★巻頭言


酪農乳業に新しいシステムの構築を

社団法人 全国牛乳普及協会 会長 昌谷 孝


  最近、1990年世界農林業センサスの調査結果概要〔T〕農家調査及び農家以
外の農業事業体調査と、今回から新しく始められた〔U〕農業サービス事業体調査
について、その解説をきく機会があった。

  〔T〕は平成2年2月1日現在で、1.農家及び農家人口、2.耕地の貸借と農
作業の受委託、3.農業生産、について5年前の昭和60年センサスと対比しなが
ら、その後の動向を調査したものである。

  日本農業の最近の実態を知るうえで、貴重かつ興味深い数々の資料を呈示してく
れているが、ここでは、特に私が気になった家畜飼養農家数(販売農家)の推移に
ついて触れてみたい。

  その要旨に日く、販売農家の家畜飼養農家数は、5年前と比べると乳用牛(2才
以上)で19.6%、肥育牛で35.4%、肥育豚で44.8%と規模の小さな階
層を中心とした減少によって各畜種とも減少している。一方大規模階層の飼養頭羽
数の増加もあって、大規模飼養農家の飼養頭羽数シェアーが一層高まっている。

  また日く、会社等農家以外の農業事業体は、畜産生産の分野で比較的高い生産シ
ェアーを占めているが、5年前と比べて更にそのシェアーが高まり、特に、肥育豚
が30.2%、採卵鶏が50.1%、ブロイラー(年間出荷羽数)が47.0%と
それぞれ高いシェアーを占めている。

  以上の記述は近頃何処でもよく聞かれる一般的傾向を述べたものとして、何等異
とするに足らぬと言ってしまえばそれだけのことだろうが、その裏付けとなってい
る諸数値を見て、些か考えさせられたのである。即ち今までわれわれが畜産統計な
どで承知していた酪農家の数は昭和60年で82千戸、平成2年は63千戸という
ことだったのに対して、今回センサスの販売農家の乳用牛(2才以上)飼養農家数
は昭和60年で73千戸、平成2年は58千戸であるという。経営耕地面積30a
以上又は農産物販売金額50万円以上を「販売農家」とし、いれ以下の面積、金額
の農家を「自給的農家」として調査を区分した結果が、このような相違をもたらし
たのであろう。なお酪農の場合、「2才以上」という線の引き方もかなり影響して
いるかもしれない。いづれにしても酪農の場合その現有担い手は58千戸(内北海
道13千戸)であり、その主力は30頭以上層19千戸(内北海道9千戸)(頭数
シェアーで63%に達している)である。この層に関する限り昭和60年の17千
戸(頭数シェアー53%)を1割以上上廻る着実な伸びを示してはいるが、後で触
れるように手放しの楽観は許されない事情もあるようだ。

  以上の販売農家の外に農家以外の農業事業体(会社、協業経営体、農協等)で販
売目的で酪農を主位部門とする事業体が343事業体(内北海道107)あり、そ
の頭数シェアーも2.9%と低位ながら5年前と比べると着実にシェアーを伸ばし
ている点に注目しておく必要があろう。この領域の主力は何といっても豚、鶏とい
った中小家畜であることは先に触れた通りであるが、大家畜についても肥育牛では
既に相当のシェアー(18%)に達している。なお酪農の場合343のうち156
が協業経営体、147が会社でその他は40である。

  戸数は減っても、飼養頭数、生乳生産量は増勢を続けている。一戸当たり飼養頭
数の増加は、生産性、収益性の面でも大きなプラス要因である。これが酪農関係者
の大方コンセンサスであったように思う。そのことは今次センサス結果を見ても、
別段変わるものでもなさそうである。しかし何となく気になり始めたのは或いは私
ばかりでもないかもしれない。その徴候は、戸数増減の分岐点である30〜49頭
層の増勢の鈍化と10〜29頭層の減少率が余りにも急激なことである。即ち30
〜49頭だけの増加率を切り離してみると5年間で僅か0.1%の戸数増に過ぎな
い。勿論全体の戸数割合では18.3%が22.8%となり引きつづき最高の分布
率を示してはいるが。一方従来いろいろの意味で中核的役割を果たしていたと思わ
れる10〜14頭層や15〜19頭層、20〜29頭層の減り方は△27.6%、
△25.3%、△14.9%といったかなりの高率を示している(10頭以下の層
の30%以上40%近い減少率とは比較にならないが)。ただし全体戸数割合で見
れば10〜29頭層は5年前の40.2%が39%と僅か1.2%の低下に止まっ
てはいるが。

  最近中核的な酪農家の離脱といったことを耳にすることが多くなって来た。特に
西日本の府県でその傾向が強いようだ。前記の数字の意味する所かも知れない。

  その原因としては、(1)経営主の老令化、(2)後継者不在、(3)新しい高
度先端技術への対応力の不足、(4)労働力不足−手助けをしてくれる人がいない−、
(5)先行きの不安−どうせなら比較的足もとの明るい今のうちに−等々のことが
言われているようだが、いづれにしてもしっかりした状況の調査を急ぐ必要があろ
う。そして今のうちにその対応策−今のまま流れに任せておいても心配ないなら、
それなりに−を慎重に用意しておかないと、雪崩れが始ってから慌てても、手遅れ
というものである。心配なのは、個々の経営の来し方、行く末もさることながら、
それらの中核的な人々が中心となって形作られて来たであろう在来の組織、システ
ムに緩みやガタが来たりしないだろうかという点である。

  衆知のとおり現在のわが国の生乳生産量は大把みに言って約8百万t、この内飲
用向けが今のところ5百万tである。牛乳乳製品の総需要(総消費)は11百万t
と見られるから、国内生産は、現在の8百万t以上、出来れば10百万t位は欲し
いところである。牛乳1日1人1本の水準を念願する者として当然の目標ではなか
ろうか。

  そのためには酪農乳業のシステムがうまく円滑に作動してもらわなければ困るわ
けで、在来のものが綻びれば、速やかにこれを補修し、空中分解したり壊れたりし
た場合には速やかにこれを新しいものに取替えるなどの手当てを準備しておくこと
が必要なわけである。

  ここで酪農乳業のシステムという場合、乳牛の飼育管理から生乳の生産、集乳、
処理加工といった牛乳の通らなければならない宿命的なものとも言うべき経路の総
体を一つのシステムと考えているわけで、その基礎的単位は、牛乳の処理加工施設
を核として成り立っていることは、おそらく今も昔も変りのないことであろう。そ
の姿や形は現場の必要に応じ、また社会的、経済的な沿革にも影響を受けて、硬軟
いろいろのものがあり得るであろう。その現在の状況を静動両面にわたって正確に
把握することが急務ではあるまいか。

  そんなことは、最早先刻判っているという人もあろう。一応はそうかも知れない。
しかし前途した中核的な階層の酪農家達を引き留め得なかったということは、やは
り現システムに欠陥ないし弱点があることの証左ではないだろうか。労働力の不足、
特に新しい高度な先端的技術への適応力の不足といった類のことは、システム内部
の問題として、工夫解決の余地のあることのようにも思われるからだ。

  この種の問題を考えるに当って、今回のサンサスの〔U〕農業サービス事業体調
査は、アプローチのためのヒントを与えてくれるような気がする。それは調査の中
味(水稲と麦作に専ら重点を置いている)というよりも、今回初めてこのような調
査を新たに加えることとなったについての、調査のねらいと対象についての報告書
の記述の中に覗うことが出来るように思われるので、煩をいとわず、その第一頁を
引用させてもらうこととしたい。

  即ち調査のねらいとして「近年、わが国の農業は、農家の兼業化が進行する中で、
農地の賃貸借とともに農作業の受委託が進展し、地域農業生産は個別農家では完結
せず、他の農家との相対請負のほか、農業生産組織、農協(育苗センター、ライス
センター等)等による農作業サービスが深くかかわり、その構造は重層化し、複雑
化している。

  また、国際化の進展の下、足腰の強い農業の確立を図るために、中核農家の規模
拡大とともに、地域農業の組織化において、中心的な役割を果たしている農業サー
ビス事業体のサービスの実態を明らかにするとともに、農業事業体調査と関連させ
て農業生産構造を総合的に把握することを目的に、新たな調査としてセンサス体系
に取り入れ実施した。」というものでこれによって、私が酪農乳業システムに託し
ているものも何となくお判りいただけるのではないかと思う。

  さらに調査の対象のところで、今回の調査は、農作業に対するサービスの内直接
的な農作業サービス(農作業受託)に限るとしているが、広義の農作業サービス
(土地改良たい肥銀行、溝さらい等)、さらには、経営管理に対するサービス(市
場情報の提供、受委託あっせん等)等を含むとしている点について注目したい。直
接的な農作業サービスの中畜産サービス業として例示的に取り上げているものは
 @  種つけ請負業、共同搾乳所、共同選卵所等(農家から委託を受けて集乳を受
  けて行うもの)
 A  酪農ヘルパー
 B  農家から委託を受けて集乳を行うもの)
 C  乳製品業者や同社から委託を受けた業者が集乳を行うもの
 D  放牧育成所(草地の経営を併せて行うもの)
であって、その中@、A、Bが今回の調査対象となっている。

  さて今回の調査で把握されたサービス事業体は全体で21,814、その中農家
集団62.7%、農協33.5%、その他3.8%であり、四国、九州で農協、東
日本では農家集団が多くなっている。対象作目別では、水稲53.4%、麦作18.
3%、果樹類14.4%、その他作物12.6%となっており、乳用牛は3.8%、
肉用牛2.7%と低いが、北海道での乳用牛は14.7%と比較的高いウエイトを
占めている。北海道についでは南関東の6.3%、北嘉穂等、東海、山陰、四国、
九州がそれに続いて4〜5%と全国平均よりろろ多くなっている。そして畜産関係
の特色としては、市町村、ないしその区域を超える比較的広域のサービス事業体が
多いことである。

  このような経営内容の外部化、外部サービスの受入れという変化の方向は、単な
る内部労力の節約という点だけでなく、経営能力の向上特に先端的高度技術の受容
のための役割分担といった意味でも今後大いに活用の余地があろう。酪農乳業の場
合のシステムには、今回調査の対象とならなかった関係取引先のサービスや家畜衛
生関係等の公共、非公共のサービス等、これら、新旧、公、協、私の外部サービス
を一体的に把握し、システム化してゆくことが望まれる。

  先年、農村金融研究会にお願して、一緒に現地調査等をさせていただいたアメリ
カの農地(農場)信託サービス、農地(農場)運営サービス(会社)の模様は、同
研究会の60年3月の「第2回アメリカ農地問題調査報告書」−アメリカの農地運
用サービスの動向と内容−に詳しいが、上述した酪農乳業の新しいシステムの考え
方は、共通の目的意識−@プロフェッショナルマネーヂャーによる高度に高率的な
農場経営、A所有と経営の分離、B周辺の合理化されたアグリビジネスとの関係−
追求のための日本型手法の提案であり、さらに考えようによっては、40年近くも
前の頃の酪農振興の構想にも、一脈相通ずるものがあると言えるのかも知れない。
いずれにせよ、わが国酪農乳業の健全な発展を今後とも祈念しながら見守って行き
たいと思っている。


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