★ 巻頭言


U 平成5年度保証乳価等決定をめぐって

農用地整備公団理事長 関谷 俊作


 平成5年度の保証乳価等を審議するための畜産振興審議会酪農部会は、近年にな
い波乱の幕開けとなった。3月25日の開会の際、政府試算が提示されなかったので
ある。休憩後、夕刻に委員が再び集まったが当日は試算が提示されず、翌26日に延
会、それが万が一不可能となれば翌週29日に改めて招集することになった。

 26日は早朝各委員に連絡があって開会されることとなり、政府試算の説明があっ
た。その内容は保証価格及び基準取引価格の1円下げ、バターの安定指標価格の引
き下げ、限度数量の5万トン引き下げというものであった。前日準備した試算値で
あって、自由民主党との調整が終わらなかったものを、とにかく審議会に出すとい
うことで了解をつけたものであった。

 酪農部会の答申は 「保証価格等及び限度数量については、政府試算をやむを得な
いとする意見と保証価格等を据え置くべきである等の意見があったこと等審議の経
過を踏まえ、生産条件、需給事情、消費の動向その他の経済事情を考慮し、適切に
決定すること」 というものであった。振り返れば前年度まで6回にわたり政府試算
をやむを得ないとする答申を行なってきたが、今回は結論を絞れず、政府に決定を
委ねる形の幅のある答申となった。このような結果になったことは部会長としては
まことに残念である。

 最後に3月31日に酪農部会委員懇談会を開催し、保証価格等について前記の試算
と異なる決定をすることにつき畜産局から説明を受けた。委員としては前後3日の
会議出席を余儀なくされたわけであり、このようなことが二度とないよう政府に対
し要望がなされた。

 26日の審議で委員の意見が最も分かれたのは保証価格の1円引き下げについてで
あった。政府試算をやむを得ないとする意見は、従来の算定方法に従い適正に算定
されていること、内外価格差の縮小に努力すべき時であること、需給が緩和基調に
あること、財政負担による価格保証を縮小してゆくのが補給金制度の本来の趣旨で
あることなどを理由としていた。

 これに対して、保証価格を据え置くべしとする意見は、生産性向上の成果をすべ
て価格引き下げに吸収するのは適当ではないこと、牛肉の輸入自由化による個体販
売収入の激減に対処して、生乳販売収入の安定を図るべきであること、酪農家の減
少、後継者不足など酪農の厳しい経営環境を考慮して、所得の確保を図るべきこと
などを理由としていた。保証価格と限度数量ともに引き下げるのは厳し過ぎるとい
う意見もあり、また、保証乳価の引き下げが飲用乳価の引き下げの口実として利用
されることを懸念する向きもあった。価格引き下げが生乳生産の減少につながるこ
とをおそれる声が、消費者関係の委員から出たことも印象的であった。

 こうした考え方の対立が最後まで調整されずに前記の答申となった。会議後の部
会長記者会見で、委員の間の議論はないのかと痛いところを突かれた。立場の異な
る意見、いくら議論しても集約されない意見を並べて審議会の結論とするのではな
く、共通の基盤の上に立って議論を戦わし、たとえ多少了承できないところがあっ
ても仕方ない、こんなところか、というような取りまとめができないものであろう
か。思えば昨年まで6回にわたり答申でも使われていた 「やむを得ない」 という表
現は、このような議論のおさまり工合をよく表わしている。

 審議会の議論の共通の基盤は何かといえば、やはり保証価格の算定方法ではない
か。算定方法に対する信頼性を高めなければならない。その場合の問題の一つは、
いわゆる生産性向上の成果が労働時間の減少や乳量の増加の形で算定価格を引き下
げることである。しかし、現実には、これらのコストの引き下げ要因が、直ちに10
0パーセント価格の引き下げに結び付く算定方法が用いられているわけではない。
また、平成5年度について従来の算定方法で算定した保証価格は、試算として示さ
れた1円より大きい引き下げとなっていたと思われる。そこには、生産者への影響
に対する配慮がなされたと信ずるのが相当である。どのくらい配慮したかを数字で
示せないのが政府のつらいところであるが、審議に当たってはこういう点に十分思
いを致さなければならない。

 算定方法にからむもう一つの問題は需給事情との関係である。保証価格をめぐる
前記の対立する意見はその大部分が需給に与える保証価格の影響を問題にしている。
乳製品、特にバターの在庫の増加については、限度数量の5万トン下げとして考慮
されているが、生乳需給が緩和基調にあることは今回の保証乳価等の決定の際の重
要な背景である。一方、酪農家の減少、後継者難など酪農経営の先行き不安から価
格の引き下げに対する反対がかなり広く出たことも事実である。ただ、需給問題に
ついて難しいことは、上記のように両面の見方があり得ること、従って疑問の余地
のない客観的な数値として需給事情を価格に織り込むことができないことである。
前記の 「配慮」 がそれに代わる機能を果たしているのかもしれない。しかし、ここ
に調整不可能な意見の対立が生まれる源がある。

 結局、政府の決定は保証価格の試算値に1円を加算し据え置きとなった。その加
算は、算定方法及び算定基礎として審議会に説明されないという意味で審議会の審
議の外で決まった。

 平成5年度の保証乳価等の決定をめぐるもう一つの注目すべきことは、安定指標
価格及び基準取引価格の決定経過である。バターの在庫増加からバターと脱脂粉乳
の需給の跛行性がみられるという指摘が各方面からなされた。今回の審議の重要な
特徴である。そのこともあって、バターの安定指標価格と基準取引価格を引き下げ
る当初の政府試算値は、これを評価する意見が多かった。それが、政府決定では、
安定指標価格はバターについて下げ幅の縮小、脱脂粉乳について小幅の引き上げ、
基準取引価格は据え置きとなった。保証価格と安定指標価格あるいは基準取引価格
とのバランスを考慮する必要があり、もしも保証価格を見直すのであれば安定指標
価格等も改めて設定することとすべきではないかという意見も出ていた。しかし、
保証価格とあわせて安定指標価格等も同時に見直した政府決定は、基準取引価格が
結局対前年14銭の引き下げになったとはいえ、大方予期されなかったものであり、
乳業界などに失望感を残したことは疑いない。

 審議会の役割は一体何かを考えさせられる今年の経過であった。異なる立場の意
見を並列することで満足することなく、とにかく論議を尽くすということであろう
が、その点では十分とはいえなかったという思いが残っている。


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