天皇杯受賞農家を訪問して(2)
−鹿児島・新青木牧場−

食肉生産流通部 小林宏三、企画情報部 林 義隆


はじめに

 新青木牧場は、子牛生産地域という特色を生かし、肉用牛の繁殖に稲作を組み合
わせた複合経営を行ってきました。いままで数多くの困難を克服しながら、無借金
で農用地の拡大と繁殖牛の増頭を並行的に進めてきました。また、自らの経営内容
の改善や、安定的な経営を行うために和牛グループを結成し、活発な組織活動を行
うなど、肉用牛繁殖経営の発展につくされました。このようなことから、昭和50年
の農林水産祭において天皇杯を受賞しています。

 経営者である新青木辰己さんは、現在では76才と高齢になられ、経営の第一線か
らは退かれていますが、今回、天皇杯受賞当時を振り返っていただき、最高の栄誉
を受けられるまでのご苦労やその経営理念、繁殖経営に対する考え方などを伺う機
会を得ましたので、その概要についてレポートします。


地域の概要

 新青木牧場のある東串良町は、鹿児島県大隅半島のほぼ中央に位置し、町の総面
積は2,671ヘクタール、うち耕地面積は1,490ヘクタールで耕地率は55.8パーセント
の純農業地帯です。土質は黒色火山灰土壌で、農作物の生育には必ずしも良好な土
地ではありません。また、台風や干ばつなどの自然条件により農作物が大きな被害
を受けることもしばしばあります。

 このため、営農類型は水稲を中心とした畜産、園芸との複合経営が中心で、休耕
地の草地利用や堆肥の園芸農家等への還元など、地域内での連携をも保ちながら、
地域の特性を生かした産地づくりに努力しています。


肉牛の導入による複合経営への転換

 新青木さんは、昭和20年に復員後、なたね、甘しょを中心とした農業を引継ぎま
したが、将来の収益性の伸展を考え、昭和32年に新たに肉用牛の子とり生産をとり
入れた複合農業に転換を図りました。昭和38年には、優良血統牛2頭を導入し牛群
の改良を始め、その後の経営努力や地域での様々な活動により、昭和50年の天皇杯
の受賞に至っているのは前記のとおりです。

 肉用牛繁殖経営における素牛の調達は、一般的には国または県からの貸し付けを
受けるか、ある程度育成されたものを市場から購入するケースが多いのですが、新
青木さんはこの2頭の素牛を購入した以外は、すべて自家生産の子牛を育成すると
いう堅実な経営により規模の拡大を進めてきました。肉用牛繁殖経営において、生
産されためす子牛を販売せずに自家育成していくことは、現金収入が限られるため
極めて困難であり、その困難を克服するには大変な努力が必要であったといえるで
しょう。

 新青木さんが肉牛の導入による複合経営への転換を図った背景は、それまでの甘
しょ、なたね等による耕種農業のみでは将来性があまり見込めないという判断があ
ったからでした。安定して収益のあがる農業をめざして、いろいろと考えた結果、
鹿児島における地域の農業条件や、今後の食生活の変化による牛肉消費量の増加を
見通して、経営内に肉用牛の子取り生産を導入することにしたそうです。

 特筆すべきは、まず自家生産牛の保有による増頭計画の着実な実行と、その計画
を支えるための合理的な複合経営の継続があげられます。初期段階においては、肉
用牛部門もまだ零細であり、安定した収入源として期待することはできませんでし
たので、手間のかかるなたねの栽培は止めましたが、安定的収入源として甘しょな
どの栽培は続け、経営を維持しました。


規模の拡大と経営状況

 経営規模の拡大を図るうえで新青木さんが実施してきたことは、まず設備経費を
節減することでした。具体的には、畜舎等は廃材を利用することにより建設費を抑
え、さらにトラクターなどの機械類の購入は、経営に余裕ができた段階ですべて自
己資本でまかなうという、理念のある極めて堅実な経営を行うことでした。

 また、頭数規模の拡大については、優良牛の自家保留により経営内での改良を行
いつつ対応してきました。特に、「ひらかわ」系および「まえふじ」系の優良牛群
を確立し、経営内で種を固定するとともに、自己繁殖牛をグループの農家にあっせ
んし、地域内肉用牛の改良も積極的に行ってきました。その結果、天皇杯受賞当時
では、めす子牛の平均販売価格は、市場平均価格の約7割高と高い評価を受けてい
ました。


新青木さんの経営理念

 新青木さんは「牛飼いとは、人と牛との心の通い合が大切」との信念を持ち、そ
の経営理念は「牛に青空と自由を与え、母牛は長く使えるように心がけること」で
す。そのためには、良質な飼料で飼育し、常に牛にも家族と同様に気を使うことが
必要です。また、できるだけ安い生産費で繁殖成績を向上させることが繁殖経営を
行う第一条件であると言っておられましたが、言葉でいい表わせてもなかなかうま
くいかないのが現状のようです。

 具体的には、母牛を適度な栄養状態に保つために、濃厚飼料を与えず、良質な粗
飼料を多給すること。次に、母牛の健康状態を保つのと同時に、発情の発見を容易
にするため、牛を運動場に毎日出して運動と日光浴を十分に行なわせることでした。
そして、牛の状態を完全に把握するために、自宅から常時牛を監視できるように住
居の設計を行ったり、分娩畜舎に対しては、特に清潔であるように注意を払ってい
ます。このような努力の結果、繁殖率は長期にわたって100%を維持することがで
きました。


地域社会への貢献

 新青木さんは、肉用牛の改良、繁殖技術の向上などを目的としたグループを結成
し、積極的に先進農家の視察などを行いました。また、東串良町の和牛振興会にお
いてもリーダー格として、他の農家に対し助言、指導を行うなど、グループだけで
はなく地域の発展にも大いに貢献してきました。

 東串良町や農協も、新青木さんの天皇杯受賞を大変誇りとし、農村振興運動など
を基軸にしながら、生産基盤の整備や畜産の振興等にいろいろと取り組んでいます。
まず、地域の特性を生かした産地づくりのために、繁殖及び産肉成績の優秀な肉用
牛の町内保留に積極的な支援を行ってきています。また、地域の活性化を図るため
には、稲わらの畜産への活用や、糞尿の園芸への還元を行うなどの連携が不可欠で
あるとの方針を持ち、地域ぐるみで積極的に各種事業を実施しています。その結果、
町内には若手の石原さんをはじめ肉用牛繁殖経営の優良事例が多くみられるように
なり、様々な賞を受ける方々が続出してきています。


今後の若い経営者に対して

 畜産をめぐる情勢は極めて厳しい状況にありますが、今後を担う若い経営者に対
しては「子牛価格が低迷している現状では、高値による取引はあまり期待できませ
ん。そこで利益をだすためには、生産コストを安くする努力が必要です」と自己努
力の大切さを強調されています。また、経営規模の拡大については、ご自身の経験
から「自己資金により無理なくできる範囲がいいのではないでしょうか」と指摘さ
れました。

 天皇杯受賞時には、県の内外を問わず見学者が年間2,400名にも及び、新青木さ
んの事例が肉用牛繁殖経営のモデルとして日本全国に与えた影響は少なくありませ
ん。今回、新青木牧場を訪問して、このように新青木さん個人の努力が町全体に波
及し、実をむすんでいることがよくうかがえました。新青木さんが健康に留意され、
今後とも県、町、農協あげての和牛振興に、地域のリーダーとして益々ご活躍され
ることを心より期待しています。


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