畜産局家畜生産課 課長補佐 磯貝 保
酪農の安定的発展のためには、生産コストの低減により生産性の向上を図るこ とが重要である。 生乳1kg当たりの生産コストは、経産牛1頭当たりの総コストを生産量で割った ものである。そのため、生産コスト低減のためには、経産牛1頭当たりに要する コストの削減とともに、乳量の増加が極めて重要となる。昭和55年以降、経産牛 1頭当たりの乳量は、年当たり約140kg伸びており、このことが生産コストの低減 に大きく寄与してきたことは間違いない。
乳量は最近も順調に伸びている。ところが、その内容が大きく変化している。 平成5年に、家畜改良センターにおいて、種雄牛に加えて雌牛個体の遺伝的能 力評価が開始された結果、乳量の伸びの内訳が分かるようになった(図1)。雌 牛といっても牛群検定牛に限られるが、近年は、我が国の乳用牛の4割以上を占 めており、全国的な傾向をみるには十分である。この牛群検定牛の遺伝的能力の 生年別平均の推移が、まさに国内の乳用牛の改良の実態を示している。 ◇図1:遺伝的能力と飼養環境の効果の推移(乳量)◇ それによると、年当たりの改良量は、1989年を境にして2倍以上(57kg→126kg) に向上している。 1989年に何があったかといえば、1984年に全国的な後代検定が開始され、最初 の候補種雄牛の検定終了を機に全国統一の種雄牛評価が開始されたのがこの年の 3月である。すなわち、その評価成績に基づき選定された種雄牛の産子が生まれ 始めたのが1990年であるため、この年から前年に対する改良量が2倍になったと いうことは、まさに後代検定と種雄牛評価の効果と言うことができる。 また、家畜改良センターでは、牛群検定農家1戸ごと・年ごとの飼養環境の効 果も計算・提供している。Aさんのところで、昨年分娩した乳用牛に対する飼養 環境の効果は+200kgのように数値化される。 これを分娩年ごとの全国の平均値の推移としてみると、それが我が国の飼養管 理の改善の実態を示すことになる。以前は、年当たりの改善量が非常に大きかっ たが、最近は年31kg程度に鈍化している。その原因としては、増え続けていた濃 厚飼料の給与量が牛の生理からみて限界に達しつつあることや、酪農家の飼養管 理技術が全体的に高度化し平準化してきたことが考えられる。 図1に示された期間の牛群検定牛の乳量の増加は、年当たり約150kgである。実 乳量の伸びはそれ以前とほとんど変わっていない。しかし、以前は乳量の伸びの うち約2/3が飼養管理の改善によるものだったのが、最近は約4/5までが乳牛の 改良によるものに変ってきている。 言い換えれば、現在では、乳用牛の改良が滞ると、実乳量の増加が滞ることに なる。 なお、酪農家の方から、「飼料の給与量の増加に伴い乳量が伸びており、実感 としては改良よりも飼養管理の効果である」と言われることがあるが、遺伝的能 力の伸びにより、乳用牛の飼料の摂取量が増え乳量が増えるのであって、飼料給 与量の増加は、まさに乳用牛の改良の結果と言うことができる。
別の面から乳量と生産コストについてみてみたい。 図2は、酪農家の平均乳量階層別の実コスト(家族労働費を除いたコスト)と 所得の関係と、その階層別の平均値のもととなっている酪農家の分布を示したも のである。(注:図2、3の乳量及び生乳1kgとは乳脂率3.5%換算。) 上段の図をみれば、乳量が多い階層ほど生乳1kg当たりの実コストは低く、そ の分所得が増加することが分かる。 また、中段に示した経産牛1頭当たりをみれば、乳量が多い階層ほど、飼料費 の増加等により実コストは高くなるものの、生乳1kg当たりの実コストの低下と 乳量増加の相乗的効果により所得は大幅に増加するのが分かる。 しかしながら、下段の図のように、酪農家の分布をみれば、思ったほどには傾 向は顕著ではない。当然ながら、生乳1kg当たりの実コストは、乳量が増えるに 従い低下する傾向(右下がり)がうかがえるがバラツキが大きい。すなわち、酪 農家の分布からは、乳量が多ければ誰でも生産コストが下がるわけではないこと が分かる。 ◇図2:経産牛1頭当たり年間乳量(乳脂率3.5%換算)と実コストの関係◇ では、この大きなバラツキは何によって起こるのだろうか。実コストのうち6 〜7割は飼料費である。実は、この飼料費の分布をみてみると、高コストの酪農 家では、特に飼料費が多くかかっていることがわかる。 図3は、生乳1kgの実コストが、平均的な水準より高い酪農家と低い酪農家の飼 料費を、経産牛1頭当たりと生乳1kg当たりでみたものである。経産牛 10 頭当た りの飼料費には大きな違いはみられない。ところが、生乳1 kg当たりになると違 いが明瞭となる。この図からは、生産コストが高い酪農家では、飼料の単価が高 いか、飼料に無駄があることが推察される。 ◇図3:高コスト経営と低コスト経営における飼料費の比較◇ 結局、図4のイメージのように、乳用牛の遺伝的能力を100%きっちりと、それ も安い飼料で無駄なく引き出すことが効率的な生乳生産の基本と考えられる。 遺伝的能力を引き出しきれていなければ、まずはそれを引き出す必要がある。 そして、さらに生産性を高めていくためには、無理な飼料給与で生産量を増やし ても生産性は上がらないため、土台である遺伝的能力を大きくして、それを安く 無駄なく引き出すことが重要と考えられる。 ◇図4:生産性向上の概念◇
さて、それでは、乳用牛の改良は、実際にどれだけの経済的な効果をもたらす のだろうか。 年当たり126kgの増加ということは、更新される雌牛とその後継牛の遺伝的能力 差は578kg(世代間隔4.6年と仮定)ということになる。この乳量の差による生産 コストの差を、「牛乳生産費調査」に基づき乳量の増加に伴う飼料費の増加など を考慮して計算してみると、乳脂率3.5%換算した生乳1kg当たり3.9円となる(図 5)。乳価が変わらないとすれば1頭当たり年3万7千円、経産牛50頭の酪農家であ れば年185万円の所得差に相当する。これらはあくまでも試算であるが、乳用牛の 改良の経済的効果が大きいことは明らかである。 ◇図5:遺伝的改良による生産性の向上(試算)◇
乳用牛の改良は、優良な後継牛の確保にほかならない。優良な後継牛の生産の ためには、能力の高い雌牛を選抜することと能力の高い種雄牛を選抜することが ポイントである。的確な選抜のためには、雌牛については能力検定情報、種雄牛 については後代検定に基づく遺伝的能力評価情報の活用が不可欠である。そのた め、乳用牛の改良のためには牛群検定と後代検定の着実な実施が重要と考えられ る。 一方、能力が高い雌牛の選抜が重要ということは、見方を換えれば、その他の 雌牛にホルスタイン種を交配する必要はないということである。増加している交 雑種の生産は、後継牛の生産に用いない低能力牛等の活用によって、酪農家の副 産物収入の向上と優良な牛肉資源の確保を可能とする一石二鳥の方法ということ ができる。もちろん、後継牛の生産に用いるべき雌牛が交雑種生産に用いられれ ば、乳用牛の改良は遅れることになる。 雌牛の能力を的確に把握し、能力に応じて後継牛と交雑種の生産を行うことが 基本であり、それにより酪農における生産性の向上と交雑種生産による副産物収 入の向上も両立すると考えられる。
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