★ 事業団から


魅力ある畜産業界の確立を目指して国際シンポジウム開催

企画情報部 情報第一課


 平成10年11月17・18日の両日、奈良市において、「モウケッコウ! 泣く
な畜産業界〜魅力ある畜産業界の確立を目指して〜」と題して、畜産振興国際
シンポジウムが開催された(主催:社団法人国際農業者交流協会、奈良県国際
農業者交流協会)。

 このシンポジウムは、近年、企業的な経営感覚と国際競争力を備えた畜産農
業経営者の育成が緊急の課題となっていることから、海外から専門家を招いて、
今後の畜産経営を討議するとともに、相互理解と友好親善を図ることを目的と
している。当日は、約200名の畜産関係者が参集した中、アメリカの肉牛肥育
業者マネージャーであるシェーン・リンゼイ氏による「アメリカでの和牛肥育経
営」、同国ペンシルベニア大学獣医学部助教授ロバート・エックロード氏による
「鶏肉、鶏卵の世界的に見た安全政策」の基調講演が行われたほか、社団法人
国際農業者交流協会 塩飽二郎理事長の総括講演が行われた。

 今月号では、シェーン・リンゼイ氏及び(社)国際農業者交流協会 塩飽二郎
理事長の講演内容をご紹介する。

注)社団法人 国際農業者交流協会

 昭和63年、(社)国際農友会(昭和27年設立)と(社)農業研修生派米協
会(昭和41年発足)が統合して設立された農林水産省と外務省との共管団体。
主な業務として・農業青年の海外派遣、・開発途上国等海外諸国の農業研修生
の受け入れ等を行っている。
【活発な意見交換が行われた。
左端が、シェーン・リンゼイ氏、
右端が、ロバート・エックロード氏。】

 

アメリカでの和牛肥育経営

−アメリカにおける一企業としての和牛生産の現状−

アメリカ・アグリビーフ社輸出マネージャー
シェーン・リンゼイ
【シェーン・リンゼイ氏】
*アグリビーフ社(Agri Beef Co.)

 アイダホ州に本拠を置く肉牛肥育会社。この分野では、全米10指に入る規模
を持つ。現在、ワシントン州に 3 ヵ所、アイダホ州に 2 ヵ所、カンサス州に 1 
ヵ所の肥育牧場を経営している。1998年には、IBP社、ナショナルビーフ社、
EAミラー社などの大手パッカーに40万頭以上を出荷する予定。近年、和牛F 1 
の生産に力を入れている。講師のシェーン・リンゼイ氏は、広島大学に留学し
た経験をもつ。

日本の肉牛生産の現状

 アグリビーフ社は、日本の肉牛業界の現状を次のように理解している。第一
に、肉用種の飼養頭数については、我々が考えていたよりも緩やかな減少にと
どまっている。過去 3 年間のと畜頭数は、約60万頭前後/年で安定を保って
いる。肉用めす牛の飼養頭数は、過去 5 年間で毎年約 1 〜 2 %ずつ下がって
いるが、これは取り返しのつかない数字ではない。また、肉用子牛の取引頭数
(黒毛和種)はもう少し減少傾向にあるが、それでも、年に02 〜 3 %程度で
ある。こうした状況は理想的ではないが、日本の和牛産業が危機に陥っている
とはいえない。ところが、日本国内のホルスタイン分野では、過去05 年間でと
畜頭数は毎年約 2 〜 8 %の幅で下がり、肥育素牛の供給の減少は著しい。同
時に交雑種の数はほとんど倍増している。日本における将来のホルスタイン部
門は、和牛部門ほど安定していないと考えている。

アグリビーフ社が目指すマーケット

 日本の和牛市場の上位クラスを狙うのではなく、下降をたどるホルスタインB 
0-3 の市場を我が社の和牛F 1 の目標とした。この B-3 は需要が大きいのに対
し、国内の供給が落ちている傾向に着目している。アメリカ流飼育環境で現実
的に生産できるのは、この等級であると判断している。箱詰めのフルセットで、
日本のユーザーに供給していく計画である。

 我々は、日本の牛肉生産者による、「和牛・国産牛肉」というものが堅実に
成長していくことが非常に重要であると確信している。和牛業界にとって、ス
ーパーで和牛肉と輸入牛肉を並べて売るには値段の差が大であり、輸入牛肉に
比較して高い和牛肉の小売価格を維持していくのは、価格差に相当するような
品質の違いを保持することが重要なのである。小売市場でこの和牛肉と輸入牛
肉の中間に位置するほどほどの品質、ほどほどの値段の牛肉=それが和牛F 1 
であり、これが日本の中で存在し得ることをコマーシャルベースの中で見極め
ていきたい。しかし、我が社の生産量は、日本の供給量の落ち込みを補充する
には、まだまだ程遠いのが現実である。

アグリビーフ社の和牛F1育成プログラム

 我が社の和牛F 1 生産計画の基本は次の 2 点である。

 1 優秀な遺伝子:和牛F 1 の母牛は、アンガスが60%、ホルスタインが40%
である。肉質の良さ、人工授精のしやすさから、ホルスタインの割合を上げて
いきたい。

 2 独自の給餌プログラム:日本の給餌方式を研究し、アメリカ式に適応させ
た。育成場の気候が乾燥しているので、畜舎内で給餌する必要はない。 01 つ
の育成用囲いでは、平均200頭飼育している。また、我が社の和牛F 1 は、生
後 9 〜10カ月で、250kg程度になった時点で離乳し、400kgになるまでは、
可消化養分の高い粗飼料でゆっくり育てる。 5 〜 7 カ月齢の増体率は0.8kg
/日である。生後24〜26カ月でと畜しているが、最終的に650〜700kgになる。
仕上げ期間には、大麦、馬鈴薯を中心に給餌している。トウモロコシは給与し
ていない。トウモロコシを給与せず、大麦・馬鈴薯を多く与えると脂肪は白く
なる。

日本国内での販売理念

 全ての製品をアグリビーフ社の名前のついた箱詰め牛肉として出荷し、日本
の牛肉卸売業者と小売市場にブランド名を定着させていくことを理念としてい
る。アグリビーフ社の製品を、和牛又は 国産牛という名前で販売することは全
く考えていない。もし、自分達でこれをしたり、あるいは、顧客がこういうこ
とをすると、我々は「消費者に嘘をつき」、「自社製品と米国産牛肉のブラン
ドに傷をつける」という 2 つの過ちをすることになる。我々は、アグリビーフ
社の製品を正直に販売する顧客に的を絞っている。この点、是非日本の牛肉関
係者に理解していただきたい。

 現在、5,000頭のF 1 を肥育しているが、将来は 3 〜 4 倍に伸ばしたい。
その成長を決める要素は、実績のある和牛精液である。和牛繁殖に適した精液
が必ずしも和牛F 1 に適しているわけではない。アグリビーフ社は A-4 や 
A-5 の市場を目指す気はない。我々が目指すところは、乳用種市場の B-3 程度
のクラスを持続的に生産することにある。

 長期的に見て、日本向け和牛F 1 生産では、米国が最適な場所であると考え
る。日本の牛肉市場には、和牛F 1 も含め北米や豪州から多様な品質と量の牛
肉製品が輸入されるであろう。和牛F 1 もそうである。そのうち、あるものは
成功し、あるものは、失敗に終わる。しかし、自分が見るところでは、その製
品が松阪牛のような高級ブランドの品質に近づくことはない。これらの製品が
占められる場所は、中級品・中価格の B-2 や B-3 の代替品としてである。そ
して、その中には、長続きしないものが多くある。大切なのは、日本国内で生
産される和牛や乳牛の牛肉商品市場がきちんと確立され、商品特性に合った棲
み分けがなされ、その中で米国産牛肉の評価が食肉関係者や消費者に得られる
ことである。


農業関係者が念頭に置かなければならないこと

社団法人国際農業者交流協会
理事長 塩飽 二郎
【塩飽理事長の総括講演】
 日本の農業は今、大きな転換期にきている。新たな農業基本法の制定を含む
農政の改革についての検討結果として、「食料・農業・農村基本問題調査会答
申」が、10年 9 月に決定された。日本の農業がやっていかなければならない
道が示されているわけだが、特に日本の農業が世界の中で伍していくために政
策的に必要なことが出されている。具体的には、今後、法律や予算として、具
体化されていくであろう。今後これらの動きに注意を払っていくことが大事で
ある。

WTO交渉の準備

 次のWTO交渉がどうなるのか。今回は、前回の交渉が終わったときに次回の
ことまで決めてあるという非常にめずらしい交渉結果となっている。通常、交
渉というのは 5 〜 6 年かけて終わった後、次のことは決めないで終えるのが
普通である。どういう交渉方法を採用するのか等を決めるのに膨大なエネルギ
ーを使う。下手をすると、10年ぐらいかかる。前回のウルグアイラウンド農業
交渉も具体的に始まったのは、1986年だが、アメリカがそういう交渉をやらな
ければならないと言い出したのは、1980年ぐらいからである。それが、ECも
開発途上国も日本も最終的にまとまってゴングが鳴ったのは、1986年だから、
実際にアメリカが言い出してから交渉が始まるまで、 60年もかかった。

 今回は、・西暦2000年の年初からスタートする。・内容については、前回の
枠組みと方向を基本的に踏襲することになる。つまり「農業政策の改革」を継
続することになる。重要なのは、「更なる自由化」ということばが使われてい
ることだ。したがって次の交渉は前回の交渉で合意された枠組みを基本的に踏
襲する。これが大原則になる。しかし、「自由化を進める」ことの一点張りで
やるのかというとそうではない。各国の農業の構造、経営規模、コストあるい
は自給率が国によって異なるから、その違いを無視して一律に自由化の論議は
できない。「更なる自由化」という考え方を修正する考え方として日本やスイ
スが主張して挿入した「農業の持つ特殊性」「農業の果たす多面的機能」とい
う農業の持つ幅の広い役割に考慮を払って交渉を行うことが合意されている。
各国ともこれを無視して交渉することはできない。

 一方では、農業の自由化を追い求める前回の思想を延長しつつ、他方では、
農業の果たす多面的な役割が生かされるような交渉がされなければならない。

農業関係者の努力の必要性

 日本の農業は今までいろいろ努力してきたが、内外価格差の縮小という点に
向かってコストの引き下げを図っていくことが引続き重要である。特に日本の
農業は経営規模の面で大きな制約があるから、諸外国の経営に裸で立ち向かっ
ていくことは難しい。コストを下げる努力は既に生産段階、加工段階、流通段
階とあらゆる場面で行っている。これ以上合理化を進めるのは容易ではない。
そのことは、諸外国にも理解してもらわなければならない。しかし、最後に物
を言うのは、コストの引き下げのためにどのように努力しているかである。

 諸外国と比較し我が国の経営規模の不利は避けられないにしても、差別化、
品質、食品の安全性ということで日本の特異性を発揮しなければならない。幸
い日本は、例えば、さくらんぼ・りんご等で国際化に立ち向かう経験をしてい
る。自由化される前は、大変心配した。しかし自ずから市場において棲み分け
ができている。残念ながら生産量は減っているが、伝統的な産地では、品種改
良、技術革新が進んでいる。品種・安全性に対する努力の可能性はかなりある
といえる。次のラウンドのことを考えれば、「コスト引き下げの努力」「技術
革新の努力」はどうしても必要である。これが「交渉力」になる。交渉という
のは、自国での努力の積み重ねを背景に行われるものであり、これが交渉力と
なる。日本の農業のために日本の国内の農業関係者がいかに努力しているかと
いうことが交渉にとっても一番大事である。


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