農業総合研究所 農業構造部長 (現 東北大学農学部教授)
両角 和夫
今日の農業の担い手問題は、次の二つの側面を持っている。一つは、誰が今後 のわが国食料の供給を担うのか、いわば食糧供給の担い手の問題、もう一つは、 誰が農村地域の経済を支える農業あるいは農村を担うのか、いわば地域農業・農 村の担い手問題である。 しかも、ここで留意すべきは、これらの問題のニュアンスの違いである。まず 前者について、政府は、国内農業生産を基本とする食料の安定供給等を打ち出し ているが、今後、どの程度の担い手を確保するかは、基本的には国民の選択に関 わる問題である。 すなわち、すでに食料の大半を海外に依存している現状では、問題の当事者は 自給率の極めて高かった時期と違って農家ではない。問題の解決の主体は国民そ のものであり、実際には政府である。 これに対して、後者の問題は、地域の死活に関わる問題である。そこでは、地 域農業を維持、発展させることで所得を確保し、かつ、農村社会を維持、活性化 するため、いかに中核的な担い手を確保し、さらには多様な担い手を確保・育成 するかが問われる。その意味で、問題の当事者は地域の農家、住民であり、現に、 その意を受けて市町村、農協等が実に多種多様な対応策を打ち出している。担い 手問題の難しさは、こうした性格の異なる問題に併せて対処せざるを得ないとこ ろにあるといえる。
農業の担い手は、近年、農家の高齢化、後継者の不足等が顕在化する中で大幅 に減少する方向にある。新規就農者は1970年代に 1 年当たり10万人程度であった が、90年代に入り 4 〜 5 千人、新規学卒就農者も同 1 万人台から 2 千人以下に なった。特に水田等の土地利用型農業では、確保の見通しが難しい地域が少なく ない。農業総合研究所の調査によれば、全国の市町村のうち、「かなり困難」 (41%)あるいは、「見通しが立たない」(10%)が過半を占める。極めて厳し い状況である。 では、農業の担い手は今後どのように推移すると見込まれるのか。同じく、農 業総合研究所の将来推計(松久勉研究員による)によればほぼ次のようである。 表 農家及び農業就業人口の将来推計 資料:「21世紀の日本農業の将来展望」(農業総合研究所) 今後10年を展望すると、農家人口で6割、基幹的農業従事者では5割に減少、 高齢者の割合も上昇すると予測される。とすれば、おそらく、地域農業、農村社 会は大きく変わらざるを得ない。10年後ですら、地域の農業、農村は今日の単な る延長ではあり得ない。
担い手問題の現状は、地域によってかなり異なる。例えば北海道、東北、九州 などの主要農業地帯では、専業的な農業の担い手が比較的分厚く残っているが、 それ以外の地域では少ない。加えて、担い手の形態は多種、多様である。地域に よっては新たに法人あるいは第 3 セクターが中心的な担い手になりつつある。問 題への対処も地域によって様々である。いずれにせよ、地域レベルの担い手問題 については、地域の農家、住民に真剣に受けとめられているようであり、市町村 あるいは農協を中心に積極的な対応が見られる。 しかし、そうした対策も多くは後追い的である。上に述べたように、10年後の 地域農業、農村が現状の単なる延長でないとすれば、地域ごとに、将来のあるべ き農業あるいは農村の姿を描き、その方向に沿って対策を考える必要がある。当 然のことながら、その場合、新たな農村に適合的な社会システムの構築が伴わな ければならない。 農業総合研究所では、21世紀の新たな農村社会システムとして、低負荷型生活 ・生産システム、我々の言葉で言えば、自足型社会(SELF-CONTAINED SOCIETY) を考えている。これは、できるだけ自足性を高めることにより、環境に負荷を与 えない社会を目指すものである。例えば、生ゴミの堆肥化・バイオガス化による 発電・暖房利用など、農村ならではの物質循環システムはその一例である。 この研究を始めて日は浅いが、担い手問題への対処は、こうした社会システム の構築を進める中で、新たな方向が見いだせるのではないかと考えている。
もろずみ かずお昭和47年北海道大学院農学研究科修士課程修了。同年農林水産省入省、61年農 業総合研究所 経済政策部金融研究室長、平成10年同所農業構造部長を経て平成 11年 4 月から現職。