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農協主導による乳用種(雄)肥育と販売−北海道猿払村−

北海道農政部農業改良課 橋立賢二郎


  本レポートは、農村地域調査として畜産振興事業団が調査願ったものの報告書の
要約であるう

1.猿払村の概況

  ここに紹介する猿払村は北海道北部に位置し、人口3,400人の小さな村であ
る。5〜9月(農耕期間)の積算温度は2,300℃以下であり、日の最低気温5
℃未満の日数は年間200日以上に及ぶ。

  農家の約70%が開拓農家で、昭和27年〜29年頃に入植した。当時は畑作混
同経営であったが、冷涼な気候のため冷害に見舞われ経営不振が続いた。

図1  猿払村の位置図

  昭和31年、天北集約酪農地域の指定を契機に酪農経営への転換がはかられ今日
に至るが、転換後は酪農の規模拡大を積極的に進めてきた。そのため1戸当たり農
用地面積が増加し、平成元年では56.1ha、その土地に73頭の乳牛が飼養さ
れ、246tの生乳の販売が行われている。

  しかし、この間農家戸数が大巾に減少し、昭和40年に281戸であったものが、
50年には151戸となり61年には101戸に減少した。また多頭化、近代化に
は多額の投資が伴ったため、その負債が経営を圧迫している事例がかなり見られる。

2.猿払農業を支える酪農総合事業

  以上のように、猿払の農業は大規模な酪農へと発展してきた。しかし次のような
問題があった。

@  多頭化により家族労力の限界を超えた労働を強いられている。
A  営農離脱のやむなきにいたった農家に対する就労の場の確保。
B  乳牛の資質改良と飼養改善による村内牛群のレベルアップ
C  雄子牛の付加価値の向上と一元集荷の確立。


  などで、総合的な対策が必要となってきた。そのため、昭和52年に農協は酪農
総合事業をスタートさせた。今までこの事業には約15.7億円の投資を行い、放
牧事業、粗飼料調整事業、優良牝牛繁殖事業、肉牛事業などを推進してきた。その
機構と役割は上の図の通りであるが、以下紹介する乳用種(雄)肥育は、肉牛事業
が主体となって進められている。

3.肉牛事業

1)肉牛事業開始の動機と飼養頭数

  肉牛事業の取組みは昭和52年からである。規模拡大によって、雄子牛の生産量
も増加しその有効活用が大きな課題となっていた。しかし当の酪農家は更なる拡大
の途上にあり、労力的に余裕がなかったこと、また肉牛の価格事情が不安定であり
積極的に肉牛部門の導入を奨めることができなかった。

  このことから農協が主体となり、付加価値を高め村全体の活性化をはかろうとし
たのが肉牛事業の開始である。

  発足当時の飼養規模は約600頭、哺育から肥育までの一貫体系とし、哺育舎、
育成舎、肥育舎など4棟の建設を行った。その後も施設の整備を行い。いまでは酪
農総合事業のなかでもっとも重要な事業と位置付けされている。

  最近の飼養、出荷頭数は表1の通りである。昭和60年の年始め頭数は964頭
であり、平成元年では、1,435頭、平成2年には1,664頭となり年間約1
40頭の増加である。一方出荷頭数も昭和60年の667頭に対し平成元年は1,
117頭、約1.7倍の増加である。将来は更に増頭し、2,500頭の飼育を予
定している。

  表1  肉牛の飼養頭数
区 分 昭和60 61 62 63 平成元年
年始頭数 964 1,039 1,135 1,238 1,435
初生導入頭数 721 786 719 823 1,033
素牛導入頭数 145 161 306 381 375
計(A) 1,830 1,986 2,160 2,442 2,843
出荷頭数 667 765 847 923 1,117
とう太頭数 70 51 40 48 17
死亡頭数 54 35 35 36 45
計(B) 791 851 922 1,007 1,179
(A)−(B) 1,039 1,135 1,238 1,435 1,664
2)奨励金制度による一元集荷

  牛舎など施設の完成に伴い、雄子牛を効率的に集荷する体制の整備が必要であっ
た。いままで思い思いに販売していたので、本事業の趣旨を理解していただき協力
してもらうこととした。しかし当所は家畜商と個人的なつながりを持つ酪農家もお
り、いまより集まりが悪かった。そのため農協独自で出荷奨励金制度を設け集荷の
促進に努めた。いまは1頭当たり2,000円の購買券を支給している。

  現在、村内で生産される雄子牛は約2,000頭と推定される。そのほとんどは
毎週木曜日に一元集荷される。その内1,033頭(平成元年)は肉牛事業で哺育
されたが、他の多くは市場に出された。当事業での買入れ価格は近隣市場の実勢価
格としている。

  雄子牛は生後7〜10日で集荷されるが、集荷車の清浄、消毒を済ませ敷材(お
が屑)を豊富に入れ、疾病の伝播には充分気を配っている。

写真1  疾病を著しく低価させたカーフ・ハッチ群
  風が強いので飛ばされないよう古タイヤを重しとしている。

3)牛舎施設の欠点と改善

  <哺育舎>
  52年新築された哺育舎には温風暖房が完備されていた。当時子牛の哺育には、
保温を重視する傾向が強かったし、村内の技術者も保温の重要性を強調していた。

  しかし、一見理想的と思えた哺育舎だが、へい死事故が絶えなく、毎年10%以
上に及んだ。特に冬季になると集団かぜや呼吸器病に悩まされ、へい死しないまで
も健康体に戻るには大変な費用と労力、心労、発育停滞をまねいた。

  以上の失敗に対し、専門家からの助言を得ながら試行錯誤を繰返し、得た結論は、
@子牛は保温より、きれいな空気(換気)を必要とする、A過密ではストレスが蓄
積し疾病にかかり易いこと、であった。極めて常識的であるが、大変な犠牲の上に
得た教訓といえる。

  この2点をかなえてくれる施設にカーフ・ハッチが注目されるようになった。保
温を重視する当時としては“子牛が凍死する”“吹雪の時吹きだまりに埋まり子牛
が窒息死する”など心配はつきなかった。そんな中屋外哺育は一大冒険であったが
あえて行うこととした。しかし一挙に屋外哺育とせず、12月から3月までの寒い
時期は、ハッチを牛舎に入れ哺育したためへい死事故が続いた。

  二度にわたる失敗にスタッフ一同検討の結果、厳冬期も屋外哺育を行うこととし
た。管理作業は大変であったが、子牛の発育はすごぶる順調で下痢やかぜなどの疾
病の発生は急激に低価した。今迄のように治療、看病に奔走することもなくなり、
精神的な苦痛は勿論、衛生費も大巾に低価した。

  <育成・肥育舎>
  当初建てられた育成・肥育舎にも換気に対する配慮が不足していた。そのため牛
舎はいつも密閉状態とし、舎内温度にばかり気を使っていた。舎内に入るとムッと
し、炭酸ガスやアンモニア臭、それが体にしみつく状態でてあった。そんな牛舎に
カーフ・ハッチで哺育された雄子牛が入れられるのだから、呼吸器系にダメージを
受け、かぜもひき易くなる。

  そのため、スーパーハッチによる屋外飼育を基本とし、牛舎は次の点に配慮し、
大巾な改築を行った。

@  作業性を高めるため、飼そうを一方に寄せ、牛群内に入らなくても給餌できる
 方式とした。
A  牛が自由に、しかもゆったり寝れるようストールを全部とり払い、道路とベッ
 ト部分を区分し、40〜50頭収容できるペンとした。
B  ペンの仕切りは鉄パイプの半回転ドアとし、排糞の時は牛群をベット部分に追
 い込む方式とした。
C  飼そう前通路を若干高くし、ペン内の牛の看視を容易にした。
D  今迄の教訓を生かし、換気には特に注意しオープンリッヂ方式とした。

4)飼料の給与と管理技術
  雄子牛が導入され出荷されるまでの飼養体系は表2に示す通りである。7日令5
0kgのものを導入目安とし、おおよそ18ヶ月令700kgが出荷体重である。
これからすると、DC1.2kgとなる。

(1)導入時注意している事項

@  個体毎に検温
  40℃以上の子牛には獣医師と相談し抗生物質を注射する。
A  個体毎に体重測定
  体重を測定して導入するが、その数値は価格の算定、増体量やDCの算出に利用。
B  ビタワンADE剤の投与
C  ワクチン接種
  呼吸器病に対応するため、3種混合ワクチン、気腫疸や悪性水腫に対するクロス
トリジウム症3種混合ワクチン、RSウイルス病の予防ワクチンの接種。
D  黒砂糖、ハチミツ液の投与
  黒砂糖とハチミツを2 の温湯に溶解し1回投与。

(2)育成・肥育で注意している事項

@  発育に応じた群構成
  個体の発育が最大、最少差50kg以内に調整する。
A  ルーメン機能の維持
  バッファーとして重曹を自由摂取させる。
B  体重測定
  DC1kg以下のものはとう太する。最近のとう太率は表3の通りである。
C  素牛導入牛のワクチン接種
D  原則として素牛導入牛との混飼を避ける。

5)疾病などによるへい死
  以上の管理の要点に触れてきたが、疾病や事故によりへい死した頭数は表4の通
りである。

  ここ4、5年へい死頭数は減少傾向にあったが、平成元年は45頭に高まった。
しかし導入頭数が増加しているから、へい死率は16%にとどまった。0〜3ヵ月
令のへい死は主に肺炎と下痢によるものが多く、4〜6ヵ月令のものは再発による
ものが多い。

表3  年次別とう太牛
                                   (頭、%)
    とう太
頭数
とう太
月令別内訳
0〜3 4〜7 8〜11 12〜15 16以上
昭60 70 3.8 25 7 6 20 12
61 51 2.6 13 10 6 14 8
62 40 1.9 8 5 12 11 4
63 48 2.0 10 11 5 13 9
平 1 17 0.6 5 5 3 2 2
表4  年次別へい死頭数
                                          (頭、%)
    へい死
頭数
へい死
月令別内訳
0〜3 4〜6 7〜
昭60 54 3.0 39 4 11
61 35 1.8 18 6 11
62 35 1.6 16 7 12
63 36 1.5 22 2 12
平 1 45 1.6 27 5 13
 哺育・育成期(6ヵ月令)の事故率(廃用+へい死/雄子牛導入頭数)を求める
と約36%となる。事故率をゼロにすることは不可能だが、特に月令が進んでから
のへい死は素畜費の損失にとどまらず、飼料費を抱え込んでのダブル損失となる。

6)肥育牛の出荷実績と課題
  昭和63年には923頭、平成元年は1,117頭の出荷頭数であり、その成績
をまとめると表5のようになる。

表5  導入、販売価格と枝肉評価
                                        (円/s、s/円)
       昭61年 62年 63年 平元年
導入単位
  雄子牛(初生)
  肥育素牛
   
1,661
721
   
2,257
773
   
2,321
785
   
2,753
981
販売単価
  生体
  枝肉
   
700
1,256
   
613
1,200
   
643
1,150
   
683
1,200
D  G
枝肉歩留
1.12
55.6
1.17
55.5
1.21
55.9
1.18
56.8
枝肉格付
  中
  中並
  並
   
17.9
52.8
29.3
   
23.5
57.6
18.9
   
   
B-3 36.7
B-2 63.3
   
   
26.7
73.3
  枝肉の格付結果は、表5にある通り、平成元年B−2が733%、昭和63年が
633%であったから10%低下した。全国、全道の実績と比較しても劣っている。
今後肉質等級の改善が大きな課題である。

図2  生産原価の費用構成

  現在は表2に示す飼料給与であるが、今後牧草サイレージの給与を含め育成期に
は粗飼料のウエイトを高め、ルーメンを始め内蔵諸器官の発達、充実を促しフレー
ムの大きな牛作りを目指すこととしている。その上で肥育期には効率的な肥育を行
い。18ヵ月令760〜780sを目標としたい。

7)生産原価構成
  今迄記述したような技術体系での生産原価の構成は図2の通りである。飼料費の
割合が最も大きく、当所では飼料費が10%変化すると枝肉生産原価は44〜55
円/kg変化する。平成元年の出荷頭数で考えれば約1,900万円の所得額が変
化する。

  次に素蓄費が大きい。飼料費同様所得に大きく影響し、雄子牛の導入価格が1万
円/頭変化すれば枝肉1kg当たり生産原価は25〜26円変化する。この数値も
平成元年の出荷ベースで考えると約1,100万円となる。

4.猿払牛肉の直売と付加価値向上

  牛肉事業が生産する牛肉は約428t(平成元年枝肉ベース)に達する。これら
牛肉の多くは系統組織を通じて販売されているが、昭和63年よりアンテナショッ
プ(札幌市)を開設し販売を開始した。現在週2頭と多くはないが、猿払名産の海
産物も含めて好調な売行きである。直接販売して痛感することは、リブロースやサ
ーロインなど高級部位の売行きは好調だが、低級部位の売残りが多い。

  そのため村では農蓄産物処理加工施設の建設を行うこととした。この施設は、一
般村民や観光客を対象に乳肉製品作りの体験学習も行うものとし、今年中にオープ
ンの予定である。平成元年7月に宿泊施設“ふるさとの家”をオープンさせたが、
そこに隣接するこの施設は20万人に及ぶ素通り型観光客を定着させ、乳肉製品の
消費拡大に貢献するだろう。

  いま多くの町村では人口流出に悩み、過疎化が一層深刻となっている。酪農の発
展に伴い副産物として自然に発生する雄子牛の付加価値向上も雇用促進の場として
の位置づけがあった。しかしここでは未知への挑戦であったため貴重な体験を積み
つつ成長してきた。今の技術水準はかなり高い所にあり、今後更に改善が加えられ
るであろう。猿払牛肉は札幌にとどまらず東京・大阪に、また猿払で乳肉製品作り
を体験した観光客が全国に拡がることを期待している。

  最後に各種資料の提供をいただいた、猿払農協曽我部部長、深沢所長、農業改良
普及所小室普及員、また種々助言いただいた畜産振興事業団体広瀬調査役に厚くお
礼を申し上げます。


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