★第75回国際酪農連盟年次会議における檜垣徳太郎先生の特別講演要録


日本における酪農・乳業の現状と展望


 この稿では、去る10月15日から17日にわたって東京で開催された第75回
国際酪農連盟年次会議のC専門委員会席上おける日本国際酪農連盟檜垣徳太郎会長
の特別講演の要緑を、同会長の許可を得て掲載したものであります。

写真
日本国際酪農連盟
檜垣徳太郎会長


はじめに

 議長、そしてご参会の皆様、私はただいまご紹介をいただいた日本国際酪農連盟
会長の檜垣徳太郎であります。第75回国際酪農連盟年次会議の開催に当たり、本
日、このC専門委員会の席上で皆様に心から歓迎を申し上げると共に、日本の酪農
・乳業の発展の足跡、現状、そして当面する問題や展望等についてお話する機会を
与えられましたことを大変嬉しく且つ光栄に存ずる次第であります。


1.日本における酪農・乳業の発展の奇跡

 さて、先ず、日本の酪農の歴史をひもといてみますと、古くは遠く7世紀の中頃、
中国から乳牛が渡来し、天皇の宮廷が牛乳を医薬品、滋養品として用いた記録があ
り、下って、江戸時代の中頃(18世紀半ば)、「白牛」が輸入され、牛乳・乳製
品が将軍家の食膳に供された等と伝えられておりますが、それは一部上流階級の人
に用いられただけで、一般国民に普及することはありませんでした。

 明治維新(1868年)以後、政府は、北海道の酪農の育成に努め、今日の北海
道酪農の基礎を築きました。内地にあっても大都市周辺に搾乳を専業とする市乳供
給業者が出現し、今日の酪農・乳業発展の芽生えが見られました。しかしながら、
戦前における国民一般の食生活に占める牛乳・乳製品の地位はマイナーなものであ
りました。


2.戦後における酪農・乳業の発展

 日本の酪農・乳業が本格的発展期を迎えたのは第2次大戦後のことでありますの
で、私のお話も戦後の動きに焦点をあてることといたします。

 終戦直後の1946年における我が国の生乳生産量は15万トン弱に落ちこみま
したが、その後、我が国経済の復興発展とこれに伴う食生活の改善による旺盛な需
要に支えられ、酪農・乳業は、生産拡大の一途を辿り、1955年には、生乳生産
量は100万トンに達しました。そして、経済の高度成長期、そしてそれに続く安
定成長期を経て、1990年には生乳生産量は820万トンに達しました。これは
戦前のピークの20倍の水準であり、国際的にみれば、ニュージーランド、オース
トラリアをオーバーし、カナダに比肩する水準であると承知いたしております。

 酪農部門の産出額としては、1989年には、9,100億円(約70億米ドル)
に達し、農業総産出額に占めるウエイトも、1965年の4.6パーセントから8.
3パーセントへの上昇し、我が国農業の基幹的部門として重要な地位を占めるに至
っております。


3.我が国酪農の特徴

 次に我が国の酪農の特徴と思われる点を5点ほど御紹介したいと存じます。先ず、
第1の特徴は、生乳の消費形態と生乳の生産構造であります。我が国では、国内で
生産される生乳の飲用牛乳としての利用比率が諸外国に比して高く、約6割を占め
ております。これは、我が国の消費者が生鮮な形での食品の摂取を好むということ
を反映していると考えられます。また、生産構造をみてみますと大消費地が存在す
る本州、九州、四国地域におきましては、飲用牛乳生産が主体なのに対し、北海道
におきましてはバター、脱脂粉乳等の生産に向けられている加工原料乳の生産が主
として行われ、2つの異なる生産地域が国内において形成されております。

 第2の特徴は、以上のような生産構造の下で、酪農生産の担い手の少数精鋭化が
親交していることであります。すなわち、近年、酪農家戸数は小規模飼養層を中心
に一貫して減少を続け、本年2月現在で総数6万戸となっており、ピークであった
1963年の42万戸に比して7分の1になっております。一方、この間、1戸当
たりの乳牛飼養頭数は、3頭から35頭へと平均経営規模は10倍に拡大いたしま
した。これはこの間に大変ドラスチックな合理化が進行したことを意味しておりま
すが、その反面、生産の歴史の浅いこと、国土が狭あいなため十分な放牧地や、採
草地を持てぬこと、短期間での規模拡大に伴い借入資金等への依存度が高くなって
いること等を反映し、コスト合理化面で問題を残し、生乳生産コストの内外格差が
依然大きい現状にあります。

 第3の特徴は、以上のような問題は抱えながらも、酪農関係者の血のにじむよう
な努力により、酪農生産技術面の革新に多大な成果が見られることであります。経
産牛1頭当たりの搾乳量は1965年から1989年四半世紀の間に4,250キ
ログラムから6,380キログラムへと1.5倍に増大いたしました。これは、乳
用雌牛の能力献呈、種雄牛の後代献呈による選抜、乳牛の血統登録の推進等による
乳用牛の泌乳能力の遺伝的な改良が、関係基幹、団体、酪農家の連携、協力によっ
て強力に推し進められたことに負うと共に、大規模化した酪農家の飼養管理技術の
向上によるところも大きいと見ております。

 第4の特徴は、我が国酪農の発展の過程において、大家畜生産に個有な生産の変
動等からともすれば過剰に陥りやすい生乳需給構造が形成されてきたことでありま
す。過去40年間の酪農の発展の歴史は、需給の変動をからくる過剰と需要に応じ
た生産調整というパターンの繰り返しの歴史でありました。したがって後述するよ
うに酪農生産の合理化に併せて需給価格の安定化を図るために、各種の政策措置が
政府により展開されました。

 第5の特徴は、我が国酪農は国民に牛乳・乳製品を供給する役割ばかりでなく、
乳用牛を牛肉という形での蛋白質食料として供給する面においても大きな役割を果
たしていることであります。乳用牛の雄子牛を去勢して、肉用牛として肥育するこ
とが1960年代以降一般化し、現在におきましては、種雄牛に向けられるものを
除いてはほぼ100パーセントの牡牛が肉用牛として肥育され、牛肉生産に向けら
れております。これと搾乳牛の老廃牛から生産される牛肉とを合計いたしますと、
枝肉ベースで年間35万トン前後に達し、これは牛肉の全枝肉生産量55万トン前
後の65パーセント弱を占める水準であります。この数字は、我が国酪農が、乳・
肉2つの形で国民に供給する蛋白質食料のウエイトの大きさを示すとともに、酪農
家の経営が牛肉の価格だけでなく、牛肉の価格の動向によっても大きな影響を受け
ることを意味しております。特に、本年4月から牛肉の輸入が自由化され、これに
伴って牛肉価格のみならず、肥育に向けられる乳用子牛の価格も低下しておりまし
て、酪農経営に様々な形で副作用を生じている現状であります。


4.酪農政策の展開

 次に、酪農政策の展開について申し述べたいと思います。

 我が国政府は、諸外国に比して立ち遅れが見られる我が国の酪農生産体制の整備、
合理化を図るため、そして、ともすれば過剰に陥りやすい牛乳・乳製品の需給、価
格の安定を図るため、多岐にわたって各種政策を展開してきましたがその施策体系
は、主として次の4つに大別されます。

 第1は、1954年制定の酪農振興法に基づいて導入された集約酪農地域制度と
いうものであります。この制度は、酪農生産を酪農適地に誘導することによって濃
密な生産地域の形成を図り、その地域の中心に近代的で大規模な処理加工工場を配
置して牛乳・乳製品の生産を安定的に行なっていくことをねらいとしたものであり
ます。これは我が国の合理的な酪農生産体制の基礎を築くものでありました。

 第2は、ともすれば生乳の需給均衡が著しく失われがちなことから、乳業者によ
る過剰下での生乳の取引拒否等や乳価紛争の多発に対処し、いかに生乳取引の公正
化を図るかという課題への取組みであります。この問題については、酪農振興法に
おいて生乳取引の公正化のための制度の創設が行われました。この制度におきまし
ては、農家と乳業者の間の生乳取引契約の文書化を義務づけるとともに、紛争が生
じた場合には公的な機関があっせんに当たること等が定められました。

 更に重要なのは、生産者側の価格交渉力を補完するため、1966年、生産者団
体の体制整備が行われ、各都道府県に1つずつ指定生乳生産者団体が指定され、生
乳取引の状況を改善し、集送乳の合理化及び生乳価格形成の合理化を図るねらいを
もって、画期的な一元集荷多元販売(県内の酪農家が生産する生乳を指定牛乳生産
者団体が全員一元的に集荷し、複数の乳業者に販売する)制度が整備されたことで
あります。

 第3は、繰り返される過剰に対処し、いかに牛乳・乳製品の需給及び価格の安定
を図るかという課題への対処であります。前述いたしましたように、我が国の生乳
生産は、北海道を除いては、飲用牛乳向けを第一の目的として行われ、余った部分
が乳製品製造に向けられるという構造になっているため、需要と供給のギャップは
乳製品(主としてバターと脱脂粉乳)の過剰または不足という形で表面化すること
になります。そして乳製品の過剰時にはその価格の低落が起り、生乳生産者と乳業
者の間の乳価格紛争が繰り返される構造となっておりました。そうした中で196
1年に、「畜産物の価格安定等に関する法律」が制定されました。この法律によっ
て、政府出資による畜産振興事業団が新たに設立され、乳製品の卸売価格が政府の
定める一定の価格を超えて下落した場合には事業団が買入れ、価格が騰貴した場合
には売り渡すことによって乳製品価格の安定を図り、これにより原料生乳価格の安
定を図ることが意図されたのであります。また、生産者団体や乳業者による過剰乳
製品の調整保管(需給と価格の回復を図るための市場隔離操作)が行われた場合に
はその保管経費について事業団が助成することとされ、一応の価格安定制度が確立
されました。

 しかしながら、この制度のもとでは、次に述べるような事態に十分対応できない
ことが明らかとなったため、1966年には今述べた価格安定制度を補完、拡充す
る形で加工原料乳についての不足払制度と畜産振興事業団による乳製品の一元輸入
制度とが導入されました。

 この新しい制度導入の背景としては、次のような事情があったのであります。飲
用牛乳向けに比べ価格条件が不利な加工原料乳については、乳製品の過剰時には、
乳業者から生産者に対し支払われる生乳価格が生産コストを下回る水準となり、加
工原料乳地帯における生乳生産が不安定となるような事態が繰り返され、その解決
が強く求められておりました。このため、乳業者が生乳生産者に支払い得る乳価と、
加工原料乳地帯における生乳の生産コストを償い得る乳価との格差を埋める額を当
分の間政府が財政的に補てんする、いわゆる不足払い制度が創設されることなった
わけであります。

 それと併せ、畜産振興事業団による乳製品の市場介入操作と輸入の一元化によっ
て乳製品価格の安定と消費の安定的拡大を図ることとされました。

 第4は、構造的な生乳の過剰に対する計画生産、すなわち生産者団体の自助努力
をベースとする生産制限の実施であります。特に1973年から74年にかけての
オイルショックによる需要の減退がもたらした畜産パニック直後の1976年から
78年にかけて、生乳生産の急拡大と深刻な乳製品の過剰に対処し、畜産振興事業
団による乳製品の買入れが行われましたが、在庫は累積し続けたことから、生産者
団体は、政府の指導の下に、需要に見合った生産水準に生乳生産を調整するべく計
画生産を実施することに踏み切り、1979年度より実行に移し、今日に至ってお
ります。ECにおける生乳生産割当制の発足(1984年4月)に先立つこと5年
であります。


5.我が国乳業の現状

 次に、我が国乳業の現状について述べたいと存じます。

 我が国の乳業は、酪農の発展と表裏一体となって産業規模を拡大し、1965年
の出荷額3,025億円(23億米ドル)から、1989年は2兆1千80億円
(162億米ドル)に増大し、食料品製造業部門の約1割のウエイトを占めており
ます。

 我が国の主な乳業会社としては、生乳生産者の協同組織として出発し、企業体と
して発展したもの−雪印乳業、協同乳業−と製菓企業の原料部門から分離発展した
もの、明治乳業、森永乳業、グリコ協同乳業−の5社があり、また、農協プラント
と称せられる、農業協同組合組織の運営にかかるグループ−全酪連、よつば乳業等
−があります。

 雪印乳業、明治乳業及び森永乳業は、大手3社と称せられ、これが生乳の集荷量
でみた場合約40パーセントのシェアを占めており、農協プラントグループが約2
5パーセント、残りの35パーセントが中小乳業を含むその他の企業のシェアとな
っております。3社のシェアは40パーセットと比較的大きいのですが、他部門大
手企業−例えば味の素−の参入や、農協プラントの活発な活動もあって、競争は激
しいものがあります。

 乳業工場の推移をみますと、1965年に約2,400あった工場が、1989
年には940工場と約4割に減少し、この間、1日1工場当たり生乳処理量3.5
トンから23.1トンへと6.6倍に増加しておりまして、工場の大型化、合理化
が急速に進められていることを示しております。

 不足払制度は、乳製品価格の安定を図ることにより乳業会社の経営の安定をもた
らしたと言えますが、一方において生乳生産者に支払う乳価を定めその支払いを乳
業者に求めていることから、乳業者に製造販売コストの合理化による削減を強く求
める制度でもあると言えると思います。乳製品部門におけるこの制度の存在と、飲
用牛乳部門における価格決定の主導権を量販店に握られがちな市場環境から、乳業
会社の利益率は、大手3社で2パーセント台程度であった、他の食料品製造業部門
の3〜4パーセントに比べて低い水準となっております。

 近年、乳業会社は、通常の牛乳乳製品の利益率低下を、付加価値の高い製品の開
発によって補う傾向にありますが、この面でも、例えばプロセスチーズ、アイスク
リームの自由化による国際競争の激化等の厳しい環境に直面しております。

 ここで、飲用牛乳の流通と価格の問題についても触れておきたいと存じます。

 1950年代におきましては、乳業工場において処理された飲用牛乳は、牛乳専
売の小売店を通じて、毎日早朝各家庭に配達されておりました。しかし、1960
年代後半に入ると紙容器が乳業界に本格的に取り入れられ、いわゆる流通のワンウ
エイ化が進展し、そしてほぼ時を同じくしてスーパー等の量販店が飲用牛乳の流通
においても大きな力を持つようになり、大型紙容器(1リットルもの)と大型小売
店−量販店の組合せによる飲用牛乳流通の大変革がもたらされたのであります。

 この結果、飲用牛乳の価格決定に当たっても、流通の圧倒的なシェアを握った量
販店が決定的な力を持つようになり、1987年以降、諸経費が高騰する中で飲用
牛乳の価格は、消費価格、乳業メーカー出荷価格、生乳生産者出荷価格とも、13
年にわたり据え置かれている状態にあります。

 このため、飲用牛乳は、鶏卵と並んで「物価の優等生」と呼ばれてはおりますが、
この優等生は酪農・乳業界にとりましては少しも喜ぶべきことではないのでありま
す。

 しかしながら、前にも述べましたように、生乳価格は、国土の狭さ、歴史の浅さ、
欧米諸国のような何代にもわたる投資の蓄積のないこと等を考えると、国際水準に
比べてコスト高となり、その価格が割高となることはやむを得ないところでありま
す。しかし、そのような制約の中においてもできる限り生産性の向上を図り、特に
国際流通商品である乳製品向けの加工原料乳については、できるかぎり内外の価格
差を縮小し、消費者、国民の納得の得られる価格での供給に努める必要があります。

 このため、生乳生産費の大きな部分を占める飼料費及び労働費の低減に重点を置
いて、関係者が一体となって、コストダウンに努めているところであります。


6.我が国酪農・乳業の直面している諸問題と展望

 最後に我が国酪農・乳業の直面している諸問題と展望について申し述べたいと存
じます。

 農林水産省が、1987年度を基準年度とし、2000年度を目標年度として定
めた「牛乳・乳製品の需要と生産の見通し」によりますと、国民1人当たりの牛乳
・乳製品の需要は年率0.9〜1.5パーセントで増加を続け、目標年度には生乳
換算85〜91キログラムに達し、また、総需要量は年率1.4〜2.0パーセン
トで増加を続け、1,147万トン〜1,237万トンに達すると見通されており
ます。そして牛乳・乳製品の輸入も従来の伸び程度の増加率で推移し、現状よりか
なり増加すると見通されております。これに対して生産の面では、乳用牛飼養頭数
は年率0.7パーセントで増加して221万頭(うち成畜156万頭)となり、生
乳生産量は年率1.7パーセントで増大し、930万トンに達するものと見通され
ております。

 このような見通しを達成し、さらに発展を続けていくためには、我が国酪農・乳
業が現在直面している次のような3つの問題を克服し、発展の展望を切り開いてい
かなければならないと考えております。

 我が国酪農にとって、第1の問題は、前にも述べましたように国際的にみて割高
とされる生乳の生産者価格について、生産性の向上により可能な限りの引下げを図
ることであります。

 第2の問題は、生乳生産の担い手である酪農経営の体質の強化と後継者の確保の
問題であります。

 生乳生産の拡大と生産性の向上を期するには、生乳生産の担い手たる酪農経営が
経営的に安定し強固な体質を備えていることが必要不可欠であります。その経営構
造を1985年のセンサスをベースにみてみると、酪農部門は、兼業農家が圧倒的
に多い日本の農家群の中で、専業農家のシェアは高く、専業に準ずる兼業農家も含
めるとそのシェアは約90パーセントとなり、農家らしい農家が多いといえましょ
う。

 酪農経営の担い手も、年令は比較的若く、後継者の確保状況についても比較的高
く、他作目に比べ、担い手から見た経営体質は一応強いといえると思います。

 収益性についても、1頭当たりの搾乳量の増加、飼料価格の安定、副産物である
子牛価格の高水準等に支えられ、昨年までの数年間は好調に推移し、負債も減少し
て財務体質の改善が進んでおりました。

 しかしながら、本年に入って情勢は悪化している模様であり、心配しているとこ
ろであります。

 先ず、本年4月の牛肉輸入自由化の影響が乳牛肉の価格の下落となって表面化し、
酪農経営の副産物である乳用雄子牛の価格が急落し、酪農経営に大きな打撃を与え
ていることであります。そしてより重要なのは、このことが生産者に先行不安をも
たらし、生産意欲を減退させて北海道を除く各地域での生乳生産の停滞をもたらし
ていること、そしてまた、年率5%強の酪農家戸数の減少に一向に歯止めがかから
ず、特に最近においては小規模飼養農家にとどまらず、10〜30頭飼養の中堅的
酪農家層にも減少傾向が見られることであります。

 これらの酪農経営の離脱を少なくし、酪農経営の安定と体質強化を図るためには、
生乳の生産性の向上のための諸対策の推進のほか、後継者の育成対策、労働力の不
足対策、低利資金の融通対策等がとられておりますが更にこれらの対策が強化され
ねばなりません。対策の重要な一翼を担うものとして、酪農ヘルパー制度が創設さ
れ、私がその会長になって、本年より活動を開始しておりますが、更にその充実・
強化を図らなければならないと考えております。

 また、牛肉の自由化対策の一環として「肉用子牛に対する不足払制度」が昨年度
よりスタートしたところでありますが、この制度も酪農経営の安定、体質強化に資
するところ大であると考えられ、適切な運用が望まれております。

 最後に第3の問題として、酪農家、乳業者の最大の先行不安としての乳製品の輸
入自由化問題があります。

 我が国は、今迄長い期間に亘って農産物の自由化努力を続けており、現在も輸入
が制限されている乳製品については、事業団による一元輸入品目(7品目)を除け
ば生鮮ミルク、無当れん乳等の4品目程度を残すに過ぎません。

 これらの乳製品についても、目下ウルグアイ・ラウンドの交渉の中で今後の取扱
いが論議されており、酪農・乳業関係者はその交渉の推移に重大な関心を払って見
守っているところであります。いずれにせよ、現在の我が国の輸入制度の下におい
ても海外からの乳製品の輸入は増大しており、今後も着実に増えるであろうことは
事実であります。

 世界の酪農・乳業に伍して我が国酪農・乳業が共存共栄の道を歩めるよう、皆さ
んの御理解を賜らんことをお願いして、私の講演を終わります。


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