★ 巻頭言


肥後のあか牛(褐毛和種)活性化戦略

熊本県農政部畜産課参事 高野 敏則


 さんさんと降り注ぐ南国の太陽。

 雄大な阿蘇山を背景に、どこまでも続く緑の草原。

 のんびりと草をはむ牛の姿。

 自然がおりなす緑と褐色の絶妙なコントラスト。

 まさに、熊本を代表する風物詩である。

1.あか牛の由来と特性

 褐毛和種は毛色がビワの熟れたような褐色のため、通称 「あか牛」 と呼ばれ、
昔、在来の牛と輸入された朝鮮牛とを交雑しながら、熊本の気候風土に順応して、
矢部牛、阿蘇牛、球磨牛などの名で増えていったものとされている。当時のあか牛
は体格も小型で晩熟であり、毛色も雑多なものであったが、明治40年前後から国が
牛の改良に積極的に取り組むようになってから、外国種との交配による改良が進め
られていった。

 本県ではスイス原産のシンメンタール種を用いて改良を進めたが、中でも明治末
期に導入された 「ルデー号」 は肥後あか牛の改良の基礎牛として名を残している。
その後戻し交配による選抜、淘汰を繰り返して改良に改良を重ね、今日見られるよ
うな大型で、発育が良く、草の利用性に富み、温順な性格で飼いやすく、泌乳量も
多いなど他の品種には見られない優れた特徴を備えたあか牛が造られた。


2.熊本県におけるあか牛の現況

 本県の畜産は粗生産額で約1,000億円となり、農業粗生産額の25%強を占めてお
り、その中で肉用牛は327億円と本県農業の基幹的作物として位置付けされている。

 また、肉用牛の飼養頭数は144,900頭(平成4年2月現在、農林水産省調査)で、
全国第5位にランクされる肉用牛の主要生産県である。

 この中で、あか牛は繁殖牛(18ヵ月以上の子取り用雌牛)32,700頭、肥育牛20,6
00頭が飼養され、全国のあか牛の62%を有し、あか牛と言えば肥後のあか牛と言わ
れる所以である。

 しかし、牛肉の輸入自由化が開始され、牛肉輸入量が増加する中で、輸入牛肉と
品質的に競合し易い一部の国内産牛肉価格が低落し、その影響であか牛子牛価格も
92年2月から30万円を割り込み、現在25〜28万円程度で推移している。


3.あか牛の活性化に向けた5つの戦略

 あか牛は肥育期間13〜14ヵ月間、仕上げ体重約730sで出荷され、増体量も良く、
ロース芯面積の太さ、バラの厚さ、肉色など他の品種に見られない優れた点を有し
ているが、増加する輸入牛肉に対応して、あか牛が生き残るためには肉質等級A−
3以上の牛肉を安定的に生産することが急務で、そのために現在5つの戦略を展開
しているところである。

@優良種雄牛づくり

 肉質向上を図るためには、産肉能力(肉質)の優れた種雄牛を作り出すことが最
も近道である。そのためには、優良な基礎雌牛集団を確保することが大切で、本県
では950頭の基礎雌牛群を用い、その中で産子の肉質成績(肉質等級4以上)の優
れた雌牛175頭を指定し、それらの雌牛を中心に計画交配を行なうことによって、
優良種雄牛づくりを進めている。

 その中で、89年にあか牛の救世主のように現れた種雄牛が第十光丸である。現在
までのところ第十光丸の子供73頭の肉質調査が判明し、その成績は平均出荷月齢23
ヵ月で、体重700s、肉質は4等級以上が41%、3等級以上が82%とこれまで考え
られなかった優れた結果が出ている。その後同じ方法で、この第十光丸に匹敵する
新しい種雄牛の重鶴、光栄等も誕生してきている。

Aバイオ技術を活用した肉用牛改良対策

 本県の受精卵移植への取り組みは82年に始まり、91年には2,750頭へ受精卵を移
植するまでに拡大し、受胎率も54%と高く、これは全国でも有数の成績である。

 この技術を活用して、89年から種雄牛づくりに着手した。 

 すなわち、受精卵移植技術を用いると全きょうだいの子牛を一度に多数生産する
ことができ、そのうち1頭を種雄牛候補として選定し、残りのきょうだいを肥育し
て、その肉質成績によって種雄牛を選抜する。この方法を用いれば、肉質の優れた
種雄牛を従来の方法の約半分の期間で造成することができ、改良速度を大幅に短縮
することが可能である。現在、受精卵移植によって生産された種雄牛を5頭繋養し
ており、32頭のきょうだい牛の肥育成績では、肉質で4等級以上が69%、3等級以
上が97%となっており、受精卵移植によって生産された種雄牛の肉質に関する能力
が優れていることが伺われる。

 また、農家での受精卵移植に対する要望の高まりに対応して、県内各地域に受精
卵移植協議会を発足させ、優良受精卵の確保及び酪農家、肉用牛農家で生産された
肉専用種の子牛を繁殖利用するためのシステムづくりを急いでいる。

Bハイテク技術を活用した肉用牛の改良対策

 現在はまさに情報化時代であり、肉用牛の世界においても、多くの枝肉情報を収
集し、それらを有効活用した者が、国際・産地間競争を制する時代に突入してきて
いる。

 本県では、86年から肥育牛の枝肉情報を収集分析し、種雄牛の育種価を中心に情
報提供を行ってきたが、枝肉成績を用いた繁殖雌牛の育種評価等の情報を提供する
ため、京都大学の協力を得て、本年度から農業研究センターの大型コンピューター
を中心とした肉用牛改良情報システムづくりに取り組んでいる。本システムが稼働
すると、繁殖農家に対し自己の所有する雌牛の肉質能力や優良子牛生産のための種
雄牛の選定等の情報提供が可能になり、飛躍的なあか牛の改良が期待できる。

 また、生体のままで肉質の判定が可能な超音波診断装置を用いて、直接検定終了
時の種雄牛の選抜及び繁殖雌牛の産肉能力の評価を行なっている。特にあか牛は黒
牛に比べると、脂肪交雑の固体差が大きいので、それだけ本装置の利用価値が大き
いと思われる。

Cあか牛の特性を生かした肥育技術の確立

 昔から肉質はその牛の血統と農家の肥育技術が50%ずつと言われ、牛の持ってい
る産肉能力を最大限に発揮させる肥育技術が切望されてきた。これまでの肥育方法
は、肥育前期に粗飼料を十分与えることによって、胃を強く丈夫に育て、後期には
濃厚飼料を多給することによって脂肪交雑を良くし肉質向上を図る、というのが一
般的であった。

 本県の畜産研究所で、あか牛の筋肉の発育、脂肪の蓄積についての発育ステージ
毎の調査と飼料給与の試験結果から、産肉のメカニズムが解明され、肥育前期から
の高カロリー飼料給与が脂肪交雑を高める事実が判明した。そこで現在、この技術
の農家段階での実証展示を行っており、この結果に基づいて全県的な普及を図るこ
ととしている。

Dあか牛の販路拡大のための流通業者・消費者へのパイプづくり

 消費者のグルメ志向やナチュラル、ヘルシー、フレッシュ志向に対応した良質な
牛肉を生産し、それらを如何に消費者へ売り込むかが、あか牛活性化戦略の大きな
ポイントでもある。

 現在、農業団体、流通団体、県で組織する熊本県肥後牛販路拡大推進協議会を設
置し、熊本県産和牛を 「肥後牛」 として統一ブランド化し、生産段階から流通、
消費段階までこの銘柄の普及定着を図っている。

 具体的には、県内で生産された和牛で、牛枝肉規格の肉質等級3以上に格付けさ
れたものに 「肥後牛」 (赤ラベル)の産地証明シールを貼って、ネーミングの定
着と販路拡大を推進している。また、消費者との流通パイプを太くするために、大
手量販店のほか生協、専門店との産地直送や消費拡大のための肥後牛フェア、消費
者と生産者との懇談会、料理講習会など定期的なイベントにも取り組んでいる。

 その結果 「肥後牛」 は熊本県以外でも東京26店、大阪10店、福岡61店で常時販
売され、今後はこれらの 「点」 を如何に 「面」 へ拡大していくかの戦略が重要
課題である。


4.おわりに

 牛肉の輸入自由化が開始され、約1年半が経過しようとしているが、本県のあか
牛は、正に生き残りをかけた厳しい時期を迎えている。

 このような時期に、国において、あか牛の貴重な資源確保を図り、生産から流通、
消費にわたる総合的な対策を推進するため、 「地方特定品種緊急総合活性化対策
事業」 が実施されることとなり、意を強くしているところである。

 我々としても、先人が造りあげたこの特色ある貴重な資源が十分期待に応えられ
るよう生産者、農業団体と一体となって、英知を結集し、肥後のあか牛(褐毛和種)
が名実ともに肉用牛のエースとして定着するよう頑張る所存である。


元のページに戻る