国産牛肉と輸入牛肉の競合関係

宇都宮大学農学部助教授 茅野 甚治朗


牛肉の需要分析の必要性

 1988年6月の日米及び日豪合意は、我が国の牛肉経済にとって重大な岐路であっ
た。それは、3年後の1991年4月から関税による輸入自由化として、牛肉の市場開
放を約束するものであり、さらに自由化までの間は、輸入数量枠を漸次拡大するこ
とに合意したのである。そして、輸入牛肉に対抗するためには、コスト効率を高め
るとともに、品質による強い貿易障壁(競争力)が期待されたのである。

 しかしながら、1990年から乳用種枝肉価格と乳子牛価格の低下は著しく、乳用種
牛肉と輸入牛肉との間に強い競合性(代替性)が存在することが窺われる。このよ
うに、牛肉需要における国産牛肉と輸入牛肉の競合水準は、今後の国内牛肉経済を
左右する重要な要因である。そして、商品間の代替性を数量的に把握することは、
従来の需要分析において中心的な課題であり最も政策的寄与の高いところである。
牛肉消費に関しても多くの需要分析が行われているが、必ずしも統一的な見解を得
ているとはいえない。また、多様な輸入牛肉の部位別、品目別にまで分析対象は広
がっていない。

 そこで、本稿では国産牛肉と輸入牛肉の価格変動に注目し、両者間の連動性につ
いて計量的に明らかにすることを目的とした。このことは、牛肉の需要分析を行う
にあたって、商品のグルーピングについて数量的な基礎情報を提供するだけでなく、
国産牛肉と輸入牛肉との代替性に関して有効な知見をもたらすと考えられる。

国産牛肉と輸入牛肉の価格関係

 国産牛肉と輸入牛肉との競合性(代替性)がどの範囲まで存在しているか、また
今後どの範囲まで拡大する可能性があるのかは、今後の我が国の牛肉経済にとって
重要なポイントである。この問題に答えるためには、需要関数の推定が基本となる
であろう。しかし、従来の需要関数(需要体系)の推定は1988年以前のデータに基
づいており、価格については市場メカニズムの下での形成よりも管理的な側面が強
い。また、家計レベルでは国産牛肉と輸入牛肉など品目の細分類は難しい。など、
需要関数の理論的体系と統計データの整合性において、需要関数の推定が難しい側
面がある。

 そこで、本稿では国産牛肉と輸入牛肉の価格変化に注目し、両者の連動性を回帰
分析(Bivariate price regression)によって明らかにし品目間の代替性について
考察した。回帰分析は、理論的にJ.R.ヒックス[1]の財群に対する需要にお
ける「一群の商品の相対価格が不変のままであると仮定しうるときには、それらを
単一の商品として取り扱うことができる」、との考えに基づいている。この考えを
数式で整理すると次のとおりである。

 国産牛肉価格をPD、輸入牛肉価格をPIとすると、価格変動の関係は次式のように
表すことができる。

  PD = α + β・PI(PD/PI = α/PI + β)(1)

この式において、PDとPIの関係はαとβの値によって次の6つのケースに分類する
ことができる。

ケース1;β=1,    α=0:国産価格と輸入価格は統計的に同じである。
ケース2;β≠1,β≠0,α=0:国産価格と輸入価格には一定比率の差がある。
ケース3;β=1,    α≠0:国産価格と輸入価格には一定額の差がある。
ケース4;β≠1,β≠0,α≠0:国産価格と輸入価格には比例的な差と定額的
                 な差がある。
ケース5;β=0        :国産価格と輸入価格は統計的に独立した動き
                 である。
ケース6;β<0        :国産価格と輸入価格には反比例の関係がある。

 先ほどのヒックスの考えによれば、ケース1,2の場合、その財群を1つの財と
して処理することができ、品目間の競合性は高いと考えることができる。ケース4,
5の場合でも、国産牛肉と輸入牛肉の価格連動性は存在していると確認することが
できる。

 以上のことから、(1)式を推定することによって国産牛肉と輸入牛肉の価格関係
を計量的に特定化した。推定に用いたデータは次のとおりである。輸入牛肉は部分
肉の形態で輸入される割合が高いので、国産牛肉の価格も日本食肉流通センタ−
(川崎)の「業務月報」より8部位の価格を用いた。格付は去勢和牛(チルド3)、
乳用去勢牛(チルド3)、乳用経産牛(チルド2)であり、計24品目の価格系列で
ある。輸入牛肉の価格は「仲間相場」(畜産振興事業団調べ)を用いており、オセ
アニア産とアメリカ産に区分されている。よって、輸入牛肉の価格については、計
16品目の価格系列である。計測期間は、1988.4〜90.3までと1990.4〜92.9までの2
期間とした。自由化以前の90年で区分しているが、これは輸入枠の拡大によってす
でに90年から輸入牛肉と国産牛肉との競合は強まっていたという経済実態に対応さ
せたからである。

価格関係からみた競合性

 推定結果は表−1と表−2のとおりである。表にはそれぞれ384本の回帰結果が
示されており、その分布を整理したのが表−3である。

 表−3でまず気づくことは、1990年3月以前では国産牛肉と輸入牛肉の価格変動
に連動性があまりみられないことである。品目間に競合性がない(ケース5と6)
組み合わせは、オセアニア産で172(90%)、アメリカ産で158(82%)である。こ
のように、価格変動からみると国産牛肉と輸入牛肉の間に代替性はほとんど存在し
ていなかったと推測される。一方、1990年4月以降の独立的な組み合わせは、オセ
アニア産で45(23%)、アメリカ産で35(18%)と激減する。輸入量の増大と関税
化による自由化によって、国産価格と輸入牛肉との連動性が高まったことは明らか
である。

 特に、国産牛肉の品質的に下位のものから輸入牛肉との競合関係が強まっている
ことがみてとれる。1990年4月以降の結果について、ケース1(同一)またはケー
ス2(定率プレミアム)の割合を整理すると次のとおりである。

       オセアニア産  アメリカ産
 去勢和牛    0( 0%)   0( 0%)
 乳用去勢牛   2( 1%)  19(10%)
 乳用経産牛  39(20%)  26(14%)

 このような国産牛肉と輸入牛肉との競合性の高まりを、輸入相手国別にみるとお
もしろい特徴を示している。オセアニア産はどちらかといえば品質の低い乳用経産
牛と競合しており、アメリカ産は乳用経産牛ばかりでなく乳用去勢牛とまで競合し
てきている。相手国の輸出余力にもよるが、国内の乳用肥育にとって品質格差が急
速に縮小している厳しい状況であるといえよう。

 さらに、今後の方向に対して注目されるのは、去勢和牛と輸入牛肉の価格間に定
率プレミアムなり定額プレミアムを持った連動性が確認されることである。去勢和
牛とオセアニア産輸入牛肉では15%(28)、アメリカ産とでは20%(38)もの割合
になっている。現在のところ明確な競合関係を確認できないが、輸入牛肉によって
和牛価格が下落し得る可能性を示唆しているとも思われる。

 以上のような国産牛肉と輸入牛肉との競合関係の強まりは、主に輸出国での流通
段階での対応(カット技術の進展、品揃えなど)の成果によるところ大であり、ど
ちらかと言えば短期的反応の結果である。肥育管理技術の対応や個体改良など長期
的な輸出対応の進展によっては、わが国の牛肉経済はさらなる影響を受けることが
考えられる。

参考文献

[1]J.R.ヒックス 『価値と資本』 安井琢磨・熊谷尚夫訳,岩波書店,1965年

[2]茅野甚治郎「牛肉自由化と乳雄肥育の経済条件」『牛肉・オレンジ自由化の
   総検証』農業と経済・臨時増刊,富民協会,1992,pp.74-86.

[3]Hiroshi Mori and Biing-Hwan Lin.“Japanese Demand for Beef by 
   Class:Results of the Almost Ideal Demand System Estimation and 
   Impli-cations for Trade Liberalization”,農業経済研究,第61巻,
   第4号,1990,pp.195-203.

[4]Eric Monke and Todd Petzel.“Market Integration:An Application 
   to International Trade in Cotton”, Amer.J.Agr.Econ., Vol 66, 
   1984, pp.481-487.

資料:国産牛肉価格−「業務月報」(日本食肉流通センター、川崎)
   輸入牛肉価格−「仲間相場」(畜産振興事業団調べ)

表−1 国産牛肉と輸入牛肉の価格関係(Bivariate price regression の計測結果)
    計測期間:1988.4〜90.3。
格付 部位

オセアニア

アメリカ

O-1 O-2 O-3 O-4 O-5 O-6 O-7 O-8 U-1 U-2 U-3 U-4 U-5 U-6 U-7 U-8
和牛去勢チルド3 ヒレ 5 6 6 5 6 5 5 5 6 6 6 5 3 4 5 5
サーロイン 5 6 5 5 6 5 5 5 6 6 6 5 5 3 5 5
かたロース 5 6 5 5 6 1 5 5 6 6 5 5 5 1 5 5
かた 5 6 5 4 6 3 5 3 6 6 5 4 3 3 5 5
うちもも 5 6 5 5 5 5 4 5 5 5 5 5 4 5 5 5
しんたま 5 5 5 4 5 5 4 4 5 5 5 4 5 5 4 5
かたばら 5 6 5 5 6 5 4 4 6 6 5 4 1 3 4 5
ともばら 6 6 5 5 6 5 4 4 6 6 5 5 1 3 4 5
乳牛去勢チルド3 ヒレ 5 6 5 6 5 5 5 5 6 6 6 5 5 5 5 6
サーロイン 5 6 5 5 6 5 5 5 6 6 6 5 5 4 5 5
かたロース 5 6 5 5 6 5 5 5 6 6 6 5 5 1 5 5
かた 6 6 5 5 6 5 5 5 6 6 5 5 5 5 5 5
うちもも 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 4 5
しんたま 5 6 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 6
かたばら 5 6 5 5 5 5 5 5 6 6 5 5 2 5 4 5
ともばら 5 5 5 5 5 5 5 5 6 5 5 5 5 5 5 5
乳経産牛去勢チルド2 ヒレ 5 6 5 5 6 5 5 3 6 6 6 5 3 3 5 5
サーロイン 5 6 5 5 6 5 5 5 6 6 6 5 3 3 5 5
かたロース 5 6 5 5 6 5 5 5 6 6 6 5 5 5 5 5
かた 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5
うちもも 5 5 5 5 5 5 4 4 5 5 4 5 5 5 4 5
しんたま 5 5 5 5 5 5 4 4 5 5 5 5 5 5 4 5
かたばら 5 5 5 5 5 5 5 4 6 5 5 5 2 5 4 5
ともばら 5 6 5 5 5 5 4 4 6 6 5 5 2 4 4 5
注)計測式は、PD=α+β・PI(PD:国内牛肉価格、PI:輸入牛肉価格)
  表の数値は次のとおりである。
 (パラメータについて有意水準5%で検定と区間推定を行った)
1:統計的に同一である。(β=1,α=0)
2:定率プレミアム。(β≠1,β≠0,α=0)
3:定額プレミアム。(β=1,α≠0)
4:定率プレミアム+定額プレミアム。(β≠1,β≠0,α≠0)
5:統計的に独立である。(β=0)
6:負の関係。(β<0)

  オセアニア産とアメリカ産の部位は次のとおりである。
  アメリカ産はすべてフローズンである。

O−1:テンダーロイン(エージド) O−5:トップサイド(チルド) U−1:フルテンダーロイン U−5:トップラウンド
O−2:ストリップロイン(チルド) O−6:シックフランク(エージド) U−2:ストリップロイン U−6:ナックル
O−3:チャックロール(チルド)  O−7:ポイント(フローズン)  U−3:チャックロール  U−7:ブリスケット
O−4:クロット(エージド)   O−8:ナーベル(フローズン)  U−4:ショルダークロット U−8:ショートプレート

資料:国産価格−「業務月報」(日本食肉流通センター:川崎)
   輸入価格−仲間相場(畜産振興事業団調べ)

表−2 国産牛肉と輸入牛肉の価格関係(Bivariate price regression の計測結果)
    計測期間:1990.4〜92.9。
格付 部位 オセアニア アメリカ
O-1 O-2 O-3 O-4 O-5 O-6 O-7 O-8 U-1 U-2 U-3 U-4 U-5 U-6 U-7 U-8
和牛去勢チルド3 ヒレ 4 3 3 4 3 4 5 5 3 4 3 4 4 4 4 4
サーロイン 4 4 4 3 5 3 5 5 4 3 3 3 3 3 3 4
かたロース 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5
かた 5 5 4 3 5 3 5 5 4 5 5 5 5 5 5 5
うちもも 4 4 4 4 4 4 5 5 4 4 4 4 4 4 4 3
しんたま 4 4 4 4 4 4 5 5 4 4 4 4 4 4 4 3
かたばら 4 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 4 5 5 5
ともばら 4 5 5 5 5 5 5 5 5 4 5 4 4 4 5 5
乳牛去勢チルド3 ヒレ 3 3 3 4 4 4 3 3 3 2 4 4 4 4 4 4
サーロイン 4 4 4 3 4 3 3 3 4 3 3 3 3 3 3 4
かたロース 5 5 3 3 5 3 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5
かた 4 4 4 4 4 3 5 3 4 3 1 3 1 1 3 4
うちもも 4 4 4 4 3 4 3 3 4 4 1 3 2 2 4 4
しんたま 2 4 4 4 3 4 3 3 4 2 2 4 2 2 4 4
かたばら 4 4 4 4 4 4 3 3 4 1 4 4 1 1 4 3
ともばら 2 4 4 4 4 3 3 3 2 3 1 3 3 1 1 1
乳経産牛去勢チルド2 ヒレ 3 3 3 4 4 4 4 4 3 4 4 4 2 2 4 4
サーロイン 4 3 3 4 3 4 4 3 3 4 4 3 2 2 4 4
かたロース 5 5 3 2 3 1 5 1 2 1 1 1 5 1 1 1
かた 2 2 1 2 1 2 1 1 4 4 1 1 4 4 2 2
うちもも 2 2 1 2 1 2 2 2 4 4 4 2 4 4 4 4
しんたま 2 2 4 1 1 1 2 2 2 4 4 1 4 4 2 4
かたばら 4 2 2 1 2 1 1 1 4 3 3 1 3 3 3 2
ともばら 4 2 4 1 2 1 1 1 4 4 3 1 2 1 1 2
注)表3−1と同じ。

表−3 国産牛肉と輸入牛肉の価格関係(計測結果の分布)
計測期間 国産牛肉 オセアニア アメリカ
1988.4〜90.3 和牛去勢 1 0 2 9 37 15 3 0 6 8 33 14
乳牛去勢 0 0 0 0 53 11 1 1 0 3 43 16
乳経産牛 0 0 1 7 49 7 0 2 4 6 40 12
 計 1 0 3 16 139 33 4 3 10 17 116 42
1990.4〜92.9 和牛去勢 0 0 7 21 36 0 0 0 10 28 26 0
乳牛去勢 0 2 25 31 6 0 11 8 15 22 8 0
乳経産牛 19 20 9 13 3 0 13 13 9 28 1 0
 計 19 22 41 65 45 0 24 21 34 78 35 0
注)表−1と2の結果をとりまとめた。


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