昭和女子大学短期大学部 学長 福 場 博 保
近年我々の平均寿命は世界でも最も長い国民の一つとなり、 体位も過去と比較し て著しく向上した事は万人の認めるところであろう。 何がこのような変化の要因であろうか。 最近の素晴らしい医学・医術・薬学等の 保健関係の学問技術の進歩も我々の健康増進に役立っている事は事実であろう。 ま た、 過去に較べて環境衛生が改善され、 伝染病、 寄生虫等に依る疾病の危険性も軽 減されていることも寄与しているのであろう。 しかし、 最も大きく寄与しているも のは何と言っても食生活の変化向上によるものであろう。 1951年から最近までの 小学校6年男女生徒の身長及び体重の変化を見ると (文部省学校保健統計)、 戦前 も年々体位は向上していたが不幸にして、 戦争と共に急落し、 戦後再び体位の向上 が見られている。 特に昭和40年代の高度経済成長期以降、 急速に体位は伸びている。
理想的なエネルギー構成比
我々はエネルギー源栄養素として、 蛋白質、 脂肪及び炭水化物の3種の物を毎日 摂取しているが、 この炭水化物はさらに澱粉と砂糖に分けられるので、 蛋白質、 脂 肪、 澱粉及び砂糖の4種のエネルギーを補給していると考える事が出来る。 この4 種をどの様な割合で食べる事が最も理想的な食事であるかは未だ栄養学的には結論 は得られていないが、 経験的にはある範囲内で大まかな割合は報告されている。 現代の日本は 「飽食の時代」 と言われるまでになり、 増加する成人病の原因とし て畜産物のとりすぎが心配されているが、 果たしてどうであろうか。 1977年アメリ カでは、 国内での急激な心臓病による死亡率の高騰等を心配し、 上院の栄養問題特 別委員会ともいうべき委員会でアメリカ人の食事目標を発表しているが、 これによ ると、 それまでのアメリカ人の食生活では蛋白質からくるエネルギーは12%、 脂肪 から42%、 砂糖から24%と大変高脂肪食であったことが明らかになっている。 これ は豊かになって、 人間が本能の赴くままに食生活すれば、 どうしても高脂肪食にな る事が報告されているが、 その通りの結果になっている。 この様な高脂肪食が高心 臓病死を招く原因になっていた。 また、 砂糖の過食も血液中の脂肪量を高める。 こ の為、 この委員会は国民に脂肪及び砂糖の摂取減を呼び掛け、 脂肪及び砂糖のエネ ルギー比をそれぞれ30%と15%に下げるように提案し、 蛋白質‥脂肪‥澱粉‥砂糖 =12‥30‥43‥15の食生活を国民に理想の比率として示した。 日本人の昭和25年のこの比率を求めてみると、 この頃殆ど砂糖が摂取できなかっ た為、 蛋白質‥脂肪‥炭水化物=12‥8‥80と計算される。 殆ど穀物ばかり食べて いたわけで、 脂肪も1人1日当たりわずか8g 弱に過ぎなかった。 このような低蛋白 食時代には国民一般に免疫機能も低く感染疾病にかかりやすく、 当時の新生児死亡 率は新生児1000名当り27. 4名であった。 しかし昨今では食生活の改善により抵抗 性が向上し2名程度にまで低下している。
寿命の延びと動物性食品
戦後のわが国の平均寿命の伸展は世界でも注目されてきたものであるが、 平均寿 命の変化と脂肪摂取量及び動物性蛋白質摂取量との関係を見てみると1950年代から 1980年代初期まで明らかに正の相関がある。 1950年の我々の動物性食品の摂取量は 国民平均で1人1日当たり 81.8g であったのが、 1985年では 318.7g と約4倍に 増加している。 この内訳を見ると、 魚類は殆ど変化していないのに対し、 肉類、 卵 類、 牛乳・乳製品は大幅に増加し、 現在では摂取している動物性脂肪の77. 4%、 動物性蛋白質の53.5%を魚類以外の動物性食品から摂取し、 特に肉類に依存すると ころが大である。 しかし、 1985年以降動物性食品摂取と平均寿命の延びとの間に正の相関が見られ なくなった。 これは動物性食品の摂取が今以上必要ないということではなく、 単に 寿命が延びるだけ延びた現在では、 肉を多く食べたからと言って寿命に直接影響が 現われ難くなったというだけのことである。 我が国でのエネルギー源栄養素の摂取構成比を見ると最近の動物性食品の摂取増 を反映して脂肪エネルギー比が25%を超えているおり厚生省から警告されているが、 先に述べたようにこのエネルギー比の理想的な比率は未だ栄養学的に出されていな い。 経験的に脂肪エネルギー比として20〜30%の間が良いとされるが、 先進諸国で は既に40%を超えているので、 無理なく下げられる30%程度が目標として採用され ている。 逆に我が国の様にこの比率が上昇しつつある国では20%の前半に落ち着かせたい という願望があろう。 しかし、 近年の食生活の変化にもかかわらず1985年以降の脂 肪エネルギー比が殆ど変化していないことから判断すれば、 日本人が米を主食とす る限り動物性食品の摂取について、 必要以上に神経質になることはないであろう。 要は、 健康増進の観点から食生活を考えると、 エネルギー源栄養素としての蛋白質、 脂肪、 炭水化物のバランスをとること、 そして、 摂取する総エネルギーが過剰にな らないようにするとともに、 摂取したエネルギーを運動によって適当に消費するこ とが何よりも重要であると思われる。