株式会社イトーヨーカ堂 畜産部総括マネージャー 熊崎 弘
平成4年10月5日(月)から9日(金)にかけて実施されました農林水産省畜産 局中央畜産技術研修会「肉用牛」の中で、熊崎 弘氏が講演された「消費者ニ−ズ と食肉流通業の対応」の内容をとりまとめたものです。 ―――――――――――――――――――――――― <はじめに> 「消費者ニ−ズは今どうなっているの?」こういう問い合わせをしばしば受ける ことがあります。「消費者ニ−ズ」という言葉は、よく耳にし、目にする言葉では ありますが、私としては、厳密にいうと「消費者ニ−ズ」という明確な実態はない のではないかと考えています。むしろ、販売する側から作り出すのではないかとい う気持ちがあります。しかしながら、一方では、消費者の要望のようなものがない わけではなく、ある一定の要望パタ−ンがありますので、それをご紹介します。 <牛肉に対する消費者の声> 昨今の弊社の牛肉の売上高を見ますと、食肉全体の35%を占めるに至っており ます。そうしたなかで、牛肉という商品に対して、消費者が誉めるということはあ りません。むしろ、不満や、お叱りを受けることが多いようです。これは、牛肉に 対する期待が高い証拠でもあります。 何に対する不満やお叱りが多いかと言えば「品質」になります。「このお肉は柔 らかいですか?」「このお肉は国産ですか、輸入ですか?」という質問が、消費者 からの質問のほとんどと言って過言ではありません。ということは、顕在化してい る消費者の声−つまり期待−は、<柔らかさ>と<出どころ>の二つと言えるでし ょう。 一方、食肉に対する店頭での質問事項の中で、<安全性>や<食品添加物>に対 する質問は、少ないようですが、消費生活センタ−等からの問い合わせが、しばし ばあります。牛肉が消費者にとって関心度の高い商品であることは、間違いないこ とでしょう。牛肉売上げ量は、過去5年間毎年2桁台の伸び率を示しています。さ すがに今年はいまのところ1桁台の伸び率でありますが。 <消費者ニ−ズへの対応の考え方> 「消費者ニ−ズとはなんだろう」と言われると、具体的にはなかなか表現できな いのですが、「ニ−ズ」とは、「お客様の不満を解消すること」と私どもでは考え ています。 振り返ってみれば、昭和40年代は、牛肉という「物」を作る時代であったと思い ます。その後、50年代に輸入牛肉が少しずつ増え、それと共に店舗数も増加してい きました。この50年代の「物を流す」、「流れを作り出す」という時代を経て、60 年代に入りますと、過去を否定して、お客様の立場から「生産とは」「流通とは」 を考えるようになったと思います。「今、まさに流通は変わった」と言ってよいで しょう。生産者、流通業者、小売業者の三者が一体となって、商品の供給を作り出 す時代になったのです。タ−ゲットは、店頭のお客様なのです。 供給していただく方(生産者)も、イト−ヨ−カド−のお客様をタ−ゲットにし ていただいております。生産した人がイト−ヨ−カド−のどこの店舗で売られてい るのかわかるようになっています。逆にイト−ヨ−カド−としてもこのお店の商品 はどこの産地のものかがわかるようになっています。 今までは、作る人は作ることに、小売りは売ることに専念していた、つまり分業 化の時代だったと言えるでしょう。が、そこでは、最終的に消費者に店頭で選ばれ ない商品が多くあったのは事実です。 牛肉については、国産だけでは対応ができない不足する部位を、輸入もので対応 するという現状が続くでしょう。店頭での輸入牛肉に対する認知度は広まったとい って良いと思います。輸入、国産といった住み分けができているのです。 単にものを造って流すだけでは最終ポイントは価格だけになってしまいます。鮮 度の良いもの、安定した品質という主張はあっても、お客様の選択の基準が様変わ りしてきているために、売り方が変わり、その結果、流通方法も変わります。流通 が変われば、生産も変えなければ生き残れません。きちんとした消費者の評価を得 るためには生産者側の発想の転換も必要なのです。そのためには、生産・流通・販 売が一体となったチ−ムを作ることが必要になってきていると思います。 ライフサイクルの変化からみれば、導入期、成長期、衰退期に分けられると思い ますが、畜産は導入期がすでに終わっています。しかし、食肉産業にとって、衰退 期は許されません。安定成長しかないのです。 <販売者としてのこだわり> 「商品に対する安全性」ですが、これは私どもで自ら製品を作っていないことか ら、安全性を100%証明することはできません。しかし、「安心」してお買い求め いただける表現は必要だと思います。一つは「産地表示」、二つは「生産者表示」 です。この商品は、「どこの商品ですよ」と言えば安心して買っていただける事例 はいくらでもあります。なぜか和牛の場合は「黒毛」ですという一言で安心してい ただいていますが。イト−ヨ−カド−の場合は、「OO産の和牛」という表示をし ています。「B−2」、「B−3」などの表示については、消費者に説明しても納 得してもらえないので表示するつもりはありません。 次に「やわらかさ」ですが、これは販売者としての責任であると思います。エ− ジング熟成を考えて、と畜後2週間目に店頭へ並ぶようにしています。 「肉色」、これも見逃すことのできない重要な要素です。ス−パ−マ−ケットの 場合、対面販売は無理です。パック販売にならざるを得ないのですが、「肉色」は 重要な要素になります。Beef color standardで、全部「2」なら「2」、「4」 なら「4」でよいのです。「2」があったり、「4」があったりするから、消費者 が「何で色が違うの」という質問がでてくるのです。 <大型量販店における現在の問題点> 問題はコストです。ス−パ−マ−ケットとして和牛を毎日売るということは無理 です。弊社の場合、食べたい食肉のプライスレンジは、300円/100g, 1000円/1 パックがいちばん良く売れます。また1人当たりの1回の商品全体の購入金額は、 平均2200円です。この場合7〜8品購入しています。この品数の中に牛肉を入れて いただくことは、大変なことだと思います。 コストアップを抑えつつ、店頭価格を下げざるを得ないなかで、1単位当たりの 利益率は当然下がります。ということは、量で対応することになります。足し算で いったら、コストは上がるので、引き算で考えるしかないのです。不要なコストは 削除しなければ価格を引き下げられません。最終的な販売形態から不必要なものを 削るということです。 コストのなかでは、物流費が一番かさんでいます。産地に小分け機能を要求して いるからコストが上がるのです。産地に小分け機能はありません。やはり流通段階 で配送基地をもち、そこに小分け、配送機能を持たせるのが最も効率がよいと考え ています。また、加工についても、産地で全てを加工するのではなく、生産・流通 ・販売の3者のなかで、それぞれ分担分けをして加工する必要があると思います。 また、全ての商品をチルドでと考えたらコストは下がりません。どこかのポイン トでフロ−ズンを考えなくてはなりません。チルド商品より割安感を与えなければ なりませんが、チルドでなければならないという物差しは見直す必要があると思い ます。 私どもの現状の仕入方法は、豚の場合、産地から、毎日、1車満載で約100頭分 が入荷されています。牛肉については、店毎に扱っている商品のグレ−ドが違うの ですが、6つの産地から、2種のグレ−ドのものを、1週間に2回、3社で共同配 送しています。牛豚肉とも配送コストは一定になっているはずです。 配送コストについては、先ず、上げない手段は何かという発想から、次に、更に 進んで下げるという発想が大切です。機能していないところに、ムリな機能を求め ればコストアップになるのは当然だと思います。 <店も、選ばれる時代になってきた> 生産者としても、どこの店で売ろうとしているのか、ポリシ−を持たなくてはい けません。「どこで売る」のか生産者としても選択する必要があるのではないでし ょうか。ス−パ−は、毎日1回みえるお客様です。百貨店は、週1回または2回み えるお客様です。ということは、ス−パ−には、毎日同じように商品が並んでいな けれなりません。なおかつ、百貨店で売られているような商品も必要とされます。 弊社の牛肉取扱いのシェア−は、国産:輸入=50:50ぐらいで推移しています。 輸入が60%になった頃もありましたが、最近は、円高で予想がつきにくい状況です。 イト−ヨ−カド−としては、次のような分類をしています。 和 牛 :産地指定、グレ−ド指定 国 産 牛 肉 :産地指定(例、十勝牛) アメリカ産牛肉 :ネブラスカビ−フ オ−ストラリア産牛肉:100円台の買いやすく、赤身の多い肉 国産牛肉をステ−キで売ろうという発想はありません。ステ−キは特売でしか売 れないのです。だからステ−キは、アメリカ産か、オ−ストラリア産が中心になり ます。それでは、国産牛肉に何を求めるのか。マ−ブリングは、絶対条件ではなく、 求めているのは<柔らかさ>です。最近「切り落とし」が大変売れています。これ は、肩、もも、バラのミックスなのですが、使い勝手でたいへん評価を得ておりま す。サシというファクタ−は全くありません。また、「B−2」がメニュ−・用途 により使えるということがわかりましたし、お客様が必要としている商品もわかっ てきました。その結果、100円台の商品開発もしてきました。つらい面もあります、 なにせ、販売額を確保するために倍以上売らなくてはならないわけですから。 <今後の展開要因> 国産牛肉とアメリカ産牛肉とが価格面で競合しています。昨年の場合、話題性と いう面もありましたが、輸入牛肉が先行しました。ダイエ−さんは「カンザス」、 西友さんは「アイオア」、そしてイト−ヨ−カド−は「ネブラスカ」です。今後の 量的拡大を考えたときやはりステ−キは、輸入牛肉でということになります。そし て、国産ものは単品メニュ−、例えばしゃぶしゃぶ、すき焼きというものになるで しょう。 牛肉の輸入自由化によって、小売り段階での競争は、激化しています。昨年の輸 入牛肉の価格は関税50%以下に相当するような価格で販売されたような気がします。 それはどのくらい売れるかわからなかったから、そしてお客様の価格に対する関心 が明確でなかったから安くせざるを得なかったのだと思っていますが、今も、消費 者の購入価格は間違いなく下がっています。1パック当たり6%程度は下がってい ます。「切り落とし」の1パック単価は、 和牛 850円 US産 700円 国産牛肉(B−3) 700〜600円 AUST産 500円 といったところでしょう。消費者は使用目的によって使い分けをしており、この中 で量的拡大を図らなければなりません。 例えば,US産サ−ロインの場合、5日間のセ−ルでの販売実績をみると、 1枚1000円で定番の時 80〜100枚 1枚700円で特売の時 500〜1000枚 1枚500円にしたら 2000枚 です。ステ−キは安いときによく売れるということです。 ももは、商品化しにくい部位ですが、サラダの材料としてロ−ストビ−フが良く 売れています。外食部門においても販売単価が下がってきており、平均100〜200円 下がっています。 コンビ−フ缶詰も良く売れています。サンドイッチとサラダに使われています。 サラダに焦点を当てると良く売れるのが今の流行です。 販売価格を下げざるを得ないなかで、100g当たり100円台のものが可能なAUS T産牛肉がどう評価されるのか、注意深くみていかなければなりません。和牛の購 入比率が下がっていますが、特売では、売れています。牛肉の場合、昨年は、3割 値引くと倍売れました。しかし、今年は、3割引いても倍は売れません。お客様が 必要とするものしか売れません。 <おわりに> 消費者ニ−ズの多様化と言われていますが、その実態を把握するのはとても難し いことです。しかし、一定のパタ−ンはあります。厳しい経済環境のなかにありま すが、そのなかでス−パ−マ−ケットが生き延びていくには、繰り返し指摘したと おり、生産者、流通業者、そして販売業者が三者一体となってものを考えなければ なりません。そして、消費者の要望パタ−ンをしっかりと見きわめつつ、イト−ヨ −カド−として何を売るのか、そのポリシ−をしっかり持つことが必要だと痛感し ています。