◎専門調査レポート


地域総合経営支援システムのさきがけ −久住町和牛振興会の活動−

京都大学 農学部 教授 宮 崎  昭

 

 

 




はじめに

 九州本土の屋根と言われる久住山、大船山を主峰とするくじゅう連山の南麓に
広がる久住高原の雄大な景観は、古くから多くの人々に愛され、自然を好む老若
男女が毎年数多く観光に来ていた。近年、自然派指向、アウトドアーブームによ
って、この大自然の中でリフレッシュすることを目的に訪れる人が急増し、平成
9年には年間190万人がそこを訪れた。この美しい景観は、自然にそこに存在し続
けたわけではない。標高500〜900mに広がる1,000haに及ぶ草原は、きめ細かい和
牛の放牧と野焼きを含む人為的な働きかけの下で、草地の改良、更新という維持
管理に努力する地元の人々の長年にわたる精進によってつくられたもので全国的
に稀有なものである。

 今回訪れた久住町和牛振興会はこの牧野の維持管理に努めた集団として、平成
10年度に朝日農業賞を授与された。昭和30年代の終わりから全国的に和牛の放牧
の衰退した中でここは夏山冬里方式による子牛生産を続け、著しい増頭を実現し
た集団である。

 この報告では、久住町和牛振興会の集団化の契機、発展の経過と活動内容、放
牧や乾草生産の技術などを調べるとともに、それが景観保全にどのように役立っ
ているのかを明らかにしたい。

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集団化の契機

 久住町和牛振興会は、昭和54年に会員数557戸でもって自主的に設立された。当
時の繁殖雌牛飼養頭数は、1,871頭であったので、1戸当たり平均3.6頭であった。
この会が発足する以前、和牛は役用と採肥用に小規模に飼養されている状態であ
った。やがて、食生活の変化によって和牛は肉畜として重視されはじめ、農家経
営でも重要作目と認識されていった。久住町では昭和49年から草地開発事業が始
まり、飼料基盤が確立し、肉用牛増頭の気運が高まった。そこで集落単位の畜産
小組合が組織され、それ以外にも有志による独自の組織が活動を始めた。しかし、
それは不充分であったので、もっときめの細かい畜産指導体制が求められ、また、
広域かつ強力な組織も必要となり、これらを統合する形で久住町和牛振興会が任
意組織として結成された。


発展の経過

 発足当時から、この会は久住町の和牛飼養農家が全戸加入し、自主・自力運営
するものの、増頭、自給飼料給与、子牛の市場上場などに対する指導助言を町、
農協、共済組合から受けていた。それをより効率的にするため、昭和57年に第3
セクター方式の総合的指導機関として、久住町畜産センターが開設された。

 これは、町、農協、農業共済組合の3者が連携して、経営技術指導、診断、人
工授精、農業共済、補助奨励業務を行うためのものである。町が3分の2、農協が
3分の1の費用を負担している。職員は所長が専任で、町が3名、農協が6名の職員
を出向させて、支援業務を一元化して行っている。久住町和牛振興会は畜産セン
ターが行う支援活動の受け皿的な役割を果たし、和牛振興に大きく役立っている。

 その指導が効果的になっている背景には、久住町にクローン牛を誕生させるな
ど活発に活動している大分県畜産試験場があり、農家にさまざまな情報を提供し
ているからであろう。

 畜産センター設立をきっかけとして、改良と増頭への動きが活発になった。そ
れを受けて、この会は昭和63年に久住町和牛振興大会を開催し、独自の長期増頭
計画を策定し、繁殖雌牛3,000頭という目標を掲げた。なお、この大会は5年おき
に開催され、平成10年度の大会では、既に2,714頭まで増頭した実績をさらに伸ば
そうと、平成20年には繁殖雌牛5,000頭という高い目標を設定した。過去10年間の
増頭は1.45倍で、これは同時期に全国では減少しているのに比べ大幅な伸びと言
えよう。

 しかし、この地域でも、農家戸数は年々減少し、平成10年には283戸になった。
それでも増頭意欲が強く、牛飼いをやめる人々の牛を、規模拡大を考える地元の
人々が増頭に活用しているのは注目に値する。その結果、1戸当たりの繁殖雌牛
所有数もこの10年間に4.5頭から9.6頭に増え、10頭以上飼養する農家は35.7%と
なり、全国平均12.2%よりはるかに大きくなっている。


組織と活動内容

 久住町和牛振興会は図1に示す組織で運営されている。

 この組織の下では、年間の主要な事業計画は図2に示すとおり、会員の意見集
約を行ったうえで、役員会で企画・立案され、それが通常もしくは臨時の役員会
で意思決定される。

 なお、役員会は、会長、副会長3名、事務局長、会計、監事3名、振興部長、改
良部長、広報研修部長、青年部長、婦人部長、さらに振興部3名、改良部3名、広
報研修部2名、合計22名で構成される。

 その活動は次のとおりである。

◇図1:久住町和牛振興会組織図◇
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◇図2:意思決定のしくみ◇
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振興部

 子牛を市場に上場する50日前に巡回し、市場性向上のための事前指導を実施し
ている。その際、久住町畜産センター所長、課長、職員、改良部長、人工授精師、
および各地区の会長がチームをつくり、徹底した指導を行っている。また、削蹄、
毛刈りの講習を年1回開催し、その成果は子牛の市場性の向上、斉一化に役立っ
ている。また、サイレージ調製技術の向上を図るため、コンクールを年1回開催
している。さらに、小組合長を年1回先進地に研修させている。


改良部

 旧町村単位の3地区で品評会を開き、飼養管理と改良技術の向上を図り、基礎
雌牛群のレベルアップをねらっている。また、地区、町品評会、郡市共進会に出
品する選抜牛の個別巡回を行い、育成状況について指導している。その結果、振
興会員の出品牛は近年優秀な成績を挙げている。平成8年の大分県畜産共進会で
グランドチャンピオンとなり、平成9年の第7回全国和牛能力共進会の若雌の部で
農林水産大臣賞、高等登録群で優秀賞を受賞するなど、牛の改良面でも好成績を
収めているのは、日頃の活動の成果といえる。

 育成管理指導として、優れた血統の繁殖雌牛の地域内保留をすすめ、その後の
育成に関し飼育面で指導を続けている。その成果は、日本一の種雄牛言われる
「糸福号」の産子について、約900頭の地域内保留を実現した。最近は、それら
にどの種雄牛を交配するかについての検討も始まっている。


広報研修部

 研修のための座談会を小組合ごとに開き、町、農協職員と会員の勉強と親睦を
図っている。この会には、会員が必ず夫婦同伴で出席することになっており、肉
用牛飼養の日常的作業の担い手となることの多い婦人の技術向上に努めている。
また全会員は、地元の大分県畜産試験場に視察に行って研修し、それが増頭意欲
に結びついている。さらに、「久住町和牛振興会だより」を年2回発行している。


青年部

 後継者グループの「はなぐり会」は50才以下の会員30名により構成され、各種
行事の計画立案、実施にあたっている。最近の取り組みは、優良種牛の育成と肉
用牛品種改良及び卓越した経営管理技術を習得する目的で、とくに中核的農家で
ある会員は「久住New Wind」を結成し、優秀な種雄牛を自らでつくろうと、鹿児
島県から、後躯の優れた雄牛を導入している。また、ヘルパーとして、積極的に
地域活性化に向けた活動も行っている。


婦人部

 発足時から婦人部を結成しようという意見もあったが、表に出る活動は男性に
まかせておいて、実質的な和牛飼養の担い手として実力をつけてきた婦人たちも、
昭和55年になって、婦人部を設立した。スローガンとして「久住の牛は女性の手
から・心から」を掲げ、表舞台に踊り出る形になった。婦人たちは、もとは牛飼
いといっても飼料を与えるだけという感じであったが、その後幅広く活動を開始
し、牛飼いの勉強にいそしんでいくようになった。畜産経営感覚の向上のために、
外部から講師を招いて経営講座を開催するなど積極的な取り組みを展開している。
その成果は、社団法人中央畜産会主催の第10回全国優良畜産経営管理技術発表会
で会員が畜産局長賞を受賞するまでになっている。今後の増頭は婦人の力によっ
て実現すると思えるほど積極的である。彼女たちは、朝日農業賞受賞を機に、海
外研修を計画し、行ける人からどんどん行こうと張り切っている。筆者が町長に
会う予定と知ると、海外研修を町として応援してほしいと言っておいてと言われ
た。町長にその旨を伝えると、「そうか、キミちゃんたち、そう言っておるか」
と、町長と和牛の担い手たちが実に親密な付き合いをしている様子であった。こ
の研修も近々実現することであろう。


その他

 平成8年度からスタートした豊後牛ヘルパー事業も注目されている。この補助
事業への取り組みに、久住町和牛振興会は、小組合を通じて全組合員にアンケー
ト調査を行い、会員の総意で、久住町肉牛ヘルパー推進協議会を設立した。ヘル
パーの仕事は、飼養管理、市場出荷、削蹄、除角、鼻輪通しなどで、ヘルパーと
して64名が働くことになった。いずれも臨時ヘルパーで、本業はほとんどすべて
が農業である。ヘルパー要員は小組合長によって各地区で選ばれ、登録されてい
る。その仕事は、たとえば成牛の一斉削蹄は後継者グループはなぐり会が実施す
るなど、適材を適所に派遣している。今後、当地で、とくに高齢化、多頭化が進
むにつれて、ゆとりをもって和牛を飼育できる環境づくりに役立つものと期待さ
れている。


牧野の運営と利用

和牛の放牧が牧野を守る

 牧野は古くからの入会地で、総面積は1,117ha、そのうち3分の2が牧草地、3分
の1が野草地である。それを24の牧野組合がそれぞれ運営、利用している。久住
町和牛振興会は、集落単位に組織された46の小組合を土台に、これらの牧野組合
を横断的に結びつけ、地域全体を対象にした和牛振興の推進役を果たしている。
広大な牧野を維持し、地域の資源を効果的に活用するためには、多くの工夫が続
けられてきた。

 まず、ここは高原地帯で風光明媚なため、これまでしばしばゴルフ場の造成や
リゾート開発を目的にした土地買収攻勢にさらされてきた。それに対し、久住町
は、集落有地を町有に移管したり、農事組合法人有を購入したりして、牛の放牧
に利用する限り、もとの入会権者に使用させている。また、数多い入会権者がい
るので、なかなか意思統一が困難なために売却を逃れた牧野もあったようである。
その結果、高原は乱開発の魔手から守られ、景観を壊す建物が作れなくなった。
このように町を動かした原動力は、入会権者としての和牛飼養農家の姿勢にあっ
た。もし和牛の放牧が衰退していれば、この草原の多くは林地となり、高原とし
ての景観は保たれなかったといわれる。年間190万人に及ぶ観光客を引き寄せる
久住町の魅力は和牛が飼われ、草原が維持されてこそである。この集団は景観を
保全し、観光資源を維持することによって、地域の振興に大きく役立っているの
である。

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【高原は、乱開発から守られた。】
1,000頭以上を放牧

 和牛は夏山冬里方式で飼養されている。4月から12月上旬まで、改良した牧草
地と春に野焼きした後の野草地に1,000頭を超す雌牛が放牧される。太陽の下で
草をはみ、適度な運動で体力がつき、ここの牛は繁殖障害にかかりにくい。放牧
料は1頭平均で月額2,000円かかるが、労力の軽減と飼料代の節約で、経費は畜舎
で飼育する場合の半分ですむといわれる。平成5〜9年には子牛は市場で平均1頭
が35.2〜38.5万円で、ほかの産地にくらべ、やや高めであった。

 一方、久住町の子牛1頭当たりの推定全算入生産費は34.8万円(甲斐諭「畜産の
情報」国内編93.3)であるので、販売額は若干のプラスの利潤が出ている。労働
費を含めての生産費であるから、これは見事な成績である。農家できけば、子牛
は35万円で売れるのがいちばん良いと言う。もしこれより高く売りたいと望めば、
それを買った肥育農家が困るし、逆の場合はこちらが困るとのことである。

 なお、この子牛の市場価格は、実は優良子牛を地域内保留して市場に出さない
にもかかわらずこの値段なのである。


牧野の管理は共同作業

 牧野管理を上手に行うためには放牧頭数の調整が大切である。ここでは面積に
比べて頭数が少ない牧野には他の牧野組合の牛を放牧することによって相互に面
積と頭数のバランスをとっている。入会牧野組合は本来、閉鎖的な組織であり、
入会牧野の利用は入会権者に限られることが多いのに、この集団は収容能力と頭
数を調整して過放牧を防いだり、逆に放牧密度の薄さを防いでいる。

 放牧中の牛を集め、ダニを駆除するためにバイチコールを背線に塗る作業や、
フェンスの修理などは入会権をもつ人々のうち、牛を放牧する農家の共同作業で
ある。頭数の多い人と少ない人のバランスをとるため、冬飼い用に牧野で生産し
た乾草の梱包(18kg)を買うとき、300個以下の農家は 1 つ440円、300〜600個の
農家は460円、600〜1,000個の農家は480円、1,000個以上の農家は500円と決めて
いる。ふつう多く買う人は割安になりそうに思うが、これは出役人数が同じ農家
同志で共同作業をするとき、多頭数を放牧する農家が得をすることがないように
配慮したものである。

 放牧場にギシギシが目立つときには、出役日を決めて、会員は全員夫婦同伴で
1日それを掘りおこし、草生の維持につとめる。そんな夜は、近くの黒川温泉で
懇親会が開かれる。


野焼きはボランティアも協力

 野焼きも草生を良くするために必須である。それを実施する牧野組合は現在20
組合、うち毎年実施するのは10組合である。なかには県内外からボランティアを
100名近く集めて野焼きをする2組合がある。これは観光客と地元が相互理解を深
めるための試みであり、参加料1,500円を払って一般市民が手伝いつつ、新しい経
験を楽しむのである、野草地には木が生えているところもある。この野焼きに先
立って、放牧牛がくぬぎの木立の下草を食べているので、くぬぎは火の勢いに負
けて枯れることもない。もし、木の下に多くの枯草が残っていると、その熱でく
ぬぎは駄目になってしまうのである。牛はこんな点でも役立っている。

 放牧牛に対する除角も強力に推進されている。共同で放牧するから、1つの牧
区内では全頭除角しないと競合が起こる心配があること、また、牛集めを行うと
き危険を少なくするためである。町の繁殖牛のうち7割は除角されていて、実施
した農家は、「牛がおとなしくなり、扱いやすくなった」と言っている。


冬は、転作田等を利用

 冬里は牛舎に入れられることが多い。その牛舎は簡易な木造で、建造費は安い。

 また、誰かが牛飼いをやめるとき、その人の牛舎と牛を中核農家が買いとって、
自らの経営規模拡大にあてている。そのような牛舎を見ると、敷料に稲わらが十
分使われており、牛にとって快適であるのみならず、堆肥を作れば良質のものに
なる。ここでは稲刈りにバインダーを使って、わらを長いまま残し、それを水田
の刈跡に立てている。10月下旬にいけば、昔ながらの美しい農村景色がみられる。

 また、最近では転作田を電牧で囲んで、冬場に牛を放牧しているところも増え
ている。その1つをみると、農林水産省補助事業「日本型放牧技術」として、
「夏は公共放牧場等で放牧し、冬期間は転作田等を利用して永年牧草に放牧する
周年放牧ができます。」と説明する看板があった。当地の転作は30%に及んでお
り、今後はますますこのような飼育が盛んになりそうである。また転作田で牧草
を作り、飼料基盤を強くして増頭を図る意欲をもつ人も多い。したがって、ここ
では後継者も多く育っている。もっとも、父母が元気な間は息子たちは他産業へ
働きに出ているが、将来帰ってくるケースが多いのである。

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【冬は転作田で放牧】

繁殖雌牛を5,000頭に

 町全体が中山間地でありながら、久住町は牛と人が共存し、みどり豊かな中で
快適な生活を送っている。こうした中で牧野と転作田の牧草を利用して、平成20
年に繁殖雌牛を5,000頭にする計画は夢ではないように思えてくる。こうして、
久住町和牛振興会がますます発展しようとしている姿は、わが国の中山間地振興
の1つのあり方を示している。ただ、地元では今後子牛生産が大幅に振興されて
も、肥育経営がふん尿処理の行き詰まりや、環境がらみで経営不振になれば困る
と、「日本型肉用牛の肥育」を新しく農政改革プログラムでつくりあげて欲しい
と願っていた。

 本報告は、朝日農業賞調査書をもとにして2回の現地調査に基づいて作成した
ものである。ご協力頂いた関係各位に深謝したい。

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