グラフで見る牛乳・乳製品需給


最近の牛乳・乳製品需給の時系列分析 その1

企画室  田原 高文


1.はじめに

  牛乳乳製品の需給動向、すなわち生産と需要の動向を的確に捉えることは、生産
者やメーカーが生産計画を立てる上で、また将来の価格動向を占う上で、更には生
産者団体等による需給調整を的確に行う上で極めて重要である。

  しかし、牛乳乳製品の生産および消費は、それぞれ特有の季節変動を伴いながら、
天候要因等のその時々の特別な要因の影響を受けて変動しており、これらの変動が
正確な需給動向の把握を一層困難なものとさせている。すなわち、月別や四半期デ
ーターの変動が、季節変動によるものなのか、特殊要因によるものなのか、それと
も趨勢として増加もしくは減少傾向にあるのか、これらの要因ごとに影響を分離し、
需給変動を把握することは困難な作業であった。

  このため、生産や消費の動向を把握する方法としては、計算が簡単で、季節変動
の影響を回避しうる対前年同期(同月)比が広く使われてきた。しかし、対前年同
期(同月)比は、1年という中期の動向把握には使用できるものの、前月との比較
や数ヵ月タームの短期の動向把握には使いづらいという欠点がある。(対前年同期
(同月)比を使って中期の動向把握を行おうとする場合でも、前年同期(同月)が
特別な要因によって変動していた場合には、比率が需給実態以上に拡大されたり縮
小されて出てくるという欠点がある。)短期の動向を把握するには、まず、生産や
需要のデーターを季節調整する必要があり、そのためには少なくとも移動平均の算
出等複雑な計算が必要であったが、パソコンの普及によりそのような面倒な計算か
ら開放されたばかりでなく、市販のソフトを使って季節変動ばかりでなく特殊要因
による不規則変動の除去等の高度な統計処理を手軽に行うことができるようになっ
た。

  本稿では、経済企画庁が開発したEPA法により、季節変動の計算及びその除去
(季節調整値の計算)、更には不規則変動を除いた傾向循環値の計算を行い、牛乳
乳製品の生産及び需要の季節変動を改めて把握するとともに、従来の対前年同期
(同月)比による需給認識と比較しながら、新たな視点からの牛乳乳製品の需給動
向の把握を試みた。

  なお、季節変動や傾向循環等の分析は、原則として1985年1月から1990年7月まで
の5年7ヵ月間のデーターに基づいて行った。各月の生産、消費の水準が直接比較で
きるよう1日当たりの水準について分析を行っており、牛乳乳製品統計等において
通常接する各月の総生産量の動きとは異なる場合もあるのでご注意願いたい。

2.生乳生産

  生乳生産は、長期的にみれば、1973、74年度、また最近では86年度に前年を下回
ったものの、基本的には増大する国内需要を背景に年々拡大してきた。特に88及び
89年度は前年度比それぞれ3.9%、5.4%増と高い伸びを示し、89年度には813万ト
ンと初めて800万トンの大台を超えた(図1)。

  生乳生産の動向を各月の1日当たりの生産量でみると、図2のとおりであり、典型
的な季節変動を描きながら増大している様子がよく分かる。この1日当たり生乳生
産量が更に統計処理することによって、最近の生乳生産の特徴をみてみよう。

(図1)牛乳乳製品需給の推移

(図2)1日当たり生乳生産の動向

(1)生乳生産の季節変動

  1日当たりの生乳生産の季節変動だけを分離したものが図3である。生乳生産の季
節変動は、季節の変化に伴う乳牛の生理、給与飼料構成の変化等によって生じると
言われているが、その変動は、我が国の場合、極めて規則的であることがよくわか
る。年明けから上昇に転じた生産は、4〜7月に大きな山(6月がピークで、年平均
を100とした場合106〜7。90年6月は106.6)を示し、その後減少に転じ、11、12月
に底(11月がもつと最も低く年平均の94〜5。89年11月は94.7)を打ち、再び回復
するというパターンを規則的に繰り返している。

(図3)1日当たり生乳生産の季節変動

  これを北海道と都府県ごとに見てみると、基本的パターンは共通しているものの、
それぞれ固有の特徴を有している(図4)。

  一つの違いは、ピーク時期の相違であろう。北海道は、5〜7月に山があり、特に
6月がピークとなっているのに対し、都府県では、4〜6月に山があり、5月がピーク
となっており、都府県のピークが1カ月早く現れている。一方、生乳生産が低水準
なのは、北海道は11〜2月であり、その間ほぼ平らな底を作っている。他方、都府
県の底はそれより早く9〜12月であり、11月が最も生産水準の低い月となっている。
このように、都府県は、北海道より1〜2カ月先んじて生産の増減を繰り返している。
なお、都府県の場合、底の時期の中でも、10月に若干持ち直しの傾向が見られるが、
これは、いわゆる夏バテからの乳牛の回復を示しているのであろうか。

  もう一つの大きな相違は、季節変動の大きさ(幅)である。北海道では、ピーク
が年度平均の111程度、底が93程度と変動幅が大きいのに対して、都府県では、そ
れぞれ106、96程度と変動幅が小さい。これは、北海道は、都府県に比べ、自給飼
料依存度が高いことに加え、飼料生産や乳牛に及ぼす気象条件の厳しさを物語って
いるものと考えられる。しかし、近年、北海道の変動幅は、縮小する傾向(例えば、
85年度は6月113.1、12月90.9とその差は22.2%もあったのに対し、89年度は6月111
.5、11月93.3との差は18.2%に縮小)にあり、このことは、飼養技術の向上による
側面もあろうが、給与飼料構成の変化、すなわち、近年の濃厚飼料や通年サイレー
ジ給与量の増加によるところが大きいと思われる。

(図4)北海道、都府県における1日当たり生乳生産の季節変動

(2)最近の生乳生産の動向

  図2の1日当たり生乳生産量から図3の季節変動を除去したものが図5における実線、
つまり、1日当たり生乳生産量の季節調整値である。季節変動の除去により、長期
的な動向ばかりでなく、短期の変動も各月の水準を直接比較することにより容易に
(視覚的に)把握できることがご理解できよう。更に、季節調整値からその時々の
特別な要因によって生じたと考えられる不規則変動を統計的に除去したものが破線
の傾向循環値である。(統計的には、この傾向循環値には年をまたがった中長的の
循環変動(例えば、豚に見られるピックサイクルと呼ばれる変動)も含まれるが、
生乳生産の特性からしてこのような循環変動はほとんどないものと見られる。)

 それでは、こうして得られた季節調整値及び傾向循環値の推移を日頃見なれた対
前年同月比のグラフ(図6)と見比べながら見てみよう。

  まず、対前年同月比の動きから見てみよう。85年度を通じて高い伸び(102〜5%)
を示した。1日当たりの生乳生産の対前年同月比は、86年度に入って厳しい減産計
画が実施されたにもかかわらず、年度当初は引き続き高い伸びを維持し、前年水準
を下回ったのはようやく9月に入ってからであった。その後、年末にかけて前年を1
〜2%下回って推移した後、年度末にかけて大きく落ち込んだ。一方、1日当たり生
乳生産量の季節調整値は、85年度を通じて一貫して上昇し、86年3月には、20.9千
トンと年間760万トン相当の水準に達した(85年度の生産実績744万トン)。減産計
画が実施された86年度に入って、4月から生産水準は急速に落ち込み、対前年同月
比が前年を下回り始めた9月以降はむしろ生産の減少にブレーキが掛かっている。
その後、年明け以降年度末にかけて減産計画達成のため、相当厳しい生産調整がな
されたため、対前年同月比も大きく落ち込んだ。

(図5)1日当たり生乳生産の動向(季節調整値及び循環傾向値)

  87年度から88年度にかけて、対前年同月比は順調な生産の回復を示している中で、
87年度末に大きな突出した数値を示している。これは明らかに、前年同期の水準が
低かったことに起因するものであり、87年末や88年度当初の月と比べて87年度末が
どの程度生活水準が高いかは、図5を見れば明らかであろう。わずかに傾向循環値
を上回っているにすぎない。一方、季節調整値は、87年4、5月には早くも86年秋の
水準(1日当たり20.2〜3千トン、年間740万トン相当)まで回復し、その後、夏か
ら秋にかけてほぼ横ばいで推移した。同年11月に、飲用需要の急増に対応して特別
調整乳が配分されたが、その効果が実際に現れるのは翌年に入ってからである。88
年1月以降、生乳生産量は、徐々に増大に転じるとともに、88年度後半にかけて増
産速度(図5における傾き度合い)も尻上がりに上昇してきた。増産速度は、88年
秋から暮れにかけて最大(88年8月20.8千トン→12月21.5トン、対前月比0.8%ペー
ス)を記録した。この結果、89年3月の季節調整値は、22.0千トン、年間800万トン
相当水準に達した。

(図6)1日当たり生乳生産の動向(対前年同月比)

  89年度に入って、1日当たり生乳生産の季節調整値は、前年度2、3月が、相当高
水準であったこともあり、4、5月は落ち込んだものの、その後順調に増大した。90
年1月には前年を下回り、増産速度にもブレーキが掛かり始めたが、3月には22.8千
トン(年830万トン相当)と過去最高を記録した。一方、対前年同月比は、89年度
を通じて前年を大きく上回って推移したものの、伸び率は、徐々に低下し、90年3
月には103.6%に低下しており、このことから、3月の水準が過去最高であったこと
を読み取るのはなかなか困難であろう。

  90年度に入ってからは、対前年同月比は、次第に低下しているものの、いずれの
月も前年を上回っている。一方、季節調整値は4月以降減少に転じ、7月には、季節
調整値で22.1千トン(年808万トン相当)、傾向循環値でも22.3千トンまで低下し
ている。(季節調整値で議論するに際しては、調整値あくまで当月の生産水準であ
り、年間生産相当値はそのまま年間生産量を意味するものでないことに留意する必
要がある。)

  本年度に入ってからの生乳生産の低下の要因については、計画生産の浸透、長期
の高温が搾乳牛に与える悪影響、乳牛の更新の進展に伴う牛群の若令化等様々な要
因が指摘されている。このうち、計画生産については、目標が前年度を上回る水準
であっても、本年3月の水準(年830万トン)よりも引き下げる必要があることは明
らかであり、計画生産が一つの要因として寄与していることは否定しえない。しか
し、7月までの生産の低下は、関係者の予想を上回るものであり、計画生産以外の
構造的要因や気候要因も大きく寄与していると考えられる。

  なお、図5における実線と破線の隙間が、統計上、不規則変動として捉えられた
ものであるが、生乳生産の場合は、一つの特徴が見られる。それは、3月に、時に
は2月にも大きな不規則変動が見られることである。これは、年度ベースで計画生
産が行われており、年度末に計画達成に向けての強力な調整圧力がかかるであろう
ことから容易に理解できる。85年及び86年の3月には、プラスの不規則変動が見ら
れた後、87年2、3月には大きなマイナスの不規則変動が見られるが、このことは、
86年度の計画生産が減産計画であり、年度後半にかけて相当の減産調整が行われた
ことを物語っている。88年3月、89年2月及び3月には、逆にプラスの不規則変動が
見られ、国内の乳製品需給の逼迫を受けて増産圧力が掛かっていたことが伺える。
本年3月については、北海道では、前月水準を下回ったものの、都府県ではプラス
の変動が見られたことから、全国平均ではプラス側に変動している。

3.飲用需要

  次に、飲用需要について見てみよう。80年代前半から中頃にかけて低迷していた
飲用需要は、87年度には対前年度比5.9%増と極めて高い伸びを示し、88年度以降
も前年度を上回って推移している(図1)。これを、月別に1日当たりの飲用牛乳等
向け生乳処理量で見てみると、生乳生産同様極めて規則的な季節変動を繰り返しな
がら増加してきた様子がよく分かる(図7)。

(図7)1日当たりの飲用牛乳等向け生乳処理量の動向

  それでは、この月別の1日当たり飲用牛乳等向け生乳処理量をEPA法で解析し、
飲用需要の季節変動と最近の動向を見ることにしよう。

(1)飲用需要の季節変動

  月別の季節変動係数をグラフ化したものが図8である。年による変化がほとんど
なく、毎年ほぼ一定のパターンで規則的に変動を繰り返している。基本的には、夏
場に消費が伸び、冬場は落ち込むという構図であり、ピークはそれぞれ109〜110%、
89〜90%と、その格差は20%にも達している。更に月別に見てみると、夏場のピー
ク時においても、7、8月に落ち込みが見られ、冬場の不需要期には逆に2月に小さ
なヤマが、別の見方をすれば、1、3月に消費の落ち込みが見られる。この現象の最
大の要因は、学乳の一時停止にあることは明らかであろう。しかし、この他にも様
々な要因、例えば夏の最盛期の高温が需要に与える影響、学乳の一時停止に伴う代
償的な市販牛乳需要の増大等が複雑に絡み合っており、学乳が具体的にどの程度影
響を与えているのか、また、このような制度の影響を排除した本来(自然体)の消
費パターンが如何なるものなのかは今後更に分析する必要がある。

(図8)1日当たりの飲用牛乳等向け生乳処理量の季節変動

(2)最近の動向

  図8の季節変動を排除した1日当たり飲用牛乳等向け生乳処理量の季節調整値と更
に不規則変動も除去した傾向循環の動き(図9)を対前年同月比の動き(図10)と
比べながら見てみよう。

(図9)1日当たりの飲用牛乳等向け生乳処理量(季節調整値及び傾向循環値)

(図10)1日当たりの飲用牛乳等向け生乳処理量(対前年同月比)

  1日当たり飲用牛乳向け生乳処理量の対前年同月比は、86年秋までは、100%の線
をまたいで変動を繰り返しているが、その変動幅は、当月の水準ばかりでなく前年
同月の水準の影響を受けて大きく変化している。一方、季節調整済み処理量は、86
年秋ごろまでは、11.8千トン水準(年間430万トン相当)で安定的に推移しており、
図10に見られる対前年同月比のピーク(85年6月、7月及び86年8月のマイナスのピ
ーク、86年6月のプラスのピーク)は、いずれも前年同月の処理量と当月の処理量
がそれぞれ傾向値に比べ逆の方向にブレたために生じたものであり、85年6月を除
けば、処理量自体はそれほど大きな変動は見せていないことが分かる。

  その後、季節調整済み処理量は、86年12月から翌年3月にかけて12.0千トン水準
に達し、87年4月には前年に比べ約300トン、2.5%増という単月としてはまれに見
る高い伸びを記録した。その後もこの傾向に続き、6月には12.5千トン台に達し秋
口にかけて若干の停滞は見せたものの、88年に入っても順調に増大し89年1月には
13.5千トンに達した。この需要の増大の要因については、生乳取引基準の改訂に起
因する市販牛乳のグレードアップ、消費拡大努力の成果、他の飲料に比べての価格
優位性及び安定性等様々な議論がなされているが、いずれも中長期的な要因とはな
りえても今回の一連の需要増のきっかけとなった87年4月から6月にかけての爆発的
ともいえる処理量の増大についての説明としてはなお不十分ではなかろうか。

  87年4月から88年末にかけての需要拡大期の動きを対前年同月比の数値と比較し
てみると、87年4月から6月にかけての急拡大の時期はいずれも似た動きを示してい
るが、7月から12月にかけて処理量の伸びが若干停滞した時期に対前年同月比は、
105%を上回る水準となっており、対前年同月比から消費の伸びの鈍化を読みとる
ことは、なかなか難しかったと思われる。また、88年に入って、対前年同月比は、
3月の107.4%から8月の102.7%へと大きく落ち込んでいるが、その要因の一つは、
前年3月の水準が低かったことであり、7月及び8月の1日当たり処理量の落ち込みは、
対前年同月比の動きから受ける印象ほどには大きくないことが見てとれるであろう。

  次に、89年に入ってからの様子を見てみよう。

  季節調整済み処理量のグラフは、飲用消費の動きが89年に入って大きく変わった
ことを示している。すなわち、それまで順調に拡大してきた飲用需要は、89年に入
って伸びが大きく鈍化し、89年3月に13.6千トン(年間500万トン弱相当)に達した
後はほぼ横ばいとなり、5月、6月には逆に相当の落ち込みを見せるにいたった。一
方、対前年同月比は、年当初は、従来と同じ高い伸びを示し、その後も伸び率は徐
々に低下しているものの依然として前年を上回って推移しており、季節調整済み処
理量が示しているような明瞭な変化は示していない。

  その後、90年度に入って、飲用消費は再び新しい動きを示し初めている。まず、
季節調整値は、5〜7月と3ヵ月連続して再び大きな伸びを示し、7月には14.0千トン
(年間510万トン相当)を超え、傾向循環値で見ても13.9千トンに達している。ま
た、対前年同月比も、前年5、6月の水準が低かったこともあるものの、5〜7月にか
けて2.3、3.7、3.6%と再び大きな伸び率を示している。

  今回の一連の飲用消費の拡大要因、特に、87年春、88年秋、そして90年春にみら
れる消費の急増要因については、体系的かつ極力定量的な分析が待たれるところで
ある。

  次回(グラフで見る牛乳・乳製品需要(その2)」は、加工仕向生乳の発生と主
要乳製品の生産動向についてみてみよう。


元のページに戻る