◎調査・報告 

畜産経営技術の高度化と農村の環境保全・都市との交流を目指して −平成9年度東日本ブロック国際農業者フォーラム−

社団法人 国際農業者交流協会 情報交流課 藤森英明



 平成9年11月27日、 北海道帯広市で 「畜産経営技術の高度化と農村の環境 
保全・都市との交流を目指して」 と題された平成9年度東日本ブロック国際農業 
者フォーラムが開催された。 (主催:(社)国際農業者交流協会、 (社) 北海道国際 
農業交流協会)

 このフォーラムは、日本農業の確立と地域農業及び農村の活性化を図るため、当
協会が平成元年から農林水産省の補助事業として、 全国を東西2つのブロックに
分け、 都道府県毎に組織されている正会員組織と共催しているものである。

 当日は道内を中心に約310名が参加し、 主催者、 来賓の挨拶の後、 デンマー 
ク及びドイツから招へいされた2名の講師の基調講演が行われ、 次いで、 会場と 
の意見交換、 最後に当協会会長大河原良雄の総括講演が行われた。
 

デンマーク酪農における品質・環境管理


【デンマーク酪農家
ソーレン・ダムスボー】

デンマーク酪農の急激な変化

 私達は、 夫婦で38haの農場と67頭の乳牛 (ホルスタイン1/3、 ジャー
ジー2/3) を所有している。 生産枠は415,000kgで、 乳脂肪率は5.4
7%である。 

 デンマークの酪農は急激に変わっている。 過去15年間で農場数は60%減少
し、 1982年の30,000戸から現在では12,000戸になった。 この傾向
は今後も続き、2000年になる前にはさらに2,000戸の農場が廃業するとい
う見方がある。 

 大規模化が進み、 新しい大型の牛舎が多数建てられているが、 その大部分はフ
リーストール形式である。 現在、 デンマークの乳牛の26%はフリーストール形
式で飼育され (75頭以上の農場では68%)、2年後には更に10%がフリース
トール形式になる見通しである。 

 近年、 環境問題が注目されるようになっている。 また、 消費者の農業に対する
要求は拡大し、 肥料、 農薬だけでなく、 家畜の取扱いに対しても、 人道的配慮が
求められている。 デンマークでは、 化学肥料、 農薬の使用が規制され、 農地面積
に応じて、 飼養頭数も規制されている。 現在、 335戸の酪農家が環境保全型農
業を取り入れ、 国内の3%の生乳を生産している。 今後、 更にこのような農場が
増えると思われる。 

ISO導入による農場管理

 過去3年間、 デンマークの60戸の農家 (酪農家22戸、 養豚農家19戸、 耕
種農家19戸) が、 第一次産業における品質・環境管理の試験的な推進事業に参
加している。 この事業は、 国際的な品質管理基準である、 ISO9002とIS
O14001に基づいている。 

 私は、 ISO品質・環境管理に基づく経営方式を作り上げた。 社会の変化が早
いので、 生産、 品質、 環境等に関する総合的、 長期的方針はどうあるべきか、 短
期的、 長期の目的は何かを明確にする必要があるが、 この方式は非常に有用であ
る。 

(注)ISO9000シリーズ、 ISO14001について

 1970年代後半、 欧米諸国において品質管理及び品質保証の重要性・必要性
についての認識が高まり、 多くの国でこれらに関する規格が制定された。 その後、 
国際的な通商活動の円滑化の観点から、 これらを統合して国際規格を制定する動
きが起こり、1987年にISO (International Organiz
ation for Standardization:国際標準化機構) におい
て、 品質システム (品質管理を実施するための組織の構造、 責任、 手順、 工程及
び経営資源等) に関する初めての国際規格ISO9000シリーズが制定された。 

 その後、 地球環境への影響を最小にしつつ経済の持続的発展を図ることを理念
として国際標準化の作業が開始され、 1996年9月に環境マネジメントシステ
ムを維持するために用いられる国際規格ISO14001が制定された。 

 この経営方式は共通手引 (手引1) と個人用手引 (手引2) の2つから成り立
っている。 手引1はすべての経営者用で、 ISO基準の必要条件、 直接関係のあ
る法律や行政機関からの通達、 個々の農場の経営者が手引2を作るのに考慮しな
くてはならない点を段階的に説明してある。 

 手引2は、 手引1に基づき、 個々の農場毎に、 農家と地域の品質アドバイザー
によって作られる。 実際の生産が計画通りに行われるように、 個々の農場に関す
る事柄とその農場の生産について作成される。 

個人用手引 (手引2) の概要

・農場の方針及び目的
・目標と行動計画

 目標は、 その達成に必要な行動計画と共に、 具体的な数字で表す。 私の農場で
は次の要素に関連した目標と行動計画がある。 

生産部門−生乳総生産高及び1頭当たり年間乳量、 飼料作物の計画収穫高等
品質部門−生乳の品質分類等
環境部門−農薬の使用、 農場の窒素バランス、 農場の下水設備等
保健部門−代謝異常、 子牛の肺炎、 乳房炎の件数とバクテリアの種類

・製品基準

・指示−日常行う搾乳やパイプラインの掃除などの大事な作業についての指示。 

・記録用紙

・業務日誌−機械の故障、 等級外の生乳、 牛の死亡などの異常事項を系統的に記
 録。 考えられる原因やどんな応急処置をとったか、 さらに、 再発を防ぐために
 どう対処したかを記録。 

・緊急時の対策−火災、 怪我につながるかもしれない事故が起こった場合や生産
 が大幅に損失を被った場合、 環境汚染の可能性がある場合などの緊急対策。 

監査制度

 年1回関係者が集まって、 生産者が計画通りに生産を行ったかどうか、 当初目
標と比較検討する。 業務日誌の異常事項についても是正や防止策を検討する。 こ
れまでは、 問題を解決するとそのことをすぐに忘れて、 間違いを繰り返す危険性
があったが、 問題を検討し、 生産方法に変更を加えることによって再発防止を防
ぐことができるようになった。 

 ISO品質・環境管理システムは書類、 自己管理(内部検査)、 公正な外部検査
から成り立つ。 内部検査は年に2回、 任意抽出の形で行う。 

ISO認定農場の利点

 農場にこのようなISO品質・環境管理システムを導入し、 発展させるには時
間と資金が必要であり、 そのシステムの運営にもお金がかかる。 消費者はこのシ
ステムに関心があってもお金を払ってくれるわけではない。 生乳の販売先は自分
達の協同組合であり、 原則として、 全ての農場に同一のガイドラインと条件を課
し、 同一価格としている。 

 最も重要なのは、 経費を賄うだけの利益が経営内に生じることである。 生産は
合意された目標に基づき行われ、 作業は明確に決められている。 間違いは最低限
におさえられ、 繰り返しが避けられる。 このようにして生じる内的利益が、 ほと
んどの経費を賄っていると言える。 更に、 ISO認定農場は保険の掛け金が10
%引きになるなどの外的利益を得られるようにも働きかけている。 

これからの農家

 デンマークでは、 農業は常に自由であった。 以前は、 自分の思うように農場を
経営し、 その時の需要に合えば自分の生産物を売ることができた。 たとえ学問か
ら得た知識がなくても、 実地の努力で行うことが出来た。 

 しかし、 ここ10〜15年の間に事情は大きく変わった。 もし我々が農業を続
けたかったら、 生産、 品質、 環境問題を管理し、 記録しなければならない。 これ
は農業者が当然身につけるべき事柄として、 これからの若い農業者教育には不可
欠な要素である。 

  「品質」 と 「環境」 という要素は、 農場が生産物を売る直前にその上に乗せら
れるものではない。 これらは生産過程に組み込まれた一部なのである。 出来上が
ったものから逆戻りして全てを調べることはできない。 それゆえ、 我々は生産過
程を全て記録しておく必要がある。 「我々は次の世代から、ただ土地を借りている
だけだ」 と言う賢人の言葉に耳を傾け、 それに従って行動する必要がある。 


農村の豊かさと都市との交流−農業収入の一つの道 「農家民宿」


【ドイツ農家民宿経営者
ウーズラ・リュッカー】

はじめに

 私は、 ドイツの森林地帯で小さな田舎のホテルを経営している。 私達は自分達
の 「農家民宿」 事業を 「他とは違う田舎のホテル」 と呼んでいる。 なぜならスイ
ミング・プール、 サウナ、 フィットネス施設など、 普通、 ホテルにあるような施
設がないからである。 しかし私達は、 お客様に、 牛、 豚、 羊、 山羊、 そして乗馬
用や荷馬車用の馬がいる、 実際に機能している農場の景色を提供することができ
る。 

付加収入としての 「農家民宿」 

 1970年代の初め、 付加的な収入を得る方法がドイツの農業者の間で知られ
るようになった。 特に古い建物のある農場には、 労働者を収容するために以前使
用されていた多くの部屋が残っており、 これらの部屋が、 夏の間、 町から来た家
族に貸されるようになった。 この 「農家民宿」 という考え方により、 農業者には
かなりの付加収入を与えた。 古い建物を 「農家民宿」 用宿舎に改築するために、 
多くの公的支援金や財政援助が整備され、 農家が利用できるようになった。 私達
は1万ドイツマルク (約65万円) の融資を地方行政機関から受け、 以前労働者
が使っていた空き部屋を改築することができ、 これが現在の事業の基盤となった。 

主たる収入としての 「農家民宿」

 1980年、 家長である義理の父の死により、 相続処理の申し立てをしなけれ
ばならなかった。 義理の弟はもう農場で働くつもりはなく、 遺産の支払いを要求
した。 私達夫婦は農場を維持したかったが、 用意しなければならないお金は農業
収入からでは賄えない金額であった。 さらに、 州は酪農家に高い衛生基準を要求
してきた。 これらの出来事は、 私達が農場を維持していくことができないことを
意味していた。 

 結局私達は所有地の約75%を売ったが、 歴史的な農場家屋の建物と、 20h
aの土地を残すことができ、 売却金により借金の一部を賄うこともできた。 さら
に私達は乗馬用の馬小屋改築、 宿舎の改築、 レストランの改築をした。 この改築
により、 売却金は底をついたが、 生活が出来るだけの経営にはすることができた。 

 農作業はお金を払って他の農家に委託している。 彼らはより使い勝手のある大
型の農機具を所有することができ、 一方私達は保管場所を維持する必要がないか
らである。 

 現在の主たる収入は、 最盛期には1日約60名に及ぶ 「農家民宿」 のお客様の
賄いやお世話をすることで得られる。 忙しい時期には12〜15時間働き、 休み
は1日もない。 この時期は、 フルタイム労働者を4名、 季節労働者を15名雇っ
ている。 

 「農家民宿」 事業の条件

 もし 「農家民宿」 事業を行い、 収入の手段として発展させることを考えるのな
ら、 私の経験から、 以下のようないくつかの基本的な条件がある。 

1)農場の条件

・農場が田舎の雰囲気を醸し出している。 
・歴史的建物、 伝統的な農村の備品を備えた部屋で、 近代的な心地よさ (特に浴
 室) も備えた部屋でなければならない。 
・農家の作業を見ることができなければならない。 

2)農場主の条件

・お客様の世話を楽しむ。 
・社交的で、 常にサービスを心がける。 
・ 「古き良き時代」 の伝統的な仕事を見せる。 

3)場所の条件

・景色が楽しめる。 
・近くに見学する価値のある場所か建物がある。 

4)宣伝方法

・ツーリズム機関の利用
・他の農業者と協力
・インターネット

5)サポート体制

・行政 (特に農林水産省) のサポート
 往々にして 「農家民宿」 を発展させるプロセスは何らかの支援がないと、 時間
 がかかる。 

おわりに

 最後に行政と政治家に少しアピールしたいと思う。 農業者達に 「農家民宿」 を
付加収入として考えることを奨励して欲しい。 同時に農業者には財政面とカウン
セリングの支援が必要である。 農業者に生きのびる道を!


フロアディスカッション


会場からダムスボー氏への質問

 農場の経営・環境管理にISO基準を取り入れているのは、 デンマークでも最
先端だと思うが、 一般の農業者の意識はどうなっているか?

ダムスボー氏

 一般の農家がISO基準を取り入れるまではなっていない。 デンマーク農業は
その生産物の2/3を輸出している。 農業は基幹産業であり、 輸出の20%を占
めている。 国際市場で競争していくために、 人件費の高い北欧の国がどうしたら
よいかというと、 何らかの差別化を考えなければならない。 そのためにはISO
基準の導入も必要と思われる。 

会場からリュッカー女史への質問

 小規模農業を維持するために特徴ある食品加工品の製造を考えているが、 どの
ようにしたらうまくいくか?

リュッカー女史

 ドイツの農場は、 自分達で計画し、 様々なことを行っているが、 これは地域性
に大きく左右される。 例えばドイツで高地にある農場ではチーズ、 牛乳などの加
工品を提供できるし、 海岸沿いの北部にある農場では魚介類を提供できる。 つま
り、 自分の農場の立地条件などの状況を見極め計画を立てることが重要である。 

【活発な意見の交換が行われた】


総括


 総括講演で当協会会長の大河原良雄が、 次のようにまとめた。 

・ヨーロッパでは共通農業政策の見直しが進められているが、 我が国でも2年後
 に迫った新しい国際農業合意交渉に向けて準備をしなければならない。 

・世界全体が直面している環境問題の重要性というものを改めて意識させられた。 
 宇宙船地球号の乗組員として、 各自が問題意識を持って行動していかなければ
 ならない。 

 フォーラムの後、 開かれたレセプションでは、 参加者と講師が活発に意見交換
する場面も見られた。 日本農業もグローバリゼーションという大きな流れの中で、 
今後益々厳しい状況になると思われる。 環境問題に関しては出遅れている日本が
今後どのように行動すべきかを考えなければならない。 農場経営においても、 環
境に配慮しながら、 それぞれの農場独自の 「オリジナル」 を出していかなければ、 
生き残っていけないかもれしれない。 今後の方向性を見出す一つのきっかけとな
れば幸いである。


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