★論 壇


国際化時代に対応した養豚のあり方

岩手県経済連 技術参与 和島昭一郎


1.日本の養豚は、時代の流れとともに、厨芥利用軒先養豚→自給飼料利用副業養
 豚→配合飼料単用省力養豚と変遷し、また、経営の2極分化、産地特化が進みつ
 つある。

   一方、消費サイドは、赤肉の多い豚肉もさることながら、むしろ安全でおいし
 い豚肉への志向が高まっている。

   高度経済成長に支えられた豚肉消費の伸びを背景にした。規模拡大、高栄養配
 合飼料単用の密飼い、閉じ込め飼育の多頭省力養豚は、1973年秋以降のオイ
 ルショックを引き金に、見直し養豚時代に入った。

   養豚経営の主流が一貫経営となり、飼育方式もケージ養豚が急激に減少、ウィ
 ンドゥレス、開放式、平床、高床、ハウス醗酵床と多様化している。

   過栄養飼料への反省から、一定の組織摂取の必要性も認識されたが、慢性伝染
 性疾病の多発に対応するため、これを管理改善するよりも多機能飼料でカバーし
 ようとする傾向がみられる。

   養豚経営戸数は、最多時の80万戸から3万戸台に激減したが、小規模養豚の
 脱落により減少に歯止めがかかっていない。そして、法人経営の母豚数百頭〜千
 頭規模の養豚場と、家族労働力を主体とした、母豚80〜150頭規模の養豚主
 業一貫経営が主流ととなっている。豚の飼養頭数は、飼養環境の変化により、南
 九州、北東北へと産地特化が進んでいる。

   豚肉については、ストレス感受性豚の淘汰、と畜方法の改善等によってPSE
 豚肉、DFD豚肉の発生は減少したが、なお、高品質で安全な豚肉生産への要望
 が強い。

2.養豚経営間の技術水準の差、所得の較差は年々増幅し、一貫経営における母豚
 1頭当たり年間肉豚出荷頭数が24頭をこえる経営がある一方で、過剰投資、放
 漫経営によって多額の負債をかかえる経営も多い。

   養豚をとりまく内外の環境は決して楽観できるものではないが、養豚関係者か
 らみれば過保護の感のある肉用牛経営等よりは、養豚経営のほうが活路が大きい
 ことは間違いない。ただし、養豚においても経営間較差が極めて大きいことも又
 事実である。裏返せば、経営者の努力によってそれだけ所得向上の可能性はある
 ということである。

   大規模養豚は良質の労働力確保に悩んでいるが、自家労働力主体のいわゆる農
 家養豚については、過剰設備投資や放漫経営を避け、基本に忠実な管理を行うこ
 とにより、安定した収益が期待できる。つぎに、優良事例、不良事例を紹介しよ
 う。
養豚所得の多い優良事例
◎  家族経営の精密養豚

  母豚125頭の一貫経営、2世代4人による家族経営。経営主の父は豊富な経験
で妻とともに、種付(雄豚舎、雌豚舎)担当経営主の妻は哺育管理と記帳(分娩舎)、
本人は経営全般、渉外、電算分析、出荷(子豚舎、肉豚舎)。自己資金率が高く、
管理技術も高水準、家族の一致協力によりこのところ3年連続3千万円の所得をあ
げている。

◎  生産 → 加工→レストラン、自己完結型の経営事例

  母豚の80頭の一貫経営、経営主は大学卒業後、国内、米国、ハム工場で研修。

  昭和46年より養豚、55年から食肉加工場稼働、平成元年よりレストラン兼加
工品直売所オープン。県内最大の岩手生協、デパートで豚肉加工品が定着、好評で
ある。

  経営主は主として養豚場担当、少しでも手抜きをすると弟の担当する加工部門か
らクレームがくるので大変というが、これこそ本物の一貫経営である。
成績不良げ多額の固定負債をかかえた事例
◎  自家労力(2名)による母豚60頭〜80頭の一貫経営2列

  子豚分娩頭数はまあまあであるが、2例とも農場事故率は25%を超えていて、
特に子豚の育成率が極端に低い。いずれも通勤養豚、放置分娩である。大規模養豚
場でも繁殖育成成績の良い農場では、いろいろなやり方で、分娩・哺育に手をかけ
ている。受胎率や分娩回転が平均的成績でも、肝腎の哺育育成に手抜きがあっては
収益は上がらない。

  しかも母豚1頭当たり負債額が、92万円、112万円と最高許容額の約2倍で
ある。

  両者とも豚舎に居て管理、観察をする時間が少ない。そして、衛生管理の不備を
薬間が少ない。そして、衛生管理の不備を薬剤の多用でカバーしようとしているが、
経費がかさむだけで、効果が少ない。

◎  母豚400頭(A、実績6名)、800頭(B、実績11名)の法人一貫経営

  Aの経営では、母豚1頭当たり肉豚出荷頭数が15〜16頭と成績が低迷してお
り、豚舎の老朽化、糞尿処理施設の不備で移転を希望している。記帳、記録とよく
行われているが、分析と実行改善が伴わず、主要技術が目標値を下回っており、負
債の償却ができず、経営姿勢と技術の大幅な改善がないがぎり展望を開くことはで
きない。

  Bの場合は、主要技術はおおむね目標値に近いが、自己資金ゼロの過剰設備投資
と経営主夫妻の報酬過多が経営利益マイナスのと主因となっている。

  ほとんどの法人経営では、規模拡大による経営立直しのため移転を希望している
が、新規養豚場進出には地域住民からの拒否反応が大きいので、移転できるにして
も、糞尿処理施設への多額の投資を余儀なくされる場合が多い。

3.国際化時代の養豚経営者の生き残る道は、一定水準までのコストダウン、生産
 性向上、豚肉品質向上を同時に達成したうえで、さらに労働生産性の向上をも図
 る必要がある。

   コストダウンと生産性向上はうらはらの関係にあるが、現在の枝肉1kg当た
 り生産費は優良経営で350円、不良経営では600円以上である。現状では4
 00円以下を目指すべきである。主な生産技術について、目標指導と高位指標を
 示すと次のとおりである。
分娩率
分娩回数
母豚1頭当たり肉豚出荷頭数
飼料要求率
枝肉上物率
標準指標90%以上
  〃  2.2回以上
  〃  20頭以上
  〃   3.5以上
  〃  60%以上
高位指数95%以上
  〃  2.4回以上
  〃  24頭以上
  〃   3.2以上
  〃  70%以上
   一貫経営において、繁殖成績と肥育成績両方の同時向上はむずかしく、どちら
 かに傾斜せざるをえないという説があるが、子豚生産頭数増加に力を入れたので
 上物率が低いとか、上物率向上に重きをおいたため繁殖成績が低下したという言
 い訳は通用しない。優良事例は両者ともに好成績の場合が多い。

  労働生産性については、後述する繁殖サイクルの平準とも関連するが、精密養
 豚といえども労働過重をさける工夫が望まれる。

所得向上のポイントを要約すればつぎの4点につきる。

◎  過剰投資が収益性低下の根源
◎  経営者技術が生産費圧縮の鍵
◎  生産性向上と衛生対策
◎  品質の良い豚肉生産と販路の拡大
  (後述)

4.定時定量出荷は有利販売・施設の有効利用・合理的な労力配分のための必達事
 項である。そのためには、繁殖豚の群管理、繁殖サイクル平準化を計らなければ
 ならない。

   計画的な生産は、ひいては休日のある養豚が可能となり、後継者や質の良い労
 働力確保対策としても必要である。

   群管理のためには、飼養規模により、一定頭数の母は豚の同時離乳、一斉交配
 を行う。たとえば、母は豚100頭、毎週分娩では4腹の同時離乳が基本となる。
 離乳を木曜日に行えば、交配は翌週の月〜木の間にできる。土、日曜や夜間の分
 娩を避けるためには必要に応じ分娩誘起剤を利用する。豚の移動や去勢、ワクチ
 ン接種、暖房消毒、肉豚出荷等も計画的にウィークディに行えばよい。岩手県に
 おいては、すでにこのような作業体系を組んでいる養豚場もあるが、全農ではこ
 れをウィークリー養豚生産体系と名づけている。

   繁殖サイクル−肉豚出荷を平準化するためには、豚価の高騰する夏場の肉豚出
 荷頭数を減少させないことがまずポイントである。この対応としては、適切な防
 暑対策と衛生管理によって、夏場の離乳後受胎率低下を防ぐことである。とくに
 初産豚の夏分娩における産道感染−子宮炎−卵巣のう腫の防除がかなめである。
 分娩の片寄りは、豚舎の利用効率を下げ、コストアップにつながり、収益を低下
 させる。

5.消費者ニーズの高度化・多様化に対応して活発になってきた、差別化食肉・わ
 けあり食肉・銘柄食肉は、生産者サイドの地域振興と結束強化、生産性、品質向
 上等に対する貢献には一定の評価はできるが、現状では玉石混淆の感がある。本
 物の銘柄を作り産直事業へ発展させ販路の確保を計ることも必要である。

   農水省は、「食肉産地等表示基準策定普及事業」に着手、中央畜産会を事務局
 として検討委員会を設け、平成2年度に「産地等表示食肉の生産・出荷等の適正
 化に関する指針」と題するガイドラインを取りまとめた。

   その要点は、産地等を表示して販売する食肉については、目的、実施主体、名
 称、表示食肉の概要用(品種、系統、交雑方式、生産地域、組織と責任者、出荷
 頭数、出荷日令、出荷体重、飼料給与内容、食肉の処理と出荷、品質基準、表示
 方法)等について明らかにすべしというものである。

   まさに本物の銘柄豚肉のそなえる条件といったものであり、生産面の条件整備
 とともに、枝肉から部分肉にして整形する過程で、その銘柄豚が他に紛れずに、
 流通の末端(エンドユーザー)まで揃って届けられるか、その食肉処理施設は、
 関係者が見て納得し得る、衛生的な処理施設であるか等のチェックも必要である。

   牛肉や豚肉について、産地と提携し、安心・安全、高品質の肉の提供を望む消
 費地からのラブコールは、その規模の大小の差はあれ、全国的傾向であるが、責
 任を持って一定の品揃えを行い、定時に定量、定質の食肉を出荷するためには、
 安易に産直に取り組むわけにはいかない。

   岩手県経済連においては、現在、全出荷肉牛の30%、全出荷肉豚の27%が
 産直がらみの流通をしている。(第1表)
 
   相互の交流による、産地と消費地との信頼関係のもとに、安定的に販路を確保
 することが産直事業の主眼であり、そのうえで、特殊飼料給与等によるコストア
 ップ分の若干の上乗せができる程度であるから産直事業はすべてバラ色というわ
 けにはいかないのである。

   しかし、牛肉の消費がふえ、豚肉の家計消費が減少する中で、豚肉の販路確保
 は重要な課題である。

第1表 豚肉産地提携事業一覧(岩手県経済連)
提 携 先 銘     柄 提 携 農 協 年間取扱頭数 開始年月
いわて生協 i−coop 豚
系統豚LW・D,WL・D,B
岩手紫波町農協
矢巾町農協

9,000

H 2.10
(株)ベルマート
グループ
南部ロイヤル
系統豚LW・D〜H,WL・D〜H
野田村農協(主)
宇部農協(補)
13,000 S61.11
(株)川徳ストア 南部特選豚
系統豚LW・D,WL・D
盛岡市農協 4,000 S63.9
コープなかがわ 系統豚LW・D,WL・D 花巻市農協 25,000 S57.4
(株)神文ストア みちのくマイルドポーク
バブコック
金ヶ崎町農協 5,000 H 2.4
丸大食品 橋本バブコックスワイン 藤沢町農協 12,000 S59.4
さいたまコープ 橋本バブコック 藤沢町農協 7,500 S62.9
※ 生協合併により再構築

6.わが国の平均寿命世界一の実現は、動物性食品特に畜産物の摂取増加によるも
 のである。

  ビタミンB1を多量に含み、コレステロールが少なく、多様な料理ができ、加
 工にも最適な豚肉の消費拡大のために、フレッシュで良質、かつ斉一な国産豚肉
 の安定生産がかなめである。

  ヘルシーな食生活の敵は、畜産物ではなく、若い人たちのファーストフード好
 み、中高年の人たちの糖分、塩分のとりすぎである。また、一定量のコレステロ
 ールは人体に不可欠であり、脳卒中防止のために必要である。

  平成元年11月に、科学技術庁は、全食品のコレステロール含有値を、最新手
 法で測定し、日本食品脂溶性成分表として公表した。その結果、食肉についてモ
 モ肉で比較してみると、一番コレストロール値の低いのが豚肉、次いで牛肉、鶏
 肉という順序となり、これまでの常識と異なる結果が出た。昔の放し飼いによる
 鶏肉と現在のブロイラーとの違いもあると考えられるちなみに、豚のモモ100
 g中のコレステロール68mgに対し、鶏のモモは130mgであった。また、
 豚肉は各種コレステロールのバランスが良いことも報告されている。鶏肉だけに
 こだわらず、牛肉も豚肉も、あるいは魚肉も加えた多様な蛋白質の摂取が必要と
 いうことである。ごはんを主食に、肉類をおかずにしているかぎり、肉類食べ過
 ぎの心配はない。

  牛肉の輸入自由化によって、豚肉の消費が大幅に減少するという内外の学者の
 報告もあるが、食肉中の牛肉消費割合は増加するであろうが、豚肉消費の絶対量
 は大幅には低下しないであろう。また、海外の豚肉生産にも、台湾の公害対策・
 残留抗菌剤問題、デンマークのサルモレラ症の発生、アメリカのオーエスキー病
 の蔓延など夫々に問題を抱えている。

  国産豚肉の斉一性についてしばしば指摘されるが、これは品揃えに問題がある
 のであって、遺伝的な斉一性については国産豚肉も相当なレベルに達している。

  生産面では、オーエンスキー病によるダメージ、糞尿処理対策費の増大が隘路
 となって停滞ぎみであるが、全国養豚協会が窓口となって、生産者が基金を拠出、
 それを財源に豚肉の消費拡大等養豚産業の活性化を図ろうという動きがある。

  本会においても、前述の直算事業のほか、肉用素豚・肉豚の契約生産販売によ
 るコスト保証事業、国・県で造成した系統豚の維持増殖事業等、生き残りに真摯
 に取り組んでいる養豚家と手を携えて事業を展開している。

  こういった養豚生産者等の努力とともに、試験研究機関における養豚革新技術
 の開発(例えばDNA組換えによる多産・強健・美味豚の作出等)、一層の行政
 施策の充実(再生産可能な安定基準価格の設定、調整保管の敏速な実行、差額関
 税制度の堅持等)が望まれる。


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