道東の酪農家を訪問して
−北海道酪農事情調査−

乳 業 部  滝沢  喜造
企画情報部 南正覚 康人


 北海道の生乳生産は、近年の堅調な生乳需給を背景に、対前年度比で105〜106%
と都府県を大幅に上回る高い伸びで推移してきました。ところが、平成4年度後半
からは、景気の後退と冷夏の影響により、飲用乳の需要の停滞と併せ牛乳乳製品の
消費が落ち込み、(社)中央酪農会議は、生乳の計画生産を開始して以来、初めて
計画生産目標の年度内下方修正を決定しました。このため、今年の4月以降の北海
道の生乳生産は、4月、5月が対前年度比で102%台だったものの、計画生産の浸
透もあって、7月以降は100%を下回っています。

 近年の生乳増産の背景には、牛肉価格の低迷に伴う乳子牛の価格の下落による所
得の減少を乳量の拡大によりカバーしようという生産者の増産意欲があります。9
月の生乳の計画生産目標の下方修正は、98.5%となっており、規模拡大を進めてい
る酪農家には、少なからず打撃を与えるものと思われます。また、減産が全国的に
実施されている状況下では、初妊牛の価格が下落していますので、初妊牛の販売を
経営の柱としている道東地域の酪農家の経営は、ますます圧迫されています。また、
ウルグアイラウンドの行方も不安材料となっており、これから存亡をかけた本当の
競争が始まると考えている酪農家が多いと思います。

 今年の10月に北海道を訪れて、先行に不安感を抱く酪農家が多い中で、現実をみ
つめながら、今後の方向を見極めようと努力している方々の話を聞くことができま
したので、その一部を紹介します。 


乳廃用牛と初妊牛の価格の下落

 牛肉の輸入自由化の進展は、関税率の低下とともに、この間に円高も進んで、輸
入量が急増したことにより、競合する国産牛肉の価格をかなり早いテンポで引き下
げる結果となりました。酪農家への影響は、乳初生牛と乳廃用牛の販売価格に現わ
れています。

 乳初生牛は、輸入自由化前に10万円/頭を超える高値であったものが、平成4年
度には、4万円/頭まで下がりました。しかし、肉用子牛の生産者補給金制度の浸
透とともに、北海道では、平成4年の秋を底に、平成5年度に入って6〜7万円/
頭まで回復しています。

 一方、乳廃用牛の価格は、輸入自由化前から徐々に下がってきていましたが、今
年は、計画生産のために搾乳牛の淘汰が進められた影響もあって、北海道の9月末
の市場では、10万円/頭近かったものが急に4万円/頭まで下がっています。中に
は、1万円/頭という牛もいる状況で、販売の手数料等を差し引くとマイナスにな
るので、逆にお金を支払わないと引き取ってもらえないものもでています。

 また、生乳の計画生産は、全国で行われているので、初妊牛の本州からの導入意
欲が減退し、今年度の始めに30万円/頭を超えていた初妊牛の価格は、最近、20万
円/頭まで急落しています。この初妊牛の販売収入は、個体販売収入の3分の1を
占めています。

 北海道の酪農家の個体販売収入は、牛肉の輸入自由化前に、全収入の20%を超え
ていましたが、今年は、個体販売価格の下落により、10%近くまで下がるといわれ
ています。このように、個体販売収入の減少による所得の減少を生乳の販売増で穴
埋めしようと考えるのは、当然の流れと思われます。


規模拡大が一息

 近年の生乳の増産は、昭和62年から平成3年の始めまで続いた好調な飲用需要の
伸びに支えられたものですが、冒頭に触れたように景気の低迷と冷夏により一気に
需要が落ち、計画生産の強化という事態に追い込まれました。

 この計画生産の達成のために、生乳の減産方法として、乳牛の淘汰と飼料給与の
調節などが考えられます。最近の北海道の1頭当たりの平均搾乳量は、牛群検定平
均で8,000kgを超えるまでになっており、このような高泌乳牛群は、飼養管理に気
を使う必要があり、牛の能力を最大限に引き出すような状態にしておかなければ牛
の健康が損なわれる傾向がありますので、酪農家は、飼養管理の変化を望みません。

 従って、北海道では減産の手法として、搾乳牛の淘汰を選ぶ傾向にありますが、
他方で優秀な後継牛が用意に手に入るという立地条件が背景にあると思われます。
いずれにしても、規模拡大に向かっていた酪農家の意識が一寸様子を見ている状況
になっているのではないでしょうか。計画生産の達成のために、各種助成策がとら
れていますが、その一つに、より減産効果を上げるために、若い雌牛(4歳齢以下
の健康な牛)を淘汰するという事業が行われています。生産者は、今後の経営の柱
となる若い雌牛の淘汰を嫌っていますが、ホクレンのPRもあり、ほとんどの酪農家
は、搾乳牛淘汰は計画生産のやむを得ない手段として、北海道の主流となっていま
す。また、ホクレンは、このために、指定助成対象事業による奨励金(3万円/頭)
に加えて、独自に1万円/頭を補助することにしています。


意識の変化

 現在、搾乳は、北海道でもパイプライン方式によるものが主流ですが、これでは、
40〜50頭が限界といわれています。そこで、さらに大規模化が可能なフリーストー
ル・ミルキングパーラー方式の導入について酪農家の反応を伺ってみましたが、酪
農の将来が不透明であることや新方式の導入には改めて相当な資金を必要とするこ
とから、再投資には慎重な意見が多く聞かれました。今回訪問した酪農家の中にも、
十分規模が大きく、借金がなく、後継者も決まっている経営体がありましたが、自
分の代では、新たな設備投資をしないといっていました。今まで、借金で苦労して
いる経営を見てきており、借金は、さらに次の借金を抱えることになると考えてい
るようです。

 また、ほとんどの酪農家は、国際化の進展による先行不透明感から、将来に不安
を持っていると思われます。しかし、このような状況でも、国際競争を考えながら
コスト低減に努力している酪農家がいる一方で、コストだけではなく、自分の生活
や地域のことを考え、省力化や環境の美化等を進めることにより、余裕のある経営
を目指している酪農家がでてきています。これは、働くだけで身の回りのことを考
えないのならば魅力のある農業が育たず後継者も逃げてしまうと考えたからです。
今回訪問した農家は、畜舎も自宅もきれいにペンキを塗り、周囲には芝生を敷き、
他の農家にはよく見られる古い農機具の残がいは一切ありませんでした。この農家
の庭には近所の幼稚園の子供たちがピクニックに来るそうです。


実力で勝負

 このように意識が変化している中でも、酪農家の率直な不満というのは、生乳の
価格水準が低下することよりも、計画生産で規模拡大が制限されることにあり、自
由に生産ができて、酪農家自身が実力に応じた将来像が描けないところにあります。
個体販売価格が高かったり、生乳の価格が安定し、生乳を増産できた時期には、問
題はあまりなかったのですが、これからは、生産性の勝負であり、そのためには、
酪農家自身が自分の考えで将来展望を描き、自分の将来を切り開きたいとの希望の
現われと思います。

 最近の北海道の酪農家に対する調査(平成4年9月実施)によると、16歳以上の
子供がいるのは、全酪農家の半分で、そのうち後継者が決定しているのは、その半
分ということでした。後継者の決定理由は、「自分の家が酪農家なので当然と考え
た」というのが一番多いのですが、次に「自由度が高い」ということであり、これ
は自由に自分の考える経営をやりたいと思っている後継者がいるということで、頼
もしく思われます。また、経営の中止については、「1年以内に中止」を考えてい
るのが1.2%、「2〜5年以内に中止」が6.1%、「わからない」が41.4%となって
います。これは、半数の酪農家が将来に不安等を感じているということであると思
われますが、逆に、残りの半数は、酪農を続けていきたいということであり、酪農
の将来も暗いことばかりではないと考えられます。

 
労働の軽減

 北海道の酪農地帯を訪れて、まず目に付くのがロールベールされた大きな楕円状
の乾草です。このロールベーラーが導入される前は、長方形の梱包したものが主流
で、酪農家の主婦にとっても過重労働でした。この労働の軽減になるということか
ら、またたく間に、北海道のほとんど全ての酪農家にロールベーラーが普及しまし
た。ロールベーラーの普及とともに、ロールベールにラップをしてサイレージにす
ることも行われています。

 根釧地域の新酪農村で象徴的なタワー式のスチールサイロに代わり、維持経費が
大幅に軽減され、かつ省力的な木枠のバンカーサイロがかなり復活しています。

 飼料給与については、個体管理を重視することもあり、濃厚飼料の給与をコンピ
ュータで管理し、自動給餌機を設置しているところがあります。

 酪農は、毎日の作業があるために、休みがないということもあって、ヘルパー制
度が普及してきていますが、利用する酪農家の意識として、積極的な感じは受けま
せんでした。その理由は、飼養している搾乳牛が高泌乳牛であったり、飼養規模が
かなり大きかったりすることから、ヘルパーに任せられないと考えているためと思
われます。

 毎日の作業である搾乳の労働の軽減については、規模拡大とともに、ミルキング
パーラーの導入が一部で行われていますが、今回訪問した酪農家で、これを導入し
ているところがあり、危険が少なく、労働も軽減されることから、忙しいときに、
中学生の娘さんが搾乳をしてくれるといっていました。


ホクレンの模索

 ホクレンは、酪農家への乳代の精算を、乳脂肪分量と無脂乳固形分量をベースに
行っています。また、ホクレンと乳業メーカーとの取引は、加工原料乳についての
み、乳脂肪分量と無脂乳固形分量をベースにした成分取引を行っています。この成
分取引の価格は、これまで、乳脂肪分量と無脂乳固形分量の割合が50:50でしたが、
最近のバターの供給過剰を考慮して、平成5年度からこの割合を45:55とし、乳脂
肪分の価格のウエイトを下げることにしました。このことが、今後の乳製品需給に
どのように影響するか興味あるところです。

 また、今年の7月に北海道から内地への生乳輸送のため就航した「ほくれん丸」
については、内地から批判もあるようですが、そもそも都府県の生乳の生産と需要
には、その時々によりギャップが生じるため、これまでも様々な手段(JR、フェリ
ー)で輸送していました。輸送コストや鮮度の問題から、高速で確実な輸送手段を
確保するために、生乳輸送の一部をこの船で行うことにしたわけです。一方、生乳
出荷体制の整備のために建設が進められていた釧路クーラーステーションが同時に
操業を開始し、北海道内外への効率的な輸送が行われています。


情報を的確に提供する必要性

 今年の8月に開始されたバターの調整保管について、今回訪問したいくつかの酪
農家で、疑問を持っているという話がありました。その疑問とは、調整保管に至っ
た経緯が酪農家に十分に説明されていないので、理解できないということです。昨
年までは、生乳が不足していたので、増産を進めていたところが、今年になって過
剰となり、急に減産しなければならなくなったことが理解できないということです。
これは、牛乳乳製品の需給動向、さらには、これに即応して採られる措置が必ずし
も生産者によく伝わっていないことに原因していると思われます。今後、技術の普
及も含めて、酪農情勢の流れがどのようになっているのかという情報を酪農家に対
して、適時に的確に提供する必要性を強く感じました。


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