★ 巻頭言


輸入では代替できない価値で活路を

 

京都大学農学部 教授
  嘉 田 良 平


  急激な円高によって、 日本の製造業全般にわたる 「空洞化」が危惧されている。 
産業の空洞化とは、 国際競争力の低下や海外への生産移転によって国内生産が縮
小したり、 結果として雇用や所得が失われることを指す。 日本農業も例外ではな
く、 まさに空洞化の危機に直面しているかに見える。 
 
 為替の変動相場制の下で市場が開放されれば、 比較劣位の産業は衰退する。 経
済理論の教える通りだが、 競争力がその国の平均水準よりも相対的に劣る貿易財
産業は、 やがて輸入品に押されて国内市場を失い、 衰退の道をたどることになる。
 
 しかも、 空洞化はある日突然に起こるものではない。 生産システムそのものが
時間の経過とともに変化するために、 空洞化が顕在化すれば、 すでに手遅れとな
るケースが多い。 海外依存の体系ができ上がってしまえば、 国内生産は容易には
回復しないからである。 では、 日本農業に再生の展望はないのだろうか。 答えは
「否」 であり、 必ず活路は見い出せる。 その方向性と戦略を明確にすることこそ、
今、 最も肝要な作業と言うべきであろう。 
 
 では、 日本農業の空洞化はどうすれば妨げるのか。 二つの基本方向のうち、 一
つの可能性は、 さらなるコストダウンを図ることである。 だが、 日本農業の基礎
条件を考慮すればこれはかなり厳しく、 一定の限界がありそうだ。

非価格競争力の向上を
 もう一つの重要な方向は、 品質面での差別化による非価格競争力の向上である。 
仮に他国が輸出しようとしても、 良品質、 安全性、 その他の付加価値面で国産農
産物が優位に立つことは十分に可能だからである。 

 一例を、 90年代に入って急増している野菜輸入についてみてみよう。 生鮮野菜
の近年の輸入増加は著しく、 94年の輸入量は65万1千トンと、 前年対比で66%も
増加した。 中国産のレンコンやショウガに加えて、 レタスやブロッコリーなどの
洋菜類も伸びてきた。 根菜類だけでなく軟弱物までが射程に入ってきた。  「生鮮
野菜なら大丈夫」 との神話も、 まさに崩壊するのではと危惧されている。 
 
 これまでの野菜輸入は国産の端境期や不足分の埋め合わせが中心だった。 つま
り、 国産品の補完的役割を演じてきたのだが、 近年では周年化、 計画輸入へと性
格を変えつつある。 
 
 しかも、 日本企業の海外進出は生産技術そのものを高めるともに、 日本人の求
める品質づくりという面でもかなり向上してきた。 輸入業者は輸入野菜パックの
通年販売に乗り出し、 量販店は輸入特売セールを行うなど、 着実に消費者ニーズ
をとらえつつある。 鮮度保持や輸送面での技術革新が、 これらの対応を可能にし
てきたのである。 

 たしかに、 輸入急増の直接の原因は91年の台風19号であり、 その後の異常気象
による国産野菜の品不足と価格高騰であった。 だが私は、 これらの一時的な変動
要因よりも、 円高の定着化を背景とした国内生産・流通面での構造変化の方にむ
しろ注目したい。 生産面では機械化の遅れ、 高齢化による生産力の衰えがあり、 
流通面では卸売市場の不十分な対応が気になる。 

 このように、 農産物輸入をとりまく基礎条件そのものが今や大きく変わりつつ
ある。 もしこれらの条件変化に産地側が的確に対応できなければ、 野菜や畜産物
の特産地に限らず、 地域農業全体が大きなダメージを受けるであろう。 今まさに
、 日本農業の生産・販売体制を抜本的に見直すべき時だと思われる。 

 畜産についても、 事態は全く同様である。 内外のコスト格差だけをみれば、 わ
が国の畜産の将来への展望は持ち得ない。 しかし現実には、 経営をあきらめ撤退
する畜産農家が増える一方で、 逆に、 新たな投資を行い、 意欲的な経営にチャレ
ンジする農家も決して少なくない。 

 この元気印の畜産経営あるいは産地に共通する特徴は、 商品差別化に熱心なこ
とであり、 しかもその販売方法が生協、 スーパー、 直売店など、 現存の流通ルー
トではないチャンネルをうまく活用して、 消費者やその他の実需者に強くアピー
ルしていることである。 肉牛産地では、 従来のブランド化をさらに販売促進に結
びつけている事例、 地域的に大型たい肥センターを設置し、 野菜部門との地域内
循環をはかることによって、 環境保全型の畜産への脱皮に取り組む事例、 さらに
は都市住民に健康と憩いの場を積極的に提供する例なども出始めている。 

 中小家畜生産の場合には、 銘柄豚、 特殊卵、 手造りハム、 低温殺菌牛乳など、 
いわゆる 「訳あり商品」 の開発と新たな販路開拓に活路を見い出そうと努力して
いる成功例は数多い。 幸い、 日本の消費者は品質と安全性には特にこだわりが強
い。 これらの優良事例は、 こうしたわが国特有の条件を逆にうまく活用している
といえそうである。 
 
 つまり、 国際化時代、 自由化時代における今後の対応の一つの重要なポイント
は、 消費者 (または実需者) のニーズにいかに的確にこたえるかであろう。 言い
換えれば、 消費者の輸入農産物に対する意識と行動を今一度、 徹底的に検証する
必要がある。 
今こそ改めの姿勢を
 国際競争の時代においては、 輸入品対国産品の競争が主軸なのであり、 産地間
競争よりも産地間協調がより重要となるであろう。 まさに系統組織一丸となって、 
新たな活路につながる戦略づくりに力を注ぎたいものだ。 政策面では、 原産国表
示および品質表示システムの徹底化、 そして卸売市場流通の改善と新たな対応も、 
急務の政策課題と思われる。
 
 やはり、 円高時代の日本農業の対応の基本は、 鮮度・安全・安心という国産品
が本来持っている優位性をさらに発揮させ、 それが消費者や加工・外食産業に受
け入れられる生産・流通体制を再構築することであろう。 要は、 「輸入では代替
できない価値」 をいかに積極的に国内農業の側から提供するかである。 攻めの姿
勢が今ほど求められる時はない。    

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