◎調査・報告


平成10年 8 月豪雨災害(栃木県)における被害と対応について

栃木県農務部畜産課


 平成10年 8 月26日夜から降り始めた雨は、台風 4 号に刺激されて活発化した
前線の活動で、局地的に激しい豪雨となり、県内観測史上例を見ない大雨となっ
た。26日の降り始めから31日にかけての総雨量(1,254ミリ)は、平年の年間降水
量のほぼ 3 分の 2 に相当する。この大雨により、栃木県那須町・黒磯市を中心
に被害が発生し、県内の死者は5名、行方不明者2名、住家被害は全壊47棟、半
壊48棟、一部破損34棟、床上下浸水2,846棟にのぼり、道路・河川等の公共土木施
設被害は1,218箇所559億円、林務関係被害が768箇所97億円となった(11月24日現
在)。

 今回の災害では、多数の家畜が川に流されるという事例が発生したことから、
その被害の概要と県の対応を報告する。


1 被害の概要

 主たる被災地である黒磯市、那須町は乳用牛頭数が県全体の37%、肉用牛が同
じく13%、豚が15%を占め、県内でも畜産の主産地である。そのため、河川の増
水により、牛が水死・流失する、雨水が畜舎の中に溜まり子牛、豚が衰弱死する、
停電によって空調が止まり、豚が酸欠死・熱死する、地下式サイロへ雨水が流入
したり地下水位の上昇によりサイロの排汁口から水が吹き出してサイレー  ジが
変敗するというような過去に例のない畜産関係の被害が発生した。

 被害の概要は次のとおり。

(1)飼料作物

 収穫皆無換算面積約470ha、損害量約2,600トン、被害金額約2億8千万円(う
ちサイレージ被害量 1,380トン、被害金額約 1 億 6 千万円)。

(2)家畜


(3)畜舎等


 その他、クーラーステーション、飼料倉庫等の共同利用施設被害や停電や集乳
不可による生乳の廃棄、乳房炎の発生による廃用等を含めると畜産関係の被害総
額は 8 億円を超える。
【水没したクーラーステーションの生乳検査室内部】

2 県の対応

(1)被害の把握

 被害の状況を把握するため、あらゆる方面からの情報収集に努めたが、通信の
状況が悪く、また、連絡が取れても被災地までの交通が遮断されているため、市
町村等も正確な情報をつかんでいないという状況であった。家畜が流失した農家
(酪農家3戸、F1肥育農家 1 戸、和牛繁殖農家 1 戸)が特定されたのが28日
午後2時、家畜の流出頭数が確定したのは 9 月 9 日、農作物被害、施設被害等
を含む全体の被害がまとまったのが 9 月21日となった。

 県が取った主な応急対策は流失牛の処理と浸水農家の衛生指導(畜舎消毒を含
む)であった。

(2)漂流牛の状況

 関係者によると、被災農家を中心とした地区が濁流に襲われたのは27日の午前
5時頃であった。被災地区の下流域の黒羽町(後日多数の漂着牛を確認)では早
くから牛の漂流が確認されていたが、所轄の家畜保健衛生所を経由して本庁に牛
の漂流の情報が入ったのは、午前10時であった。その後時間を追うごとに下流域
から情報が入り、午後1時30分から3時にかけては水戸市内の那珂川で牛の漂流
が確認されている。

【増水によって激流が牛舎を横断。流木等がスタンチョン
に溜まっている。】
 自力で川から這い上がった牛を捕獲した例もあったが、増水のため迂闊に人が
川に近づけない状態であったため、多くは流れるに任せるままという状況であっ
た。

 畜産課では、漂流牛の処理の統一を図るため、27日に「漂着家畜の措置方針」
を作成し、関係機関・団体へ送付するとともに、農務部出先機関職員を中心とし
て捜索活動を実施した。

 この捜索活動やその後の監視パトロール活動及び町村からの報告に基づき、8
月29日以降 6 回の保護・回収作業を実施した。

(3)漂着牛の対策

 ア 漂着生存牛の保護

 流失した384頭のうち生存保護牛は151頭で、多くは被災地域のすぐ下流域で付
近の農家の方や農協職員が積極的に保護し、町村役場に通報するとともに、引上
げ地に近い畜産農家の畜舎に収容された。

 生存牛対策としては、保護された牛が確実に畜主へ戻るよう県畜産課が「生存
牛台帳」を8月30日から作成し、関係機関・団体の協力により、この台帳の更新
を毎日繰り返しながら保護牛の所在の確認を図った。9月10日に黒羽町でF1が
1頭保護されたのを最後に、流失して保護された牛の合計は151頭、その内茨城県
内の那珂川流域で保護されたのは 7 頭であった。

 牛の個体識別は耳標や首の番号札に拠った。耳標等が無い乳牛が31頭、F1が
5頭いた。耳標の無い牛も含め一時繋養場所で県・市町村・酪農協職員立ち会い
の下、畜主が特定作業を行い、9 月19日には畜主による確認がほぼ完了した。
【漂着生存牛の収容作業】
 イ 漂着死亡牛の回収・処理

 県が策定する「地域防災計画」では、死亡獣畜の処理は市町村長が処理計画を
策定し、これを行うこととされている。そのため当初は漂着した地点を所管する
町村に処理を任せることとしたが、適当な処分場所が無いことや経費の問題等か
ら町村側が難色を示した。また、県保健衛生部は、死亡獣畜は産業廃棄物である
ため飼養者が処理すべきとの解釈であった。しかし、飼養者が飼養者責任で早急
に処理するのは事実上困難であり、また公衆衛生上放置できないため、県農務部
主導で漂着町村の協力を得ながら死亡牛の回収を行った。被災市町内の死亡牛は
被災市町内で処理した。

 被災市町のすぐ下流である黒羽町で多くの死亡牛が回収された。町内のある地
区では、幅10m・長さ200mに渡って堆積した流木等の中に40頭を超える牛が埋もれ
ていた。降雨や不安定な足場での作業となり、一時はあまりの悪臭に急きょ木酢
液を入手して、振り掛けながらの作業となった。9月10日に黒磯市の被災地区付
近で乳牛の子牛1頭が回収されたのを最後に、死亡回収された牛は94頭、その内
茨城県内で回収されたのは23頭であった。

 処理に当たっては、生存牛と同様に個体の特定作業を行ったが、耳標の無い乳
牛が25頭、F1が8頭、畜種不明が16頭いた。特に発見月日が遅れると耳標の脱
落、表皮の剥離等により畜種の識別も困難となった。

 この他、牛舎内で死亡した牛は108頭であった。一番多い農家で53頭の牛を処分
する必要があったが、市や農協等の積極的な対応でそのほとんどを速やかに焼却
後埋却処分した。焼却・埋却場所は被災農家の所有地で、かつ、周辺環境に影響
がない場所とし、これら処分は全て、県の家畜防疫員の立ち会いの下に行った。

 茨城県及び茨城県内漂着市町村の関係者におかれては、地元の被災対策に加え、
漂着牛についても迅速かつ適切な処理をしていただいた。特に、増水した那珂川
にボートで乗り出し川に漂う生存牛を救出された一般市民の方、弱った保護牛を
手厚く看護された酪農家やその他関係者各位に、この紙面を借りて厚く御礼申し
上げる。

流失牛の内訳

 注:( )内は、うち茨城県漂着頭数

(4)浸水農家対策

  今回の豪雨は河川に近い地域のみに止まらず水はけの悪い場所等でも牛舎の
浸水等が発生した。そのため、8月28日に家畜の疾病予防 (伝染性疾病、乳房炎
等)、ふん尿の適切な処理を目的として「水引き後の衛生対策マニュアル」を作
成し、農協、酪農協を通じて畜産農家へ配布した。同時に、その後の衛生指導、
畜舎消毒計画作成のため、農協・酪農協を通じて情報収集に努め、30日に第1次
畜舎消毒計画を決定し、車、器材等の調達を開始した。なお、薬品については、
災害発生初日の段階で、必要となる薬品の確保を栃木県動物薬品器材協会に依頼
した。 90 月 3 日から 9 日に、延べ216戸、322棟の畜舎消毒及び衛生指導を実
施した。酪農家のうち34戸、199頭に乳房炎の発生を確認した。

畜舎消毒実績


(5)復興対策

 今回の農漁業災害に当たり、被災市町村長からの栃木県農漁業災害対策特別措
置条例 (以下「 条例」と略す。)の適用要望を受けて、県としては9月21日付け
をもって条例を適用した。

 条例により適用となる畜産関係の対応措置は下表のとおりである。今回甚大な
被害を受けた農家の畜産関係被害総額(住宅被害を除く)は、少ない農家でも2
千 5 百万円、多い農家で1 億 9 千万円にのぼった。しかし、既存の災害対策融
資制度をどう活用しても最高1900万円しか借りることができないため、復興のた
めの手当てをどう確保するかが災害発生の早い段階から庁内でも議論の対象とさ
れた。そこで、 9月補正予算で農業近代化資金に災害復旧支援資金を新たに創設
し対応することとした。

 一時は、今回の災害が畜産農家の減少に拍車をかけるのではないかということ
も懸念されたが、幸いなことに、甚大な被害を受けた畜産農家も含め、ほとんど
の畜産農家が経営の継続・再建に意欲を持っている。そのため、被災農家の負担
を極力軽減するため、新設した制度資金の他、既存の補助事業やリース事業の活
用推進や濃密な営農指導により再建を支援していく考えである。

ア 条例に基づく補助事業内容


イ 災害関連融資制度内容



3 おわりに

 栃木県では「地域防災計画」の大幅な見直しを図っているところであったが、
今回の災害は、予想しえない所・形で発生した。そのため、県としては今回の災
害を大きな教訓として、今回の災害発生によって明らかになった問題点を一つず  
つ検証しながら、災害に強い体制作りを図ることとしている。

 畜産に関しては、災害の影響を最小限とするため、下記の点を早急に検討して
おく必要がある。

(1)迅速な災害対応のための被災地情報の収集システム

 農家情報(住所、経営者名、畜種、飼養頭数、地図上のプロット等)のデータ
ベース化、情報収集ルート、関係機関における情報の共有化等

(2)広範囲に渡って停電が発生した場合の発電機の確保と応援・利用体制

 発電機の備蓄・利用組合設立、酪農協における災害時の動員計画等

(3)道路遮断の場合の集乳・飼料配送経路の確保

 災害時の交通情報の提供体制、代替え集乳等経路、酪農協間の集乳車融通等

(4)クーラーステーション、牛乳工場の応援体制酪農協等間の生乳処理施設等の
  融通等

(5)多数の家畜死亡時の処分方法

 処分方法、処分場所、処分経費、処分のための関係者の協力体制等

 今回も停電により搾乳ができなかった農家が、ポンプタンカーの真空圧を利用
して搾乳した事例などが報告されている。この方法を試験場等で検証してマニュ
アル化することも一つの方法であると考える。

 今回の災害に当たり、全国の多くの方々から暖かいお言葉や義援金などをいた
だいたことに対し深く感謝の意を表する。

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