企画室 田原高文
昨年10月以降の豚肉価格の急落を受けて、生産者団体や加工メーカーによる自主 的な豚肉の買入・調整保管が、今年に入ってからは畜産振興事業団の指定助成事業 による調整保管が行われており、今後の豚肉需給の動向に関係者の注目が集まって います。 豚肉の需要、生産、価格等が、特有の変動パターンを示しながら推移しているこ とは、よく知られた事実です。今回は、「グラフでみる畜産物需給」第3弾として、 このような豚肉の変動パターンや最近の需給動向の特徴を視覚的に捉えることがで きるようグラフの形にまとめたので、紹介します。今後の需給動向を把握する上で、 なんらかの参考になれば幸いです。 T 需要(消費) 1 総需要の動き 豚肉の需要(国内消費仕向量)は、昭和49年から50年にかけての一時期と50年代 後半に一時停滞したものの、長期的にみれば着実に増大しており、63年度には初め て200万トン(枝肉ベース)の大台を越え、翌平成元年度には207万トンと、この20 年間に約2.6倍の伸びを示した(図−1)。ここ数年の動きをみると、60年度から62 年度にかけて続いた比較的高い伸び率も近年低下の傾向にあり、元年度の伸び率は 1.2%にとどまった。 更に、最近の動向をより詳細に月別に見ることにしたい。畜産振興事業団が毎月 調査している豚肉の月別推定出回り量(部分肉ベース)は、毎年、年末にかけて大 きな需要の山を形成しながら変動している(図−2)。 最近の傾向が良く分かるよう、規則的な季節変動を除去した姿が図−3である。 (ここでは季節変動を除去するための季節調整及び季節変動係数の算出はEPA法に よって、原則として直近5ヶ年のデータを使って行った。EPA法の概要については 「畜産の情報」2年5月号51ページを参照願いたい。)平成2年始めまでは、需要の 増大期と安定期を繰り返しながら出回り量が増大している。すなわち、昭和62年春 から夏にかけて、63年初夏から秋口にかけて、更に元年年末から2年年初にかけて が需要の増大期であり、安定期は、62年秋から63年春にかけて、63年秋から元年秋 の終わりにかけてである。その後、2年に入りこのパターンは崩れ、春先から出回 り量は減少に転じ、夏以降ようやく63年後半から元年中頃の水準(枝肉換算で年 200万トンベース)で安定したかに見える。今後、仮りに出回り量の減少に歯止め がかかり、この水準で安定的に推移したとしても、2年前半の出回り量が高水準で あったことから、対前年同月比は相当低い数値となって現れるので、今後の需給関 係統計を読む際には注意が必要であろう。 また、毎年現れる規則的な季節変動だけを統計的に取り出したのが図−4である。 (各月の日数の違いによる変動を除去するため、1日当たり出回り量の季節変動で 示した)。正月及び5月は営業日が少なく荷動きが不活発なこと、正月及び連休向 け手当は通常それ以前に(つまり前月に)終わっていること等の特殊事情を考慮す れば、出回り量は、基本的には、11月をピークとする年末の需要期をへて徐々に減 少し、7〜8月の夏場に底を打つという季節パターンを繰り返しているのがわかる。 最近の特徴としては、5月の落ち込みが徐々に目立たなくなっている点であろう。 変動幅については、季節変動係数がピークの11月で112〜3%、ボトムの7月で95% 程度であり、11月の出回り量は7月に比べ2割程度多いといえよう。 豚肉の需要にこのような季節変動をもたらしている要因としては、次の分野別需 要の項で検討する需要サイドの要因ばかりでなく、後ほど検討する生産、価格の季 節変動等の供給サイドの要因も複雑に絡み合っているものとみられる。 再び中長期的な大きな流れに目を転じると、一人当り消費量は、人口の増大によ りその伸び率は総需要のそれを下回っているものの、総需要と似た動きを示しなが ら拡大し、元年度には11.5kg(純食料、部分肉ベース)と、この20年間に約2.2倍 となっている(図−5)。近年、豚肉以外の食肉の消費も伸びてはいるものの、豚 肉は依然として国民食生活のなかでも最も重要な食肉(牛肉5.5kg、鶏肉10.4kg) としての地位を維持している。 豚肉の需要は、家計消費、加工仕向、その他向け(業務用、外食等)の3分野に 大別される(図−6)。豚肉消費の中で、家計消費が最も大きなシェアーを占めて いるが、その割合は、昭和50年の59.1%から元年には40.7%にまで低下している。 一方、加工仕向の割合は、同じ期間に19.4%から29.5%へと約10ポイント上昇して いる。また、残るその他向けも21.5%から29.8%へと10ポイント近く上昇している。 2 分野別需要の動き (1) 家計消費の動き 総務庁の家計調査報告から一人当たり家計消費(全国全世帯)の推移をみてみる と(図−7)、昭和50年代半ばまで順調に増大してきた一人当たり消費量は、55年 (5.5キロ)を境に減少に転じ、平成元年は前年に比べ若干増加したものの、4.9キ ロと55年に比べれば1割減の水準となっている。 月別にみた一人当たり消費量も推定出回り量と同様、一定の季節変動を示しなが ら変化しており(図−8)、これを推定出回り量と同様の手法で季節変動と傾向変 動に分離すると次のようになる。 まず、季節調整を行って月ごとの消費量の消長を直接比較できるようにしたのが 図−9である。最近では、昭和61年夏に大きなピークを迎えたあと、減少に転じ、 62年は概ね安定的に推移したものの、63年春におおきな落ち込みを見せ同年後半は 低水準で推移した。その後平成元年に入って若干持ち直したものの、夏以降は減少 傾向にあり、特に、2年9月以降大きな落ち込みを見せている。 規則性を持って現れる季節変動部分を取り出したのが図−10である。年末、年始 の特殊事情を考慮すれば、一人当たり家計消費は、9月ごろより上昇に転じ、10〜2 月にかけて消費の山を形成した後、3月から低下し始め、7、8月が最も低調となる という季節パターン(図−4)と比べれば、年明けの2月、3月にも比較的堅調な需 要があるという特徴を持っている。 冬場に需要の山が生じる理由の一つには、後で見るようにこの時期に価格が低落 することによる価格効果が挙げられよう。また、夏場には豚肉の購入金額が少なく なり、冬場には多くなることからみて、価格効果ばかりでなく、冬場の汁もの、鍋 物といった本来の需要増大によるところも大きいと思われる。 (2) 加工仕向の動き 豚肉の加工仕向量は、近年、伸び率は鈍化の傾向にあるものの着実に増大してお り、平成元年には、39万トン(正肉ベース)に達した(図−11)。その内訳をみる と、国産豚肉の加工仕向量は62年(22万トン)を境に減少し、元年には20万トン (シェアー52%)となった。一方、輸入豚肉は、60年以降年々増大し、元年には19 万トンと加工仕向量の48%を占めるに至った。 次に、加工仕向量の最近の動きを月別にみてみよう。図−12は、季節調整済みの 加工仕向量の動きを示している。増加のペースは緩やかになっているものの、61年 以降2年始めまでほぼ月を追って増加している。しかしながら、比較的長期にわた って安定的に続いたこの増加傾向も2年4月を境に変化をみせ、その後4ヵ月連続し て減少し、7月には62年半ばの水準にまで落ちこんだ。その後、回復傾向にあるも のの、いまだ元年の水準にまで達していない。 以上の動きを国際豚肉と輸入豚肉に分けてみてみると、国産豚肉の加工仕向量は、 61年始めから秋にかけて大きく伸びた後、62年末にかけてほぼ横這いで推移した (図−13)。その後、63年秋まで減少した後、元年はわずかに持ち直したかにみえ たが、2年始めから再び減少し、9月には61年始めの水準にまで落ち込んだ。その後、 10、11月と連続して上昇しており、この傾向が今後も引き続くことが期待される。 一方、輸入豚肉の加工仕向量は、61年から元年始めまでは年間ベース約18千トン づつ安定的に増加した(図−14)。元年は横這いで推移し、2年の始めに再び仕向 量が増加したものの、4月から7月にけて大きく落ち込んだ。その後、元年の水準ま で回復し、この水準で安定したかにみえる。 以上が季節変動の影響を除いた月別加工仕向量の最近の動向であるが、それでは 加工仕向量はどのような季節変動を毎年示しているのであろうか。加工仕向総量の 変動パターンを一見してわかることは、11、12月に大きな山があることである。歳 暮商品の製造に伴う需要のピークである。最も低い1月から年末のピークまで需要 が増加していく過程で、4月と7月に小さな山がみられるが、これは、5月の連休向 け及び中元商品向けの製品製造に伴うものであろう。国産と輸入の変動パターンを 比べてみると、まず目に付くのが変動幅の違いである。輸入品の変動幅は、近年縮 小しているというものの元年でみた場合、12月に仕向量は1月の約2.3倍になってい る。(季節変動係数、元年1月58%、12月133%)。一方、国産のそれは約1.6倍 (季節変動係数、元年1月75%、12月120%)である。もう一つの違いは、輸入品の 仕向量は1月から12月にかけて月を追って増加していくの対して、国産品は3、4月 の春先の山が、年間変動の幅を狭くしている一つの要因であろう。以上の変動パタ ーンの相違からみると、国産品は比較的年間を通じてコンスタントに使用されてい るのに対して、輸入品は我が国特有の豚肉の加工需要の動きに対応して仕向量が大 きく変動し、これによって需要と供給(豚肉製品の製造)のバランスが保たれてい ると言えるのではなかろうか。 なお、家計消費及び加工仕向以外の「その他向け」については、残念ながら月別 の動きを示す統計がないので分析の対象とはしなかった。推定出回り量、家計消費 及び加工仕向量の動向等から類推していただきたい。 U 生産 豚肉の生産は、昭和50年代前半まで高い伸びを示してきたが、50年代後半に入っ てからは計画生産が行われており、伸び率が大幅に鈍化し、60年にしばらくぶりに 高い伸びを記録し150万トンを突破した後、最近では150万トン台(枝肉ベース)で 安定的に推移している。(図−17)。 最近の月別生産量の動きを季節調整値で見てみると、62年中頃から2年始めにか けて130〜135千トン(年間150〜160万トンベース)の間で推移してきたが、2年2月 から減少に転じ、とくに9月には大きな落ち込みを見せた。その後若干回復してい るものの、依然前年水準を下回っている。(図−18)。 2年9月の落ち込みは、10月以降これを補償する動きがみられることから、昨年夏 の猛暑による肥育成績の低下とこれに伴う出荷遅延によるものと思われる。 豚肉生産に規則的な季節変動があることは良く知られているが、統計的に季節変 動だけを取り出したものが図−19である。12月と1月は、需要の動きに対応した出 荷がなされていることを考慮すれば、豚肉生産は、基本的には11月をピークとした 年末の山と、7月を底とする5〜9月の生産低調期を繰り返している。11月は、7月に 比べて生産が2割強多くなっている(季節変動係数、元年7月91%、11月112%)。 以上の季節変動の要因(原因)としては、通常、豚の繁殖生理と気候条件の関係 があげられている。つまり、豚は夏場の高温期に雄雌共に繁殖成績が低下すること が知られており、7、8、9月の種付け成績は、低調となる。このため、約4ヵ月後 (豚の妊娠期間は114日)の子豚生産頭数は他の月に比べ落ち込み、その後哺育育 成(離乳まで約1ヵ月、更に肥育開始まで約2ヵ月)、肥育(約4ヵ月)を経て、夏 の種付け時期から約11ヵ月たって出荷されることとなる6、7、8月のと畜頭数は他 の月に比べて大きく低下する。若干の相違はあるものの、我が国と同様の季節変動 が、他の主要豚肉肉生産国においてもみられる(図−20)。 それでは次に、生産の季節変動と先に見た需要の季節変動を比べてみよう。国産 豚肉が主体を占めると見られる家計消費と比較すると、生産が高水準にある10〜3 月は、2月を除いて生産が家計消費を上回り、生産が低調な5〜9月は家計消費が生 産を上回っている(図−21)。一方、国産豚肉の加工仕向量と比べると、4〜7月及 び12月には加工仕向が生産を上回っているが、1〜3月の春先は、輸入品に比べ国産 の加工仕向割合が高いというものの(図−16)生産に比べればかなり低水準にある (図−22)。 V 輸入 もう一つの豚肉供給源である輸入の動きを簡単に見てみよう。豚肉の輸入量は、 昭和40年代後半に増加したあと、50年代は比較的安定的に推移したが、60年代に入 って再び増加し、平成元年度には52万トンと国内消費量の約25%に相当する水準に なった(図−23)。 豚肉輸入の最近の動向を季節調整値でみてみると(図−24)、63年秋口からやや 減少傾向で推移していた輸入は、2年1月から4月にかけて急増した後、5月以降は一 転して減少に転じ、8〜9月には61年当時の水準にまで落ち込んでいる。 豚肉輸入は、5、6月と10、11月の2つのピークを持った季節変動を示しているが (図−25)、このパターンはある程度輸入豚肉の加工仕向の動向に対応していえよ う。 W 卸売価格 豚肉の卸売価格(東京市場における平均枝肉価格)も特有の変動を描きながら推 移している(図−26)。価格の動きをわかりやすくするため、季節変動を除いたも のが図−27である。元年始めまで低下していた卸売価格は、元年夏ごろから緩やか に上昇し、2年夏には3〜4年前の高い水準に達した。その後、価格は季節調整値で みても大きく低下しており、今回の価格低下には、季節要因以外の要因も関与して いることを示している。その要因としては、一昨年末からの家計消費の低迷(図− 9)、昨年春先からの国産豚肉の加工仕向の減少(図−13)が挙げられよう。卸売 価格が夏まで高水準を維持したのは、国産生産(供給)がやはり春先から大きく減 少したこと(図−18)に負うところが大きい。その後の価格急落は、国内生産が若 干持ち直したことによって、家計消費と加工消費の減退が直接卸売価格に反映する ようになったためではないかと考えられる。 図−28が一定の規則性を持って現れる季節変動部分だけを取り出したものである。 先にみた需要、生産(供給)同様、価格も明確な季節変動を伴って変動している。 価格が高水準にあるのは、6、7月をピークとする5〜8月の間であり、その後、9、 10月と急に値を下げ、10〜1月の間が最も低水準の時期にあたる。2月から再び回復 に向い、夏場のピークを迎えるというパターンを毎年繰り返している。ピークの6 月と価格が最も低下する11月の間の下落率は、約30%であり(季節変動係数、2年7 月116%、11月81%)、特別な変動要因のない年であってもこの程度の価格変化が 毎年起こっている。 卸売価格と小売価格(家計調査における買入単価)の季節変動のパターンを比較 すると、いずれも夏場に高く、冬場は低いというパターンを持っているが、小売価 格の変動幅は卸売価格のそれに比べて非常に小さく、また価格の変化は卸売価格に 比べて若干遅く出現するという違いがみられる。 豚肉価格の季節変動は、我が国ばかりでなく主要な豚肉生産国においても見出す ことができる。図−29において、米国と台湾の肥育豚価格の季節変動を示した。我 が国の枝肉卸売価格と直接比較することは適等でないかも知れないが、類似のパタ ーンを持っていることが分かる。 このような価格の季節変動を引き起こす要因を分析、特定することは困難である が、これまでみてきた需給変動要因の動きを見比べるといくつかの興味ある相関が 見出される。例えば、生産量と卸売価格との関係である。図−30に示したように両 者の季節変動の間には明確な逆相関系がある。 価格との関係をみる際には、生産(供給)ばかりでなく需要との関連も考慮して みる必要があろう。これまでみてきた各種需要のうち卸売価格との関係が特に強い と思われるのは家計消費の変動である。図−21で見たように生産が家計消費を上回 る時期はほぼ卸売価格が季節的に低迷する時期に一致し、家計消費が生産を越える 時期は価格が堅調な時期である。両者の差をグラフにしたのが図−31であり、図− 28の価格の季節変動と似通った動きをしている。このことは、家計消費が国産豚肉 の需要な仕向先であることから容易に理解できるところであり、また、家計消費拡 大の重要性を示しているともいえよう。