体重として大くを望めないのであった。その場合、肥育牛に皮下
脂肪が多くなりすぎ、増体が早くから悪くなり、また、枝肉重量は小さく、さらに
脂肪をトリミングすると、正肉歩留も低くなってしまった。

  このように、繁殖経営と肥育経営がお互いに矛盾する戦略をとり、その欠点を十
分認識していても、それを改めるということが容易に行われなかったのであった。
さらにこのように、繁殖と肥育の連係が悪いとき、子牛価格の低迷による子牛生産
の縮小が肥育もと牛の不足を招き、子牛価格の高騰をもたらす。つぎにそれが肥育
経営の収益性を低下させ、それが原因で子牛価格の暴落や低迷が起こる。この悪循
環は、もし肉用牛経営が一貫化し、子牛生産から育成、そして肥育までを同一経営
内で行ったり、地域ごとにこれらを分業化し、合理的な飼育管理を計画的に行うな
らば、理論的には是正されるものと考えられる。したがって、わが国においても、
近い将来、経営の立地が許せば、肉用牛一貫生産にふみ切る人々が多くなるものと
考えられるのである。そうした折に、筆者は、昭和61年に予備的に肉用牛一貫生
産の萌芽を事例調査した鹿児島県の北西部、出水平野の中央部に位置する高尾野町
に再び赴いて、その後の変化を現地で聞き取り調査し、将来のわが国の肉用牛繁殖
肥育一貫経営のあり方や、それを成立させるための条件を検討してみた。

5.一貫生産の事例調査
  高尾野町は、昭和34年に旧高尾野町と旧江内村が合併したものである。しかし
この両地区の間に出水市の一部が入っているため、両地区は地理的には接続してい
ない。江内地区は以前から肥育地帯であり、鹿児島県下でも屈指の肉牛産地である。
そこでは肉質がとくにすぐれた銘柄牛が生産されている。一方、高尾野地区は繁殖
地帯であったが、昭和43年頃から肥育を手がける農家が現れた。これは農協が肥
育牛の取扱いに力を入れはじめたためである。昭和42年度から始まった農協によ
る肥育牛預託事業で、当時12戸が、240頭の肥育牛を飼養するようになってい
た。昭和45年度には預託平均払制度に改められ、さらに新しく5戸が参加し、1
50頭の肥育牛が新たに飼養されることになった。昭和49年度には一般預託事業
に改められ、23戸が600頭の肥育牛を飼養するようになった。昭和55年度に
は構造改善事業により、肉牛団地が造成され、そこに5戸、500頭が入場した。
今日では20戸に1,400頭の肥育牛が飼養されている。

  一方、繁殖部門も活発で、550頭が飼育されているが、肥育牛を飼っている農
家にも繁殖牛が多くいるので、そこでは個別一貫経営という形の肉用牛生産が行わ
れている。その中でも繁殖牛を10頭以上飼育しながら一貫生産に取組んでいる経
営は7つあり、これらはすでに安定的になっている。そのうち2戸を訪ねることに
した。

  A農家は、3人の労働力で、水田45a、転換畑199a、普通畑212aを利
用して、肉用牛の成雌牛26頭、子牛18頭。育成牛1頭、肥育牛86頭を飼養し
ている。借入地は水田25a、転換畑199a、普通畑172aである。借地料は
普通畑で10a当たり10,000〜20,000円である。繁殖牛は昭和53年
に5頭導入したものを増頭したものであるが、肥育牛は昭和56年の第二次構造改
善で上水流肉牛生産組合に加入して一挙に多頭肥育に取り組むまではごく小規模に
行っていたのにすぎなかった。

写真1  手造り牛舎での繁殖牛飼育

  繁殖牛舎は古電柱や古木材を利用し、横柵としては地元でとれる太い竹を活用し、
手造りのものである(写真1)。屋根はトタン張りとなっている。屋根のない部分
は、パドックとして牛が自由に往来している。この中に繁殖牛が群飼されている。
1頭当たりの床面積は4〜5uである。敷料としてはオガクズやバークが用いられ
ている。足元はつねに乾いた状態を保つよう気が配られるが、敷料交換は機械力で
行えるよう牛舎内には柱が少なくしてある。

  牛舎の一隅には子牛の別飼い施設があり、母牛と離れた子牛が自由にそこに出入
りして増し飼い飼料が食べられるようになっている。しかし、子牛は生後4,5か
月齢で離乳させ、すぐ横に、これまた同じような手造り牛舎に収容され、やがて肉
牛団地の牛舎にスペースがあると、そちらへ運ばれる。

  繁殖牛に給与される飼料は、一年中粗飼料である。1月からは青刈エンバクが刈
取れるし、やがて、イタリアンライグラス、メヒシバ、ローズグラスなどを与えつ
つ、11月までは生もしくは半生の状態の切断した草を多給する。しかし、その後
はイナワラと、あれば乾草、なければ少量の濃厚飼料を与えるのが1年のスケジュ
ールとなっている。この地域は冬も暖かく、草の生育の良い南国であるので、この
経営では牛を飼育するためにつねに草を入手する努力を続けてきた。増頭に伴って
草を多く確保することに務め、機械類の導入に当たっては、フルに稼働させうるだ
けの頭数を持つよう心がけている。幸いなことに働きさえすれば、ここでは草が手
に入るとのことである。それも牛舎から2〜3q以内に十分な飼料畑があり、今で
は飛び地での草つくりは行わないでよくなった。

  一貫生産の基本は繁殖牛が定期的に子牛を生産してくれることと考えるこの経営
では、繁殖牛の栄養状態を子牛生産に最も適した状態に保つため、ボディスコアー
を念頭に入れ、種付け時の繁殖牛の肋骨部の皮下脂肪の厚さを触診している。また、
十分な粗飼料を与えられているが、平均分娩間隔13.0か月は良い成績でないと
反省している。子牛は4、5か月齢で離乳させ、その後9か月齢まで育成的に飼育
してから、肥育に入る。肥育牛は肉牛団地にすべて収容される。なお、外部から導
入した肥育もと牛は、しばらくは観察をかねて、繁殖牛舎の一隅に入れ、この経営
での肥育方式への順応期間としている。ただ、他所からの導入牛は、牛舎が空いた
ときの補給と考えており、一貫生産によって出荷する肥育牛のほうが遺伝的にも信
用できるとのことであった。しかし、今日では肥育牛すべてが自家産の子牛からと
いうわけにはいかないのは、団地での肥育牛収容スペースが、自宅横の繁殖牛舎よ
り、はるかに大きいためである。

  肥育牛は1戸が80頭収容できる牛舎に満杯となっている。この団地には同じ牛
舎が5棟並んでいて、それぞれの牛舎間で飼養管理技術の競争がみられ、手抜きを
さけて前向きの取組みが行われている。牛舎は風通しの良いところにあり、夏でも
比較的しのぎ易いという。しかし、牛舎内に一か所、風が通らない場所があり、そ
こを改善したいと考えても、補助金の交付を受けた建物の手直しは難しいときいて
あきらめつつ8年間、がまんしてきた。ところが農業大学校を卒業して後継者志望
の長男の意見で小さな風抜きを作ったところ、大変快適になった。今では、父子は
互いに意見を述べ合って、将来に向けた経営改善に努力しているという。

写真2  肥育牛にも草を与える。

  肥育牛の飼料は、肥育直前、中、後期に分けて自家配合飼料を作成し給与する。
以前は配合飼料をバルクで購入していたが、今では単味飼料を購入し、さらにブロ
イラー式肥育では良い牛肉は生産できないと考え、前、中期には半生状態の草を与
え、後期にはイナワラを与え、肥育牛が十分に反すうするような飼料設計としてい
る(写真2)。京都に出荷された牛をみて、この経営者の愛情のこもった飼養管理
を評価して、次の出荷を待ちうける食肉買参人もいることも誇りのようであった。
ちなみに、この経営では、昭和63年7月1日から平成元年6月30日までの一年
間に、肥育牛31頭を出荷した。その平均出荷時体重は647s、肥育日数581
日、1日当たり増体重0.65s、枝肉1s当たり平均単価2,356円であった。

  つぎにB農家は、3人の労働力で、水田90a、転換田500a、普通畑155
aを利用して、肉用牛の成雌牛30頭、子牛17頭、肥育牛73頭を飼養している。
借入地は水田30a、転換田500a、普通畑105aである。この経営は昭和4
5年まで、肥育牛、繁殖牛を少しずつ増頭し、それぞれ5頭ずつ保有していた。そ
の後上水流肉牛生産組合に加入して、一挙に多頭化し、昭和55年には肥育牛80
頭、繁殖牛10頭とした。その頃から借入地を漸次増反し、飼料基盤の整備につと
め、昭和57年には繁殖牛を24頭とし、一貫生産体系に入るようになった。

写真3  パドックで日光浴する繁殖牛

  ここも繁殖牛舎は古材を利用し、手造りによって、金をかけぬ牛舎つくりをモッ
トーにしている(写真3)。牛舎の中はA農家と類似したものである。この経営は、
増頭に入ることを決めた時点で、良質粗飼料確保の必要性を痛感し、飼料作物栽培
に積極的に取り組んだ。そのため、すでに昭和53年には貯蔵飼料(乾草主体、サ
イレージも)の調製、利用を始めた。ここで増頭を支えたのが、休耕田の借地が実
現したことと、肉牛団地5戸共同利用のヘイベィラーの導入で貯蔵飼料の確保が容
易になったことであった。現在、飼料作物の作付体系は単純化されており、春夏作
はソルゴー、とうもろこし(生草、サイレージ)、ローズグラス(乾草)、秋冬作
はイタリアンライグラスおよび極早生えんばく(生草)、イタリアンライグラス
(乾草)となっている。借地はすべて部落内でみつけているので、作業は楽であり、
青刈利用ではスーパーカーで切断した草を持ち帰り、生で牛に与えている。

  労働力3人は分業体制をとり、経営主夫妻は肥育牛部門、長男は繁殖牛部門を担
当している。肉用牛1頭当たりの年間飼養管理労働時間は54時間、年間総労働時
間は60時間であり、労働力に余裕があって、長男は人工授精師の免許を取得し外
へ出ることも多くなった。さらに大学時代陸上競技の選手であったので、近くの学
校からコーチを頼まれ、そちらに時間をとられると、わかっていながら自分の牛の
種付けがおろそかになっていると反省の声を聞かされた。事実、繁殖部門の平均分
娩間隔は12.8か月で、以前とくらべ約1か月長くなっている。

  肥育牛については、過去3年間の平均で、肥育期間は去勢で19.3か月、雌で
20.1か月であった。1日当たり増体はそれぞれ0.72sと0.61s、出荷
時体重は701sと621sである。出荷時の枝肉1s当たり平均単価は、去勢で
2,200円、雌で2,182円であった。

6.飼養管理技術の使い分けが肝腎
  繁殖雌牛、子牛および肥育牛はそれぞれ養分要求量が異なっている。そのため、
一貫生産をうまく行うためには、家畜栄養面での知識を十分にもって、飼養、管理
の計画を立てる必要がある。ふつう、繁殖雌牛は維持飼料に少しの生産飼料を加え
て飼育することがよく、良質の粗飼料を主体とした飼料で飼育するのが原則である。
そして、妊娠末期の2〜3か月間と、泌乳最盛期の2か月間だけ、濃厚飼料を給与
して、胎児や子牛の順調な発育をうながすのがよい。繁殖雌牛と子牛は、日光の当
たるところで、十分な運動をさせながら生活させるのが望ましく、肥育牛とはかな
り違った飼養、管理条件下におくことが望まれる。そのため、繁殖を取り入れた経
営は、たん白質含量の多い良質の自給粗飼料を十分に入手できる立地に成立するこ
とが望まれるわけである。

  一方、肥育牛の飼育は、それとは全く逆に、運動量を少なくし、エネルギー含量
の多い濃厚飼料を多く給与し、体内に脂肪の蓄積を多くしなければならない。この
基本的な対応に関して、繁殖経営と肥育経営が独立して営まれている場合は、経験
的に身につけた肉用牛飼養管理法に従っている限り、大きな間違いをおかさなくて
済んでいた。しかし、一貫生産に新たに取組んだところでは、往々にして繁殖牛と
肥育牛の飼養技術の混同が期せずして起こってくることが多い。すなわち、肥育牛
の飼養に慣れた人々が繁殖牛を飼育するとき、運動を十分にさせなかったり、日光
に当てなかったりする一方、繁殖牛の飼養に慣れた人々は、肥育牛に十分な濃厚飼
料を食い込ませることができず、1日当たりの増体量を低くしてしまうのである。
このようなことで、高尾野町の江内地区では、もともと肥育が盛んであったため、
繁殖雌牛を肥らせすぎたものと考えられる。全国的にこうした例は数多く認められ
ている。

  そのほかにも一貫経営では繁殖牛に対して、肥育牛の食べ残した濃厚飼料を不定
期に与えることがあり、そういうところでは繁殖牛が過肥となって、繁殖成績が悪
くなっている。また、肥育牛に十分な飼料を与えているとき、同じ牛舎内にいる近
くの繁殖牛がしきりに鳴くので、ついつい余分の飼料を与えてしまい、繁殖成績が
低下したと反省する人もいる。最近では、ホールクロップサイレージを利用したと
き、従来のサイレージよりも、エネルギー含量が高いのにもかかわらず、以前と同
じつもりで繁殖牛に与えて、過肥のため繁殖障害が起こったという笑えぬ失敗を語
る人もいる。したがって、一貫経営で成功するためには、繁殖牛と肥育牛は全く違
った動物であるというほど、飼養管理面で割切った考え方をもたなくてはならない。

7.一貫生産への取り組みの心がまえ
  肉用牛一貫生産では、繁殖段階において、子牛価格を高くするための過度の増し
飼いと、肥育段階でのもと牛導入初期の飼い直しを合理的に避けることができる。
これが一貫生産の良い点の一つである。ところが、子牛価格があまりにも安いとき
には、子牛市場へ上場しても、主取りと称して再び本人が持ち帰って肥育にまわそ
うかという緊急退避的な発想の一貫経営では、すでに子牛の育成の段階で、子牛市
場への出荷を一つのゴールと考えている限り、この利点を生かすことができない。
また、高値で売れる子牛は販売して、安値の子牛を主取りして肥育しようという選
別戦略をとる農家は、さらに一貫の良い点を生かせない。それというのは、このよ
うにすれば、肥育しにくいもと牛を自家に持ち帰ることになりがちなためである。
すなわち、肥育もと牛としてすぐれていると考えられるが故に、特定の子牛が市場
で高値をつけるのであって、安値の子牛は、専門的な肥育業者の眼からみて、飼い
にくいもと牛であることが多いからである。繁殖経営主体の農家の肥育技術水準は
必ずしも高くはないから、なおさら失敗に終わることが多い。

  農協が中心となって、安値の子牛を地元で共同で肥育しようという動きにも、従
来、その構想の根底に緊急退避や選別戦略の意識があり、うまくいかないことがあ
った。また、一つの牛舎の中にさまざまな環境条件下で育った子牛が市場開催日ご
とに少頭数ずつ導入されると、ときには病気も入ることになり、良い肥育成績があ
げられなかったようである。しかも、このような共同の肥育センターでは、組合員
のわがままな態度から、子牛市場での売りぞこないの子牛の面倒をみさせられるこ
とさえあった。これでは、一貫生産がうまくいく筈はない。したがって、一貫生産
を志した時点で、子牛の市場価格に左右されることなく、繁殖から肥育まで全期間
にわたる飼養管理を合理化することによって、経営を安定させるつもりで、強い意
思と計画のもとでそれを成立させるべきである。

8.一貫化による飼養面でのメリット
  繁殖経営のうち、良い成績をあげているところは、必ず特定の個体を中心として
系統だった牛群をつくりあげている。10産以上の老牛がいれば、必ずその娘牛が
いくつもいて、連産を続けている。しかしその雄子牛は多くの場合販売されるので、
肉質に関する情報は繁殖農家にまで伝わってこない。その点、一貫経営では自分の
飼育する母牛の産肉能力の特徴を、自らの雄子牛を肥育することから、比較的容易
に把握することができる。このような情報はもちろん、農協の肥育センターを利用
しても可能であるが、多くの場合、そういうところでは県外に一部の雄子牛は出て
いくため、十分な情報をつかむことは困難である。

  一貫経営を行うことの利点の一つは、自らが産肉能力検定を行えることである。
繁殖牛は産次を重ねるにつれて、どの種雄牛との交配によって、相性よく産肉成績
のよい子牛ができるかが確認できる。その情報を自らの経営方針の中に導入し、不
良牛の淘汰が早目に行えるわけである。もし、ある母牛が一産目に雄子牛、2、3
産目に雌子牛を産んだとき、雄子牛を肥育して肉質をみようとすると、最近では生
後30ヵ月が必要である。そのとき、2産目の雌牛はもはや妊娠中である。そうい
う場合、肥育した牛の肉質が悪ければ、妊娠中の娘牛は1産をとってから、肥育に
回される。その牛は7、8ヵ月肥育すると、すでに骨格が大きくなっているので良
い価格で売れる。また新しく生まれた子牛を肥育する場合にも、およその肉質が推
定できるので出荷時の枝肉単価が想定でき、生産費をどれだけにすべきかを予め計
画できる。このように一貫経営では生産の目標を立てやすい。

  一貫経営では繁殖牛の飼育、更新用の雌子牛の育成、肥育牛の育成と肥育、不妊
牛や老廃牛の肥育、さらには酪農経営では乳房炎などの事故牛の肥育など、さまざ
まな飼養管理の技術を身につける重要がある。繁殖牛に対しては、良質の粗飼料を
十分に確保することが大切であるし、運動場の設置も必要である。一年一産を続け
るためには発情の看視も必要である。そのため、牛の飼育に長い経験のある年長者
とか、逆に若いけれども人工受精師の資格を持つ人たちが繁殖部門を担当すること
が多い。繁殖牛の発情の発見には朝夕、牛を落ち着いて看るだけの時間的余裕があ
る人がこれにあたるのが一般的である。群飼いしていると、発情は乗架し合うので
牛が教えているが、それを見逃すことのないようにしなければならない。

  更新用の雌子牛の育成は、古くから当才でしめて2才でゆるめよと言われる。若
い時期に濃厚飼料を多く与えて、過肥にすることは将来繁殖に適切でない。むしろ
良質の粗飼料を十分給与することが望まれる。これは将来肥育される雄子牛におい
てもあてはまる。その後、離乳してからも良質の粗飼料を十分給与することが望ま
しい。そういう点が繁殖牛や肥育牛とで異なっており、この育成の時期にたん白質、
ミネラル、ビタミンを十分に与えておかないことには将来良い牛とはならない。つ
ぎに本格的な肥育に入るとき、粗飼料をできるだけ少なくし、エネルギー含量の多
い飼料を十分食い込ませることが大切である。その間、生理的状態の悪化による疾
病の発生に注意し、枝肉市況をみながら出荷方針を決定しなくてはならない。肥育
牛はときどき体重測定をすることが望ましいので、頭数を増加させたときは、牛衝
器が必要である。体重が大きくなった肥育牛は、食い止みを起こすことがあるし、
また足許の状態が悪いと肢蹄を傷めることもあり、その飼養管理には繁殖牛とは異
種の苦労がある。そのため、肥育牛は繁殖牛とは別の牛房で飼育するのがよい。し
たがって、仕上げ牛舎をつくり、後継者がいて、つねに落ち着いた気持ちで精密に
管理しているところで上物率が高くなるといわれるのには、理由があるように考え
られる。

  不妊牛と老廃牛の肥育は、一貫経営をより上手に行うために重要である。種付き
の悪い雌牛は、もしその原因が発情適期に人工受精を施さなかったことでなければ
早目に肥育するのがよい。そのため、繁殖生理についての知識をある程度持ち合わ
せることが大切である。老廃牛は、やせたままで販売するよりも、いくぶん肉をつ
けてから出すほうが高くなるが、年齢によっては、給与する飼料費が肥育による増
価額より大きいことにもなりかねない。また、乳用種では、泌乳能力の低いものや、
乳房炎を起こしたものは、不妊牛とともに肥育にまわされるが、その肥育期間は短
くて2、3ヵ月、長くて5、6ヵ月が適当である。これらの不妊牛や老廃牛は従来、
濃厚飼料をごく少量しか与えられていないので、肥育牛の食べ残しを掃除させるよ
うにして与えてもよく食べてくれる。しかし、いつまでもそれを好んで食べるわけ
ではなく、1ヵ月程度経つと見向きもしなくなるものが多い。そのため、肥育して
出荷しようと考えるならば、どうしても濃厚飼料の購入量が増加する。そのあたり
の判断をどうするかによって一貫経営の収支に微妙な差異が生じる。このように一
貫経営にはさまざまな技術的対応が必要である。

  一貫経営においてはふつう飼料基盤の整備につとめながら、徐々に増頭する方針
がとられる。その過程で、自己の経営内で生産される雄子牛の頭数がまとまらない
ときには、ほぼ同じ月齢の子牛を外部から導入して肥育頭数をある程度多くするよ
うな、いわば繁殖、肥育併存経営の形態をとることもある。これは将来、繁殖牛が
贈頭されたとき、真の一貫経営になる前段階ともみられる。しかし、今では、利用
可能な耕地を増大させようと借地も増加しているが、やはり土地の確保が畜産農家
にとって困難なことが多い。そうした中で、農業所得の拡大のため、小規模な一貫
経営では外部から肥育もと牛を導入することはやむをえないことであろう。そして
その場合、肥育部門を農協の預託とすると、資金的な制約はかなり緩和される。当
分はこういう形態の経営が増加するように考えられる。

9.一貫経営に適した立地と技術
  繁殖と肥育の一貫経営には、このように技術的に難しい条件がいくつもある。そ
のため、誰でも、どんな環境条件下でも成功するものではない。一貫経営という言
葉が一時的に流行したといってもそれにふみきるには並々ならぬ決心が必要である。
一貫経営は、地域の条件と自分の経営の立地を十分調べた後に計画性をもって始め
られるべきである。そこで一貫経営の成立する飼養技術的条件を最後に箇条書きに
すれば、つぎのようになろう。

(ア)繁殖牛を飼育するため、自給粗飼料とわらを多量に確保できること。
(イ)子牛を育成するために十分な量の良質の粗飼料がえられ、また日光の下で運
  動できる場所かあること。
(ウ)肥育牛に給与する濃厚飼料が、安く大量に入手できる立地であること。
(エ)繁殖牛、子牛、肥育牛のそれぞれを飼育するとき、養分要求量についての栄
  養学的知識をもち、その基本どおりの飼料給与が行えること。
(オ)牛舎の改築への投資を多くせず、繁殖牛、子牛、肥育牛のそれぞれに快適な
  飼育場所を用意し、給餌をはじめ、日常の観察が十分できるようにすること。
(カ)その地域に肥育を行う農家が多く、肥育牛の出荷に特別に多くの経費がかか
  らないこと。




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