道東の酪農家を訪問して
−北海道酪農事情調査−

乳業部 土屋恒次、企画情報部 神浦清記


 昨年は、生乳生産量の不足とそれに伴う脱脂粉乳等主要乳製品の不足が生乳の需
給を語るときの話題となっていましたが、今年に入ってからは、北海道に引き続き
都府県の生産も回復し、生乳生産は順調に伸びています。一方、飲用等向け処理量
がほぼ前年並みで推移しているため、乳製品の生産が大幅に伸びており、乳製品不
足が叫ばれた昨年とは様変わりの状況になっています。

 牛肉の輸入自由化から1年半を経過し、個体販売価格は低水準のままですが、こ
のような状況の中で、北海道の酪農家はどのような意向を持ち、どのように対処し
ようとしているのでしょうか。11月中旬に、道東の農協、農家に対し聞き取り調査
を行ったので、その概要を報告します。


バターを買おう

 北海道の生産者団体は、この年末にかけて、1農家当たり1万円のバターを購入
するよう呼びかけておりました。バターの需給が緩和し、生産量が大幅に増加した
反面、需要が伸びず在庫が増加していることから、今後の生乳の生産調整を心配し
ての対応です。

 4月〜10月の生乳生産量をみてみますと、全国で104. 0%、北海道は106. 5%と
なっていますが、昨年度は年度後半の伸びが大きかったこと、それに、北海道では
今年の二番草が台風の影響で質、量ともに良くないということもあって、今後は前
年比ベースでの伸び率は前半よりも小さくなりそうです(図1)。

 割り当てられた計画数量に対する出荷実績は、個人ごとにみるとオーバーしてい
る人が多いようですが、農協単位では廃業があったりするので、ほぼ計画どおり進
んでいるということでした。ただ、計画数量は増やしてもらわないと安心して搾れ
ないという声もありました。


個体販売価格の収入減は生乳出荷量でカバー

 個体販売価格は今も低水準のまま推移しています(図2)。初生ヌレ子は4万円
前後であるし、乳廃は10万円以下ということでした。計根別農協では、農協が保育
・育成施設を保有し、酪農家からヌレ子を5万円で引き取ることとしています。こ
のため、管内酪農家は、ヌレ子市場の価格の変動を心配することなく見込み等を立
てられるということです。

 個体販売価格(ヌレ子)の低下を補うために一時もてはやされたF1は、肉質的
にバラつきが大きいためか、酪農家にとってメリットが少ないということで、現在
は少なくなっているようです。今回調査した農家でも、搾乳頭数を増やしたり、後
継牛を確保するためという理由からF1はほとんど生産されていませんでした。

 個体販売価格が低下したままなので、牛舎やフリーストールから牛が溢れるよう
な状態であっても、所得確保のためには乳を搾らなければなりません。

 ある農家は、フリーストールに75頭の牛を飼っていますが、牛の寝床は50しかあ
りません。あぶれた牛はどうやって寝るのかと尋ねたら、立ちっ放しで疲れた牛が
寝ている牛をつついて場所を空けさせ寝るなどして対応しているが、気の弱い牛は
それもかなわず、足がむくんでくるとのことでした。

 また、簡易対応策として、森林組合とタイアップし、一棟3頭用の木造簡易スト
ール(一棟30万円、うち農協補助15万円)を造って増頭を図っている農家もありま
した。

 こうした例にみられるように、頭数を増やして無理しても搾ろうという感も受け
ました。多額の負債を抱えた農家はなおさらでしょう。需給が緩和していることに、
国際情勢の先行きの不透明さが加わって、酪農家は不安を抱きながらも、とりあえ
ず今日の所得確保のためにやむを得ず搾っているという状況が感じられました。


フリーストール、パーラー化への中間点

 今回調査したほとんどの農家で、飼養頭数は前年よりも増加していましたが、今
後についても増頭意欲を持っていました(表)。現在、北海道ではフリーストール
化が進められていますが、ミルキングパーラーまで完備した農家はまだ少ない。フ
リーストール、パーラー化に要する費用は、設備の度合いによっても違いますが、
約4−5千万円といわれるので簡単にはいかないようです。このため、簡易フリー
ストールだけを造って対応したり、スタンチョン入替えで対応したりするなど増頭
を図るための工夫がみられますが、従来のような細かな牛体管理が難しくなるなど、
個体管理から群管理へ移行する場合の弊害も心配されます。実際、増頭によって乾
乳牛の管理がおろそかになり、事故が増えているという話もありました。


スタンチョンの飼養限度頭数

 計根別ではスタンチョン方式で120頭を飼っている農家がありましたが、夫婦二
人の労働力の場合、スタンチョン方式での一農家当たりの飼養可能頭数は何頭なの
でしょうか。80頭を飼養している別海の農家は、夫婦で搾乳に8時間を要するとい
うことでしたが、搾乳以外の作業も加えると、労働時間はゆうに10時間を超えるで
しょう。増頭による労働時間の延長と、世の中が時短、時短と騒いでいるときに、
生き物相手だけに休日もなしで働かなくてはいけないことなどもあり、増頭意欲は
あっても、家族労働では現状が限界とも思われました。

 ヘルパー利用組合が設立されているところは、利用機会も多く、中には希望して
もなかなか順番が回ってこず、2〜3カ月に1回しか休みをとれないという不満も
ありました。それに、利用料金は朝・晩の作業で1日2万円が標準ということです
が、ヘルパーの身分保証と併せて人件費の補助を要望する声もありました。一方、
酪農家戸数が少ない農協管内では、単独で利用組合を設立できないので、広域的な
利用組合を考えているとのことでした。

 増頭による日々の労働の軽減は簡単にはできないでしょうが、酪農家は、冠婚葬
祭の時ばかりでなく、定期的に休日をとれるようなヘルパー制度の充実を望んでい
ました。


UNKOプロ

 都府県では、後継者問題のほかに、糞尿処理問題が酪農家の廃業に関わるほど重
要な問題となっていますが、北海道では糞尿処理は利用という段階で、都府県に比
べればまだ余裕があります。しかし、環境問題や資源の有効活用という面から、糞
尿処理問題には積極的に取り組んでいます。計根別農協には、Utilization−利用、
Nature−自然、Kindness−優しさ、Organization−組織、の頭文字をとったその
名も「UNKOプロ」というプロジェクトがあり、農業試験場や普及所と一体とな
り、実態調査、モデル農家の選定及び研修会等を実施して、糞尿を有効利用し、自
然(環境)にやさしい酪農を目指しています。


来年度も増産意向

 需給状況や国際情勢の先行きの不安はあるものの、今年行った意向調査の結果に
よると、平成5年度も生乳出荷量を5〜8%増やしたいとする農家が多かったとの
ことですが、頭数増や労働力にも限界があると思われるので、それほど伸びるかに
ついては疑問が感じられました。

 今回の調査において、訪問したいずれの農家でも逆に質問を受けました。牛乳乳
製品の需給動向やウルグアイ・ラウンドの見通しがどうなるのかということでした。
生産現場の関心の深さに改めて驚くとともに、全体の情勢に連なる生の情報を今以
上に欲しがっているのだということを痛感しました。また、不平不満ばかり言って
おられない、自分たちでも何とかしなければ、との気概もうかがえました。

表 調査農家の頭数、生産量の推移
(単位:頭、トン)
農家名 2年度 経産牛頭数 3年度 経産牛頭数 4年度 経産牛頭数 飼養形態 特記事項
生産量 生産量 生産量 搾乳方式
A 70 78 85 フリーストール 簡易フリーストール牛舎は低価格で自己建設搾乳は入れ替え方式
499 548   パイプライン
B 47 57 70 フリーストール 一棟3頭用の簡易ストール牛舎で増頭に対応
425 463   パイプライン
C 78 81 98 フリーストール 搾乳は40頭ずつ2〜3回の入れ替え方式2戸による法人組織で6人が従事
531 773   パイプライン
D 43 43 46 スタンチョン 5年以内にフリーストール、パーラー方式にする計画、労働力2.5人
417 495   パイプライン
E 53 50 52 スタンチョン 夫婦二人の労働力では現状が限界
320 398   パイプライン
F 44 48 54 スタンチョン 夫婦二人の労働力では現状が限界
325 355   パイプライン
G 63 66 75 フリーストール 8頭分のミルキングパーラー、15分ずつで入れ替え、労働力3人
553 601   Mパーラー
H 24 25 23 スタンチョン 経産牛肥育を行っており、年間20頭を出荷広島から購入した黒毛和種3頭も肥育している
197 200   パイプライン
I 53 57 60 スタンチョン 600トン生産を目標、労働力2人
378 408   パイプライン



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