◎巻頭言


畜産振興審議会を終えて 平成8年度保証乳価等の決定をめぐって

(財) 日本食肉流通センター理事長
畜産振興審議会酪農部会長
関谷 俊作







異例の答申



  「政府諮問に係る保証価格等及び限度数量については、 保証価格等の算定につ

き一部に反対ないし強い不満があったが、 生産条件、 消費の動向及び需給事情そ

の他の経済事情を総合的に考慮すると、 政府試算に示された考え方で定めること

は、 やむを得ない。」 



 平成8年3月27日、 畜産振興審議会酪農部会の決定した答申である。 「やむを

得ない」 が結論ではあるが、 「反対ないし強い不満」 という言葉が用いられた前

例はなく、 まさに 「異例の答申」 (翌日の新聞報道) となった。 



 政府試算は、 保証価格、 安定指標価格及び基準取引価格のいずれも前年度と同

額、 限度数量も前年度と同じ230万トンであった。 審議会の答申にみられるよう

な厳しい批判を覚悟しながらも、 政治的な環境の中で保証価格の据え置きを諮問

せざるを得なかった政府の立場を 「苦渋の選択」 と評した委員もあった。 



価格決定のあり方



 酪農部会での論議を踏まえながら、 平成8年度の保証乳価等の決定をめぐる問

題点を挙げると、 先ず、 生乳の生産費が低下している以上、 保証価格は引き下げ

るべきではなかったかが疑問となる。 



 政府試算では、 生乳の推定生産費の算定に当たって(1)飼育労働費の家族労働

時間 (平成6・7年平均)、 (2)ヘルパーの利用日数 (2日を6日に)、 (3)飼料作

物費の家族労働費の単価 (飼育労働費と同じとする)、 (4)環境施設整備費の新規

計上及び(5)自己資本利子の金利 (平成6・7年平均) の5項目の変更を行って

いる。 これによる推定生産費の引き上げ額の合計は1円50〜60銭と説明されてい

る。 かくして算定された試算値に前年度 (2円64銭) を上回る2円93銭の 「調整

額」 が加算され、 前年度と同額の75円75銭の保証乳価が算出された。 (以上の金

額はいずれも生乳1kg当たり) 



 これら算定方法の改定と調整額の加算には、 たしかに生産費引き下げの激変緩

和、 生産性向上効果の一部の生産者への還元あるいは生産費の内容の充実として

理解できる部分も含まれている。 しかし、 据え置きという結果に向けての上乗せ

額の大きさは、 合理的な配慮の限界を超えていると批判されても致し方ない。 



 ガット・ウルグアイ・ラウンド農業合意の実施2年目に入り、 また、 平成17年

を目標とする 「酪農及び肉用牛生産の近代化に関する基本方針」 の実施初年度に

も当たることから、 後継者不足、 多額の負債などの苦境に置かれた酪農家の経営

改善のための努力を支える政策の展開が必要であることは言うまでもない。 しか

し、 関税相当量の引き下げや酪肉基本方針における生産性向上の目標などを考え

れば、 価格の漸次引き下げは避けられない課題であり、 長期的な視点に立ってわ

が国酪農の力強い発展を図るためには乗り越えなければならない試練である。 



 安定指標価格と基準取引価格は、 保証価格とは別個の観点から、 乳製品の需給

及び価格の動向や製造販売経費との関係において決定されるのが本来である。 ま

して乳製品の消費者価格の引き下げや内外価格差の縮小のためには、 これらの価

格の引き下げに手を付けなければならない。 にもかかわらず、 保証価格及び限度

数量が前年度と同じとされると、 補給金総額を増やさない限りは安定指標価格と

基準取引価格は据え置かざるを得ない結果となる。 このような動きのとれない構

図が今年度も実現してしまった。 不足払い制度の理屈どおりには動かない面が露

呈されたと見るべきである。 



不足払い制度の危機



 この数年来の保証乳価等の決定の経緯を振り返ると、 年を追って事態は加工原

料乳生産者補給金制度にとって望ましくない方向に動いている。 生産費を基礎に

した試算値が下がって行く一方で、 これに対する上乗せ額が次第に大きくなって

いる。 昨年度の 「調整額」 もその前年度 (1円1銭) からみれば大問題であった

が、 今年度は推定生産費の算定基礎の改定と調整額のさらなる拡大がなされたの

である。 生産費方式に対する信頼は薄くなり、 それとともに審議会の存在意義が

問われ、 さらには不足払い制度の危機到来とまで言われるようになった。 



 保証乳価据え置きの声が世に満ち、 事実として据え置きが実現し、 それが歓迎

される中で、 審議会は、 本稿に述べたような批判的な意見が開陳される唯一の公

式の場であることにのみ存在意義を持つのであろうか。 わが国酪農にとって貴重

な財産である不足払い制度の舵取りを誤らないためには、 厳しい批判にも耳を傾

ける度量が必要ではなかろうか。 

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