平成5年度農業白書の概要(畜産関係)

           農林水産大臣官房調査課 調査専門官 山本 実


  「平成5年度 農業の動向に関する年次報告」 (農業白書) は、 6年4月12日閣
議決定の上、 国会に提出、 公表された。 
 本年度の報告においては、 「異常気象とその影響」 と 「農業経営の新たな展開」 
の二つの節において重点的な分析を行うとともに、 「ガット・ウルグァイ・ラウン
ド農業交渉」 についても重点的な整理・検討に努めている。 全体の構成は次のとお
りである。 

 第T章 「平成4〜5年度の農業経済」 
 
 第U章 「内外の食料需給と農業、 食品産業」 
 
 第V章 「農業構造、 農業経営の変貌と展開方向」 
 
 第W章 「農村地域の変化と活性化への取組」 
 
以下、 畜産、 ガット・ウルグァイ・ラウンド農業交渉の関係部分及びむすびに
ついて、 概要を紹介する。 


1 国際化時代の畜産物需給と畜産経営


(1) 増加する輸入牛肉と食肉消費

 食肉全体の需要量は拡大傾向にある。 なかでも牛肉の伸びが際立っており、 平成
4年度の1人1年当たりの消費量は、 昭和60年度と比べ、 豚肉、 鶏肉では10数%の
伸び率であるのに対し、 牛肉は52%増加している。 
 
  供給面では、 近年、 国内生産の頭打ちがみられる一方で、 輸入が急ピッチで増加
し、 自給率は短期間に大幅に下落している。 
 
  家計消費における生鮮肉の価格の変化をみると、 第1に、 近年、 小売店における
輸入牛肉と国産牛肉それぞれの売筋価格帯の格差が拡大しており、 牛肉の品質に応
じた消費者の価格選択志向がより明確になってきている (図1)。 第2に、 輸入牛肉
の売筋価格で最も回答の多い価格帯と豚肉、 鶏肉の平均価格が接近し、 牛肉の割安
感が強まっている。 この結果、 63年と4年の家計における月別購入量を比べると、 
すべての月で豚肉、 鶏肉が減少する一方で、 牛肉は年間を通じて増加している。 
 
 流通面をみると、 輸入食肉は、 加工・外食向け消費の拡大や小売店における業務
の合理化等の国内のニーズに対応した形で輸入、 流通されており、 冷蔵肉が増加す
るとともに、 脂肪整形等の処理がなされスライス等を行えば最終販売が可能な加工
度の高い小分割部分肉の割合が高まっている。 このような輸入食肉の動向に対応し、
 
  国産食肉についても、 流通の合理化を進めるとともに、 食肉センター等による外
食産業、 小売店等のニーズに対応した供給体制の充実が望まれている。 

(2) 厳しい経営環境の続く肉用牛経営

 輸入牛肉の増加は、 牛肉の卸売価格や子牛価格の下落を通じて国内の牛肉生産に
も影響を及ぼしている。 
 
  国産牛肉の枝肉卸売価格の推移をみると、 下落の始まった時期は牛肉の品質によ
って異なり、 輸入牛肉と品質が近い乳用肥育おす牛では平2年度から、 去勢和牛に
ついては、 A−4クラスが3年度から、 最高級のA−5クラスが4年度からそれぞ
れ前年度価格を下回っている。 
 
  肥育経営の収益性は、 このような枝肉価格の低下に加え、 肥育もと牛の価格 (去
勢和牛については出荷の約20か月前、 乳用種については約15か月前) が高水準であ
ったことから、 大きく低下し、 4年の肥育牛1頭当たりの所得は、 肉専用種肥育経
営では13万1千円、 乳用種肥育経営では4千円であった (図2)。 

 ここ数年の収益性の低下のもとで、 収益を維持・向上させるため肥育経営の規模
拡大が急速に進展しており、 1戸当たり飼養頭数は、 5年には肉専用種肥育経営
22. 6頭、 乳用種肥育経営73. 5頭となっている。 今後、 経営規模に応じた効率的な
経営展開を図ることが重要となっており、 例えば、 スキャンニングスコープを活用
した肉質判定による適期出荷と肥育期間の短縮や自動給餌機による飼育管理時間の
短縮等の効率的な生産体制の整備が望まれる。 
 
  一方、 枝肉価格の動向を反映した子牛価格の低下により、 繁殖経営の収益性も悪
化した。 このため、 肉用子牛生産者補給金制度に基づき 「乳用種」 及び日本短角種
等の 「その他の肉専用種」 に対して、 それぞれ3年4〜6月期、 2年10〜12月期以
降、 また、 5年度より 「黒毛和種及び褐毛和種」 から分離された 「褐毛和種」 につ
いては、 5年4〜6月期以降、 再生産を確保するため生産者補給金が交付されてい
る。 

(3) 中小家畜生産における大規模経営の進展

 豚肉、 鶏肉、 鶏卵等の中小家畜の最近の需給動向をみると、 いずれの需給も大幅
に緩和している。 
 
  豚肉については、 平成4年度には、 国内生産が減少する一方で、 輸入は、 冷蔵肉
を中心に増加し、 46万7千トン (輸入のシェア32%) となった。 このため、 卸売価
格は低下し、 5年1月には、 安定基準価格を下回ったことから調整保管が行われた。 
その後、 価格は回復したものの、 5年10月には再び安定基準価格を下回り調整保管
が実施されている。 鶏肉については、 中小規模層を中心とする飼養戸数の減少、 食
鳥処理場の人手不足等を背景に昭和63年度から3年度にかけて国内生産が前年を下
回るなか、  「安価で加工度の高い鶏肉」 として輸入が大きく伸びた。 4年度には国
内生産は増加に転じたが、 輸入も安価な中国産が急増するなど、 輸入品と国産品と
の競合が一層強まっている。 
 
  鶏卵については、 3年度以降、 生産量が増加を続ける一方で、 4年に入り業務・
加工用需要が停滞したため、 高水準にあった鶏卵価格は4年1月以降、 大幅に低下
した。 
 
  一方、 中小家畜の飼養状況をみると、 厳しい経営環境が続き、 生産コストの低減、 
後継者不足、 環境問題等への対応を迫られるなか、 中小規模経営を中心に飼養戸数
は毎年大きく減少している。 一方、 飼養頭羽数に占める大規模経営のシェアが大き
く伸びており、 4年には、 養豚経営における肥育豚1千頭以上層の割合は、 農家で
31%、 会社で91%、 採卵鶏経営における5万羽以上層の割合は、 農家で14%、 会社
で85%となっている (図3)。 今後、 生産の中心は規模の大きな農家経営と会社経
営によって担われていくと考えられるが、 中小規模の農家層においても集団的取組
によりスケールメリットを活かした経営に取り組んでいくことが重要である。 
     
(4) 緩和した生乳需給と規模拡大の進む酪農経営

 品質の向上等に伴い、 昭和62年度以降順調に拡大してきた飲用牛乳等の消費量は、
平成3年度には伸びが鈍り、 4年度には若干ではあるが減少に転じた。 さらに、 5
年度には、 冷夏の影響等から、 上期は前年同期比2. 5%の減少となった。 一方、 こ
の間の生乳の生産は、 2年度の猛暑の影響等による鈍化を除き順調に増加した。
 
  このようななか、 4年度以降、 乳製品に向けられる生乳が急増し、 また、 景気低
迷等を背景に、 乳製品の需要が低迷したことから、 特にバターの在庫は5年6月に
は約7か月分と大幅な過剰となった。 
 
  酪農経営の動向をみると、 生乳需給の緩和や副産物である子牛価格の低下から収
益性が悪化するなど経営環境は厳しくなっている。 一方、 経営規模は着実に拡大し
ており、 5年の1戸当たり総飼養頭数は北海道69. 7頭、 都府県30. 3頭で10年前の
約2倍となっている。 諸外国と成牛飼養頭数でみた経営規模を比較すると、 1990年
 (平成2年) の日本の1戸当たりの平均規模は、 既にEU (欧州連合) 平均を上回
り、 北海道では、 ほぼオランダと同程度の規模となっている (表)。
  
 (社)中央酪農会議の 「酪農全国基礎調査」 をみると、 規模が大きくなるほど規
模拡大の意向が強い一方、 小規模層では経営中止を考えている経営の割合が比較的
高くなっている。 また、 同調査から、 労働時間削減のための方策をみると、 「ヘル
パー活用」、 「飼養管理改善」 の割合は、 規模にかかわらず高くなっている一方、
 「雇用者活用」 の割合は、 規模が大きくなるほど高くなっている (図4)。 省力化
の効果が高いミルキングパーラーについては、 75頭以上層では導入済み、 もしくは
導入を検討中との割合が高くなっている。 
 
  なお、 EUのなかで平均規模が最も大きいイギリスの大規模経営では雇用者の活
用等が進んでおり、 我が国においても規模拡大の進展に伴い、 従来の家族経営の枠
組みを越えた経営展開の可能性もある。 

(5) 畜産経営基盤の整備

 畜産経営の規模拡大に伴い、 効率的、 省力的な経営展開が重要となっており、 過剰
投資に留意しつつ、 効果的な飼養管理技術・機械の導入等を進めていくことが必要で
ある。 また、 経営体質を強化するためには、 以下のような経営基盤の整備が重要とな
っている。 
 
  第1に、 飼料基盤については、 コスト低減、 経営の安定化、 家畜ふん尿の還元によ
る環境保全等の観点からその強化が重要である。 今後、 飼料基盤を強化していくため
には、 ほ場の整備、 生産の組織化・外部化や優良品種の導入を進めるとともに、 稲わ
らや里山等の低利用資源の有効活用等を図っていく必要がある。 また、 公共牧場は、 
全国の牧草面積の約17% (平成3年) を占めており、 積極的な活用が望まれている。 
 
  第2に、 畜産環境保全については、 今後さらに進むと考えられる畜産農家の規模拡
大と地域的な偏在化の傾向を踏まえると、 経営形態に応じた効率的な家畜ふん尿の処
理体制を整えていくことが重要となっている。 具体的には、 ふん尿を良質の堆きゅう
肥化するとともに、 広域流通をも含めた耕種農家への安定的な供給体制を整備するな
ど地域ぐるみの取組や関係機関の一層の支援の強化が必要となっている。 
 
  第3に、 獣医療については、 近年、 飼養規模の拡大や家畜能力の向上が進展するな
かで、 慢性疾病の顕在化など疾病の発生は複雑化、 多様化し、 予防に主眼をおいた集
団衛生管理技術の提供等が求められている。 一方、 産業動物分野では、 開業獣医師の
高齢化や勤務獣医師の確保が困難となる地域がみられている。 このため、 4年には獣
医療の提供体制の整備を図る計画制度の創設等を内容とする 「獣医療法」 が制定され
た。 


2 ガット・ウルグァイ・ラウンド農業交渉

 ガット・ウルグァイ・ラウンドは、 貿易の一層の自由化及び貿易に影響を及ぼす
すべての措置を新しいガット規則及び規律のもとにおくことを目指して1986年9月
に開始され、 7年余りの交渉の末、 1993年12月15日に合意された。 この農業合意に
基づき、各国はすべての非関税措置の関税化を含む市場アクセスの改善、国内支持
及び輸出補助金の削減等について具体的かつ拘束力のある約束を作成し、 1995年か
ら2000年の6年間 (実施期間) で実施することとなった。 
 
 合意内容のうち、 畜産関係をみると、 乳製品については、 現行アクセス分以外は、
 関税相当量が設定され、 実施期間中に15%削減される (図5)。 また、 現行アクセ
ス分のうち、 畜産振興事業団が輸入するものについては、 全体として13万7千トン
 (生乳換算) が毎年輸入されることとなる。 この輸入に対しては、 現行の関税率が
適用されるほかに輸入差益が徴収される。 輸入差益の上限は、 実施期間中に15%
削減される。 これ以外の乳製品については、 基準期間における割当数量に相当する
アクセス機会が実施期間中、 原則として維持され、 関税割当により現行の関税率が
適用される。 
 
 豚肉は、 現行の差額関税部分が、 内外価格差に基づき関税化されるが、 実質的に
は差額関税制度を維持する形で運用される。 
牛肉は、 実施期間中に、 関税率が50%から38. 5%に引き下げられるが、 輸入量が
一定水準を超えた場合には、 50%まで引き上げる緊急調整措置をとることができる。 
さらに、 アメリカは日本からの牛肉の輸入に対する関税割当枠 (年間200トン) を
設定する予定となっている。 
 
 また、 影響を最小限にとどめ、 農業の将来展望を切り拓くため、 内閣に 「緊急農
業農村対策本部」、 農林水産省に 「農林水産省ウルグァイ・ラウンド関連国内対策
本部」 が設置された。 今後、 農業の多面的機能にも留意しながら、 生産流通体制の
整備、 農業の体質強化、 地域活性化等の対策が講じられることとなっている。 


3 むすび

 我が国の農業、 農村は内外を通じてかつてない困難に直面している。 しかし、 
食料の安定供給にとどまらず、 国土・環境の保全、 緑豊かで心安らぐ農村空間の
提供等の重要な機能と役割について、 国民の理解と合意を得つつ、 今後とも農業、
農村が我が国社会において適切な位置を占め、 その均衡ある発展を支えていく必
要がある。 このような観点から、 「新しい食料・農業・農村政策の方向」 (新政策)
に即し、 その具体化が積極的に進められつつあるが、 その際、 特に次の4点に重
点をおく必要がある。 

@ 優れた経営感覚、 経営管理能力をかん養しつつ、 効率的・安定的な農業経営
  体が大宗を占めるよう、 農業構造の改善を加速化すること。 

A 新たな国境措置のもとで、 国内供給を基本としつつ、 輸入や備蓄をも適切に
  組み合わせ、 食料を安定的に供給すること。 

B 食料供給システムにおける国内農業と食品産業との結び付きを強めるととも
  に、 食品表示等に関する消費者政策の普及・浸透を図ること。 

C 環境との調和と国土の均衡ある発展を図るため、 環境保全型農業の取組を進
  めるとともに、 都市住民にも開かれた緑豊かな農村空間の維持・形成を図り、 
  中山間地域の活性化に努めること。 
 
  我が国の農業、 農村にとって5年度は、 未曾有の冷害を被った年であるととも
に、 7年余りにわたったウルグァイ・ラウンド農業交渉が終結した年であったが、 
一方でこれら諸問題を乗り越える様々な取組の萌芽に加え、 政府においては内閣
総理大臣を本部長とする 「緊急農業農村対策本部」 が5年12月に設置されるなど、
21世紀に向けて力強く発展していくための新たな出発の年であった。 



 
 


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