★ 新春随想


明るい展望を拓く年に−不透明な酪農界に挑む−

社団法人北海道酪農協会事務理事 小林 道彦


迷いの年
   
  何はともあれ羊年(未)の新春を迎えた。実に難かしい年である。心を新たにし
てこの激しい闘いの年にのぞまなくてはならない。一寸とふりかえってみると何だ
か昨年は世界中がゴルバチョフとフセインの二人に振り廻された一年であったよう
な気がする。そして我が酪農界は乳も肉も“お天気さま”と“ガット交渉”に振り
廻された1年であったように思う。

  世界の政治・経済・気象にせよ、酪農界にせよ激動・変革・混迷と新らしい緊張
の年を送り、そのまま新しい年に突入したという感じがする。我が酪農界には暗い
話題ばかりではなく飲用牛乳が予想以上に売れたという天恵による明るい話もない
わけではないが、おしなべていえば、昨年は“減収減益”の厄年であったと言って
いい。そして何よりも行き先不明の不透明さを持ったまま、新しい年を迎えて全く
展望のきかない“迷いの年”となっている。

  それは、展望を試みる上で必要欠くべからざるいくつかの要素が不透明だからで
ある。たとえばガット交渉の行くへとか政治・経済の乱気流の続行とか、異変続き
の気象、さらに腰の定まらない我が国の外交農政など、どれをとっても展望が効か
ないのだから、どだい、展望すること自体に無理がある。無茶だといってもよいく
らいだ。

  だが、だからといって、酪農家も乳業者も肉用牛経営者も、何の展望もなく1年
漂流を無策のまま、続けるわけにはいかない。そこで蛮勇を振って、今年の酪農界
を中心に“どうなるか、どうするか”について考えてみた。勿論そこには万策をつ
くして“明るい展望を拓く年にして不安を解消するための適切な対策を思いきって
実現したいとの念願がこめられている。展望と対応を考える上の“たたき台”くら
いにはなるかもしれないと思うのでどうか御批判をいただきたいと思う。

向い風、追い風

  そこで、先づ展望と対策を考えるに当って私の見る主な現状と課題にざっとふれ
ておきたい。暗い向い風となっていることでは第一にはガットのウルグアイラウン
ド交渉の結果と日米2国間交渉に持ちこまれた場合のことがある。このことがどう
結着し、いかなる対策が用意されるかどうかに酪農界には死活問題という比重で大
きな不安と動揺を与えている。今のところ誰も見当がつかないといった大問題が目
の前に横たわっている。牛肉自由化の前例もあるので失礼だが政府、政治家の言う
ことが信用できないので不安がつのるという側面もある。悲しいことだ。憂うべき
ことだ。

  第二は、今年は、いよいよ牛肉の自由化の初年度である。70%という関税や肉
用子牛不足払法などに守られてはいるものの、昨年のヌレ子の暴落や廃牛のたたき
安値の体験を持っている直後であるだけに、いったい今年はどんなことになるのか
といった不安がある。乳肉向け個体価格は今が底で今年は多少安定し上向きのなる
との予測もあるが、思惑や投機や畜産振興事業団の操作もあるのでどんなことにな
るのか不透明である。この1〜2年はヌレ子高で生活し、借金を返し、生産コスト
を引き下げていた酪農家にとっては乳代と共に経営と生活にかかわる問題である。

  第三に、私が問題として特にあげたいのは若き担い手の動揺である。好景気、人
手不足と先行き不安で、相当力のある中堅酪農家が廃業するのを見聞きするのも辛
いし心が痛むが、それ以上に、次の時代を背負って立つ若い酪農の担い手が3Kと
か所得とか休日とか遊びとかの目先の魅力にひかれて浮き足立ってきている風潮が
あることである。今の時代は楽で報酬の多い、かっこういいと見えるところに若者
は流れてゆく。このこともそんなに気にしないでいいと言う人もいるが、このまま
でゆくと、酪農は若い有能な担い手を失って、外因ではなく内因によって衰亡して
ゆくおそれがある。だからどうしても、今年、ここらで“現役の酪農家に自信と勇
気と誇りを、若い担い手に夢と希望を”もたらすために必要な技本的な対策を確立
することこそ最も重要な課題であると思っている。

  第四は、そのほかに、気になることとしては配合飼料、粗飼料などの購入価格と
自給飼料作物の量と質、さらに生産材の価格上昇傾向がある。また加工、流通、販
売の過程の急速なコスト引き下げ問題もある。内外価格差の縮小は何も生産者だけ
の問題ではない。どこまで実行するかである。

  第五は、お天気が原因とはいえ生乳の需給、計画生産が一挙に不足に転じて、計
画生産が抑制から増産へと一転し、二度にわたるバター、脱粉の生乳換算12万ト
ンにのぼる緊急輸入をして自給率をまたしても下げたことである。この程度(0.
1%)の見通しのあやまりは神ならぬ身としては止むを得ないのではないかという
弁明もあるが、ペナルティをかけられて生乳生産の抑制計画をまじめに実行してい
る生産者のとっては、国と指導団体はその先見性のなさと、計画生産のやり方を含
めて生産者の不信と怒りをかったものである。

  前記のヌレ子、廃牛価格の暴落と乳価の引き下げが三つ重なって酪農家の収入は
人により場所によって異なるものの良い年であった前年に比べると、おしなべてい
えば、出荷乳量100トンにつき約100万円の収入減となっている。300トン
出荷者であれば、約300万円が減収となり、それがそのまま、所得の減収になっ
てしまっている。後半生乳の増産で、そのマイナスを埋めようと努力してはみたが、
既に頭数も抑制体制をとっていたことや、乳牛の疲れやストレス、それに熱暑に加
えて北海道の主産地においては、長雨による乳牛のストレス、自給飼料作物の質の
低下などによって増産もできないし乳成分も下がるということになって結局は損害
をくいとめることができなかった。そこに酪農家としての、いら立ちと乳製品緊急
輸入をまねいた指導方針への不信が重なって、折角の飲用牛乳の売れゆき好調も生
産者にとっては納得のいかない喜こべないままに過ぎている。残念なことだ。

  第六には、飲用牛乳市場の生乳不足の中の乱売という珍現象である。消費者は安
いことにこしたことはないとは思っているにちがいないが、牛乳が高いとは言って
いない。何とか正常に復元して、生産者の飲用向け乳価も復元する対策を目下講じ
つつあるが、生産者、乳業者、販売者が協力して正常化を実現しなくてはならない
という妙な問題もある。

  以上のように暗い問題ばかりではない。一方で明るい材料もある。つまり追い風
である。簡単にいえば@飲用牛乳の予想外の伸びもこの中に入るしA生乳の内外価
格差が急速に縮小しつつあることやB経営の規模、基盤を確立して、逐次借金も減
らし急拡大したヒズミを修正してコストを引き下げ、急速に品質を改善しつつある。
これらはまことに目を見張るものがある。全世界がおどろいているくらいである。

  その上C地球環境を保全し、安全な食料を生産し供給する上で酪農が果す国民的、
地球的役割の大切さを人類、国民全体もやっと少しづつではあるが理解し、知りは
じめている。イラク問題では食糧と石油はもはや武器であって単なる経済効率だけ
で割り切ることの危険性を知ってきた。このことはまだ小さな芽でしかないが明る
い材料である。
明るい展望を拓くことが可能な年

  以上、主な暗と明、向い風と追い風を総合的に見るとやはり暗と向い風の方が強
烈であることになる。それを承知で今年の酪農界を展望してみる。結論を先に言え
ば、たしかに不透明な年ではあるが、私は今年は前年を底として、そこから脱出し
“明るい展望を拓くことができる年”にすることができる年であると展望している。
天気に恵まれれば、酪農家も乳業者も“増収増益”を復活する年にすることも不可
能ではないと考えている。その理由を対策と共に次にあげてみたい。御批判を特に
願いたいところだ。私は、たしかに希望的な観測もあるが、やってできないことだ
とは思っていない。

  第一には、やはりガットのウルグアイラウンドの新ルールにおいて主要乳製品が
どんなことになるかである。この結着いかんは酪農の興亡にかかわる重大事である。
また牛肉の自由化もいよいよ初年度を迎える。この牛肉は国境、国内対策も用意さ
れているがこれで牛肉関係はどうなるのかである。私は勿論乳製品の自由化阻止要
求を貫きとおす運動をこれからも続けてゆく。しかし一方では内外の与論は自由化
を要求する勢力も強いのでどんな結着になるかについは大きな危惧をもっている。
薄氷をふむ思いである。ただどんな結着になったにしても将来は別にして今年直ち
に安い乳製品がどんと輸入量を増やすことになるなどとは思っていない。またそう
ならないための対策を断行する必要にせまられる。また生乳の不足払法や畜安法や
肉用子牛の不足払法が無くなるわけではない。国内法で決める年である。

  従って政府のきめる生乳の保証乳価や牛肉の安定価格がどんと下がるなどとは全
く考えてもいない。農政や外交がそこまでぐらついているとも考えない。勿論、ど
ちらにころんでも酪農界は“低コスト、高品質”への努力を怠ることは許されない。
それは強い外交と国内対策を進める上で国民の支持、国論統一と成長を続けるため
に国産品の消費拡大のためにも必要であり、酪農家が物心共に豊かになるためにも
必要なことだからである。

  言いたいことは、将来は別にしても今年に限っていえば外圧の直撃、ガット新ル
ールがどのようにきまったとしてもそれによる激震はないと判断している。

  第二には、今年の牛乳、乳製品の需給展望である。気象が異変をおこしているし
どうも景気にも多少のかげりが見えてきているのでこの展望は特に至難の業だが、
少なくとも上期は既に二回にわたる緊急輸入で急場をしのいでいるがそれでも尚生
乳不足は続くのではないかとみている。乳牛は大自然の攝理と共に生きている命の
ある動物であるため工業の工場とは根本から異る条件の中にある。飲用牛乳の消費
動向も昨年体験したように予測が立ちにくいので需給計画や計画生産もそのことを
十分にわきまえて程度問題だが“ゆとり”のあるあるものにする必要がある。その
リスクは生産者や乳業者だけに負わせるのではなく国の政策を主体として手当する
ことが肝要である。そうでないと酪農、乳業は、いつも天候などに振り廻されて末
永い健全な発展にはならない。この見地からすると今年の計画は増産し、ランニン
グストックにも“ゆとり”持たせたものにすることになると考える。  第三は、保
証乳価等である。ガット交渉や日米二国間協議の直後であったり、又はその最中で
あったりしているので極めてタイミングは悪いが、ヌレ子、廃牛、生産材、生産性
向上等々の今の事情を勘案し自然体で算定すれば、どこの誰が、どんな計算方式で
やっても前年より保証乳価は最低数%は上ることになる。そして限度数量も前記の
事情で増枠することになると考えている。ただ内外世論、外交交渉とのからみで内
外価格差縮小と一方に自由化要求の声もあるので微妙な扱いになることも予想はし
ているが“値上げ、増枠は当然の年”になると予想している。内外からの反発はあ
るかもしれないが、酪農特に生産者乳価は既に、その責任を果たしている。気にす
ることはない。むしろこの機会によく内外に周知徹底する努力をすることだ。それ
に飲用向乳価も市場も正常に戻す必要があって、生産者、乳業者、政府が協力して
良い価格バランスを実現する年であるとの関連もある。消費者は誰も高すぎるなど
とは言っていないし反発はないと思う。

  第四は、乳肉用向けの個体価格の展望である。これも難しいが逆に言えば自由化
初年度ですべての国境、国内対策が講ぜられるので“今が底”という見方をしてい
る。既に国内でも技術、コストについても相当に研究、改善されてきているし、特
に品質(おいしさと安全性)についても自由化市場への対応をしてきているので、
畜産振興事業団の売買操作のよろしきを得れば輸入品の宣伝がさかんになってもこ
れ以上の値下がりはないとみている。そしてヌレ子(初生オス子牛)は肉用子牛不
足払法を活用すれば7万円から8万円には連動して落ちついてゆくと思われるし、
廃牛だって一寸と手を加えると庭先でも10万円を下廻ることにはならないと予想
している。ただ今でも市場では平均12、3万円となっているのに庭先だと3万円
とか5万円、よくても7万円で買いたたかれている事態は解消する工夫をしなくて
はならない。

  それにしても“廃”とか“ガリ牛”とかいう名稱や表現はよくない。たとえば
“クイーンビーフ”とか“マダムビーフ”とか(これもよくないが)肉質をよくす
る努力に併せて新しく魅力のある名稱を考え、場合によっては募集してみてはどう
かと提案しておく。

  また、乳用個体は、増産基調と乳価の堅調、乳質、特に体細胞の規制もあるので
早期淘汰で回転が早くなっているので初妊牛で北海道渡し平均が市場で40万円と
みることは無暴なことではないと予想している。どうだろうか。

  第五は、配合飼料、粗飼料の購入価格である。  地球ぐるみの異常気象で作況も
予測できないし、為替相場、輸送費、国際的需給でどう変化するか特に下期はわか
らない項目だが、親子の基金制度や今年度からはじまる粗飼料に対する運搬機械な
どの補助制度などを活用することによって上期は多少値下がりしたまま安定して推
移するのではないかと思う。自給飼料についても気象の異変が大いに気になるが技
術の向上と自助努力でこの頃は量も質も比較的安定して確保できているので、その
延長線上にあるとみている。また物価全体の上昇気配はあるが、それ程経営と生活
を圧迫するものにはならないと思っている。

  以上、ざっと主な要素を展望してみると、この予想が、そしてそこにもってゆく
ための対策と努力がみのれば今年は前年をどん底として立ち直り“増収増益”の年
になるとおもうし“明るい展望を拓くことができる年”にすることができると思う。
まだまだ世界全体は歴史に残る激動、異変が続くと思われるので政治、経済、気象
に何が起きるかわからない“乱”は続くと考えて“油断大敵”を忘れないで、それ
に備える必要はあるが“治に向う年”にすることはできると考えている。そしてそ
の山場というか決め手になるものが1月から3月の3ケ月にわたるガット交渉と、
保証乳価等の決定、牛肉価格の決定いかんにかかっている。夏の天気がどうなるか
というもう一つの山場もあるが、何といってもこの国が決めるガットと乳肉価格の
決定こそが、そのカギを握っていて、この年のはじめの100日は実に今年だけで
なく酪農界の将来の興亡にかかわる重大な時であると思っている。官も民も、この
覚悟で取り組んでもらいたいものである。
長期的視点に立った対応の必要性

  このような展望、認識に立てば、酪農界は官も民も、これにどう対応しなくては
ならないかということになる。

  第一には、このような不透明な年であればある程、酪農とか牛族と人類、国民と
が命と健康をかけて地球上に共存共栄していることの重要性の原点を改めて関係者
は勿論、国民全体に確認してかかることが大切である。このことの努力を重ねるこ
とである。自信をもってもらうためである。迷える時、動揺の時、荒れている時に
は山登りの成功の掟に学んでベースキャンプに立ち戻って体力をたくわえ、知恵を
ねることである。ウロウロし、あわててはいけない。

  第二は、ここで酪農界の新時代を画するために21世紀を目指して日本酪農のビ
ジヨン、目標とそのシナリオを関係者の合意にもとづいて策定し向うべき長期の大
目標を持つことである。目先の激変だけに気をとられているだけではいけない。そ
れは不安と失望にかわるだけだからだ。そのために第二次酪肉近代化計画の見通し
もよいが、それを越えた100年の計に立って将来を見すえるという視点に立って
酪農、乳業界の責任あるリーダーによる“酪農界サミットを開催することを提案し
たい。今年はそんな時にきているように思う。どうだろうか。

  話は別だが、ささやかではあるが私には私なりのビジョン、シナリオもある。そ
れは第一のビジョンは最終的には国産牛乳の全量が飲用とか生クリームとか生ヨー
グルトとか日本人向けにうける生チーズなどの“生物”に消費されることにしては
どうかということ、そこまでゆく間は第二のビジョンとシナリオで今のように不足
払のもとで牛乳、乳製品でゆくという二段構えのものであるが、その中味は省略す
るが、この問題について関心のある人々で自由に研究会を開くことも提唱したい。
同志はいないものか。

  第三は、応急措置で国がきめることだが、この1月から3月にかけてのガット交
渉と日米交渉と保証乳価等、牛肉価格を納得のゆくようにきめることである。将来
の基本対策と併せて、この緊急な当面対策をきちっときめなくてはならない。今年
の価格、数量、関連対策のきめ方によって日本の酪農の今年は勿論将来の盛衰、興
亡がきまるような気がする。これは決してオーバーな表現ではなく、私は本心から
そう思っている。国際新貿易ルールにしても、自由化を阻止することや価格等の決
定、特に“値上げ、増枠”を実現することは内外情勢からみると極めて難かしいこ
とであることを承知しないわけではないが、にもかかわらずこの決断を求めたい。
この決定、決着によって有能な後継者が夢と希望にもえて定着することになるかど
うかを左右すると思うからである。この視点が今年の決定に当って最重要対策であ
ると言ってもよい。若い有能な人材の定着こそ国際化時代に対応して酪農が益々成
長し発展する最大のカギだと考えるからだ。お互いにこの見地に立って知恵を出し
合い汗をかいて、何としてもこの難問を乗り越えるためにウルトラCをつかって決
定してもらいたいものである。

  第四は、酪農家自身(現役)が“酪農に生きる信念”哲学をしっかりと腹の中に
堅持することだ。急に言っても無理かもしれないが昨年私がヨーロッパ酪農を視察
したときに得た感想はこの哲学であった。それは五つの原則があるように思えた。
その第一は健康で働くことができることは、人間最大の幸せであると考えているこ
と、第二は第自然にいだかられた田舎と酪農、乳牛が大好きであるということと、
第三には自由に生きれる。自分の考えを自由に活かして経営、生活、行動ができる。
一国一城の主であることの価値を大変高く評価して生きていたことである。第四は
努力すれば家族全体が物心共に豊かにのびのびと生活することができるし第五には
酪農という仕事は人類、国民の命と健康を守り、国土の保全美化に貢献できる誇り
高い職業であるということの五つが渾然融合し一体となって、それらの人々の人生
観というか哲学というか考え方がしっかりとつくりあげられていたことであった。
私は人生誰れにも共通するものして、いたく感動し教えられたものである。

  難局、困難、ピンチの時であればある程この生きてゆく基本的な考え方をしっか
りと持つことが大切であると考える。今の日本では受けいれられない話かもしれな
いが人間はそこから知恵も勇気も湧いてくるし“生き甲斐”といわれるものさえ生
まれてくるものである。人間の不思議さというものではないかと思う。

  第五は、自由化問題がどっちに転ぶにしても酪農界の進べき道は嶮しいが一つし
かないということを皆んなで覚悟していなくてはならないということである。その
道とは“不動心”をもって“質的に世界一の酪農理想郷”を建設することにひたす
ら邁進することである。内外の産地間競争に勝ちぬくために国際化に対応して“強
い経営と楽しい生活”をきづくことである。それを実現するためには次の六つの条
件を達成しなくてはならない。辛いことである。難かしいことである。言うは易く
行うは難いことばかりであるが@低コストA高品質(安全も含む)B高所得C休日
のもてる酪農(ヘルパー事業もその中の一つ)D美しい牧場づくりとE楽しい生活
の六項目である。相反する要素もあるが、よい品物は高くても売れる時代は続く。
この六つを実現するための具体策については既に夫々に次々と新技術も開発、発表
されているし少数ではあるが既に実現している人もいる。それには新しい知恵も必
要だし、お金もかかる、政策も必要である。しかし何としても乗り越えてゆかない
とこの理想に到達しないのだ。

  このことはこれからの時代を酪農家が楽しく生きてゆくためにも、消費を拡大し
てゆくためにも、消費者、国民の合意を得てガットなどで外交を展開してゆくため
にも、そして酪農を成長産業として益々発展させるためにも嶮しいが避けては通れ
ないただ一つの道だと私は思う。どうだろうか。酪農家自身が自立自助の精神でこ
の六つの障害を乗り越えようとする時、それに必要な国の、政策の支援は生まれて
くる。過去もそうであったように必要な政策は必ず実現されるものである。それに
は酪農家の団結と強力な運動が必要であることは言うまでもない。

  同時に、川上といわれている生産、生活のための材(エサ、機械、生活物資など)
を欧米並に引き下げることも重要である。このなかで系統農協の果す役割は大きい。
思いきった団体、生産材関係会社のコストの引き下げが必要である。そして川下と
いわれている乳業者、加工、販売者といった流通を含めての業界の急速なコストの
引き下げが生産者の努力と平行して進められなくてはならない。そうでないと消費
者にとどく段階の内外価格差が一向に縮小できないからだ。幸い我が国の酪農、乳
業界はその都度この改革、コストの引き下げを成しとげてきた実績を持っている、
日本農業のチャンピオンであり、この合理化速度は世界の新記録である。これから
もやってできないことではないと確信している。  第六に提案しておきたいことが
ある。それは国が“環境基本法”(仮称)と“食糧安保基本法”(仮称)をつくり、
その二法とリンクして“新農業、農村基本法”(仮称)を制定してもらいたいこと
である。この理由は多言を要しない。日本は地球汚染の主犯であり、食糧の最も不
安定な小国であり、一局集中して地方が荒廃している日本は、国民のために、世界
のために率先してこの法案を成立し実行に移してもらいたいのである。その中で酪
農産業、牛族の位置づけを明確にしてもらいたいのである。既に“金追い虫万能”
の時代から経済と非経済、物と心のバランスをとりながら国の政治を行う時にきて
いる。そうしないと本当の意味での国際化もできない。無秩序な自由化は単に農業、
農村、酪農が亡びるだけでなく国も亡びることを心ある人々に深考を切に求めたい
ものである。
自信と夢を

  以上が今年、新春を迎えての私の反省を含めての酪農界を中心にした展望と対応
についての随想である。小論文でも何でもない。長くなってしまったが美のない変
なものになってしまった。これは私の力不足である。あるいはもっと大切なことを
忘れているかもしれない。是非とも御教示願いたい。

  とにかく、今年は難かしい年に当っている。だからピンチをチャンスにする心意
気に燃えて逆に“明るい展望を拓く年”にしたいと思う。“窮すれば通ず”という
諺もある。この随想が今年と将来の酪農を考えるために何かの“たたき台”になれ
ばと思う。

  最後に重ねて言う。今年特に願うところは“現役の酪農家、肉用牛経営者に自信
と勇気と誇りをもたらし、若い後継者に夢と希望が湧いてくる”展望と対策を実現
する年にしたいと思っているということである。ではお元気で!(完)


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