★ 農林水産省から


平成8年度 「農業白書」 の概要 −畜産を巡る状況を中心として−

農林水産大臣官房調査課 遠藤秀紀


  「平成8年度農業の動向に関する年次報告」 (農業白書) は、平成9年4月11日
閣議決定のうえ、 国会に提出、 公表された。 

 本年度の白書は、 大きな変革の時期を迎えつつある農業、 農村、 食品産業の特
徴的な動向を幅広く分析・検討している。 なかでも、 消費者の視点から、 昭和30
年代後半以降の国民生活の変化に伴う食料消費の多様化等の変化、 また、 国民の
立場からみた食料の安定供給の問題について、 特集として重点的に検討したこと
が特徴となっている。 全体の構成は次のとおりである。 

 第1章 「国民生活の変化と食料、 農業、 農村」 
 第2章 「平成7〜8年度の農業経済」 
 第3章 「内外の農産物需給の動向」 
 第4章 「農業構造、 農村社会の変貌とその展開方向」 

 なお、 分かり易い白書を目指して、 初めてコラムが設けられた。 

 以下、 白書の概要について、 畜産に関する部分を中心に紹介するとともに、 む
すびの要点を紹介する。 

1 国民生活の変化と食料、 農業、 農村

● 食料消費の変化

 国民1人当たりの供給熱量は、 近年、 2,630kcal程度で推移しており、ほぼ飽和
水準に達したものとみられる。 内訳をみると、 米、 畜産物、 油脂類の3品目の合
計熱量が変化しないなかで、 米の供給熱量が減少する反面、 それを代替する形で
畜産物と油脂類が増加している (図1)。 

◇図1:国民1人当たり供給熱量及び供給純食料の推移◇

 我が国の食生活は、 平均的には栄養バランス (PFCバランス) がとれ、 「日本型
食生活」 と呼ばれているが、 今後、 脂質の摂取量が過剰となることが懸念されて
いる。 なお、 我が国の肉類の消費量は、 欧米と比べると少ないものの、 アジアの
なかで最高水準にあり、 近年は牛肉の増加が著しい。 中国では、 経済成長により、 
すべての肉類が急速に増加しており、 また、 アメリカ等では、 健康への関心の高
まり等から牛肉が減少する一方、 とり肉の消費が増加している。 

コラム 〔広い地域で食べられるようになった牛肉と納豆〕 

 以前、 食品の消費量や消費金額は、 地域によって大きく異なっていました。 

 例えば、 昭和38年には、 牛肉は、 近畿地方を中心に西日本で、 納豆は逆に東日
本で多く消費され、 最も多く消費される地域と最も少ない地域とでは10倍程度の
格差がみられました。 

 しかし、 平成7年には、 その格差は2〜3倍に縮小しており、 全国的な平準化
の進行がうかがわれます。 これは、 それまで牛肉や納豆をあまり食べなかった地
域で、 消費の機会が増えてきたことを示すもので、 全国規模の人口移動による食
文化の交流、 物流の近代化や価格の低下、 食品に関係する情報 (納豆の健康への
効用等) が盛んに発信されるようになったこと等によるものと考えられます。 

◇図コラム:地域平準化が顕著な食品の購入数量及び金額の動向
      (1人1年当たり・全国=100)◇

● 食料消費の変化と我が国の食料供給力

 所得の向上、 食生活の多様化に伴い消費量の増加した畜産物の生産には多くの
飼料穀物を必要とした。 このことを数値で確認すると、 1人1日当たりの供給熱
量は、 昭和35年度の2,291kcalから平成7年度の2,638kcalと約15%増加したにす
ぎないが、 畜産物から供給される部分を飼料レベルの熱量に換算した場合、 7年
度は5,226kcalと35年度の2,680kcalの約2倍と試算される (図2)。 

◇図2:我が国の1年間の総供給熱量の推移◇

(参考)国民1人・1日当たりの供給熱量


● 食料品の内外価格差と産業構造

 東京と海外主要都市の食料品の小売価格を比較すると、 平成7年は、 円安の進
行等を反映して6年に比べて格差は縮小したものの、 依然として東京が2〜3割
程度割高になっている。 

 農業に起因する内外価格差の要因の一つである農業生産資材費を日米で比較す
ると、 1.5〜2倍程度の価格差 (平成6年) があるものもみられる。 そこで、農業
の国内生産額の約4割を占める中間投入 (生産資材費、 雇用労賃、 地代等) 等の
諸費用をアメリカ並みとして計算すると、 国内生産額は全体で22%減少する。 こ
のことから、 物財費等がアメリカ並みとなった場合、 農産物価格が平均的にみる
と約2割低下すると考えることもできる (図3)。 

◇図3:我が国の農業生産の中間投入等をアメリカ並みとした場合の
    農業の国内生産額(試算)◇

 農産物・食料品価格の内外価格差の縮小に向けて、 生産から消費に至る各段階
において、 一層の効率化、 合理化への努力をすることが必要である。 

2 国際化時代を迎えた畜産

● 畜産物需給の動向

 近年の食肉需給を需要面からみると、 豚肉及び鶏肉はほぼ横ばいで推移してい
るものの、 牛肉が年間10%前後の高い伸び率であったことから、 総需要量は増大
している (巻末の参考資料参照)。 ただし、 平成8年に入り、 牛肉は、前年を大幅
に下回って推移した。 供給面をみると、 国内生産量は、 総じて横ばいないしわず
かに減少が続いている。 輸入のうち、 豚肉、 鶏肉は、 5年度にわずかに減少した
ものの、 6年度以降は国内生産量の減少を補う形で増加が続いている。 牛肉は、 
6年度に伸びが緩やかになったが、 7年度には13%の増加となった。 

 鶏卵は、 多少の増減はあるものの、 需給両面ともほぼ横ばいで推移している。 
牛乳・乳製品のうち、 生乳生産は7年度前半には前年夏期の猛暑の影響で低迷し
たものの、 9月以降回復し、 年度計ではわずかに増加した。 飲用需要は、 天候要
因等により好調だった6年度を下回ったが、 乳製品の需要は増加し、 生乳生産の
回復の遅れもあって、 消費が好調な脱脂粉乳が輸入された。 

 一方、 畜産物の自給率をみると、 牛肉は、 7年度には輸入量の増加と国内生産
量の減少により3ポイント低下して39%となった。 豚肉は、 国内生産量の減少傾
向、 鶏肉は輸入量の増加傾向から、 7年度はともに低下した。 鶏卵は、 消費の伸
びにあわせ国内生産が拡大してきたため、 また、 牛乳・乳製品は国内生産量、 輸
入量がともに増加したことから、 ともに自給率の低下はみられなかった。 

● 増加する牛肉及び豚肉の輸入と関税の緊急措置の発動

 ウルグァイ・ラウンドにおける関係国との交渉結果に則り、 平成7から12年度
までの間に、 牛肉については関税率を 38.5 %に、 豚肉については基準輸入価格 
(枝肉) を 409.90円/kgにそれぞれ段階的に引き下げることともに、 輸入が急増
した際に関税率等を引き上げる関税の緊急措置が設定された。 

 牛肉及び豚肉の輸入量は、 近年増加傾向にあるが、 8年度は、 原産地での価格
低下等を背景として、 牛肉、 豚肉とも大幅に輸入が増加した。 その結果、 冷凍牛
肉では6月に、 豚肉では5月に、 それぞれ緊急措置の発動基準数量を超えた。 こ
のため、 冷凍牛肉では、 8月から関税率を50%に、 豚肉では、 7月から基準輸入
価格 (枝肉) を557.19円/kgに、 ともに引き上げる緊急措置が発動された。 また、 
豚肉では11月までの輸入量が、 生きている豚及び豚肉等にかかる緊急措置 (特別
セーフガード) の輸入基準数量を超えたため、 9年1月から同措置が発動され、 
関税率が4.8%から6.4%に (この結果、 基準輸入価格 (枝肉) が557.19円/kgか
ら565.70円/kgに)、 引き上げられた。 

● BSE及び病原性大腸菌O−157による牛肉消費への影響

 8年3月、 イギリス保健相がBSE (いわゆる狂牛病、 牛の伝染性海綿状脳症)と
ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病の関連性を示唆したことを契機に、 世界的に
牛肉の安全性に対する関心が高まった。 

 我が国では、 これまでイギリス本島からの牛肉等の輸入は禁止していたが、 こ
れに加えて、 昨年3月27日には、 イギリス産牛加工製品の輸入禁止措置、 食肉の
原産地表示の徹底を行ったほか、 4月には同病を含む伝染性海綿状脳症について、 
家畜伝染病と同様の取扱いができるように政令を制定するとともに、 食肉として
の安全性を確保するための厚生省令の改正が行われた。 しかし、 牛肉の安全性に
対する国民の懸念は残り、 牛肉の家計購入量は3月以降大きく減少に転じ、 4月
には前年同月比で12.3%減少した (図4)。 

◇図4:牛肉の家計購入量の推移◇

 BSEの消費への影響は、 外食産業においても現れ、4月に行われたアンケート調
査に対して 「売り上げ減を感じた」 と回答した業者が14.3%にのぼった (図5)。 

◇図5:BSE問題による業態別の影響(外食産業)◇

 牛肉の家計購入量の減少は、 5月には落ち着きをみせ始めたが、 5月末に発生
した病原性大腸菌O−157による集団食中毒の影響で7月に入り再び家計購入量の
減少幅が拡大し、 8月には18.8%減にまで落ち込んだ。 

 この集団食中毒問題に対して、 7月以降、 農林水産省では、 厚生省が指導した
すべてのと畜場及び食肉処理場における食肉等の自主検査及び衛生管理の自主点
検の実施等が円滑になされるよう関係業者に指導を行ったほか、 8月以降は、 国
産食肉に対する消費者の信頼を回復するため、 食肉小売店頭用ポスター等の配布、 
新聞広告の掲載等のPR活動に努めた。 その効果もあり、 9月には13.1%減と減少
幅が縮小し、 安全性への危ぐを背景とした消費の冷え込みは落ち着きのきざしを
みせている。 その後、 農林水産省では、 食肉センター等における衛生管理機器の
緊急整備、 厚生省では、 衛生管理の強化等を内容とすると畜場法施行規則の改正
を行った (12月)。 

● 畜産経営の大規模化と大家畜畜産の収益性

 畜産経営においては、 近年、 小規模層を中心とした飼養戸数の減少が続くなか、 
飼養頭羽数が、 ほぼ横ばいないしわずかな減少で推移しているため、 1戸当たり
の飼養規模は急速に拡大している (図6)。 例えば養豚経営では、 飼養頭数が1,0
00頭以上の大規模経営の占めるシェアが高まっており、 8年には16.6%に達して
いる (図7)。 

◇図6:畜産経営における飼養戸数及び飼養頭数の推移◇

◇図7:飼養頭数規模別戸数シェアの10年間の変化◇

 このようななかで、 大家畜経営の収益性 (所得) をみると、 酪農経営の搾乳牛
1頭当たりの収益性は、 2年後半から副産物であるヌレ子価格の低下により低下
し、 その後横ばいまたは若干の低下で推移してきたが、7年生産費では7.8%増と
かなりの程度上昇した (図8)。 これは、収入面では1頭当たりの乳量の増加によ
る生乳価額の増加が、 また費用面では飼料価格の低下に伴う飼料費の減少等が、 
それぞれ寄与している。 また、 肉用牛経営では、 肥育牛 (肉専用種) 経営のうち
去勢若齢牛1頭当たりの収益性は、 昭和63年以降低下してきたが、 7年生産費で
は75.3%増と大幅に上昇した。 これは物財費の半分以上を占めるもと牛価格が大
幅に低下したこと等による物財費の減少が、 粗収益の減少を上回ったことによる
ものである。 

◇図8:酪農及び肥育牛経営の1頭当たり収益性の推移◇

● 飼料生産基盤の確保と飼料生産の効率化

 畜産経営で大きなウェイトを占める飼料作物の国内の作付面積は、 近年、 飼養
戸数の減少等から総体としては微減傾向にあり、 横ばいないし減少傾向で推移し
ている。 一方、 輸入飼料は、 国際的な需給動向により価格が変動する場合が少な
くなく、 最近では、 7年10月から8年9月にかけて海外穀物相場の高騰等により、 
国内の配合飼料価格が上昇した (なお、 配合飼料の価格安定のため配合飼料価格
安定制度により補てん金が交付されるため、 畜産経営への影響は緩和されている。) 
(図9)。 

◇図9:飼料用穀物の輸入価格と配合飼料価格の推移◇

 世界の飼料穀物需給は、 中長期的には不安定要因をかかえ、 ひっ迫することも
懸念されている。 このため、 国際化の進展等に対応し得る生産性の高い、 安定し
た大家畜経営を確立するためには、 生産・経営管理技術の高度化等とともに、 飼
養規模に応じた飼料生産基盤の確保と飼料生産の効率化による生産コストの低減
が、 これまで以上に重要となっている。 

 具体的には、 大型機械による効率的な作業が可能な飼料基盤の整備や、 水田裏
作の活用等既耕地における飼料作物の作付拡大等が必要である。 同時に、 地域に
適した優良草種・品種の普及や機械等の共同利用、 作業の共同化、 コントラクタ
ーの活用による作業の外部化を図るほか、 公共牧場の活用等による放牧を積極的
に推進すること等が求められている。 

● 採卵鶏経営と鶏卵の需給及び価格動向

 我が国の鶏卵需給をみると、 1人当たりの消費量は世界最高水準にあるものの、 
近年、 頭打ちの状況にあるため、 卵の価格は需給量のわずかな変動によっても極
めて大きな影響を受けやすくなっている (図10)。 

◇図10:鶏卵生産量、卵価、え付け羽数の推移◇

 7年度の鶏卵需給は、 6年度のひなのえ付け羽数が低卵価の影響により低迷し
たことから生産量が低調に推移したこと等により、 卵価は早い時期から大幅に上
昇した。 7年度後半は、 卵価が高い水準で推移したことから、 ひなのえ付け羽数
は、 増加傾向で推移した。 その後、 8年度に入り、 依然として卵価の水準が高い
ことから、 産地では増産意欲が高く、 ひなのえ付け羽数は増加しており、 生産は
強含みで推移している。 

● 環境保全に配慮した畜産の推進

 我が国の畜産においては、 耕種農業と連携して家畜ふん尿を堆きゅう肥として
農地に還元することを通じて環境保全型農業を推進するとともに、 食品産業等か
ら排出される食品残渣を飼料として有効活用している。 また、 牧場における自然
体験やふれあい交流等を提供する面からも重要な意義を有している。 一方、 畜産
経営に起因する苦情発生件数は、 昭和48年をピークとして減少してきたが、 経営
規模の拡大と混住化の進展により、 不適切な家畜ふん尿処理から派生した悪臭や
害虫、 水質汚濁等の発生が問題となっていると考えられる場合も見受けられ、 そ
の解決が緊急の課題となっている (図11)。 

◇図11:畜産経営に起因する苦情発生件数の推移及び内訳◇

 このようななかで、 家畜ふん尿の適切な処理と堆きゅう肥の農地へのリサイク
ル利用を基本とする環境保全型畜産を確立するため、 家畜ふん尿の処理・利用等
に関する指導や家畜ふん尿処理施設の整備、 畜産農家と耕種農家の連携の促進等
の対策が進められている。 

3 む す び

 我が国の農業、 農村及び食品産業は、 内外の環境変化に即し変革の時代を迎え
つつあるが、 1億2千万人の国民に対する食料の安定供給をはじめとする農業、 
農村の諸機能を次世紀においても引き続き果たし、 我が国農業の自立と持続的発
展に向けた諸施策を中長期的視点から力強く推進していくためには、 特に次の4
点に重点をおく必要がある。 

1)効率的・安定的な経営体が農業生産の大宗を占めるよう、 経営感覚に優れた担
 い手の育成・確保、 農地流動化の促進等を進めることにより、 農地、 労働力を
 有効かつ効率的に活用できる農業構造の実現を図ること。 

2)世界食料サミット等を契機に、 食料・農業問題及び食料安全保障問題について
 世界的に認識が高まるなかで、 国民の食生活を支える食料の安定供給を今後と
 も維持・確保するため、 国内供給を基本に、 輸入及び備蓄を適切に組み合わせ
 ていくこと。 

3)消費者ニーズの変化に対して柔軟に対応できる食料供給構造の構築に向け、 農
 業と食品産業との連携を強化し、 生産、 加工、 流通の各段階を通じたフードシ
 ステム全体の高度化、 効率化を推進すること。 

4)国土の均衡ある発展を図るため、 都市住民にも開かれた緑豊かな農村空間の維
 持・形成を推進し、 あわせて、 条件が不利な中山間地域の活性化に努めるとと
 もに、 食料供給と環境との調和を図ること。

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