★ 国内現地の新しい動き


栃木県酪農業協同組合における多様な事業展開

栃木県農業大学校講師 黒澤豊彦、宇都宮大学農学部助教授 茅野甚治郎


 本レポートは、平成2年度農村地域調査として畜産振興事業団が調査願ったもの
の報告書の要約である。

1.はじめに
 国内の牛肉生産はいよいよ輸入自由化に直面し、新しい局面を迎えようとしてい
る。自由化の影響について数量的試算がいくつか行われているが、多くは乳用牛が
強く影響を受けると指摘している。だが、乳用牛からの牛肉供給は、酪農副産物で
ある乳雄子牛の付加価値を高めながら市場対応を図ってきたという特殊性がある。
この意味で、今後乳用種の牛肉生産がどう推移するかは酪農の展開に強く関連して
おり、また酪農の発展に対して牛肉価格の変動が影響をもってくる。

 そこで、本稿では酪農関連の事業だけでなく、牛肉関連の事業にも積極的に取り
組んでいる栃木県酪農業協同組合(栃酪)の近年の動きを紹介し、酪農と乳用種牛
日生産の展開について考察する。以下の各章では栃酪の事業を整理紹介するが、そ
の前に栃酪の概要について若干の取りまとめを行った。

1−1 栃酪の概要
 栃酪は1951年に上都賀酪農業協同組合として創立され、54年に改称され現
在に至っている。設立時は、組合員141名、出資金205万円、乳牛頭数250
頭、集乳日量450キロであった。その後、組織と個別農家の規模拡大によって1
990年には、組合員1,173名(内 正組合員564名)、出資金6億円、乳
牛頭数14.5千頭、集乳日量198トンまでになっている。組合の活動範囲は県
内一円をカバーしており、県内10酪農協の中でリーダー的役割を果たしている。
創立時からの事業を中心にその経過概要を整理すると、表1−1のとおりである。
牛乳の生産から販売までの一貫体制と哺育・育成に関する事業について以下の各章
で紹介するが、他に酪農ヘルパー事業や後継者育成基金・婦人ボーナス・レストハ
ウスの営業などの多様な事業展開を図っている。

表1−1 栃酪の経過
  1951 上都賀酪農業協同組合として創立。
      組合員141名、出資金205万円、乳牛頭数250頭、集乳日量450キロ
  1952 乳牛導入融資開始。信用、利用、購買事業開始。
  1957 市乳製造販売開始。大笹原に牧場用地取得。(のちの大笹育成牧場)
  1959 「栃酪ニュース」発刊。
  1962 厚生施設「きらく荘」完成。
  1964 宇都宮工場操業開始。森永牛乳と学校給食用牛乳の製造開始。
  1966 配合飼料工場を設立。
  1969 栃木くみあい飼料株式会社を設立。(配合飼料工場を移管)
  1973 全農・全酪連の大型紙容器の製造開始。
  1976 大笹レストハウス営業開始。
  1982 第1哺育センター開設。
  1985 第2哺育センター開設。後継者育成資金積立開始。
  1990 低温殺菌牛乳製造開始。酪農ヘルパー利用組合設立。
      北海道乳用雌牛預託育成開始。
2.生乳の生産から販売までの一貫体制
2−1 一貫体制
 栃酪では、組合員が生産した生乳の付加価値を高めるために、全国に先駆けて1
957年に、鹿沼に自営の市乳工場を建設し、市乳の製造販売を開始している。こ
の市乳を「栃酪牛乳」として売り出したが、販売代金の回収が難航したことなどか
ら、1960年に大手乳業メーカーと提携し、その委託生産を開始した。その後、
1964年に宇都宮に市乳工場を新設し、73年に市乳の製造販売および原料乳供
給の提携者を、メーカーから全農・全酪連に切り替えている。さらに、1983年
には鹿沼工場を廃止して宇都宮工場に統合し、整備拡充を推進してきている。市乳
の製造では、全農・全酪連からの受託製造の他に、栃酪自体の学校給食用牛乳と日
光牛乳を製造し、1990年には低音殺菌牛乳の製造販売も開始している。栃酪で
集荷した生乳は、現在その35%を首都圏の全農・全酪連および県内のプラントへ
市乳の原料乳として供給し、65%を自営工場の市乳製造に当て、全農・全酪連か
らの受託市乳、栃酪の学校給食用牛乳、日光牛乳等を製造している。

 また栃酪では、組合員に濃厚飼料を安定的に供給するために、1966年に配合
飼料工場を建設し、その後1969年に全農・栃木県経済連・栃木県信連と栃酪の
共同出資で栃木くみあい飼料株式会社を設立した。当工場では乳牛用・肉牛用・養
豚用・養鶏用の各種配合飼料を製造し、県経済連・各農協より県内一円の畜産農家
に供給し、畜産経営の安定化に寄与している。

 牛乳の需要は季節的な変動が大きい。その中で栃酪は、首都圏および県内プラン
トへの市乳原料乳の供給、受託および栃酪自体の市乳生産を行っている。そこでは、
牛乳需要の季節的な変動に対応しながら、少しでも多くの生乳を自営の市乳工場で
製品化することが要請される。生乳を原料乳で供給するよりも自営市乳工場で製品
化した方が付加価値は高い。また、市乳販売では成分表示が義務づけられ、表示中
身の検査が厳しく行われる。よって、自営の市乳工場をもつ酪農協の乳質改善に対
する意気は高いものである。

 栃酪では生乳の乳質検査を厳しく行い、各地区にコンサルタントを配置して、組
合員酪農家の乳質改善や経営改善を行っている。この他にも各種の乳質改善対策や
牛乳需要期の生産奨励方策を実施している。

 以上のように、栃酪が現在実施している生乳の生産から販売までの一貫体制は、
一朝一夕にして出来上がったものではなく、長年の多くの経験を1つ1つ積み上げ
てきて出来上がったものと理解される。

2−2 乳質改善(基本乳価、乳質格差基準)
 1990年度の栃酪の基本乳価に対する乳質基準は表2−1のとおりである。基
本乳価は季節によって異なり、牛乳の需要の多い夏場7〜9月と需要の少ない冬場
11〜3月とでは、キロ当たり約10円の差がある。この基本乳価を年間の加重平
均でみると91.31円になる。この基本乳価に対し、脂肪率3.5%以上、無脂
固定分8.3%以上、細菌数12万以下、細胞数30万以下の乳質基準を設定して
いる。さらに表2−2のように、乳質基準の各項目に格差をつけて、夫々の格差に
よって生乳単価を加減する乳質格差基準を設定して、乳質を生乳価格に反映させて
いる。

表2−1 平成2年度基本乳価
乳価
(1kg当たり)
乳質基準
4
5
6
7
8・9
10
11〜3

90円
91.5
93
98.55
96.55
94.55
87

脂肪率3.5%以上
無脂乳固形分8.3%以上
細菌数12万以下
細胞数30万以下
 
 
 

表2−2 乳質格差基準
@ 脂肪率格差
脂  肪  率 0.1%
加減単価
   
3.5%以上
3.4〜3.5%未満
+0.40円
−5.00円
3.4%未満は検査の上改善される迄は受乳しない。
当日受乳分は1kg20円の乳価とする。
A 無脂乳固形分格差
無脂乳固形分 0.1%
加減単価
   
8.3%以上
8.2〜8.3%未満
+0.60円
−4.00円
8.2%未満は検査の上改善される迄は受乳しない。
当日受乳分は1kg20円の乳価とする。
B 細菌数格差
細菌数ランク 1kg当たり
格差
   


12万以下
13〜21万
22〜30万

  0円
−2円
−4円

31万以上は検査の上改善される迄は受乳しない。
当日受乳分は1kg20円の乳価とする。
C 細胞数格差
細  胞  数 1kg当たり
格差
   
10万以上
11〜30万
31〜40万
41〜50万

+ 1円
  0円
− 6円
−20円

51万以上は検査の上改善される迄は受乳しない。
当日受乳分は1kg20円の乳価とする。

 生乳の乳質検査は毎旬2回以上行い、ベビーローリー別、個人別乳質検査も励行
している。乳質検査の結果基準に達しないものは、検査の上改善されるまでは受乳
しないことにしている。またベビーローリー受乳時の検査で販売不能になり、個別
検査で原因者が確認された場合は、その原因者がベビーローリー1台分を弁償する
ことになっている。

 そして、高品質で安全衛生的な「良い牛乳」生産し、市乳の積極的な消費拡大を
図るため、各種の乳質改善向上対策の実施に力を入れている。それは乳質改善講習
会の開催、バルククーラーおよび搾乳器具の点検整備、牛舎内外の環境を整備して
消費者のイメージアップを図る3S運動(整理、整頓、清掃)の実施、低脂肪牛の
淘汰などである。これらの他に、本所と支所にコンサルタント7人を配置し、各地
区内の組合員酪農家の乳質改善、経営改善の指導も行っている。

2−3 低温殺菌牛乳
 低温殺菌牛乳の製造販売については、宇都宮工場内にその設備を整え、一部の組
合員酪農家に原料乳の乳質について特別の協力をもとめて、1990年2月より実
施に踏み切っている。低温殺菌牛乳の製造販売に当たっては、特に原料乳の細菌数
が問題になる。一般市乳原料乳の細菌数の検査はブリード法で行っているが、この
方法では細菌数3万以下は測定できないので、低温殺菌牛乳の原料乳については、
生菌数1万以下を基準にして、寒天培養法で検査を行っている。

 組合員の中からこれまでの乳質検査で実績の良い11人が選ばれて、低温殺菌牛
乳の原料乳生産を担っている。この原料乳生産者は当初6人で出発したが、販売量
の増加に伴って5人増やし、現在は11人となっている。

2−4 夏場の奨励金
 首都圏および県内プラントへの市乳原料乳の供給と、市乳の受託製造と自身の市
乳製造販売を行っている栃酪では、年間を通して牛乳需要の多い時期と少ない時期
の差が大きい。牛乳需要の多い夏場を100とすると需要の少ない冬場は70ぐら
いであり、両者の間には約3割の差がある。牛乳需要の多い夏場の7月〜9月に、
高品質の牛乳をできるだけ多く生産することは、販売を順調に伸ばし、牛乳の消費
拡大にもつながっていく。

 栃酪では7〜9月の牛乳需要期の生乳生産を確保するために、特別措置として表
2−3のような需要期奨励金を出している。この需要期奨励金は、1つは脂肪率格
差による乳質に対する奨励金であり、無脂乳固形分、細菌数、細胞数が乳質基準を
満たし、脂肪率3.5%以上のものに出している。もう1つは出荷乳量に対する奨
励金であり、7〜9月の出荷乳量が過去3カ年の年間平均乳量より、23%以上多
い乳量に対するものであり、乳質基準を満たすものについてである。なお9月の出
荷乳量については、この他に乳質基準を満たす全量に対し奨励金を出している。先
にみたように、基本乳価でも夏季乳価は高く設定されており、さらに特別措置とし
て乳質と乳量に対し需要期奨励金を出していることは、夏場の需要期における良質
生乳の生産量確保がいかに重要かということをうかがわせる。

表2−3 需要期奨励金
@ 需要期乳質奨励金
乳                   質 1kg当たり
奨励金額
無脂乳固形分8.3%以上、細菌数12万以下、細胞数30万以下、脂肪率3.5%以上3.6%未満
       〃            〃          〃     脂肪率3.6%以上

3円
5

A 需要期乳質奨励金
奨  励  金  対  象  乳  量 1kg 当たり
奨励 金額
需要期(7〜9月)の出荷乳量が、過去3ヵ年(62、63、元)の年間平均乳量の
    23%以上25%未満で  (無脂乳固形分8.3%以上、脂肪率3.5%以上、
    25%以上27%未満で   細菌数12万以下、細胞数30万以下の乳質
    27%以上で         に該当した全乳量に対し)


4

5
8

 ※尚上記奨励金の他に9月分については、基準内乳質全量に対し1s当たり5円を交付する。

 栃酪が現在とっている生産−市乳製造−販売の一貫体制も、こういう夏場の牛乳
需要期における生産奨励方策や生産努力等によって大きく支えられているとも言え
る。

2−5 生産調製
 1979年から開始された生乳生産需給調製では、栃酪は計画生産目標を達成す
るために、各種の対策事業を強力に実施している。減産割当の厳しかった生産調製
実施初期には、低能力牛の肉用化促進、全乳哺育、市乳の販売拡大、老廃牛の肉用
化、雄子牛の販売斡旋などを強力に実施している。低能力牛の肉用化促進、全乳哺
育等の事業では、国の補助金以上の助成金を栃酪から支出している。

 組合員の酪農家に対しては、生産調製の始まった最初の2年は、中央から前年の
生乳生産量に対して比率で示される生産枠をそのまま下ろしていた。しかし3年目
からは、組合員酪農家の中の年間生乳生産量100〜150トンの階層を伸ばすこ
とに重点をおいて、減産枠を150トン以上の階層と100トン以下の階層に引き
受けてもらい、100〜150トンの階層には減産枠を割り当てない方針をとった。
年間生乳生産量100〜150トンの階層は、酪農家としてこれから伸びる人達で
あり、後継者がいて規模拡大を図ろうとしている人達であり、栃酪の中堅的な酪農
家であった。

 中央から示された生産調製の生産枠は、1985年までは前年の生産量を下回っ
たが、86年からは牛乳の消費量の伸びもあって、前年の生産量を下回る指示はな
くなった。

 現在は、組合員と自主申告に沿った出荷契約を結び、特別調製乳によって計画生
産を達成しようとしている。牛乳の消費量が伸びている上に、酪農を止めていく農
家が年率3%位あるので、各酪農農家に対する生産調製による実質的な生乳の生産
制限は無い状態になってきている。

 生乳の生産調製実施3年目から、中堅酪農家を伸ばすための特別措置として、減
産枠を割り当てなかった、当時の年間生乳生産量100〜150トン階層の酪農家
は、現在では栃酪の生乳生産の大きな担い手になっている。

3.哺育・育成に対するとりくみ
3−1 哺育育成センター
 酪農にとって転換点の1つは、1979年に始まる生乳の生産調製である。生乳
需給バランスが崩れ、過剰乳への対策として酪農家自らが生乳計画生産を開始した。
その一環事業として、栃酪では1982年に第1哺育センターを開設した。その背
景には次の諸点が存在していた。

・ 計画生産を達成せねばならず、特に生産量の伸びている酪農家における余乳対
 策は急務な課題であった。

・ 乳雄子牛価格の変動は激しく、酪農家と家畜商との個別相対取引であった為に、
 家畜商に買い叩かれる側面が強かった。

・ ぬれ子の管理は酪農家によってまちまちであり、固体間の格差が大きかった。

・ 哺育の時の事故率は約15%と高かった。
 その後、集荷時のストレス軽減や規模拡大へ対応するために、第2哺育センター
を開設した。これによって、常時250頭以上の地雄子牛を集団哺育するまでにな
った。最近の実績は表3−1のとおりである。年間3,500頭前後を哺育すると
いう他に例をみない大規模管理をすすめながら、事故率が一環して2%以下(19
89年で1.39%)という成果は特に注目される。これは徹底した防疫・衛生対
策の成果であり、その主な要因は次のとおりである。

・ 集荷の輸送時間を考慮し、2カ所の哺育センターを分散させている。そして、
 集荷は哺育センターの職員が直接酪農家に出向き、固体チェックを徹底させてい
 る。その際、酪農家に対して哺育指導も行っている。

・ センターに集められた牛は即、血中グロブリンの抗体検査を行い合格したもの
 をセンターで飼養する。

・ センターではカーフハッチ方式で、風邪・肺炎の予防と厳密な固体管理がすす
 められる。

・ 年間副1,000トンの全乳による哺育。

・ 使用したカーフハッチは、敷料を全て除去し薬剤による殺菌後、日光消毒を約
 2週間行ってから再び利用する。

 このような哺育管理をすすめながら、肥育子牛としての適性を高めるために丈夫
な胃づくりに気を配り、また集団飼いに馴れさせるために出荷前1週間程は10頭
前後のロットで管理される。

表3−1 哺育センターの実績推移
項   目 1985 1986 1987 1988 1989
頭数
体重
kg/頭
頭数
体重
kg/頭
頭数
体重
kg/頭
頭数
体重
kg/頭
頭数
体重
kg/頭
搬入頭数 第1哺育センター 1,662 1,783 51.5 1,812 50.3 1,837 50.2 1,863 49.4
第2哺育センター 1,772 1,959 50.1 1,716 47.4 1,802 48.1 1,697 47.1
3,434 3,742 50.8 3,528 48.9 3,639 49.2 3,560 48.2
出荷頭数 第1
センター
45日哺育中端他 1,591

1,699
92.5
1,766
99.4
1,803
53
98.6
225.0
1,484
97.7
第2
センター
45日哺育中端他 1,604

1,725
183
93.7
285.9
1,459
299
96.3
278.3
1,597
420
100.9
287.8
1,558
297
97.7
271.5
3,195 3,607 3,524 3,873 3,339
事故頭数 第1哺育センター 19 1.19% 32 1.88% 30 1,70% 32 1.74% 33 1.77%
第2哺育センター 10 0.62% 26 1.36% 20 1,16% 21 1.17% 20 1.03%
29 0.91% 58 1.61% 50 1,42% 53 1.46% 53 1.39%
(注)事故頭数の%は事故率を表す。

 哺育事業の概要は以上のとおりであるが、経済的収支の側面の考えた場合、哺育
という短期間での付加価値以上に価格変動の幅は大きく、当事業の経済的リスクは
大きいといわなければならない。しかし、肥育サイドからすれば管理の難しい哺育
期の事故率が2%以下であることは大いに評価されるべきであろう。事故率が低い
ことはもちろん当事業の収支にとっ重要であるが、それだけでなく乳雄肥育の生産
効率向上に大きく寄与しているのである。一貫肥育では事故率が10〜15%であ
れば、現在の価格水準で採算上にあるという調査結果もみられる。さらに、今後肥
育コストをどのくらい低下させることができるかは、牛肉輸入自由化以後の展開に
大きく関与するが、コスト低下を実現する経営内の要因としても事故率低下は重要
である。そして、哺育センターにおいて事故率が低いだけでなく、初乳を与えるこ
との重要性や飼料給与などの指導を通じて、個別酪農経営での哺育技術は確実に高
まってきている。このことは、酪農家にとっても肥育農家にとっても経済的有効性
を持つものである。さらに、酪農家は相場を的確に知ることができるようになり、
哺育労働の軽減分を他に振り向けることができるようになった。

 以上のように、当事業の展開は直接的効果だけでなく波及効果も重要な意義を持
っている。また、酪農家だけでなく肥育農家にとって、マクロ的に考えれば肥育効
率の上昇に対して有益な影響を与えている。

3−2 育成へのとりくみ
 本来の生乳生産に関わる乳用雌牛の育成に対して、栃酪では乳用牛の導入事業の
他に1957年から大笹牧場での放牧育成を開始し、昨年からは搾乳素牛を北海道
の育成牧場に預託する試みがなされている。ここでは、この2つの事業について紹
介しよう。

 大笹牧場は1957年に112haの取得と育成牛72頭の原野への放牧から始ま
る。その後段階的に国有地の借用・払い下げを受けて、現在では320haの草地造
成を行い、約600頭の育成牛を夏季放牧するに至っている。また、1976年の
霧降高原有料道路の開通(大笹牧場内を通る)にあわせた放牧内にレストハウスの
営業を開始した。順調な観光客の伸びに対応し、その景観の維持・充実のために1
989年度の畜産振興補助事業(地全協・県)と公共育成牧場機能強化事業(県・
国)によって、ふれあい牧場としての整備にも着手し始めている。

 放牧は、7〜17カ月令の乳用雌牛を対象とし、放牧(受託)期間は概ね5月中
旬〜10月下旬である。この間の預託料金は、15カ月令未満は300円/日、1
5カ月令以上は350円/日となっており2年毎に見直しが行われる。加えて放牧
牛賛助会費として1,000円/頭、衛生対策日2,600円/頭が委託農家の負
担となる。

 さらに、1976年からまき牛による種付けを始めている。現在まき牛はホルス
タイン4頭、和牛3頭であり、約30頭を群として生後15カ月令を目安に種付け
が行われている。現況では種付け希望の約40%が和牛を希望している。そして、
種付料金は種付群編入料金としてホルスタイン3,500円/頭、和牛4,000
円/頭、受胎確定時にともに6,000円/頭となっている。

 最近の放牧実績は表3−2のとおりである。放牧頭数はおおよそ600頭前後で
推移しているが、種付希望頭数の割合が急増している。1980年の種付希望割合
は38.5%だが、1988年には82.6%、1989年には74.3%までに
増大している。そのうち受胎率は年ごとの変動がみられるが、80%前後の割合で
推移し、平均の増体重は1日当たり0.5s弱である。

表3−2 大笹牧場の実績推移
項  目 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989
草地面積(ha) 287 287 287 290 290 290 290 290 306 306 306
放牧頭数(頭) 680 637 594 570 620 592 623 597 603 553 596
種付希望(頭) 232 245 244 359 360 403 441 411 480 457 443
希望割合(%) 34 39 41 63 58 68 71 69 80 83 74
受胎頭数(頭) 209 194 175 293 301 321 300 338 360 320 320
受胎率(%) 90 79 72 82 84 80 68 82 75 70 72
日増体重(g) 428 402 386 474 430 418 443 570 483 447 469
 酪農家に聞いてみると、放牧した牛は足腰が強く健康であり、搾乳していて牛の
もちと食い込みが良いと評価している。

 次に、1990年から搾乳素牛の預託育成を始めている。これは、従来哺育セン
ターでぬれ子から約8カ月受託育成していたが、妊娠牛まで継続しての預託希望が
多いことと質の向上を図ったものである。その事業概要は次のとおりである。

 生後2〜3カ月令の搾乳素牛を対象牛として、分娩前2〜3カ月までが預託育成
期間である。預託先は帯広と中札内農協管内の牧場で、1日1頭当たりの育成管理
料金は550円である。預託管理費には労務費、施設費、薬品代、敷料費、授精料、
除角費用、共済掛金その他管理に要するすべての費用が含まれている。その他農家
負担経費は、輸送運賃、輸送保険、輸送予防薬及び耳標代である。

 以上のような育成事業もあくまで酪農家の発展を下支えるものであり、独立した
事業としての経済収支を考えれば採算ベースの厳しい部門であろう。しかしながら、
都府県の酪農においては草地面積及び環境問題に関連する立地制約は強く、規模拡
大に対して糞尿処理は重大な問題となっている。このような状況下で、個別農家の
規模拡大をバックアップし且つ搾乳牛の質向上を図る事業として充分に評価される
のではないかと考える。

4.おわりに
 近年の酪農の展開をみると、1頭当たり乳量の伸びを背景に経産牛頭数は停滞な
いし減少気配である。そのため、乳廃牛と乳用雄牛の屠殺頭数も停滞局面を迎えて
いる。このように酪農の発展が乳用種牛肉の生産量を規定する側面は益々強まるで
あろう。また、自由化の影響によって乳用種価格が急落した場合、価格の下降局面
において肥育農家の経済的条件は厳しくなるが、乳雄子牛の導入価格も下落するで
あろうから、長期的に経済的悪条件が顕在化するとは考えられない。むしろ、乳雄
子牛と乳廃牛の価格下落による酪農経営への打撃が懸念される。その意味では、酪
農経営が本来の生乳生産をベースにして、長期的に安定的に発展することが、我が
国牛肉供給の安定的発展に大きく関わっている。

 本稿で紹介した栃酪がとりくんでいる事業は、生産から販売までの一貫体制と消
費者ニーズに対応した牛肉の品質改善・向上をメインとする事業の他に、哺育・育
成事業や観光的事業及び後継者育成事業など多様なものであった。個別の事業をそ
の経済的収支関係でみた場合、採算ベースの厳しい部門も含まれている。しかし、
トータルとして個別酪農家の発展をバックアップする事業が精力的に行われており、
酪農サイドだけからでなく肥育サイドからも大いに評価されるであろう。

 このような多様な事業展開がなぜ可能であるのか、その要因として次のことが考
えられる。一つは組合員1,173名(内 正組合員564名)という専門農業と
して有数の規模であり、組織的スケールメリットが大きいと考えられる。そして、
信用事業を抱えさらに観光事業(大笹レストハウス)から約2億円の収益をあげて
おり、組合員の声に対する行動をすばやく行うにあたっての資金的ベースが存在し
ている。また、事業の実施にあたっては当然組合員の合意が前提であり、そのため
に多くのソフト的活動が行われている。

 今後、我が国のすべての農産物の市場開放による輸入圧力は高まるであろうし、
後継者不足の問題は益々厳しくなるであろう。そこで重要なのは、全体の生産量
(供給量)を減らすことなく個別経営の発展を図ることであり、個別経営の発展を
バックアップする多様な組織活動として、また個の発展を前提としたより一層の組
織的発展を期待する。


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