東京水産大学 資源管理学科 教授 多屋 勝雄
動物性たんぱく質の需要は、わが国も各国と同じように、所得の増大に伴って 増大してきている。農林水産省の食料需給表によると、1975年の魚介類と肉類の 需要(供給純食料)は、1人1年当たり合わせて52.8kgであったが、85年には60.9 kgに、95年には69.5kgに増大している。このような動物性たんぱく質の需要増大 は、魚介類と肉類に分けてみると微妙な違いが認められる。それは、当初、両者 の合計に占める魚介類の比率は66%であったものが、年々減少し、95年には55% まで下がったことである。20年間という長期間でみると、魚介類と肉類の消費は、 消費支出の増大に伴って両者とも増大し、さらに肉類の消費伸び率が大きかった のが特徴である。
長期的には肉類需要の伸びが大きいのであるが、これを短期でみると、90年ま での両者の比率は、年度によって急変することはなかった。つまり前年に魚介類 比率が60%であれば、次の年はそれから大きくずれることはなかった。このよう に魚介類と肉類の比率が短期的に安定していたのは、家計消費や様々に展開して きた外食産業・中食産業で、それぞれ肉と魚の消費比率が固定されていて、その 構成比を急には変えられなかったからである。
91年4月から牛肉の輸入自由化が行われ、これに伴って、豚肉や鶏肉も影響を 受けて価格が下落した。図によってこの間の動きをみると、肉類の需要量は従来 に比べ、加速されて拡大している。 これに対して、魚介類は84年から90年まで、年平均266g増加していたのであ るが、91年には前年に比べ、1.2kgの減少に転じたのである。92年、93年にわたっ てこの魚介類の減少が続く。この間、魚介類は肉類と強く競合したと考えられる。 この競合は牛肉価格の大幅下落という事情によって現れた事象で、いわば社会的 な実験が行われたのである。しかし94年になると、魚介類の需要量は従来の水準 に戻る。これは安い輸入牛肉が市場に流れ込み、競合によって一時的に魚介類需 要が落ち込んだが、高品質で多様な食材を求める消費者ニーズがあったために、 先に述べた魚介類・肉類比率の安定化原理が働き、魚介類の需要は従来水準に戻 ったのである。
図によると魚介類需要と肉類需要は、それぞれ94年と95年でピークに達し、そ の後減少傾向を示している。特に魚介類は、97年に1.9kgも減少している。この減 少の原因は何によるものであろうか。 まず、95年以降の不況による消費の減退が全体的なトレンドとしてあげられる。 消費者支出はこの数年横ばいが続いているが、家計調査年報(総務庁統計局)に よると、97年には初めて実質マイナス(▲0.48%)を示した。このため、消費者 の消費節約・引き締め意識を背景とした需要の減退が起こったのである。さらに、 96年後半からの需要減退は、腸管出血性大腸菌O157による食中毒の多発である。 96年5月に再燃したO157による食中毒は、肉類、魚介類の需要を大きく減退させ た。特に刺身など生ものの消費が多い魚貝類の需要を大きく減退させたのである。
以上のように魚介類と肉類の需要の特徴は第1に、長期的なトレンドとして肉 類比率を徐々に高めている。第2に、91年から3年間にわたって、牛肉自由化の下 で大幅な肉類価格の低下があって競合を起こした。しかし、この競合は一時的な もので、多様な食材を望む消費者の存在は、魚介類と肉類の比率を元に戻すよう なモーメントとして働いて魚介類の需要を回復させた。第3は、95年以降、消費 者の所得が伸び悩む中で、魚介類と肉類の需要が減少した。この時に腸管出血性 大腸菌O157による食中毒事件が起こり、魚介類は需要減少を強めた。 このような肉類と魚介類の消費変動と競合は、それぞれ背後に供給事情がある。 すなわち、需要増大のニーズに対して、肉類側では、先に述べたように、牛肉輸 入自由化による供給拡大が消費を増やしたこと、魚介類側では、国内生産にして も輸入にしても基本的に天然資源を利用しているので、需要が伸びて価格が上昇 しても供給を増やせない性格があり、供給が弾力的に行われなかったことである。 これら2点が競合の背景にあるのである。 ◇図:魚介類と肉類の1人当たり供給(純食料)◇
たや かつお昭和43年日本大学大学院経済学研究科修士課程修了。44年近畿大学農学部助手、 54年株式会社エー・エー・ピー主任研究員、57年水産庁東海区水産研究所水産経 済研究室長、平成5年同中央水産研究所経営経済部長を経て、平成8年4月から 現職。