◎調査・報告


肉用牛循環システムの確立 −第1回体外受精卵産子枝肉研究会を開催−

社団法人家畜改良事業団 家畜バイテクセンター 場長 松川 清




はじめに

 酪農家の乳用牛に和牛受精卵を移植し和牛の増頭を図ろうとの試みは、平成3
年の牛肉輸入自由化以後急速に広まった。

 家畜改良事業団も指定助成対象事業により施設整備を行い、3年度から黒毛和
種体外受精卵の全国供給を開始した。開始当初、受胎成績の不振、哺育の不慣れ
などから生じる産子の死亡、子牛が無登記のため販売の段階で黒毛和種と認知さ
れ難いなどの理由で局地的な利用にとどまる傾向があったが、最近ではこのよう
な問題も経験の積み重ねと無登記ではあっても体外受精卵産子に対する評価が高
まる中で次第に解消し、利用はほぼ全国的な広がりを見せている。特に当団の優
秀種雄牛による体外受精卵産子は家畜市場での人気も高く、例えば毎月1回体外
受精卵産子の市場が開催される熊本県家畜市場では、2〜3ヵ月齢のスモールが、
同じくスモールで出荷される同月齢のF1よりも10数万円高く売買されている(表
1)。また、継続的に体外受精卵産子が出荷される群馬県前橋家畜市場、同館林
家畜市場などでの売買価格は熊本をしのぐものがある。

表1 体外受精卵産子の販売成績(熊本県家畜市場の例)
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 これらと歩調を合わせるように、各地から体外受精卵産子の枝肉成績が良好で
あるとの情報が手許に寄せられるようになった。

 「体外受精卵産子を一堂に集めて枝肉展示をしたらどうか。肥育成績の優秀さ
が実証されれば、肥育農家も安心して体外受精卵産子を購入することができる。
そうすれば、酪農家から肥育農家へという和牛子牛の新しい流通システムが確立
する。」

 体外受精卵産子枝肉研究会を開催しようとの機運はこのような状況下で生まれ
た。


第1回の栄えある最優秀賞は島根県松永牧場が獲得

 その第1回体外受精卵産子枝肉研究会が、本年6月18日に東京食肉市場で開催さ
れた。この研究会は家畜改良事業団の体外受精卵から生産された黒毛和種を一堂
に集めたもので、財団法人 興農会が主催し、家畜改良事業団と東京食肉市場株
式会社が協賛した。(注:興農会は体外受精卵の利用による和牛産地形成のため、
独自の補助事業を仕組んでいる。)

 当日は、北海道から熊本県まで7道県から35頭の出品があった(表2)。これほ
どの体外受精卵産子が揃っての研究会は全国でも初めてとあって、審査会場には
早朝から多くの関係者がつめかけた。 

表2 体外受精卵産子枝肉研究会個体別成績表
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 審査の結果、最優秀賞は島根県松永牧場出品の去勢牛が獲得した。父は安福16
5の9で、生体重量741kg、枝肉重量487kg、枝肉単価は3,545円であった。この他、
優秀賞2点、優良賞3点が選ばれた。松永牧場は去勢牛を2頭出品し、他の1頭も優
秀賞に輝いた。父は、やはり安福165の9(表3)。
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【セリ場には多くの見学者がつめかけた。】
 

 

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【ダブル受賞の松永さん】
表3 入賞牛成績表
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「安福165の9」に高い評価

 この研究会で関係者の注目を集めたのは、何といっても出品35頭中21頭を占め
た安福165の9の産子であった。以前から名牛の呼び声の高かった種雄牛だったが、
研究会、共励会にこれだけの数が集まったのはおそらくこれが初めて。

 結果は、90%に当たる19頭が4等級以上で、うち18頭が5等級と前評判どおりの
成績であった(表4)。

表4
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 肉量も、胸最長筋面積63cm2(全国平均51.3cm2)、バラの厚さ9cm(同7.3cm)
と、いずれも全国平均を大きく上回るもので、出品者からも「以前から評判は聞
いていたが、これほどとは」、「想像以上だった。今後もやはり165の9だ」とい
った声が聞かれた。

 2頭出品して最優秀賞と優秀賞を獲得した松永牧場の松永さんは、安福165の9
と研究会の結果について次のように感想を述べている。

 「やはり安福165の9は凄いと思った。全体的にみてかなりレベルの高い研究会
だった。6月中旬の相場としては、2,500円を超えたものがかなりいて高かったの
ではないか。金額面では全体的に優秀だった。これは165の9の賜だろう。あの牛
は凄い。レベルが違う。あの牛を使えば、誰でもある程度の牛づくりができるは
ずだ。」

編集注:安福165の9はすでに死亡。精液は販売されていないが、残った精液から
   より効果的に体外受精卵が生産され、販売されている。


21ヵ月齢で出荷し好成績

 同じ島根県の福原出荷グループからそれぞれ21ヵ月齢で出品された安福165の
9の雌1頭と去勢1頭は、いずれもA5に格付けされ、肥育期間が短くても好結果を
収め得ることが示唆された。

 この点について、かねてから若齢肥育に取り組んでいる福原さんは、「この月
齢でA5が出れば申し分ない。父の影響が大きいと思う。あとは発育さえ気をつ
ければ、165の9の産子は若齢肥育で十分採算に乗る」と自信を深めた様子だった。

 また、本研究会から1ヵ月後の7月23日にJA北群渋川肉牛生産部協議会枝肉共
進会が開催され、24ヵ月齢の安福165の9の体外受精卵産子(去勢)が最優秀賞を
獲得した。枝肉重量508kg、BMS11、販売単価2,793円であった。乳肉複合経営を
営む出品者の山本稔さんは、「肥育歴10年になるが、これまではBMS10が最高。
11は初めての経験」と話している。


枝肉研究会の成果と体外受精卵の将来展望

 この枝肉研究会の成果については、研究会審査委員長、主催者、来賓等の挨拶
で余すところなく述べられているので、以下に引用する。

 表彰式の席上、本研究会の審査委員長である(社)日本食肉格付協会の舩本関
東支所長は、「本日の出品牛は、肉量に富んだ優れた枝肉が多かった。肉質等級
4,5の割合が77%で、東京食肉市場で開催される共励会、研究会でも上位に位置す
る」と講評した。

 主催者の興農会海老澤理事長は、「最近の東京市場で開催される主要な共励会
の去勢平均枝肉金額は、80万円台後半から90万円台である。それに比べ、この研
究会では100万円を超えていたことから、体外受精卵産子のレベルが高いことが
明らかになった」と挨拶した。

 また、来賓として挨拶に立った東京食肉市場株式会社の寺内社長は、「安福
165の9の実力が明らかになった研究会であり、すばらしい成果だ。最近の共励会
の価格と比較しても抜きん出ていた。枝肉相場が低迷している中、生産者に対し
て貢献してくれる牛を生産してくれ、明るい材料であった」と述べた。

 当団浅野理事長は、「東京食肉市場に出荷された和牛雌牛からできた体外受精
卵の子牛が全国各地で生まれ、再び肥育牛となって東京市場にかえって来るとい
う、世界でも例をみない肉用牛循環システムが確立されたといえる。この体外受
精卵生産方式が、21世紀のわが国の高品質・高付加価値肉用牛生産の有力な担い
手として発展拡大することを願ってやまない」と締めくくり、体外受精卵利用に
よる優良肉牛生産の将来に期待を寄せた。

 第1回体外受精卵産子枝肉研究会の開催は、家畜市場等における体外受精卵子
牛人気が単なる上滑りではなく確とした根拠に基づくものであることを実証する
とともに、体外受精卵による和牛生産システムの将来に明るい展望を開いた点で
大きな意義があった。

 この原稿を書いている最中に、8月27日に開催の前橋家畜市場で安福165の9の
体外受精卵産子(雄、63日齢)に404,000円の値がついたとの情報が飛び込んでき
た。2ヵ月齢で40万円という価格は恒常的でないにしても、市場における評価の
高さを示す数字には違いない。このような数字を眺めていると、体外受精卵の利
用は、単に生産農家、肥育農家にメリットを生み出すだけでなく、両者を仲介す
る家畜市場の活性化にも大いに貢献すると思えてならない。是非、組織的な検討
をおすすめしたい。

 なお、第2回枝肉研究会、は来年6月に東京食肉市場で開催する予定である。


参 考

 現在、家畜改良事業団が生産している体外受精卵には次のようなものがある。

1 体外受精卵の種類

 @ 種雄牛のみ明らかな体外受精卵:

 種雄牛明確。母方の情報なし。子牛登記できない。

 A 情報付き体外受精卵:

 種雄牛明確。母方の血統明確。母の枝肉情報あり。肉質等4以上の雌から生産。
子牛登記できない。

 B 上質肉体外受精卵:

 種雄牛明確。肉質等級4以上の雌から生産。母の血統、枝肉情報なし。子牛登
記できない。

 C 登記可能体外受精卵:

 受託生産のみ。子牛登記ができる。卵巣採取雌牛は東京食肉市場出荷が原則。

2 使用種雄牛

 北国7の8、安福165の9、福栄、美津福、安福栄、金鶴など。

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