◎巻頭言


世界の食糧需給と国際協力の方向

社団法人 国際食糧農業協会 常務理事  古 谷  裕






人口問題は生きている−需要を支えるもの

 1970年代初期の食糧危機 (主要生産国の不作により穀物等の国際相場は高騰し、 
それまで余剰に慣れていた世界に強烈な警告を発した。 ) は過去のものとなり、 
こうした状況に対処すべく各国首脳クラスの参集の下に開催された1974年の 「世
界食糧会議」 の記憶も薄れつつあります。 当時マスコミ等で大きく取り上げられ
たのは、 ローマクラブによる 「成長の限界」 と題する提言でありましたが、 これ
も今は昔の話。 その後の世界の食糧需給問題は、 むしろ、 高い潜在的生産力を調
整して余剰の発生を抑えるという方向で推移しています。 しかし、 ローマクラブ
的な 「人口爆発によって地球は成長の限界に達する」 という、 人口、 食糧問題の
発想は、 今日でも妥当性を失っていないと思われます。 ともかく、 人口は確実に
増え続けており、 1970年に37億人だった世界人口は、 1990年には53億人となり、 
2010年には70億人になると推計されています。 この増加総数17億人の95%近くの
16億人が開発途上国の増加分です。 

 この人口増を支える開発途上国の状況は地域によってまちまちですが、 過去25
年間に平均所得は倍増し、 今後ともアジア諸国、 特に中国とインドは市場経済の
伸展とともに所得は上昇して行くものと見られています。 また、 一般的な所得の
上昇に加えて、 工業の発展に伴う都市への人口移動は所得を押し上げる大きな要
素となります。 穀物の直接消費よりも加工品のウエイトの高い消費形態へと食生
活は変化し、 摂取カロリー水準は上昇するわけで、 これは最も端的に飼料穀物へ
の需要の拡大となります。 伝統的なトウモロコシの輸出国だったタイが輸入国に
なり、 また中国も大量に輸入するようになりました。 世界の人口の22%に当たる
12億の中国の人口は、 2020年には15億となり、 穀物全体で2, 000万トンを輸入す
るようになるという予測もあります。

食糧生産の行方−楽観と悲観

 世界の食糧生産の長期展望については、 全般的にあまり悲観的な見方はなされ
ておりません。 FAO (国連食糧農業機関) の見通しによれば、 農業生産の成長率
は2010年までに年率1. 8%増とされております。 この伸びは従前よりも鈍化して
おりますが、 これは世界の人口増加率が低下していること、 先進諸国で消費の頭
打ち状態が続いていることなどに照応するものであり、 例えば最貧国での所得状
況が改善されるなど世界で有効需要が伸びれば、 生産はこれに対応して増加しう
る潜在力をなお持っているというものです。 

 もちろん、 農業生産の増加に対する制約要因としては資源と環境条件の劣化が
あげられます。 人口増加に伴う1人当たり農業資源の継続的縮小と農耕地拡大の
可能性の低下 (適地の限界とあわせて自然環境との調和の観点からの制約)、 農
耕地の集約利用による土壌侵食、 塩類集積のような形での資源内容の悪化は大き
なマイナス要因であり、 また農業活動自体による生物多様性への脅威、 地下水汚
染など環境上の悪影響も無視できません。 従って、 こうした問題に対する対応如
何が将来の食糧生産の行方を左右することになるわけです。 昨年発表された国際
食糧政策研究所 (IFPRI) の 「2020年世界食糧予測」 では、 農業研究、 普及、 灌
漑・水開発、 人的資本及び農村インフラへの投資によって農業成長が最近水準に
維持されれば、 食糧供給に対する人口と所得の増加による圧倒的な圧力は生じな
いであろう、 しかし、 もしこの投資が削減されることとなれば、 比較的良好な世
界全体の食糧事情は著しく悪化するであろう、 としています。

食糧安全保障−食料サミットの開催

 最近世界銀行は 「90年代の進歩と課題」 を副題とする刊行物を発行し、 貧困問
題を大きく取り上げました。 貧困は全体で減少しつつあるが (30.1%→29.4%)、 
1日1ドル未満の所得の人々の絶対数は、 1987年の12.3億人から1993年には13.1
億人に増加し、 その20%以上が極貧状態にあると述べています。 FAOによれば、 
1974年の世界食糧会議以降、 食糧不足と栄養不足を軽減するという目的に向かっ
てかなりの前進があったが、 なお約8億人が飢餓と栄養不良に苦しんでいるとい
います。 

 こうした事実の伝える国際社会へのメッセージは何でしょうか。 所得の向上→
貧困の解消ということになりますが、 農業への依存度の高いこれら地域では、 農
業生産の増強、 安定が上記課題に応える基本となるでしょう。 グローバルな食糧
需給問題から焦点を具体的に地域レベルに移して、 特に南アジアとサハラ以南ア
フリカなど多くの開発途上国では、 依然貧困−飢餓の構図から脱却できないとい
う問題提起がなされています。 これら諸国の食糧安全保障の改善が世界の食糧需
給の安定に通ずるという認識のもとに、 国際社会が講ずべき効果的な政策と戦略
について合意することに、 本年11月にローマで開かれる 「世界食料サミット」 の
意義が求められます。 

 穀物をはじめ食糧の大輸入国である日本にとって、 食糧安全保障は死活的重要
性を持つ課題であり、 可能な限り国内資源を活用しつつ持続的生産が図られてき
ました。 FAOの提唱する 「すべての人に食糧を」 という命題は、 国際協力の場で
こうした政策方向に沿って位置づけられるべきでしょう。 即ち、 各開発途上国の
実情に応じ、 その資源を最大限に活用して生産力を高める方策が基本的に求めら
れます。 この場合、 先進技術の投与に偏らず、 その国の伝統的技術を生かし、 組
み合わせた形での協力、 草の根レベルの現地農業者等民間組織 (NGO) の活動と
タイアップした事業の展開など、 きめ細かい対応が今後一層必要になると考えま
す。

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