◎巻頭言


都市・農村交流からグリーン・ツーリズムへの課題

明治大学農学部 教授 井上 和衛







 いま、 グリーン・ツーリズムが農業関係者だけではなく、 広く一般市民のあい

だでも話題となっているが、 我が国で 「グリーン・ツーリズム」 なる用語が登場

したのは、 農林水産省が平成4年6月に新政策 ( 「新しい食料・農業・農村政策

の方向」 ) を公表し、 新政策との関連で同省構造改善局が各界の有識者を集めて

組織した 「グリーン・ツーリズム研究会」 の 「中間報告書」 (平成4年7月) が

発表されてからである。 



 新政策では、 グリーン・ツーリズムは、 今後の農村政策の柱の一つとして取り

上げられ、 農村地域、 とりわけ中山間地域の活性化対策として位置づけられた。 

そして、 今日、 ウルグァイ・ラウンド農業合意、 WTO体制への移行に伴って、 グ

リーン・ツーリズムは中山間地域対策のいわば切り札として注目されるようにな

った。 



 ところで、 グリーン・ツーリズムとは何か。 農村の美しい景観と伝統文化を受

け継いでいるドイツ、 フランス、 イギリスなどの西欧諸国では、 週単位のまとま

った休暇のとれる年次有給休暇制度の確立に伴って、 都市生活者が農村に滞在し、 

余暇を過ごすといった農村旅行が普及している。 ヨーロッパでは、 そうした旅行

を 「ツーリズム・ベール」 (フランス)、 「ルーラル・ツーリズム」 (イギリス)、 

「アグリ・ツーリズモ」 (イタリア) などとよんでいる。 それは、 農場民宿やオー

トキャンプ場などの利用で、 余り経費をかけないことが特徴となっている。 



 要するに、 グリーン・ツーリズムは、 従来の名所めぐり、 有名リゾートへの観

光旅行とは範疇的に異なるものであり、 緑豊かな自然、 美しい景観の中での休養、 

自然観察、 地域の伝統的、 個性的文化との出会い、 農村生活体験、 農村の人々と

のふれあいを求めての旅である。 農村サイドでは、 そうした都市生活者の農村滞

在を受け入れることで、 就業機会の増大、 農家や地域全体の所得の向上につなが

る。 したがって、 グリーン・ツーリズムは、 農村サイドで捉えると、 新しいビジ

ネスであり、 そのコンセプトには、 1) 緑豊かな自然、 美しい景観のなかでのツ

ーリズム、 2) そのサービスの担い手は、 農家などそこに居住している人々が主

体、 3) 農村のもつさまざまな資源、 生活・文化的なストックなど、 個性的地域

資源の活用、 といった三つの要件が含まれている。 



 グリーン・ツーリズムが定着するには、 我が国の諸条件からみて、 まだ、 時間

がかかるとみられるが、 我が国でも 「産直」、 「直売」、 「農業体験」、 「山村留学」 

など、 すでに多様な都市農村交流が展開している。 その背景には、 都市生活者の

食べ物 (安全、 安心、 本物)、 健康 (肉体的、 精神的ストレス解消)、 アウトドア・

ライフへの関心の高まり、 また、 農村での地域活性化インパクトの強まりがある。 

したがって、 我が国でも、 グリーン・ツーリズムの可能性は開けており、 その条

件整備は二十一世紀に向けての国民的課題であるといわなければならないであろ

う。 



 農村サイドでの条件整備は、 グリーン・ツーリズムに即した地域農業づくり、 

地場産業の振興、 環境保全・景観維持、 美しいむらづくり、 伝統文化や文化財の

保存・継承、 宿泊滞在・飲食サービス施設の整備、 地域の生活基盤整備、 情報受

発信体制の整備、 グリーン・ツーリズムの担い手の育成などが課題となるが、 と

りわけ地域農業の再構築を重視する必要がある。 その基本的方向は、 訪れた都市

生活者が、 直接、 「見て」、 「ふれて」、 「体験して」、 「味わう」 ことのできる農業

であり、 「見学」、 「体験」、 「直売」、 「加工」、 「料理」 などのプロセスをつうじて

新しい付加価値を生み出す農業、 いいかえれば、 新しいビジネスを付帯した農業

の確立である。 畜産の分野でも、 すでに観光牧場が存在し、 地域特産のチーズや

アイスクリーム、 手作りハムが人気をよんでいる。 今後は、 それらを積極的にグ

リーン・ツーリズムに結びつけていく努力が必要であろう。 


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