農林漁業金融公庫技術参与 高野 信雄
はじめに 欧州は酪農技術の発祥の地として歴史と伝統を有し、アメリカ酪農に比較して、はで さはないが着実な発展を続けている。昨年10月畜産振興事業団から機会をあたえられ、 オランダ、イギリスおよびフランスの畜産農家6戸を時間をかけて調査を行なってきた。 40年近く、草地造成・更新と利用(放牧・サイレージ・乾草調製など)の研究を行な ってきた者としては大変魅力のある所であり、一度は訪ねたい地域であった。今回は特 に欧州の酪農家に焦点をあてて、現在の酪農事情と牧草の更新と放牧・採草技術につい て概要を述べ参考に供したい。 1.苦しい酪農事情 オランダ2戸目の訪問先はデモンストレーション農場※であった。その農場主はオラン ダ酪農全体の問題として次の様に困難な状態を話してくれた。「1989年に比較して1990 年には@配合飼料価格は15%高くなりA乳価は14%引き下げられB育成牛価格は東ドイ ツから40%も安い牛が多量に入って著しく低下している。したがって、オランダ酪農家 の1戸当たりの所得は1989年には624万円であったが、1990年には約51万円に低減が見込 まれている」と深刻に話していた。 また牛乳生産調整については、「自分の農場の割当て量は620トンであるが、不足する 75トンの枠を借用している。現在1kg乳価56.9円であるが、借用すると33円を借入者に支 払いする。結局、75トン枠の借入が246.9万円にもなり、大変だ」と話してくれた。 牛乳生産調整での欧州酪農家の対応策としては @チーズ作りなど牛乳の高附加価値化 A牧草地の集約利用と栄養価の改善による牛乳低コスト生産 B酪農部門以外の肉用牛・ めん羊・畑作物などの増強(イギリス)などに集約することができる。 ※ 現在オランダには7戸のデモンストレーション農場があり、試験場で作られた草地管 理・利用、乳牛飼養とか大型機械類の共同利用体系などの技術を組立てて実証展示 している。農場内には国によって大型な教育施設が作られ、見学者用に利用されて いる。農場は50haの草地に経産牛100頭を飼養し、ミルキングパーラ・フリースト ール牛舎で1頭当たり年間7,500kgの乳量をあげている。牧草地は総て放牧・採草兼 用地であり、年間乾物生産量650トンであり、放牧に60%、サイレージに38%、乾 草に2%仕向けられ、10a当たり乾物収量は1.2トンである。スラリータンク500u2 基とバンカー・スタックサイロ5基を所有している。年間4,500人の見学者が来場す るが毎年の成果を報告書として作り、酪農家に配布している。 2.酪農経営の概況 (1) オランダA酪農家 経産牛54頭でめん羊20頭など含めて成牛換算頭数85頭である。乳牛はオランダ赤牛 (兼用種)で経産牛1頭当たり乳量は5,900kgである。牧草地は30haで10a当たり乾物 生産量は1.2トンである。生産乳量の2/3はチーズ加工を自分の家で行なっている。労 働力は3.0人であり、トラクターは80PS1台である。牛舎はミルキングパーラー・フ リーストールである。 (2) オランダB酪農家 オランダにおけるデモンストレーション農場である。したがって、農場主は経営の中 に最も新しい技術を導入して実践している。脚注に経営内容を示した。 (3) イギリス酪農家 経産牛45頭、育成牛35頭、このほか肉用牛62頭、めん羊1,775頭、馬4頭など成牛換算 頭数306頭を飼養する。乳牛はブリテッシュ・フリージャン(兼用種)で経産牛1頭当た り乳量は5,330kgである。分娩間隔は395日、初産月齢27ケ月である。草地は借地を含め 144.0haと大規模であり、このほかカブと大麦を各々12haを栽培している。草地は25牧 区に 区分され1牧区面積は3.6〜12.0haである。トラクターは4台で合計260PSである。 総乾物生産量は1,584トンであり、めん羊の数も多く、放牧利用に63%、採草利用のう ちサイレージに91%、乾草に9%仕向けている。コントラクターを上手に利用している。 以上3戸の成牛換算1頭当たり牧草・飼料作物面積は平均43aで乾物仕向け量は4.59ト ンであった。 3.草種と草地更新 訪問した酪農家3戸は土壌条件(泥炭地)とか気象条件(高標高)などからトウモロコ シを栽培していなかった。イギリスの酪農家は秋口の草量不足用にカブを栽培し、電牧を 用いてストリップ放牧を実施していた。 主要草種:すべてペレニアルライグラスが主体であったが、永年牧草地の一部にはケン タッキーブリューグラスが混生していた。この地域の年間平均気温は10〜11℃、降雨量は 800〜1,000mmで冬期間も平均気温は3〜6℃と温暖である。 草地の更新:更新は6〜8年ごとに実施されるが、草地管理を良好にして、なるべく長く 使用したい意向であった。一般に草地更新は秋に実施されるが、草地の均平には十分注意 をし、トラクターにレザー光線(東北農業試験場で研究され、現在セットで販売されてい る。)を使用して水平を保持することに努めていた。これは、採草も短草(40〜50cmで刈 り取り)利用なので、レーキなど集草ロスを防ぐためである。 施肥・播種後には重いローラーで鎮圧を十分する。新播牧草が5cm位い伸びたらめん羊 の放牧を行ない、蹄による踏圧と採食によって根張りと分げつを促進させ草生密度の向上 に努めている。畜産農家には、必ず20頭から数百頭のめん羊を牛とともに飼養するが、草 地管理上に必要であると云っていた。 4.すべての牧草地は兼用草地 ヨーロッパの牧草地は、総て放牧・採草兼用草地として使用されている。北海道のよう に放牧地と採草地に分離されていない。 オランダの牧区:オランダは干拓地であり、大型・中型の運河が作られ、そこには野鳥 が群れ、週末にはボートを楽しむ人々が多い。さらに牧草地は海抜0m以下であり、平地に 緑の草地が続くが、排水を行なうために縦横に水溝(デッチ:幅2〜3m)が作られ、これ が牧区を作り、放牧牛は水を飲む。しかも、水溝は中型から大型の運河に続き、水位調節 が行なわれている(写真−1)。一般には1牧区は1.0〜1.5haに区分されており、遠くには 街の教会、風車が見え静かに牛・めん羊が放牧される美しい田園風景が作られている。 イギリスの牧区:イギリスの牧区は歴史の重さを感じさせるヘツジ(生垣)である。こ の生垣は木柵の内側とか外側にベリーなどの棘のある小灌木を植える。また時には土壘と か石垣の上に植える場合もある。イギリスは草地面積も広いので、1牧区は10〜20haであ る。 このヘツジが、なだらかな丘陵草地に美しい曲線を描き、イギリス独特の田園風景を形 成している。ヘツジの効用として牧区を作るほか@放牧家畜を強風・雨・雪等なら保護す るA野鳥・小動物の保護をするBベリーなどの生産をする…など環境にやさしい牧柵の役 目を果たしている。(写真−2)。 放牧・採草兼用地作りの効用:牧草地全体に牧区を作り、牧柵をめぐらすには経費がか かる。しかし、その効用について検討してみよう。 新播草地の管理:草地管理と草量・草質の改善に更新は必要である。秋口に新播された 草地は、草丈5cm程度からめん羊などの放牧を行ない新播牧草の根張りと分げつを行なう。 これによって牧草地は密度を高め、早春からの出芽を早めるのに役立っている。 採草適期の延長:早春から初冬まで、まずめん羊が先行放牧し、ついで牛が放牧される。 したがって、採草と放牧はサンドイッチ状に実施され、春から秋まで草丈40〜50cmの短草 の刈取りが可能となる(写真−3)。 北海道のごとく、放牧と採草地が区分されていると、広い採草地の刈取適期が一時期に 集中し、しかもその時期の天候が不順であれば刈遅れるために危険も多く、酪農家の精神 衛生上からも、労力的にも多くのリスクを背負うこととなる。 短草採草で栄養価の改善:短草採草による収量低下は、放牧の組合せによる草地密度の 向上によって補っている。また、更新時にレザー光線を使用して草地の水平を保つ努力は 短草の集草ロスを防ぐためである。 短草採草によってサイレージ・乾草の乾物中の栄養価が改善され、放牧中にもサイレー ジを併用する農家が増加している。 農作業請負会社:牧草の採草時期の分散と適期延長によって、牧草収穫(サイレージ・ 乾草・ラッピングなど)の請負会社が定着している。また大型トラクター・作業機なども 酪農家4〜5戸の共同利用も十分可能となっている。請負会社は7〜8人の作業員と機械を持 っており、個人で所有するより低コストに省力的に作業が実施されると云う。 これらに対して、わが国の場合には共同作業体系は次第にうすれ、個人所有機械が増加 する傾向にあり、自給飼料の生産コストを高める要因となっている。 5.放牧利用技術 乳牛は早春から晩秋まで草丈10〜20cmの密度の高い草地で放牧され(写真−1)、1〜3 日ごとに輪換されている。ある牧区の放牧が終ると施肥(スラリーと化学肥料)を行ない、 パスチャーハロー(写真−5)で排糞をちらし、次の放牧とか採草に備えている。現在、草 地試験場では「スーパー放牧」と名付けて、短草・集約放牧の研究を積極的に実施してい る。これらの成果に期待したい。 牧草地の総乾物生産量のうち約60%は放牧で使用するが、搾乳牛には一定量の短草・良 質サイレージを通年的に給与する農家も多い。乳牛の放牧期間は4月中〜下旬から11月上旬 頃までが多く、約190日から200日間である。めん羊は分娩時期の2月〜3月を除き約300日 間の放牧を行ない、牧草地のクリーンアップに役立っている。 6.採草利用技術 牧草地の総乾物生産量のうち約40%が採草利用される。この内88%はサイレージ調整さ れ、乾草には約12%が仕向けられている。ヨーロッパは採草の主体をサイレージ重点にシ フトしている。例えば、イギリス(イングランドとウエールズ地域)では1976年には1頭 当たり年間サイレージ給与量は2,910kgであったが10年後には8,004kgと2.75倍に増大し た。逆に乾草給与量は836kgから206kgと約1/4に減少している。 (1) サイロとサイレージ調整技術 大部分をスタックサイロが占め、1/3位がバンカーサイロである(写真−6)。サイロ用 地は一般に広目にコンクリート舗装されている。原料草は40〜50cmでデスクモーアで刈取り 、当日と翌日の2回反転を行なうが、短草なので予乾効率は高い。 原料水分含量60〜65%で集草され、ロードワゴンで約10cmに切断して積込み、運搬してサイ ロに堆積する(写真−6・7)。この間、もう1台のトラクターは原料草の均平と踏圧作業に 専念する。1日の作業が終了したらサイロはビニールで仮密封し、この作業を2〜3日続けて サイロは堆積と密封を終了する。 原料草が天候などの条件で予乾不十分な場合には、ロードワゴンに着装したタンクから糖 密を添加したり時にはビートパルプを混合して発酵品質を改善する(写真7)。また、写真 8.9のように省力的にサイレージを切り出して運搬する機械を使用している。 イギリス酪農家のサイレージ粗飼料検定の結果は、PH3.9、乾物含量34.5%、乾物中粗 蛋白質11.7%、可消化有機物65%であった。評価として発酵品質は良好であり、カロリーも 十分だが蛋白質含量がやや低いと示されていた。 請負会社による10a当たり放牧サイレージ調製料金は約1,900円、さらにロールパックサ イレージ1梱包料金はプラスチック代を含めて約800円であった。 (2) 乾草調製の技術 原料草は草丈40〜60cmで刈取られ、反転をして水分20〜25%で梱包(コンパクトベーラー )される。梱包は乾草舎に積込まれる。乾草舎はダクトと大型送風機が設置されており仕上 げ乾燥される。乾草舎(写真−10)の屋根は四隅の柱にワイヤが取付けられ、上下して作業 性を良くする構造となっている。オランダでは殆どの酪農家が保有していた。地下水が高い ため、乾燥が不充分であるために乾草舎が必要であると話しをしてくれた。 7.草地施肥 オランダの酪農家2戸は写真−4に示すように、スラリーストアに糞尿を貯蔵する。オラン ダは観光にも力を入れており、糞尿スラリーを草地散布するのは冬期間の10月から2月まで に制限を受けている。 写真−3に示した牧地カレンダーには、農場の全牧草地10aに対する窒素施用量が算出し てあった。スラリーによるもの14.7kgと化学肥料によるものが24.9kgで合計39.3kgであっ た。また、イギリスでは合計26.5kgであると報告されている。 8.乳牛飼養法 訪問した酪農家は3戸ともミルキングパーラー・フリーストール牛舎であった。夏場は放牧 が主体でパーラーとか牛舎内で濃厚飼料が給与される。最近では放牧とともに短草・高品質 サイレージを通年的に給与する酪農家が増加している。さらに、写真−11のごとくイギリス 酪農家では手作りのパーラーを作り、省力・低コスト生産に努めていた。 冬期間の150日間は牧草サイレージを主体に給与され、ごく少量の乾草および乳量に応じ た濃厚飼料が与えられる。 むすぶ 以上、欧州酪農家の草地管理・利用技術の概要について述べた。10年ほど前には欧州酪農 家から学ぶべき点は何もない…とまで云った人がいた。しかし、酪農経営全体を調査すると 草地管理・利用と低コスト生産など学ぶべき点が多い。 写真−1 オランダの乳牛放牧と手前は水溝(デッチ) 写真−2 イギリスのめん羊放牧と背景に見えるヘッジ(生垣) 写真−3 オランダで見た牧草地カレンダー1牧区ごとに4月から11月まで放牧と採草が示さ れている。数字は放牧頭数、○印は採草を示してある。 写真−4 オランダの酪農家は糞尿をスラリーストアに貯蔵する。牧草地にはポンプタンカ ーで散布するが、同量の水を水溝から吸引して散布する。スラリーは10月から2 月の間に撒くことが許されている。 写真−5 輪切りしたタイヤをハローとしたパスチャーハロー 写真−6 サイロはスタックサイロ・バンカーサイロが主体である 写真−7 ロードワゴンで予乾草を集草し、10cmに切断してワゴンに入れる。予乾不足の原 料には、写真に示す糖密を添加して発酵品質を向上させる。 写真−8 トラクタ踏圧で高密度のスタックサイレージを切り取り運搬する。トラクタの駆 動を使用し、省力的に取出し運搬する 写真−9 サイレージは短草を利用していることが判る。写真−8の機械で取出し運搬された サイレージ。 写真−10 送風施設と屋根が上下する乾草舎。オランダでは殆どの酪農家が所有していた。 写真−11 手作りのミルキングパーラーである。牛はコンクリート台の上で搾乳される。