平成5年度農業観測にみる牛肉の需給動向

農林水産省大臣官房調査課 岡部 昌博


はじめに

 農林水産省は、昭和27年度以来、農産物及び農業生産資材の需給動向等に関する
情報を提供し、農業生産者及び関係者による農産物の生産、出荷、資材購入等に関
する合理的な計画の樹立に資するため、農林水産統計観測審議会の審議を経て、
「農業観測」を作成・公表している。

 ここでは、去る6月11日に公表された「平成5年度農業観測」における牛肉の需
給動向について、審議経過等(農業観測における牛肉の需給動向については、あら
かじめ農林水産統計観測審議会観測部会畜産物第1小委員会における審議を踏まえ
たうえで審議会への諮問案を取りまとめることとなっている。)を交えてその内容
を紹介する。

 なお、本文中の変動の幅を表す用語は次のとおりであり、特に断り書きのない限
り前年度(前年同期、前年同月等)に対するものである。

[変動の幅を表す用語]

 わずか・・・・・・・±2%台以内
 や や・・・・・・・±3〜5%台
 かなり・・・・・・・±6〜15%台
 かなりの程度・・・・±6〜10%台
 かなり大きく・・・・±11〜15%台
 大 幅・・・・・・・±16%台以上 

消 費

 1人・1年当たりの牛肉消費量を消費形態から「生鮮消費量」(生鮮肉を購入し
家庭で調理して消費する量。以下同じ)と「加工・外食等消費量」(ハム・ソーセ
ージ等の加工品、そう菜などの調理食品、外食等の消費量。以下同じ)とに区分し
てみると、いずれも増加傾向で推移している。特に加工・外食等消費量は、共働き
世帯や単身者世帯の増加等に伴う食の外部化・サービス化の進展もあって、生鮮消
費量よりも高い伸びを示している。4年度については、生鮮消費量、加工・外食等
消費量とも引き続き増加しており、全体では8.3%増となった(表1)。景気低迷
による外食産業の売上不振がみられるなかで、加工・外食等消費量がかなり増加し
ているが、これは「牛どん」など輸入牛肉を食材とした安価な外食メニューの売上
が伸びていること等がその一因と考えられる。

 なお、平常販売価格をとらえている総務庁「消費者物価指数」により、最近の牛
肉の消費者価格の動向をみると、国産品、輸入品のいずれも上昇傾向にある。しか
し、総務庁「家計調査」により牛肉の購入単価をみると、2年度までは上昇してい
たが、牛肉の輸入が自由化された3年度以降は低下傾向に転じている(図1)。こ
れは、牛肉の輸入自由化を契機として、国産品よりも安価な輸入牛肉の購入頻度が
増加したこと(図2)、頻繁に催されているキャンペーンを通じて、一部の輸入牛
肉・国産牛肉が、かなり割安な特売価格を設定して販売されていること等によるも
のであり、牛肉の輸入自由化による影響が購入単価の低下に反映されているものと
みられる。また、個人消費が伸び悩むなかで、4年度の牛肉の購入数量が引き続き
増加したのは、このような購入単価の低下によるところが大きいとみられる(図3)。

 5年度の牛肉の消費量は、安価な輸入牛肉の増加等から引き続き増加傾向で推移
するとみられ、わずかないしやや増加すると見込まれる。

表1 牛肉の1人・1年当たり消費量
                       (単位:s、%)
   実数 対前年度増減(▲)率
生鮮消費量(A) 加工・外食消費量(B) 合計(A+B) 生鮮消費量 加工・外食消費量 合計
62年度 2.9 2.1 5.0 7.2 10.9 8.7
63 2.9 2.5 5.4 0.3 18.7 8.0
3.0 2.5 5.5 1.9 1.8 1.9
3.1 3.0 6.1 3.6 19.6 10.9
3.2 3.0 6.2 3.8 ▲0.6 1.6
3.3 3.5 6.7 1.6 15.4 8.3
資料:農林水産省「食料需給表」、「食肉流通統計」、総務庁「家計調査」、
   「人口推計月報」、大蔵省「貿易統計」、畜産振興事業団調べ
 注:1)供給純食料ベースである。
   2)「1人・1年当たり加工・外食等消費量=1人・1年当たり供給純
    食料−生鮮消費量(総務庁「家計調査」における生鮮肉類購入数量)」
    で算出した。ただし、この場合、供給純食料の算出(国内生産量+
    輸入数量−輸出数量±在庫変動)に用いる在庫変動には、把握が困難
    な中小業者の流通在庫の変動が含まれていない。こうしたことから、
    1人・1年当たり供給純食料及び1人・1年当たり加工外食等消費量
    については、必ずしも最終消費者の消費量と一致しないこともある。


国内生産

 成牛と畜頭数を種類別にみると、肉用種は、62年度からの堅調な子牛価格を反映
して子牛生産頭数が増加していることから、元年度以降増加傾向で推移しており、
4年度は4.2%増となっている。一方、乳用種は、牛乳・乳製品需要の増加を反映
した経産牛飼養頭数の増加に伴い子牛生産頭数が増加したことから、2年度後半以
降増加傾向で推移してきたが、4年度は2年度の猛暑による種付けの遅れにより3
年夏期の子牛生産頭数が一時的に減少したことから0.9%増にとどまっている。こ
のようなことから、成牛と畜頭数全体では、4年度は2.4%増となった。また、成
牛枝肉生産量は、1頭当たりの枝肉重量がほぼ前年並みとなったことから、4年度
では2.5%増となった(表2)。

 5年度の成牛と畜頭数は、おおむねこの時期に出荷を迎えるとみられる子牛の生
産動向(肉用種は出荷時から約29か月前、乳用種は出荷時から約21か月前の子
牛の生産動向)等から、肉用種、乳用種のいずれも引き続き増加するとみられ、全
体ではわずかないしやや増加すると見込まれる。こうしたことから、成牛枝肉生産
量は、わずかないしやや増加すると見込まれる。

表2 成牛と畜頭数等の推移

              (単位:千頭、s/頭、千t、%)
    実数 対前年度増減(▲)率
2年度 2年度
成牛と畜頭数 1385.2 1446.5 1480.5 2.2 4.4 2.4
 うち肉用種 524.4 549.6 572.5 7.7 4.8 4.2
   乳用種 860.8 896.9 908.0 ▲0.9 4.2 0.9
1頭当たり枝肉重量 398.9 400.8 401.2 0.5 0.5 0.1
 うち肉用種 394.5 396.5 397.5 0.8 0.6 0.2
   乳用種 401.5 401.9 403.3 0.3 0.1 0.4
成牛枝肉生産量 553.6 579.8 594.0 2.9 4.7 2.5
 うち肉用種 207.0 218.1 227.8 8.6 5.4 4.4
   乳用種 346.6 361.7 366.3 ▲0.3 4.4 1.3
   乳用種割合 62.6 62.4 61.7
資料:農林水産省「食肉流通統計」


輸 入

 63年度から2年度までの牛肉の輸入数量は、日米・日豪合意に基づく輸入枠の拡
大により増加した。また、この期間の輸入品在庫量は、輸入枠が拡大される一方で
消費量の伸びが元年度に鈍化したこと等から増加し、輸入自由化直前の3年3月末
には約10万トンとなった。

 輸入自由化後についてみると、3年度の冷蔵品の輸入数量は消費者の生鮮品志向
が強いこともあって前年度を上回ったものの、冷凍品の輸入数量は高水準にあった
在庫の取り崩しが進んだことから前年度を大幅に下回り、全体では14.9%減となっ
た。しかし、4年度は、輸入品在庫量が前年に比べて大幅に減少したこと、関税率
が70%から60%へ引き下げられたこと等から、冷蔵品が27.4%増、冷凍品が33.3%
増となり、全体では29.5%の大幅な増加となった(表3)。

 主要輸出国別にみると、アメリカ産の輸入牛肉は、日本の生鮮品志向を反映して
冷蔵品が増加しているものの、冷凍品の割合が依然として高い。また、アメリカ産
の輸入牛肉を部位別にみると、高級部位である「ロイン」及び安価な外食メニュー
の材料となる「ばら」の割合が大きくなっている。これは、これらの部位に対する
日本の需要が特に強いこと、アメリカの国内消費量が輸出数量に比べて約20倍もあ
るため、特定部位に偏った輸出をしても残りの部位をアメリカ国内市場で消費する
ことが比較的容易となっていること等による。一方、オーストラリア産の輸入牛肉
はフルセットによる輸入が中心となっており、部位別にみると「ロイン」及び「ば
ら」の割合がアメリカ産ほど大きくない。これは、一部の肉牛は、日本からの投資
を背景に、あらかじめ日本への輸出を前提として飼養されていること、オーストラ
リアの国内消費量が輸出数量の約6割に過ぎないため、特定部位に偏った輸出をし
ようとすれば、残りの部位を仕向ける新たな市場を確保する必要があることによる
(図4)。

 なお、最近のアメリカ及びオーストラリアの牛肉の需給状況をみると、アメリカ
は、国内生産量が増加する一方で、健康志向等を背景にした鶏肉との競合等から牛
肉の消費量は伸び悩んでいる。また、オーストラリアは、総輸出量のほぼ半分を占
めているアメリカへの輸出について、アメリカの「食肉輸入法」に基づく輸入制限
の発動を回避するために自主規制をしていることから総輸出量の伸びが抑えられて
いる(図5)。こうしたことから、両国とも、牛肉消費量が欧米諸国に比べると低
く、かつ、増加傾向にある日本及び韓国への輸出について関心を高めている。

 5年度の牛肉の輸入数量は、アメリカ及びオーストラリアの日本への輸出期待が
高まっていること、関税率が60%から50%へ引き下げられたこと等から、わずかな
いしやや増加すると見込まれる。

表3 牛肉輸入数量の推移
                    (単位:千トン、%)
区  分 輸入数量、冷蔵品割合 対前年度増減(▲)率
2年度 2年度
全  体 384.2 326.9 423.4 5.6 ▲14.9 29.5
  冷蔵品 150.3 170.1 216.8 24.6 13.2 27.4
  冷凍品 230.0 152.7 203.6 ▲2.2 ▲33.6 33.3
  冷蔵品割合 39.5 52.7 51.6
オーストラリア 198.5 176.0 227.6 4.5 ▲11.3 29.3
  冷蔵品 119.6 121.3 152.6 24.3 1.4 25.8
  冷凍品 76.2 52.3 74.1 ▲12.0 ▲31.4 41.6
  冷蔵品割合 61.1 69.9 67.3
アメリカ 164.4 141.5 182.9 8.4 ▲13.9 29.2
  冷蔵品 28.8 47.6 61.7 27.2 65.2 29.6
  冷凍品 135.6 93.9 121.2 5.7 ▲30.9 29.1
  冷蔵品割合 17.5 33.6 33.7
資料:大蔵省「日本貿易統計」
 注:冷蔵品割合=冷蔵品/(冷蔵品+冷凍品)×100 

図4 国産牛肉及び輸入牛肉の供給量に占める部位別構成割合(4年)
図5 日本・アメリカ・オーストラリア間の牛肉貿易 


枝肉卸売価格

 取引規格別枝肉卸売価格(東京)を去勢和牛についてみると、2年度までは根強
い和牛牛肉需要を反映して上昇し、3年度もほぼ横ばいであったが、4年度は前年
度を下回って推移している。これは、最近の景気後退により和牛牛肉の需要が弱く
なっていること、国内生産量が増加していること、去勢和牛といえども低規格のも
のであれば輸入牛肉との競合による影響があること等によるものとみられる。一方、
乳用種肥育去勢牛についてみると、規格が低いものほど輸入牛肉との競合による影
響が早期に現れており、2年度から低下してきた(図6)。

 なお、「省令」規格(去勢牛「B−3」及び「B−2」の加重平均、東京)は、
63年度以来、おおむね安定価格帯内の安定上位価格に近い水準で堅調に推移してき
たが、3年半ばからは前年同期を下回っており、4年度は、前年度を12.7%下回る
1,025円/kgとなった。

 5年度の牛枝肉卸売価格(「省令」規格)は、国内生産量及び輸入数量が増加す
るとみられること等から、やや下回ると見込まれる。

おわりに

 従来から、農業観測において見通しを行う場合、対米ドル円相場については、的
確な予測が困難であることから前年度末程度の水準を前提とすることとしている。
こうしたことから、今回の見通しに当たっては4年度末程度の為替レートで推移す
ることを前提としているが、最近の対米ドル円相場は、その後も円高が進み、5月
には107円/ドル台の史上最高値を記録するに至った。小委員会においても、最近
の円高による影響についての議論が行われ、特に輸入牛肉の価格の低下に伴い、競
合する国産牛肉の価格がかなり低下することもありうるという意見も出された。

 また、消費に影響を及ぼす小売価格の動向にかなりの関心が寄せられた。「卸売
価格と小売価格との不連動性について問題がある」と指摘する意見もあったが、一
方では、「量販店等の販売現場をみた限りでは小売価格は低下している」と総務庁
の統計データーに疑問を持つ意見も出された。小売価格については、各種調査によ
り数値が提供されているが、調査方法の制約等から、的確に把握することが難しい
ようにも思える。この点については、今後の統計の整備に期待したい。

 牛肉は自由化3年目を迎えたが、現段階の牛肉需給は変革の過程であり、予断を
許さない状況にある。こうしたことから、今後とも、その動向を十分注視していく
必要があろう。

 なお、農業観測では牛肉のほかに、主要農産物、農業資材及び海外穀物について
もその需給動向を掲載しているので、ご関心をお持ちの方は参照されたい。


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