◎巻頭言


アグロフォレストリー 〜林地の利用と共存を〜

東京農工大学 学長  梶 井  功




  アグロフォレストリー ―― アグリカルチュア・農業とフォレストリー・林

業の合成語であるこの言葉は、 日本ではまだ馴染みの薄い言葉だが、 外国では、 

とくに途上国を中心に定着した言葉になっているらしい。 1960年代にはまだこの

言葉は使われていなかったようだが、 70年代に入って使われるようになり、 1977

年には国際アグロフォレストリー研究センター (略称ICRAF、 本部ケニア・ナイ

ロビ) もつくられている。 「農作物の栽培や家畜の飼育と、 林木の育成とを時間

的、 あるいは空間的に結合させたもの」 がアグロフォレストリーだが、 それはな

にも60年代以降に展開してきた技術あるいは農法ではなく 「非常に古くからある

やり方を新しい名前で呼び替えたものである」 (J. ウェストビイ、 熊崎訳 「森と

人間の歴史」 )



 「非常に古くからあるやり方」 が注目されるようになったのは、 いうまでもな

く現代農業技術への反省からだが、 とくにそれが低投入・低コストでの農業開発

を必要とする途上国で注目されている。 ナイロビに国際研究所が設けられている

のはそのためだが、 土地利用として合理的なこの農法は、 むろん持続的農業への

転換が強調されてきた先進国 ―― むろん日本もふくめて ―― でももっと重視

されていい内容をもつ。 



 世界的にいって 「非常に古くからあるやり方」 だから、 むろん日本でも古くか

らあったし、 今日でも混牧林・林間放牧として成果をあげている例を見ることが

でき、 農業白書でも 「地域資源を活用した」 好事例として再三紹介している。 記

憶を新たにしてもらう意味で当該箇所を引用しておこう。 平成4年度農業白書は 

「混牧林」 としてこう書いていた。 



 「例えば、 大分県朝地町F地区では、 豊富な森林資源のうち約320haのクヌギの

人工林を混牧林 (林産物と畜産物の生産を比較的長期にわたって同一の土地で行

うことを目的とした森林) として活用し、 肉用牛の肥育としいたけ原木の生産に

取り組んでいる。 当地区では、 上木、 下草の生育に適した土壌や、 傾斜地の地形、 

有利な水利条件等のもと、 クヌギの1、 2年生林の生育に影響が及ばないような

保護牧柵の設置や混牧林地への牧草の導入等の工夫を行うとともに、 貸借により

集積した混牧林地に隣接している省力管理畜舎を設置し、 労働費と飼料費の削減

や繁殖率の向上に成功している」 (図説版106ページ) 



  「林間放牧」 という用語を使ったのは平成6年度農業白書だが、 それは

 「林野率が93%と高い山口県美川町のA氏は24才でUターンしたのち、 当初は林

業としいたけ栽培を行っていたが、 山の下草刈りを兼ねた林間放牧に注目し、 省

力的な和牛の繁殖経営を始めた。 その後、 借地による飼料作物の作付けや近隣の

水稲農家との堆肥と稲わらの交換等により意欲的に飼料基盤の確保に努め、 現在

では、 母牛の飼養規模21頭の低コストかつ安定的な経営を実現している」 (図説

版138ページ) 



  「山林の下刈りを牛の舌刈りでやらせろ」 との名言を私が聞いたのは、 多年林

業試験場にあって混牧林の研究をされてきた井上楊一郎氏からだが、 混牧林につ

いてのすぐれた実践もあり、 また体系的な立派な研究もあるのに、 わが国ではな

かなか一般化しない。 一般化しない理由の最たるものは、 畜産農家、 とくに繁殖

肉用牛飼養農家が利用できる林地をもっていないということである。 森林が国土

の66%を占めている国だから利用できる林野は日本にも豊富にあるが、 所有の壁

がそこにはある。 この問題に私が気がついたのは10年以上前のことだが、 私有林

を混牧林として活用して好収益をあげていた島根県の那須実さんの事例をとりあ

げながら、 こう指摘しておいた。 



 「那須さんのばあいは私有山林だが、 畜産農家が利用に適する山林を持っている

とはかぎらないし、 30年生以上ともなると下草はなくなってしまうから利用でき

なくなり、 林木の成長にともなって放牧地のローテーションをしなければならな

いという問題もある。 所有の壁をとり払うことが混牧林利用を広めるためには必

要となるのである。 草地利用権などは林地との共存を概念としてはふくんでいな

い。 林地利用との共存は所有の壁を薄くする効果を持つはずである。 混牧林につ

いて新たな利用権のあり方が工夫されるべきであろう。 」 (拙編著 「畜産的土地

利用の現状と展開方向」 中央畜産会昭和59年6月刊) 



 昭和55年の農用地利用増進法ではじめて混牧林地への利用権設定の道が開かれ

た。 それは、 平成5年制定の農業経営基盤強化促進法にも引き継がれていて、「木

竹の生育に供され、 併せて耕作又は養畜の事業のための採草又は家畜の放牧の目

的に供される土地」 (第4条第1項第2号) すなわち混牧林も利用権を設定でき

る農用地とされている。 しかし、 「遊休農地」 の利用権設定については、 農業委

員の 「指導」 「勧告」、 市町村長の 「協議」 といったことが定められており (第27

条)、 草地利用権設定については県知事による 「裁定」 という手段まで用意され

ている (農地法第75条の2〜6) のに、 混牧林については明確な手続き規定がな

いし、 これが利用されたという話は聞かない。 アグロフォレストリーへの道、 未

だ遠しである。

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