★ 農林水産省から


畜産環境問題の現状と対策について

畜産局畜産経営課(現 北海道大樹町農林課)     佐藤 弘康




畜産経営に起因する環境問題の現状

 我が国の畜産は戦後、急速な発展を遂げてきた。 1 戸当たりの飼養頭羽数は、
昭和41年から平成 9 年までの30年間をみると、酪農で3.6頭から48.2頭、肉用牛
で1.4頭から20.0頭、養豚で7.2頭から682.2頭、採卵鶏で30羽から22,382羽、ブロ
イラーで1,144羽から32,500羽へと大幅に増加している。

 しかし、こうした規模拡大に伴い、家畜ふん尿の排出量も増加し、その処理が
問題となっている。また、混住化の進展により、悪臭や水質汚濁など、畜産に起
因する環境問題が深刻化している。

 畜産経営に起因する悪臭、水質汚濁等の地域住民から地方公共団体へ届けられ
た苦情の件数は、昭和48年の約12千件をピークに減少しており、平成9年では2,5
18件である。しかしながら、環境問題の発生の少ない小規模経営を中心に農家戸
数が減少しており、その減少率が苦情発生件数の減少率を上回っていることから
苦情発生率はむしろ増加している。

畜産経営に起因する苦情発生件数

 畜産経営に起因する苦情件数は、昭和48年の12千件をピークに減少しているが、
近年は、その減少率が鈍化している。(平成 9 年は2,518件と前年比2.3%減)

◇図:年次別苦情発生件数◇

畜産経営に起因する苦情発生件数(平成 9 年)

 資料:畜産局調べ
 注 1 :発生件数は、苦情内容が重複している場合を含む。
   2 :その他は、騒音等が主体である。

 このような苦情の発生は、地域の混住化の進展や規模拡大に伴うふん尿処理施
設の整備の遅れが主な原因と考えられる。

 農林水産省統計情報部が9年に成畜50頭以上の酪農家8,250戸を調査した結果、
自己又は共同の処理施設を持っている農家は、ふんで25%、尿で14%、ふん尿混合
で43%、野積みがふんで39%、ふん尿混合で30%を占めており、酪農では依然として
野積みが多いことがうかがえる。また、北海道が平成6年に調査した結果におい
ても、酪農家の過半数は堆肥盤やスラリーストア等の大きさが不十分と回答して
おり、ふん尿処理施設の整備が遅れている状況を裏付けている。

 また、最近においては、クリプトスポリジウム等の病原性微生物による水道水
源の汚染や硝酸性窒素による地下水の汚染が問題となっており、畜産としては、
野積みや素堀りなどの不適切な処理により、ふん尿が河川へ流出、地下へ浸透し
ないよう、ふん尿処理施設を早急に整備することで汚染防止に努める必要がある。


家畜ふん尿の発生状況・利用状況

 厚生省の委託調査である6年度全国産業廃棄物排出・処理状況調査によれば、
動物のふん尿の排出量は約75百万トンとなっており、産業廃棄物としては汚泥に
ついで 2 番目に多く、全体の約 2 割となっている。

 家畜ふん尿の処理利用については、畜種により、水分、成分、形状が異なるこ
とから、処理方法もそれぞれ異なっている。 

 例えば、酪農経営は、一般的には一定の飼料畑を有していることから、簡易な
処理により堆肥化、液肥化したふん尿を自己の飼料畑に還元する経営内利用が多
い。また、肉用牛経営では、わら等の敷料に尿が吸収されることから、堆積等の
簡易な処理を行った後、自己農地に還元する方式が多い。一方、養豚経営では、
多くの場合、濃厚飼料に依存した飼養が行われていることから、強制発酵や浄化
等の処理を行い、また、生産された堆きゅう肥も自己農地の所有面積が少ないこ
とから他の耕種経営等に対して販売や無償譲渡をしている例が多い。


堆肥化の推進の必要性

 前述のとおり、クリプトスポリジウムや硝酸性窒素汚染で問題となるのは、畜
産では家畜ふん尿の野積みや素掘りである。河川近くでの野積みは、ふん尿が河
川に流出することによりクリプトスポリジウム汚染等をもたらすおそれがあり、
素掘りは地下浸透により硝酸性窒素汚染を招くおそれがある。

 生ふん尿には次のような環境上の問題点がある。

@生ふんには病原菌や寄生虫の卵が含まれることがあり、生のまま農地に施用し
 た場合、人や家畜に感染するおそれがある。

A生のまま施用すると土壌中での分解でガスが発生し、作物が生育障害を起こす
 おそれがある。

Bふんには雑草の種子が混入することがあり、生のまま施用すると農地に雑草が
 広がるおそれがある。

C生ふん尿はそのままでは悪臭が強く、運搬や貯蔵が困難である。

D生のまま施用すると窒素等の養分が河川流出や地下浸透し、環境汚染を引き起
 こすおそれがある。

 しかし、堆肥化することにより、これらの問題点は次のように改善される。

@堆肥化すると発酵熱で温度が60〜80度まで上昇し、病原菌や寄生虫卵が死滅す
 る。

A生ふんと異なりガスの発生により作物の生育障害を引き起こすおそれがなくな
 る。

B発酵熱でふん尿中の雑草の種子が死滅する。

C悪臭や汚物感がなくなり、運搬や貯蔵が容易になる。

D堆肥化の過程で易分解性有機物が分解されるので、施用後に地下水汚染等を起
 こすおそれが少なくなる。

 このように、生ふん尿を堆肥化することは、環境的にも経済的にも多くのメリ
ットがある。


ふん尿処理施設の整備に対する補助事業

 畜産環境問題が畜産経営規模の拡大や混住化の進展等により深刻化しており、
加えて、最近、クリプトスポリジウムによる水道水源の汚染や硝酸性窒素による
地下水汚染が社会的に問題となっている。このような中で畜産においては素掘り
や野積みを解消する等、適切な家畜ふん尿処理利用のための施設整備を行うこと
が必要である。 

 家畜ふん尿処理利用施設の整備に当たっては、共同利用施設を整備する場合に
は、国や県の補助事業があり、個人で整備する場合には、各種制度資金による融
資、(財)畜産環境整備機構の行っている畜産環境整備リース事業がある。

国の補助事業

 国の補助事業は、市町村や農協、営農集団等が共同で堆肥センター、浄化処理
施設を設置する場合に助成するものである。公共事業では畜産環境整備事業、非
公共事業では環境保全型畜産確立対策事業がある。

 畜産環境整備事業(公共事業)は、畜産環境問題の深刻化に対処するため、家
畜排せつ物還元用草地、家畜排せつ物処理施設等畜産生産基盤の整備、周辺環境
の整備及び環境負荷源の削減等の対策を一体的に推進し、快適な畜産環境の創出
と住民の生活環境保全の推進を図っている。10年度予算額は 4,479百万円となっ
ている。また、10年度から家畜排せつ物処理に際して生じる副産物の有効利用施
設(浄化処理水再利用施設等)の整備を行うこととしている。

 環境保全型畜産確立対策事業(非公共事業)は、畜産経営における家畜ふん尿
の適正な処理、利用等を推進するため、家畜ふん尿処理利用施設の整備、堆きゅ
う肥の経営内、地域内での有効利用と広域流通体制の整備、効率的かつ低コスト
の家畜ふん尿処理技術の開発と普及、環境保全に係る指導等を行っている。

 10年度予算額は、3,166百万円となっている。また、10年度からメタン発酵、燃
焼による発電、固形燃料化等家畜ふん尿をエネルギー利用の推進のための施設の
整備を行うとともに、家畜ふん尿処理後の堆きゅう肥の敷料利用、畜舎洗浄水を
浄化処理した清浄な処理水の畜舎洗浄水としての利用、脱臭装置の設置による悪
臭の削減等を行う低環境負荷型畜産システムの実用化を促進するための施設の整
備を行うこととしている。

融資、リース制度

 個人で家畜ふん尿処理施設を設置する場合には、農業改良資金(無利子)、農
林漁業金融公庫資金(畜産経営環境保全資金)等の融資制度、(財)畜産環境整
備機構による畜産環境整備リース事業がある。

 このうち、畜産環境整備リース事業は、(財)畜産環境整備機構が、畜産農家
等の希望する家畜ふん尿処理利用等に必要な機械・装置を購入し、当該農家等に
一定期間貸付けた後、譲渡する事業である。10年度から家畜ふん尿処理施設の付
加貸付料は農林漁業金融公庫資金の畜産経営環境保全資金と同じ金利を採用する
こととなっており10年 4 月14日現在では、2.0%となっている。また、10年度か
ら畜産物価格関連対策における環境対策の一環として、新たに環境規制の厳しい
地域における素掘り貯溜、野積みを解消するために堆肥化施設、浄化処理施設等
を畜産環境整備リース事業で整備する場合は、機械購入費の 1 / 2 を助成する
事業を創設した。

指定助成対象事業

 10年度の畜産物価格決定において、家畜ふん尿処理施設の整備、低コストの家
畜排せつ物処理技術等の開発、堆きゅう肥の流通利用の促進、生ゴミや食品の残
さを活用した資源循環型畜産システムの確立等の畜産環境問題に対する課題が提
起されたことから、価格関連対策における環境対策として「畜産環境緊急特別対
策事業」を実施し、畜産環境問題の解決に資することとした。

 畜産環境緊急特別対策事業は総額10,540百万円で、主な内容は以下のようなも
のとなっている。

@畜産環境保全施設整備事業(拡充)

 家畜ふん尿の素掘り貯留、野積みの解消を図るため、(財)畜産環境整備機構
が堆肥化施設、浄化処理施設等をリースするのに必要な機械施設の購入費の1/
2を助成する。(畜産環境整備リース事業の部分で記述済み) 

A資源循環型畜産システムモデル事業 (新規)

 家畜ふん尿と生ゴミ等の一体的な処理による堆肥化、食品産業等からの食品残
さの飼料化、古紙等の敷料利用等の資源循環型畜産システムを第三セクター方式
によりモデル的に推進する。

B家畜排せつ物処理コスト低減等技術開発推進事業(新規)

 悪臭防止、浄化処理等の家畜排せつ物処理コストの低減のための技術開発等を
行う。

C堆肥センター機能強化推進事業(新規)

 高齢化等により耕種部門における堆きゅう肥の利用が減少していることから、
堆きゅう肥の利用と土づくりを促進するため、堆肥センターが行う堆きゅう肥の
成分分析や散布作業に要する経費に対し助成する。


今後の対応

 畜産環境問題は、クリプトスポリジウム問題や硝酸性窒素汚染問題などにより、
社会的に注目されるようになった。これらは人の健康に直接関連する問題であり、
畜産としては、素掘りや河川近くでの野積み等の不適切な処理を早急に改善して
いく必要がある。

 ふん尿処理施設の整備は、畜産を営む者が必ず実施しなければならない事項で
あり、費用がかかるから整備しないという次元の問題ではない。地域の環境と調
和した畜産、地域住民に受け入れられる畜産を営むことがこれまで以上に必要と
なっている。

 家畜ふん尿は、堆肥化すれば良質の有機質肥料となり、農地の土作りに大きく
役立つものになるのだから、ふん尿処理を後ろ向きなものと考えるのではなく、
必要不可欠なものとして前向きにとらえていくことが必要であろう。

家畜排せつ物処理施設の設備パターンと助成制度
*金利は平成10年 4 月14日現在


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