★ 巻頭言


ウルグアイ・ラウンドの決着と日本の酪農

東京大学農学部教授 荏開津 典 生


輸入自由化の波
 長い間かかったガットの農業交渉がやっと決着した。 順当に行けば、 来年度から
それが実行されることとなる。
 もう誰でも知っていることだが、 日本はコメを除くすべての品目の輸入を自由化 
(関税化) することを約束した。 コメについては特例措置で6年間の関税化猶予だ
が、 他の品目はすべて、 バターも脱脂粉乳も自由化されることとなる。 
 この交渉の結果をどう見るかについては、 見方はいろいろあるであろう。 私は、 
もちろん生産者にとっては非常に厳しいのは当然だけれでも、 あれこれ考え合わせ
てまずまずのところではなかったかと思っている。 とりあえずこの次関税率はかな
り高く相当強力な防波堤になりそうだ。 ミニマム・アクセスということでかなりの
乳製品を輸入しなければならないのは痛いが、 数量がはっきり決まっている分対策
が立てやすい面もある。 
 ウルグアイ・ラウンドの農業交渉は、 日本にとって大変難しい外交交渉であった。
アメリカとECというスーパー・パワーの対立の中で、 農業小国日本はその激動の
余波を一方的に蒙るしかなかった。 経済大国であっても農業小国・食料小国である
という日本の立場は、 世界中日本以外にはほとんどでない特殊なもので、 それを外
国に理解して貰うための交渉担当者の苦労は大変なものだったに違いない。 それよ
りも何よりも、 日本は資源のない 「無資源国」 で、 貿易がなければ経済がなり立た
ない大原則としての 「自由貿易」 は、 日本にとって至上命題なのであり、 農業を保
護したいというのはあく迄 「例外」 なのである。 
 角をタメて手を殺す訳にはいかない。 自由貿易の大原則を貰きながらの難しい農
業交渉であったことを考えると、 まずまずの決着といわざるを得ない。 問題はそこ
で、 これからどうするかである。 

酪農の直面する課題
 農政審議会や畜産振興審議会でも対策の検討が始まっているが、 酪農について私
が問題だと考えていることを率直に述べてみたい第一は、今更いう迄もないことか
も知れないが、 やはり規模拡大とコスト・ダウンである。 
私は日本の酪農はほぼ成牛50頭から100頭のところに標準を定めるべきだとみている
が、 もちろん立地条件によってもっと小頭数の経営も、 もっと大きな経営もあって
構わない。 ただ生乳生産量の標準を、 大体その辺りを目安として考えるべきだとい
うのである。 
 コストの点では、 非常に重要なことが二つある。 一つは労働生産性を高める上で
のミルキング・パーラーの問題である。 私が畜産振興審議会でパーラーの重要性を
指摘したのはもう随分前になるが、 この2・3年は北海道を中心にパーラーに切換
える経営がどんどん増えているようである。 私はパーラー万能という積りは全くな
い。 ただヨーロッパの酪農を調べて見ると労働生産性の決め手はパーラーにあるこ
とは明らかなので、 自然の傾向として日本でもパーラーになっていくであろう。その
時資金問題が重要であることは言う迄もないが、 私は技術問題ないし経営問題もそ
れと同じ位大切だと思う。 農林水産省をはじめ公共の試験研究機関には、 全力をあ
げてパーラー導入に伴う技術・経営問題の研究をすること、 そしてその普及指導に
完全に朔することを理解しておきたい。 
 コストに関連してもう一つの問題は、 飼料その他の投入資材の価格問題である。 
農産物の内外価格差と同じく円高の影響をモロに受ける面はあるけれども、 どうも
資材価格が外国より高いことは事実のようである。 特に飼料については折角関税ゼ
ロにしているのであるから、 世界で一番安い飼料を輸入して酪農家の負担を減らし
てやって貰いたい。 これは全農はじめ農協系統にお願いしたいことである。 
 次はこれも御多聞に洩れず環境問題なかんずく糞尿問題である。 私は需要面から
みて日本の酪農はこれからもかなり発展する余地があり、 その点ではどうしようも
なく消費の減っていくコメとは違う明るい面があると考えているが、 そのためには
酪農は環境問題を解決しなければならない。 
 困難な問題であることはよく判っているが後向きの面ばかりではないと思う。 き
れいなパーラーで搾乳された牛乳は、 健康のイメージにピッタリ合うものだし、 広
い草地に放牧されている牛の群れは、 美しい田園景観の原風景のようなものである。
 環境問題についても二つの点を指摘しておきたい。 一つは土地利用と酪農の結び
つきを高めることである。 粗飼料利用率の向上は長年の酪農界のスローガンであり
ながらなかなか実効が上がっていないが、 何とかならないものだろうか。 減反で苦
しんでいるコメと違って、 酪農に土地がいらない筈はない。 全国で20万ヘクタール
もあるといわれる耕作放棄地を牧草地として活用するため、 何かよい工夫があって
欲しいものである。 
 このことと関連して、 酪農の立地場所としての中山間地、 ことに都府県の山間地
をどう考えるものかも大きな問題である。 中山間地農業についてはこれからまだま
だ考えなければならないことが山積している。 未整備の水田をどうするかもそのう
ちの一つだが、 中途半端に水田として整備するよりも思い切って草地として整備す
る方が将来性がある処もあるような気がする。 可能性のある所には補助金も充分出
して都市近郊の酪農にそちらへ移って貰えるようにしたらどうであろうか。 
 環境問題に関する第二の点は、 雇用負担である。 糞尿処理にしても農地還元にし
ても先立つものがなければどうにもならない。 誰が負担するのが、 酪農家なのか、 
消費者 (乳価) なのか、 政府 (補助金) なのか。 私は新農政の理念の一つとなって
いる環境保全と農村景観を含めた農業・農村の多面的価値という見地から、 もっと
政府負担を増やしてもよいように思うが、 この辺りはそれこそ畜産振興審議会で充
分議案して貰いたい。
 

畜産政策に望む

 最後に、 畜産政策に二つ注文したい。 一つは牛乳の生産調整をどうするのか、 もう
一つは原料乳生産と不足 法とをどうするのか、 この二つである。 いずれも、「暫定」
の予定のものがもう10数年に及んでいる。 ガットも決着したことだし、 この際この
二つについても長期方針をはっきり明示すべきだと思うがどうであろうか。

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