★ 巻頭言


この1年を顧みて

畜産振興事業団 理事  浅野 九郎治


 平成5年も残すところ少なくなりましたが、この1年間を顧みますときまさに激
動の一言につきるといえます。

史上稀にみる激動の年

 @自民党による長期政権から連立政権への移行はもとより、A1991年のバブル経
済の破錠に端を発した景気の低迷は、回復の兆しがみられないまま一層深刻の度合
を深めるとともに、Bこの夏期には低温、長雨、寡照といった気象観測上記録的な
異常気象に見舞われ、冷夏のもたらした影響は、農作物への莫大な被害にとどまら
ず他産業はもとより、一般消費者の生活面にも消費の減退等大きく波及するところ
となりました。C更に、7年の長期にわたる厳しい交渉の末、今後の我が国畜産を
左右することとなるガットウルグアイラウンドも決着を迎えようとしております。


畜産分野にも大きな傷跡

 こうした激動の中で畜産の分野にも様々の変化がみられました。

 酪農・乳業部門にあっては、これまで着実に増加基調にあった飲用牛乳・乳製品
の需要は一転して減退し、生乳需給の大幅な緩和により、とくにバターを中心に乳
製品の過剰問題を抱える事態となりました。現在、バター過剰在庫の調整保管はも
とより生・処・販あげての牛乳・乳製品の需要開発・消費拡大が積極的に展開され
るとともに、生産者団体にあっては、生産抑制の一層の強化等身を切っての取組み
がなされているところであります。

 牛乳・乳製品の需要は、不況下にあっても他の食品と比べてその落ち込みはそれ
ほど大きなものではありませんが、しかし消費も今や成熟段階に入り、従前のよう
な高い伸びが期待できない今日にあっては、昨今の消費の動向、構造的変化を的確
に分析し、消費者ニーズを先取りした新たな商品の開発、需要の創造に叡智を結集
すべき時ではないかと思われます。

 他方、生産サイドにあっては、今日の生産基盤、供給余力等からして天候等によ
るわずかな要因で需給バランスに失調をきたし、乳製品の生産過剰や不足を招きや
すくなっております。こうした事態を回避するためにも、過剰になってから急いで
生産抑制に入るといった仕組みではなく、より弾力的、機動的に対応し得るような
システム(例えば過剰時には輸入脱粉から全乳ほ育への切替等)の構築について、
早急に検討すべき時期ではないかと思います。

 いずれにしましても今回の不況等を契機として、今や成熟段階に入りつつあるわ
が国酪農・乳業の避けて通れないいくつかのハードルを今後いかにして一つづつ飛
び越えていくべきかを問われた一年ではなかったかといえます。

 牛肉部門にあっても、長びく経済不況は、牛肉の消費構造にも変化をもたらすと
ころとなり、これまで高級志向の象徴として根強い需要を持続してきた和牛肉上位
クラス(A4)にあっても、不況を反映して価格訴求志向の動きと相まって、外食
等業務需要はもとより家庭消費においても需要にかげりがみえてきております。


チルドを中心に輸入の急増

 他方、この1年間円高、ドル安(前年比USドル10〜20%、豪ドル20〜30%)が急
速に進展し、加えて関税率の引下げ(60%→50%)と相まって、牛肉はもとより豚
肉においてもチルド肉を中心に輸入が大幅に増加するところとなり、国産牛肉、豚
肉の価格の低落に大きな影響を及ぼすところとなりました。とくにチルドビーフの
急増と円高還元等による安値セールは、これまで輸入牛肉と競合関係が比較的うす
いとされていた豚肉、鶏肉にも波及するところとなり、豚肉、鶏肉の消費が輸入牛
肉に代替される動きもみられるに至っております。

 輸入牛肉急増の背景として留意すべきことは、昨今のオーストラリア、アメリカ
における対日向け牛肉の輸出戦略の動向であります。筆者は去る1月と10月から11
月にかけてアメリカ、オーストラリアの現地の対日輸出を巡る動きについて調査す
る機会を得ましたが、いずれの国においても日本市場にマッチした商品の開発が進
み、わが国の消費者の嗜好性に合ったグレイン・チルドビーフの供給体制が整備、
確立されている感を強くしたところであります。

 とくにオーストラリアにおいては、従来のグラスフェッドのイメージからグレイ
ンフェッドへと急速に転換し、短期間のうちにB2、B3の中級肉クラスを中心に、
定時、定質、定量の供給体制が着実に整備・定着しつつあるといえます。

 昨今、日本市場でオージービーフが品質、価格の面で急速にその評価が高まって
きておりますのは、現地でのフィードロットやパッキングプラントにおいて、対日
向けに肥育素牛の選定はもとよりきめこまかな飼育管理等により肉質の改善向上が
進むとともに、鮮度、品質面を重視したチリング・カットシステムの点検、整備や
スーパー等末端ユーザーのニーズに即応したボックスドミートの安定供給等、各般
にわたる積極的な取組みの成果が大きくあずかっているものと思われます。


輸入ものとの棲み分け等総点検が急務

 こうした海外からの輸入攻勢が一段と強まる中で、わが国の畜産が今後存立し、
発展していくためには、生産、流通、消費に至る各分野での総点検、リストラが急
務といえます。

 国産牛肉、豚肉については、鮮度、安全性はもとより品質面で輸入ものとの棲み
分けを行い、しかも手頃な価格で末端ユーザーのニーズにマッチした荷姿で供給し
得る体制を一日も早く構築する必要があります。


食の原点、食文化の見直し

 国際化、情報化の進展とともに食生活は多様化の一途を辿り、食卓にのぼる食材
も今や世界中から入手し得る多給飽食の時代となりました。

 しかし、食べ物の原点は、いうまでもなく、母親のちぶさにあることは古今東西
の普遍の真理であります。母乳は生命の糧となるばかりでなく親子の固いきずなの
源泉となっております。

 農畜産業も同様に、「いのち」の産業であり、古くから「身土不二」、「医食同
源」の言葉が示すとおり、食べ物は極力身近かなところで生産、自給していくこと
がもっとも望まれるところであります。

 近年、ライフスタイルが大きく変貌し、価値観が多様化していく中で、わが国の
食生活、食文化の原点、本質を見誤ることなく、厳しい環境の下で、わが国農畜産
業の体質強化を図り、自給率の向上をいかにして高めて行くかについては、単に生
産関係者にとどまらず広く消費者にあっても銘すべき課題ではないかと思います。


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