牛乳を飲めない人のために−乳糖不耐症について−

農林水産省畜産試験場 加工第一研究室長 鈴木 一郎


牛乳を飲むと下痢やお腹が張る人

 牛乳は健康によいので毎日飲みたいが下痢をしたりお腹が張ったりするので、と
こぼす人は結構多いものです。ある報告によれば、日本人の10−20%もの人が牛乳
を飲むとこのような症状を呈し、牛乳を飲んでいないとのことです。

 さて、牛乳を飲んだときこのような症状を示すのには理由があります。牛乳が冷
えているとダメだが温めれば飲めるという人もいますが、これは冷たい飲物をいっ
ぱい飲んだからかも知れません。多くの場合、牛乳中に含まれている乳糖という糖
を分解する力が弱いためなのです。このことを専門用語で乳糖不耐症(あるいは単
に乳糖不耐)と呼んでいます。不耐症とはいかにも病気のような名前ですが、一般
には「病気」と呼ぶほど深刻なものではなく、「体質」とでも呼ぶべきものなので
す。乳糖不耐症とは牛乳に含まれている乳糖を分解する酵素がないか、働きが弱い
ため、乳糖をエネルギー源として利用できない人が牛乳を飲んだときに下痢やお腹
の張りを訴える症状のことです。後で詳しく述べますが、乳糖分解酵素の働きの強
弱は人種により特徴があります。日本人などのアジア系の人達は弱く、ヨーロッパ
系の白色人種は強い傾向にあります。また、年をとるにしたがって弱くなることも
知られています。お年寄りの方が、昔は平気で飲めたのに年をとったら飲めなくな
ったなどと嘆かれることがありますが、これも理由のあることなのです。

牛乳を飲めない人

 乳糖不耐症であるかどうかは乳糖負荷(耐性)試験で判定します。大量の乳糖を
一度に食べてしばらくすると正常な人は血糖値が上昇してきます。それに対し乳糖
不耐の人は血糖値の上昇が正常よりも低くなります。血糖値の上昇が低い人ほど重
度の乳糖不耐症と判定されます。牛乳を飲めない人で、自分の乳糖不耐症の度合い
を知りたい方はこの乳糖負荷試験を受診されることをお勧めします。

 乳糖不耐症対策ですが、重症の場合は食事から乳糖を除くことです。軽度な場合
は摂取量を減らすことになります。乳糖は牛乳中に約4.5%含まれていますから、
乳糖の摂取量を減らすには牛乳を飲まないのが一番です。しかし、牛乳を飲みたい
という人のために、乳糖をあらかじめ酵素で分解した牛乳も販売されています。ま
た、ヨーグルトなどの発酵乳は乳糖不耐の人が食べても下痢等の症状が伴わないこ
とが知られています。私は牛乳を飲むのが苦痛となった方にはヨーグルトを牛乳の
代わりに常食するように勧めています。乳酸菌により発酵を受けた牛乳は、元の牛
乳以上に私達の傾向維持に有効だと私は信じているからです。

乳糖不耐症とは

 医学辞典によれば、乳糖不耐症とは乳糖の摂取にともない下痢、嘔吐、鼓腸、胃
腸不快感などの症状を呈するものをいい、その成因は先天性と後天性に分けられま
す。先天性乳糖不耐症は乳糖分解酵素が先天的に欠損している場合ですが、これは
非常に希な疾患で日本での報告例も数例に過ぎないとされます。それに対し、後天
性の不耐症は“成人及び年長児の乳糖分解酵素欠損(低下)症”と呼ばれます。こ
れは乳幼児期、少年期を通して乳糖分解酵素が働き、乳糖を摂取しても下痢等の症
状を呈していなかったにもかかわらず、成人期以後に乳糖分解酵素活性が低下し症
状を呈するようになったケース、あるいは乳幼児期は正常であったが、その後の幼
年期に症状を呈するケースです。一般に乳糖不耐症あるいは単に乳糖不耐と呼んで
いるのは、後天的に乳糖分解酵素活性が低下した場合をさしています。

乳糖不耐はなぜ起こる

 乳糖を摂取するとなぜ下痢や腹痛、お腹の張りなどの症状が起こるか、を簡単に
解説します。まず、乳糖がどのような経路で体内で消化吸収されるかを見てみます。
経口的に摂取した乳糖は胃では吸収されず小腸に移ります。小腸の粘膜上皮には乳
糖分解酵素、lactaseが存在し、この酵素によって乳糖はブドウ糖(グルコース)
とガラクトースに分解されます。ここまで分解されてから初めて腸管から体内に吸
収され、エネルギー源として利用されます。

 もし乳糖分解酵素によって分解されないと乳糖は腸管を通過し大腸に移行します。
乳糖は大腸内の浸透圧作用を高めるため、腸内容物は水分の多い状態となり水様下
痢を生じます。また大腸では各種の腸内細菌が繁殖しており、乳糖はこれらの菌に
よって発酵を受け、一部に低級脂肪酸や有機酸が生成され、これらが大腸での水分
やナトリウムの吸収を抑制すると共に、腸管を刺激して腸管ぜん動を亢進させ下痢
を生じます。また一部の細菌は水素ガスを発生させます。ごく一部の水素ガスは腸
管を通して血液に溶け込み、肺から呼気として排出されるが、大部分は腸管内にと
どまりお腹の張りを訴えることになります。

乳糖不耐には年齢差、人種差がある

 いままで述べてきたように乳糖を分解する酵素が無いか、あるいはあっても働き
が弱い人は乳糖不耐症になりやすいが、この乳糖分解酵素の働き(活性)には年齢
差があることが知られています。生まれたての赤ちゃんは母親の乳が唯一の食べ物
であり、母乳中に6.7%ほど含まれている乳糖を利用できなければ命を落としてし
まうわけで、新生児は十分な乳糖分解活性を持っています。しかし、この酵素活性
は徐々に低下していき、成人になると活性がほとんど失われてしまう。極端な例で
は1歳を過ぎる頃から乳糖不耐の兆候を示す例も報告されています。

 乳糖不耐には人種差があることもよく知られています。図1に年齢別、人種別に
みた乳糖不耐の頻度を示しました。アメリカの白人は成人となっても十分な乳糖分
解活性を持っているが、日本人やタイ人は成人となると80%以上の人が乳糖不耐を
示します。アフリカの黒人は3−4歳から活性の低下がみられ、成人ではほとんど
活性が失われてしまいます。しかし、アメリカに住む黒人は成人となっても活性の
低下は少ないことから、食習慣によって変化することが分かります。現在の日本人
は昔の人に比べ牛乳・乳製品を多く摂取しており、乳糖不耐も少なくなっているか
もしれません。

乳製品中の乳糖

 牛乳中には約4.5%の乳糖が含まれていますが、牛乳を原料とする乳製品にはそ
の製法によってほとんど乳糖を含まないものがあります。バターやクリームは、牛
乳の脂肪を原料としているため乳糖はほとんど含みません。しかし、アイスクリー
ムはクリームの他、牛乳や脱脂乳を原料としており、種類によってはかなりの乳糖
が含まれます。チーズは牛乳成分のうちカゼインと脂肪を利用しており、乳糖は製
造の過程で失われほとんど含まれていません。それに対し、ヨーグルトなどの発酵
乳には多量の乳糖が含まれています。ヨーグルトの場合、カードの粘性を増すため
脱脂粉乳を加えることがあり、そのため10%を越す乳糖が含まれている場合が多い。
しかし、不思議なことに乳糖不耐の人がヨーグルトを食べても、牛乳で経験するよ
うな下痢や腹痛を訴えません。この理由については完全に解明されていませんが、
乳酸発酵に用いる乳酸菌によるものと考えられています。

なぜヨーグルトは乳糖不耐症を示さないか

 ヨーグルトは乳酸菌の一種であるブルガリア菌とサーモフィラス菌で牛乳を乳酸
発酵させたもので、両菌とも乳糖を利用して乳酸を生成します。つまり、乳糖分解
酵素lactaseを持っており、乳酸が生成した分だけ乳糖が分解されたことになりま
す。例えば、ヨーグルト中の乳糖含量を10%とすると、乳酸生成に用いられる乳糖
はせいぜい2%であり、まだ8%もの乳糖がヨーグルトに残っています。乳糖不耐
の人がこのヨーグルトを食べれば当然下痢やお腹の張りなどの症状を示すはずなの
になぜ大丈夫なのだろうか。現在考えられている理由は次のようなものです。

 前にも述べたように、もし乳糖が小腸で分解されなければ乳糖は大腸まで運ばれ、
細菌の分解を受けて水素ガスが発生します。この水素ガスの一部は血液を通して肺
に運ばれ、呼気として体外に排出されます。もし乳糖不耐の人がヨーグルトを食べ
ても呼気中の水素ガスが増えなければ、ヨーグルト中の乳糖は小腸で分解され大腸
まで達しなかったことを間接的ながら証明します。図2はその実験の結果を示して
います。乳糖不耐の人に牛乳を飲ませたとき3−6時間後に呼気中の水素ガス濃度
が高くなりました。つまり乳糖は大腸内の細菌により3−6時間にわたり分解を受
け、水素ガスが発生したのに対し、ヨーグルトを食べた場合、呼気中の水素は牛乳
を飲んだ場合の1/3以下となった。これは大腸まで届いた乳糖は牛乳の1/3以下で
あったことを意味します。残りの2/3は小腸で乳糖分解酵素によりグルコースとガ
ラクトースに分解され吸収されたことになります。この乳糖分解酵素はヨーグルト
中の乳酸菌に由来します。しかも生きていないとこのような働きを持っていません。
図3はマウスを用いて証明した例です。マウスに乳酸菌が生きているヨーグルトを
食べさせると、腸管内の乳糖分解酵素活性は増加したが、ヨーグルトを加熱して乳
酸菌を殺してから摂取させたときは活性が増加していません。加熱により酵素が失
活してしまったと考えられます。このようにヨーグルトは乳糖不耐の人でも下痢や
腹痛、お腹の張りなどを伴うことなく摂取できることから、牛乳の代替品としての
役割を担うことができます。さらにヨーグルトは体内の免疫力を高めたり、血液中
のコレステロール含量を低下させるなどの保健効果も報告されており、牛乳を飲め
ない人に是非愛用して欲しい乳製品です。

牛乳不耐の人への牛乳

 乳糖不耐の人はヨーグルトを食べればいい、といってもやはり牛乳をのみたいと
思う人は多いと思われます。そのような人のために牛乳中の乳糖をあらかじめ乳糖
分解酵素で分解した牛乳が市販されています。この牛乳は乳糖の約75%をグルコー
スとガラクトースに分解したもので、25%の乳糖は牛乳中に残っているものです。
この牛乳を日本の若者に一日牛乳ビン一本(180t)ずつ飲ませたところ、乳糖を
分解していない普通の牛乳では33.9%の人が下痢やお腹の張りを訴えたのに対し、
乳糖を75%分解した牛乳ではわずかに4.2%の人しか乳糖不耐の症状を訴えなかっ
たという報告がされています。もっとも、同じ報告で、中年やお年寄りを対象に、
一日に牛乳ビン2本ずつ飲ませた場合では21.8%の人が乳糖不耐の症状を訴えてい
ることから、何本でも飲めるというものでもなさそうです。


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