★国内出張報告


道東の酪農家を訪問して−北海道酪農事情−

乳業部 土屋恒次、企画情報部 向井清孝


 最近の酪農乳業をめぐる情勢は、飲用需要が平成3年夏頃から若干鈍化傾向がみ
られるもののおおむね好調に推移し、一方、生乳生産が2年度から伸び悩み、その
結果、乳製品需給がひっ迫しています。また、生乳生産は、都府県の生産が依然低
迷しているのに対し、主要生産地である北海道の生産は、平成3年春頃から順調に
伸びています。

 そこで、今後の牛乳乳製品の需給につてい大きな影響を及ぼすものと考えられる
北海道の酪農事情について、3年10月中旬、道東の農家、農協を中心に聞き取り調
査を行ったので、その概要を報告します。


牛が安くてどうにもなんねえ

 開口一番、 「牛が安くてどうにもなんねえ。一番いい時と比べると何もかんも
1頭10万円下がった。」訪問した酪農家や農協でいやと言うほど聞かされたのは、
このセリフでした。ここで言う牛とは、ヌレ子と言われる生後7日ほどのオス子牛、
乳廃牛と言われる老齢牛、これから搾乳にはいる初妊牛を含む経産牛すべてのこと
です。

 畜産にそれほど関心のない方達には、酪農とは、乳を搾って、生計を立てていく
ことと思われがちですが、乳を搾るには子牛を産ませなければならなく、その子牛
も、自然の倫理で当然ながら半分はオス牛です。このオス子牛は、乳を出さないの
でお払い箱かというと、そうではなく、売られて立派に育って、牛肉になって行き
ます。また、生まれたメス牛も、後継牛となる以外は、他の酪農家、特に都府県の
酪農家へ売られて行きます。さらに、牛も年をとるので、順番に若い牛に入れ替え
ていく必要があり、老齢牛も、最後は肉用へと売られていく運命です。でかから、
牛が安くなる、すなわち固体販売価格が低下すると酪農家の経営は、非常に苦しく
なるわけです。

 このように、乳用牛の価格が低下したのは、平成3年4月からの牛肉の輸入自由
化の影響もあるといえます。乳用種の牛肉は、輸入牛肉と品質的に競合すると言わ
れていますが、輸入自由化にともなって、乳用種の牛肉が安くなり、肥育素牛やヌ
レ子、さらには、乳廃牛の価格が下がっているからです。また、乳廃牛の価格が下
がったために、搾乳牛の更新が進まず、初妊牛を含め経産牛の価格まで下がったた
めです(図1)。 牛の固体販売価格の低下は、大規模酪農家にとって数百万円の
減収となっています。規模の違いにより、その程度は様々でしょうが、サラリーマ
ンで年間数百万円の減収を考えれば、酪農家の経営に与える打撃は、大きなものと
想像できます。


牛の価格低下も影響して、大きく伸びた生乳生産

 平成3年度の北海道の生乳生産は、9月までの累計で対前年度同期比104.2%と
なっていますが、毎月の伸び率は月を追って高くなっており、年度当初は前年水準
並みであったものが、9月は北海道として108.7%の伸びを示しています(図2)。

 生乳生産がこのような伸びを示しているのは、生産者団体による自主的な計画生
産下にあるものの、都府県の生産の落ち込みから、今年は、北海道として生産を伸
ばせる環境にあることによるものです。また、このような生産増加の要因は、搾乳
牛頭数の増加、個体乳量の増加等によるもののようです。

 実際、訪問した農家のほとんどは、牛舎の収容能力一杯まで搾乳牛を増やしたり、
ミルカーパイプラインの無いところや屋外に搾乳牛をおくなどして、収容能力以上
に増やしたりしていました。これは、経産牛、初妊牛を含めた個体販売価格の低下
により、売却するよりも保留して搾乳する方が得という判断が相当大きく働いてい
るようです。 また、昨年は猛暑による牛のコンディション不調や収穫時の長雨と
天候が良すぎたことによる粗飼料の品質があまり良くなかったこと等、生乳生産に
マイナス要因がありましたが、今年の夏は、昨年ほど暑くなく、また、粗飼料につ
いても平年並み又は平年以上の出来ということで、個体乳量の増加につながってい
ます。


冬場を迎え、生産の伸びは鈍化しても、計画数量は達成

 このように、北海道の生乳生産は9月まで大きな伸びを示してきましたが、今後
の生産をみたとき、次のようなマイナス要因が考えられます。

 すなわち、秋口まで放牧してあった初妊牛が下牧時期を迎え一斉に帰ってくるこ
とと、入れ替え方式で搾乳しているところは冬の寒さにより入れ替え方式が困難と
なることから、収容能力を超える搾乳牛を手放さざるを得ず、と畜増加が予想され
ることです。また、12月は農協の組勘決算の時期、すなわち農家にとって借入金を
返済する時期であるため、返済を行うために、個体価格が安くなっているにもかか
わらず、個体販売で現金化を行うことが予想され、このことも生産の伸びに対する
マイナス要因と考えられます。

 そのため、冬場を迎え、これまでのような大きな生産の伸びは期待できないもの
と考えられますが、反対に個体販売価格の低下による収入減少分を乳代でカバーせ
ざるを得ず、また、前述のとおり、良質の粗飼料の確保ができていることから、計
画数量は達成できると予想されています。


後継者がいなけりゃ、地域(ムラ)もなくなる

 個体販売価格の低下による収入減の問題は、直接経営に深く影響する問題で、現
地で頻繁に訴えられたことですが、酪農を取り巻く問題として、後継者問題が取り
上げられました。

 近年酪農家の減少率は、北海道では約2〜3%となっており、単純に全国の減少
率約5%に比べれば小さいと言えますが、広大な土地において酪農が行われている
ことや根釧地方のように酪農が主産業となっていることを考えると、決して小さな
数字とはいえず、大きな問題と認識されています。

 離農の一番大きな原因は、後継者不足とのことです。ある農協の管内では、29戸
の酪農家のうち、近々、後継者がいないために、5、6戸は、酪農をやめるという
例もありました。

 後継者不足は、単に個々の農家の後を継ぐものがいないというだけでなく、地域
を構成する人がいなくなることでもあり、農協、青年団、学校、ひいては、地域す
なわちムラの存続にも影響する問題であると言えます。

 後継者を確保できない理由は、いろいろ言われていますが、国際化時代を迎え、
わが国の酪農の行方はどうなるかわからない、また、生乳生産増の見通しや翌年の
乳価がわからないという不透明感と、周年雇用における酪農がきつい、きたない、
危険といういわゆる3Kの業種と考えられているからではないかということでした。


ヘルパー制度は後継者問題の解決につながるか

 ヘルパー制度は、酪農家の労働環境、生活環境の改善を目的として最近導入され
た制度ですが、今回訪問した道東の9農協のうち8農協はヘルパー組織をもってお
り、この地域での組織は、ほぼ出来上がっていると言えます。

 ヘルパー制度は、うまく機能すれば、酪農が、余裕のある、魅力あるものとなり、
ひいては、後継者問題の解決にもつながるのではないかと期待されています。

 また、ヘルパー組織の形態は、その地域、農家のヘルパーに対する取り組み方に
よって様々であり、農協職員として専任のヘルパーを雇用しているところ、パイプ
ライン等の清掃を行っていた会社に依頼しているところ、管内の酪農家の後継者を
ヘルパーとして利用しているところ等があります。

 いずれにしても、ヘルパー制度はスタートしたばかりで、課題は多いようです。
例えば、ヘルパーの身分保証、将来の待遇等を含めて、ヘルパーをどう確保するか
ということは、大きな問題です。農協職員として採用することも一つの方法のよう
ですが、変わった方法としては、ヘルパーの奥さんに店舗をもたせ、農協組合員が
その店舗を利用することにより、ヘルパーの待遇を考えているところがありました。
その他、ヘルパーへの酪農技術の研修方法、受け持つ農家戸数やエリア、利用料金
等、各地域の実態に即した制度の定着が今後の課題と言えます。

 ヘルパーの利用率は、2ヵ月に1回ぐらいが多く、未利用者もいるようです。利
用に当たっては、ヘルパーの技術程度と利用料金の高さが問題となるようですが、
ある中核的酪農家によれば、 「ヘルパー制度の運用に当たって、暇ができるのに
金を出すのはいやだというのは、おかしい。商売だって、休めば儲けはなくなるん
だから、ゆとりを金で買うくらいの考えが必要だ。また、酪農家は、その道のプロ
なんだから、技術は酪農家の方がはるかに上を行くというくらいの割り切りがない
と制度が持たない。」という意見がありました。


厳しい環境の中、長期的な目標があれば経営合理化、規模拡大も

 以上のとおり、酪農家を取り巻く状況は厳しいものですが、酪農家にとっては、
極端な場合マイナスとなっても、長期的に搾乳できる量と価格が努力目標として示
されれば、経営計画も立てられ、ひいては、後継者も確保できる。3Kといわれて
も、牧歌的な環境で、おいしくて新鮮な牛乳を作る喜びと誇りがあるのだから、長
期的な目標があれば、経営計画の中で、合理化、規模拡大も考える意欲もでてくる
という意見が印象的でした。


元のページに戻る