★ 国内現地の新しい動き


消費者重視で発展する牛肉の産直
−京都生協と芦別市の提携−

京都大学農学部畜産資源学講座 教授 宮崎 昭


生協の躍進

 消費者の食肉購買活動は、時代とともに変化してきた。昭和40年以前は専門小
売店利用、すなわち、「肉は肉屋さんで買う」ことがもっとも一般的であった。こ
の購買行動がスーパーマーケット(以下「スーパー」と書く)の出現で変化した。
アメリカで著しく発達したスーパーが日本に現われる以前、昭和30年代の前半の
ことと思うが、農林省が主催したアメリカ流通事情の調査に加わった人が、帰国し
てから、「アメリカには一か所で日用品が何でも買い揃えられるセルフサービス形
式の市場が多くなっている。それは一般に超市場と称せられている」と報告した。
今日、スーパーを超市場と云う人は日本にはいないと思うが、カタカナのない中国
では、スーパーを超市場と書いているそうである。

 スーパーのはしりともいえるセルフサービスの新しい店が日本に現われたのは、
昭和30年代後半からである。しかしその当時、経営は必ずしもうまくいっていな
かった。そこで巷では、スーっと現われた店が、パーっと消えるから、スーパーだ
などと云ったようである。しかし、やがて便利な買物はスーパーでということが一
般化した。

 一方、生活協同組合(以下「生協」と書く)活動の拡大も注目すべきことであっ
た。わが国の生協運動は、昭和40年代後半以降、目覚ましい急成長をとげたが、
それは事業面において、地域の購買活動が躍進したことによる。共同購入事業や産
直を通じたいわゆる専業主婦層の社会参加は全国的に拡大し、暮らしに根づいた地
域社会活動を活性化させた。

 農産物に関して、安心・安全・安価を旗印としたこの動きは特徴的なものであっ
た。それが消費者に歓迎され、今では生協は流通に大きな位置を占めるに到った。


生協利用者は安全性を求める

 牛肉の購入先を定期的に調べている財日本食肉消費総合センターの「季節別食肉
消費動向調査報告−第24回消費者調査−」(平成2年12月調査)をみると、ス
ーパーで牛肉を購入する頻度はもっとも多く、52.0%となっている。それにつ
いで専門店利用は34.2%であった。しかし、専門店利用は、豚肉では26.2
%、鶏肉では24.3%であったから、牛肉は今でも専門店でよく購入されている
ことになる。それは牛肉を購入する場合、単価も高く、また栄養や健康を考えてと
いうよりも美味しさを求めて買われるためであろう。

 つぎに牛肉を生協を通して購入する消費者は18.9%であった。この生協利用
は着実な伸びをみせ、今では組合員という強い支持母体をもちながら、安定的に発
展しているようである。この生協利用においては、スーパーや専門店利用と意識の
点でかなり違っている。まず注目できる第1点は、前述の調査報告(複数回答)の
中で、生協利用者が「安全性の点で信用がおけるために」生協で食肉を購入してい
ることである。「安全性」という選択項は生協利用理由の中で、51.5%と著し
く高い。それに対し、スーパーではそれがわずか0.4%、専門店においても5.
0%にすぎない。

 生協利用の第2点は「品質がよい」ということである。これは恐らく安全性をも
念頭に入れての選択と考えられるが、「品質がよい」は44.1%とこれまた著し
く高くなっている。同じ理由についてスーパーでは6.3%と著しく低い。ただ、
専門店では「品質がよい」が62.1%と著しい高さを示しているのは、牛肉が豚
肉や鶏肉とちがって、100g当たり安いものでは200円程度から、高いもので
は500円以上まで、いろいろな価格帯で購入されていて、専門店では品質がよく、
単価も高い牛肉がよく買われているためと考えられる。

 それ以外の生協利用の理由として、「安い」、「一か所で品揃えができる」がそ
れぞれ17.2%と14.8%であったので、生協利用の主な理由が「安全性」と
「品質がよい」の2点に集約されるとみなしてよい。ちなみに、専門店利用の理由
は「品質がよい」についで、「好きな量を自由に買える」43.5%、「近所にあ
る」19.4%、「品数が多い」17.2%、スーパー利用の理由は「一か所で品
揃えできる」が37.5%でもっとも多く、ついで「安い」27.1%、「選びや
すい」25.7%、「近所にある」24.2%、「品数が多い」21.1%、「気
がねしない」20.7%で、生協利用の理由とはかなり相違があった。


時が流れを先取りする生協産直

 生協で牛肉を購買する消費者のこのような意識は、実は最近、世界的に問題視さ
れる食品の安全性への関心の高さを先取りしているように思われる。それはまた、
人間の住む環境を重視しようとする動きとも密接な関わりをもつことである。第二
次世界大戦後、世界の人口の増大に対応して、食料の増産が重要となった過程で、
農業先進国ではエネルギー多投入型農業を展開し、生産を拡大していった。化学肥
料の投入、農薬の利用は、農業の生産性を飛躍的に増大させたかたわら、長期間に
わたるこの種の生産方式の採用は農業生産における持続性の崩壊や地力の減退など
をひきおこした。そればかりか、地下水汚染や生態系の破壊、農産物の安全性への
懸念など地球環境問題として、今日大きくクローズアップされることになった。

 この潮流を知った上で、生協では消費者に望まれる農産物とは何かを考え、産直
商品・運動の指針を作成しているところが多い。それが流通における生協のシェア
拡大につながっているように考えられる。これは生協運動の購買事業の将来のあり
方と大きな関連がありそうである。その中で京都生協が試みている牛肉の産直は、
生産者、消費者、そして行政の三位一体、いわば産消長官一体の新しい取組みとし
て、全国的にもユニークなものであるばかりか、その運営が円滑に行われている点
で注目すべきことである。それは将来のわが国の肉用牛生産のあり方との関連で興
味深いものである。

 この産直商品の運動の指針は、@よりよい品質(鮮度・味)、安全性、計画的で
安定した利用と生産、A消費者にとって、より安く、生産者にとって、より農業経
営に貢献し、B双方の立場や状況を理解し合い、農業や消費生活について、互に学
習し、提携・協同の実践を強め、互の未来への展望を作りあげることである。この
方針にもとづいて、京都生協は北海道芦別市との間で、昭和50年以降、ジャガイ
モ、タマネギ、グリーアスパラガス、カボチャ、メロン、ユリ根、コメ、切花の産
直を行ってきた実績に加え、平成2年から牛肉の産直をはじめた。

 芦別市は北海道のほぼ中央に位置し、総面積869kuと全国の都市の中で4番
目の広さをもちながら、人口26,000人余りと密度の薄いところである。昭和
63年に環境庁から、「星空の街」に認定され、それ以降、「星の降る里 芦別」
として一躍有名になった。かつては炭鉱の街として栄えた芦別は、今では農林業、
観光の街へと生まれかわっている。日本一多くの星のみえる芦別は今や北海道旅行
の若者に人気のある街となった。


消費者重視の生産

 京都生協は以前から鳥取県の農協と一緒になって、牛乳の産直を続けてきた。そ
れに加えて、その後COOP美歎(みたい)牧場を設立し、牛肉の産直を行い、現
在、毎月70頭の肥育牛の牛肉が、京都生協を通して組合員に送られている。この
経験をふまえて、京都生協は芦別市との牛肉の産直を計画した。

 平成元年、芦別市、芦別市農協および京都生協は共同出資し、活ー別畜産振興公
社を設立し、牧場を芦別市内で運営することを決定した。この牧場はもとは市営牧
場で、昭和45、46年度に国の補助事業で90haの草地を造成し、市内畜産農家
の牛の放牧に用いられてきた。しかし昭和57年度をピークに、放牧頭数が年々減
少し、昭和62年度にはそれが68頭となり、このままでは運営が困難と判断され、
その年度をもって、預託に終止符がうたれた。

 その一方で、この牧場の新しい利用方法を求めて、市営牧場開発プロジェクトが
翌63年に発足した。そこでの検討の中で、芦別市と農産物の産直取引に12年の
経験を有し、さらに生協組合員の親と子の自然教室を4年間芦別で開いた京都生協
がこの牧場を活用した牛肉の産直を申し出て、承認された。それを受けて、芦別市
が事業主体となり、補助事業による牧場の整備を行い。新たに草地70haが造成さ
れた。そして、市内畜産農家の育成牛の預託事業の管理を行うとともに、肉牛の産
直牧場として、平成元年10月に開牧されることになった。そこで生産された肥育
牛の牛肉は、全てが京都生協に供給されることになっている。価格は相場に関係な
く年間契約するので公社の経営は安定する。

 職員は合計4名、うち1名が場長として総括にあたり、3名が飼養管理業務を担
当している。建物、施設として主なものは、看視舎1棟、畜舎5棟(うち育成舎1、
肥育舎4)、敷料庫、農具舎、乾草飼料調整庫各1棟である。新生子牛の哺育のた
めのカーフハッチ68基、スーパーハッチ16基も備えられている。機械、器具に
ついても必要なものが揃っている。これらの多くは補助制度に支えられて整備され
ている。

 肉牛飼養の概況は、平成3年3月末で、ホルスタインが85頭、F1 が116頭、
計201頭であった。この頭数はやがて600頭にされる予定であり、将来、それ
も5年後には2,000頭に増頭される計画である。

(写真1)自家配で粗飼料も加え、健康的に牛を飼う

(写真2)冬季にも凍結しない地熱利用の自動給水装置

導入、販売の実績をみると、操業以来、ホルスタインは導入322頭、死廃7頭で、
育成率が97.9%、F1 は導入150頭、死廃3頭で、育成率が98.0%と成
績はきわめてよい。

 肥育牛が全頭出荷される京都生協は、わが国で牛肉消費の歴史が古く、また、今
日、もっとも多くの牛肉を消費する場所にあるため、他の地域の生協とは違った流
通を考えなければならない。すなわち、京都の消費者は牛肉を量的に多く食べるだ
けでなく、質に関しても強い関心をもっている。しかも、良い牛肉をいくぶん安く、
多く消費する傾向さえある。そのため、組合員に対して、安いだけの牛肉を供給し
ようとすると、さっぱり人気がなくなる。たとえば肥育牛からとれた牛肉のフルセ
ットを組合員に分配するようなことがあれば、欲しくもない部位つきなら、生協を
利用せずに、専門店などで、欲しい部位だけを買うというのである。

 その事情を知る生協は、北海道から肥育牛全頭の部分肉を仕入れても、口のこえ
た組合員に対しては、好まれる部位のみを販売し、残りは別の会社へ転売するほど
である。また、京都生協は30店舗を有する店売りと、共同購入の宅配に牛肉を割
振りしなが、商品を上手に回転させている。宅配では申し込み制となっているので、
仕入れた牛肉には確かな売行きがあるし、それで余った分は、店売りとすることも
ある。それによって合理的な営業を行うことができるわけである。京都生協では、
牛肉が割安になるといって、ブロックで配給したり、また求めもしない牛肉部位を
押しつけて、有難く食べろなどというやり方は通用しないのである。

 北海道から京都に送られてきた箱詰め部分肉をさばいて、パック入り商品とする
技術者は、変な品質の牛肉を京都の人に売るわけにはいけないという強い信念をも
っている。彼らは地元京都の専門店で長年修行をした人々であるだけに、京都人の
牛肉の好みを十分に知っているのである。彼らの基準にあわない牛肉が送られてく
れば、「山(牧場のこと)はどうしている」と強い注文をつけるので、そうならな
いように肥育牛を生産しなければならないのである。


品質の向上とコストダウン

 そのため、牧場では良い肥育牛をつくるための努力をしている。生協で安全性を
強く求める動きがあることを知って、生産の現場はガラス張りとし、肥育牛生産の
条件、すなわち、肥育もと牛、飼料、飼養管理方式は誰でも見ることができること
にしている。これによって、一般の市販牛肉と差別化できるとともに生協組合員の
強い支持を受けることができるようになる。当然、飼料添加物や薬品の使用には厳
重な配慮を続けているし、肥育牛に対するさまざまなストレスの除去にも心がけて
いる。

(写真3)敷料を十分に入れ、ストレスを防ぐとともに、1頭当たり最低2坪の面
     積を確保する。

 流通担当者も生協組合員に好まれる牛肉を送るための努力をしている。彼らは牧
場の職員とつねに連絡をとり合って、商品の品質向上に工夫を怠らない。この物流
に携わる人々は京都生協北海道事務所を舞台に肥育牛の帯広市への輸送、枝肉の生
産、部分肉の箱詰めと保管、そして、京都への部分肉の発送の任にあたっている。
北海道事務所の西出正昌所長は芦別青果卸売鰍フ前常務で、京都生協と10年以上
のつきあいのキャリアを見込まれてスカウトされ、地元の農業と京都の消費の事情
にきわめて詳しい人である。また、帯広市の食肉加工処理会社で京都向けに十勝牛
の牛肉を送っていた人も抜擢されて、この産直による牛肉の流通の任にあたってい
る。そのため、芦別の公社から京都へ送られる牛肉を選択する目は確かなものにな
りつつある。

 このような人々が肥育牛の仕上がり状態を点検する過程で、肥育牛の品種、給与
飼料の内容を変化させるのである。品種を例とすれば、ホルスタインよりもF1 が
肉質の点で好ましいと知ると、牧場はF1 を増頭する。このF1 は興部農協との契
約で生産されていて、生後8〜9か月齢、体重270〜320sで牧場へ導入され
て肥育される。一方、ホルスタインは芦別市農協から新生子牛として牧場に導入さ
れ育成されて、肥育される。

 F1 は母牛がホルスタイン、父牛が黒毛和種である。この父牛は現在、4頭が供
用されているが、いずれも家畜改良事業団からの精液利用でありる。F1 肥育牛の
枝肉成績をフィードバックして、もっとも相性のよいものを父牛として選択的に利
用する方針がたてられている。相性のよいものを早くみつけて、その精液を確保す
ることも大切と認識されている。

 肥育牛の飼料については、民間会社を何社か読んで、牧場の方針にもっともよく
合致する飼料を選んでいる。今使われているものは、肉牛の実情にもっとも詳しく、
また技術的相談に適切な返答をする担当者が配合設計したものである。営業担当者
が売り込みだけに熱心で、技術について十分な指導をしない場合、そこからの飼料
の購入は行わない方針なのである。

(写真4)飼料調製庫で肥育段階別の飼料を配合する。

 その結果、ホルスタイン去勢肥育牛は生後20カ月齢、体重780sで出荷され
るとき、B−3規格が42%となり、北海道全体の平均を大幅に上回ることになっ
た。F1 去勢肥育牛は導入後14か月の肥育で、体重720s以上で出荷され、B
−3規格以上が80%となっている。最近、10頭を出荷すると、B−4が1頭、
B−3が7頭、B−2が2頭となっているが、今後はB−4を2頭、B−3を6頭
にしたいと牧場で格付向上を考えている。牧場の職員と流通担当者が格付向上にこ
のように熱心になるのには、京都から生協の職員が年に何回となく牧場に牛を見に
くることが大きな刺激となっているという。

 肥育牛の出荷先は帯広市と畜場である。そこで生産された枝肉は、同じ帯広市に
ある潟vライムジャパンで部分肉解体される。その後、潟jチレイがそれを保管、
管理し、京都まで搬送する。民間業者を産直の間に入れると、生産物コストが高く
なると考えるのは大きな間違いで、潟jチレイに搬送をまかせることで輸送コスト
は大幅に低下するという。もし、京都生協が牛肉を独自に保管、搬送しようとすれ
ば、量的に多くない牛肉の輸送コストは高くなりがちであるが、大量の冷凍商品を
毎日運んでいる業者にまかせれば、他の荷物と一緒にコンテナに入れるので安くな
って都合がよい。素人が下手に運ぶより、玄人にまかせるのがよい。すなわち、モ
チはモチ屋と生協は割り切っている。

(写真5)近代的な部分肉処理工場に運び込まれる枝肉

(写真6)衛生的に冷蔵される枝肉

 こうして運ばれた部分肉は、京都生協の生産加工部門である京都共同食品プロダ
クト鰍ナ、十分な品質管理の下に精肉として包装され、生協を通して組合員の食卓
へと送られる。


物流だけでなく人の交流が大切

 現在、芦別市と京都生協との交流は、ものについてはも、ひとについても盛んで
ある。牛肉の産直が円滑にいった背景の一つには、芦別市の東田耕一市長が京都で
大学の4年間を送られたことから、京都びいきであったことや、京都と生協の山田
康晴専務が芦別市出身であり、互いに親しみをもち易かったことがある。しかしそ
れにも増して、ものが動く過程で、それをよい方向へ動かそうと、関係者同士が力
を出し合ったことで生まれた親交が大きな支えとなっている。そして人の輪はやが
て都会の子供達の農村体験旅行、生協組合員の現地訪問、さらに農村の人々の京都
研修旅行を通して拡がった。

(写真7)都会の消費者には珍しいカーフハッチ

 京都の子供たちが芦別市の農家で、ちょっぴり怖がりながら牛の世話を手伝うこ
とで、つながりはさらに強くなる。また初めて木製のカーフハッチをみた生協組合
員が、「あれは何ですか。もしかして、牛の棺桶ですか」ときいて、実はカーフハ
ッチが新生子牛を丈夫に育てるための施設と理解していく過程で、ものをつくる人
とそれを消費する人の相互理解は深まっていったのである。

 京都生協と芦別市の産直活動は、都会に住んで、お金を払えばものが買えること
に慣れた人々が、ものをつくるために産地でどんな苦労と生産の喜びがあるのかを
知り、ものの尊さを知ることに大きく役立っている。この動きは、生産している人
々の顔を想いながら消費して、一方では消費者の顔を想いながら生産する農業への
発展が期待でき、将来わが国の農産物の生産と消費のあり方の一つを示唆するもの
と考えられた。


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