(鹿児島県 渕上新蔵)
昔から、恐いものの代名詞に「地震・雷・火事・親父」と称されている。今で は親父の権威は失墜しつつあるものの、さすがに天変地異は恐かった。 2月13日の未明に、鹿児島と熊本の県境に位置する大口市を震源地とするマグ ニチュード5.4の地震が発生した。新聞報道では、主婦が頭に軽傷を負っただけ で死者はなかったとのことであった。 この地震があった朝、「4か月の雌子牛が腰がふらついて立てなくなり、様子 がおかしい」という往診依頼があった。往診すると、子牛は起立不能で頭に1か 所傷があるだけで、これといって異常は認められなかった。はじめはてんかん様 の症状を示していたので、畜主には「これは、てんかんかもしれない」と伝えた。 しかし、詳しく話を聞いてみると、地震直後、牛の「ウォー・ウォー」という叫 び声が聞こえたとのこと。また、この子牛はいつも母牛の後ろで寝ていたという 状況等から、さらに詳しく触診したところ首か腰を痛めているようだった。この 子牛は治療の甲斐なく2日後に死亡した。解剖検査の結果、第3から第4頸椎骨 折がみられた。 よく動物には地震を予知できる能力があると言われるが、今回死亡した子牛は たまたま地震で驚いた母牛の足で打撲を受けたか、もしくは壁で打撲を受けたこ とで骨折したと考えられる。畜主の方々も地震に驚き牛どころではなかったらし い。畜主はがっかりした様子であったが、「人間に被害がなかっただけでも良か ったが、子牛がおじさんたちの代わりに被害にあってくれたんだと思わんにゃ」 と言って慰めたことだった。 その日は、地震の影響によると思われる牛の流産が数頭あった。これまでは地 震の被害はよく人だけが取り上げられるが、今回のように家畜の被害も少なくな いことを考えさせられる一日であった。