畜産局流通飼料課 課長補佐 吉田 稔
最近、遺伝子組み換え技術を応用した食品の安全性や表示について話題となっ ており、国内外においてさまざまな動きがある。食品業界などの一部では、原料 を非組み換え体のみに切り替えるなどの対応がなされたり、「遺伝子組み換え体 は使用しておりません。」という表示や宣伝がなされている。飼料用のとうもろ こし、大豆などは、食品用と同一であるところから、組み換え体利用飼料の安全 性は大丈夫かと心配している方もいることと思う。そこで、組み換え体利用飼料 の安全性に関する現在の状況について報告する。
組み換えDNA技術 組み換え体の作出方法は、概略次のとおりである。 @ ベクター(運搬体)としてプラスミド(細胞の核外にある小さな環状のDNA) を用い、プラスミドを制限酵素(DNAの特別な塩基配列のみを切断する酵素。 「ハサミ」に相当する。)を用いて切断する。 A 挿入を目的とするDNAを制限酵素で切断して@と混合し、DNAリガーゼとい う酵素(「のり」に相当する。)で処理することにより目的とするDNAをプラ スミドに組み込み、組み換えベクターを作出する。 B この組み換えベクターをアグロバクテリウム法(土壌菌であるアグロバクテ リウムを用いて植物細胞にDNAを挿入する方法)やパーティクルガン法(金な どの微粒子にDNA溶液を まぶし小型の銃で植物細胞に打ち込む方法)な どを用いて、植物細胞に挿入し、組み換え体を作出する。 *:アグロバクテリウム法、パーティクルガン法など 組み換え農作物の安全性評価 組み換え農作物の安全性評価について図示すると、図−1のとおりである。 組み換え農作物の生態系などの環境へ与える影響は、「農林水産分野等におけ る組換え体利用のための指針」(平成元年4月20日、農林水産事務次官依命通達) に基づき評価をしており、農林水産大臣が農林水産技術会議組換え体利用専門委 員会の意見を聴いて安全性を確認している。さらに、組み換え農作物が食品用で ある場合は、厚生大臣が「組換えDNA技術応用食品・食品添加物の安全性評価指 針」(平成8年2月5日、厚生省生活衛生局長通知)に基づき、食品衛生調査会の 意見を聴いて食品としての安全性を、また、組み換え農作物が飼料用である場合 は、農林水産大臣が「組換え体利用飼料の安全性評価指針」(平成8年4月19日、 農林水産事務次官依命通達)に基づき、農業資材審議会の意見を聴いて飼料とし ての安全性を確認している。すなわち、組み換え農作物の安全性評価については、 「環境に対する安全性」、「食品又は飼料としての安全性」というそれぞれの観 点から行われている。 なお、これらの指針は、いずれもOECD(経済協力開発機構)の勧告を踏まえ、 同様の考え方に基づいて作られており、整合性がとれたものとなっている。 組み換え体利用飼料の安全性確認 組み換え体利用飼料の安全性については、前述したように「組換え体利用飼料 の安全性評価指針」に基づき確認を行っている。 組み換え体利用飼料の安全性確認の手順は、 @農林水産大臣への確認申請 ↓ A農業資材審議会への諮問 ↓ B農業資材審議会(飼料部会)における審議 ↓ C答申 ↓ D農林水産大臣による確認 となっており、農林水産省では、安全性の確認に万全を期するため、農業資材審 議会の飼料部会の専門家による審議を経て安全性の確認を行っている。 12年3月現在で、「組換え体利用飼料の安全性評価指針」に基づき安全性確認 をしたものは、表−1のとおりであり、 なたね :13件 とうもろこし:7件 大豆 :2件 わた :4件 てんさい :1件 合計 27件 となっている。 組換え体利用飼料安全性評価指針の概要 @ 目的 組み換えDNA技術を利用した飼料の製造、輸入又は販売に当たり、その安全性 評価を行うために必要な基本的要件を定め、その飼料の安全性を確認することを 目的としている。 A 指針の適用範囲 種子植物を対象とする。 B 安全性の評価 組み換え体利用飼料が既存の飼料と同等の安全性を有するものであることにつ いて確認する。 まず、宿主、ベクター、挿入するDNAのそれぞれについて特性を評価するとと もに、組み換え体と宿主の比較等を行って確認する。 ・宿主 組み換えDNAを挿入する種子植物である「宿主」の飼料や食品としての利用の 歴史、有害物質の産生性等を調べることにより、DNAを挿入する宿主として問題 がないことを確認する。 ・ベクター 組み換えDNAを宿主に運ぶ運搬体であるベクター(プラスミド)の性質や有害 物質を産生する塩基配列の有無等を調べ、問題のないことを確認する。ベクター としては、性質がよく分かっている安全性に問題のないプラスミドが利用されて いる。 ・挿入するDNA 当該DNAの構成や機能、有害物質を産生する塩基配列の有無等を調べ、問題の ないことを確認する。 ・組み換え体 組み換え体の作成方法、新たに獲得した性質、栄養成分を含む構成成分、有害 物質の産生性に関する宿主との相違等を調べ、既存の品種と安全性、栄養性の観 点から差がないことを確認する。 以上によっても、組み換え体利用飼料が既存の飼料と同等の安全性を有するこ とについて確認できなかった場合は、さらに、動物を用いた毒性試験を実施して 安全性を確認する。 しかしながら、現在までのところ、宿主、ベクター及び挿入するDNAの特性評 価、組み換え体と宿主の比較等によって既存の飼料と同等の安全性を有するもの であることが確認できており、毒性試験の実施を必要としたものはない。 以上のように、組み換え体利用飼料については、食品などと同様な仕組みでそ の安全性確認を実施し、安全性確保に万全を期しているところである。 ◇図1:GMOの安全性評価について◇ 表1 我が国における組み換え農作物の飼料としての安全性の確認状況 組み換え体利用飼料に関する疑問 組み換え体利用飼料について寄せられる疑問(多くは組み換え体利用飼料に対 する危惧を含んだものであるが)の代表的なものとそれに対する私どもの見解は 次のとおりである。「組換え体利用飼料安全性評価指針」に基づき安全性確認が なされ、かつ、組み換えDNAやそれによって生じたたん白質は、家畜等が消化し てしまい畜産物等に移行しないので、組み換え体利用飼料の安全性には問題がな いと考えている。 (問1)遺伝子組み換え体のDNAおよびこれにより生じたたんぱく質は畜産物中 に移行することはありませんか。 家畜等がDNA及びたんぱく質を摂取した場合、これらは消化管内で消化され、 DNAは塩基、糖、リン酸に、たんぱく質は各種アミノ酸にそれぞれ分解されて吸 収されるため、そのままの形で畜産物に移行することはありません。 DNA @ 染色体(核たんぱく質)は、DNAとヒストン等のたんぱく質の結合体である が、胃液中の酵素の働きによりDNAとヒストン等のたんぱく質の結合が切断さ れます。 A DNAは、塩基、糖、リン酸からなるヌクレオチドが鎖状に連なり二重らせん 構造となっています。DNAは小腸において膵液中の各種分解酵素により塩基、 糖、リン酸にまで分解され、小腸絨毛部で吸収されます。 たんぱく質 @ たんぱく質(遺伝子組み換えにより生じたたんぱく質を含む)は、胃液中の 酵素の働きによりペプトンに分解されます。 なお、ペプトンはいろいろな長さのペプチドの総称であり、ペプチドとはた んぱく質の構成単位であるアミノ酸が2以上結合したものです。 A ペプトンは、膵液中の酵素の働きによりオリゴペプチド(アミノ酸が10個以 下)にまで分解されます。 B オリゴペプチドは、小腸の絨毛部においてアミノ酸の形にまで分解され吸収 されます。 C なお、遺伝子組み換えによって作られるアミノ酸はその性質構造等が明らか になっており、危険なものではないことが確認されています。 (問2)アワノメイガ等の昆虫を殺すBtたんぱく質は人や家畜等に影響はありま せんか。 1 Btたんぱく質は、生物農薬として用いられる細菌(バチルス チューリンゲ ンシス)が作り出すもので、人を含むほ乳類・鳥類に対する安全性が確認され ています。 2 アワノメイガ等の昆虫がBtたんぱく質を摂取した場合 昆虫の消化器である中腸の上皮細胞にはBtたんぱく質の受容体(レセプター) が存在するため、Btたんぱく質が中腸上皮細胞と結合し細胞を破壊するので、昆 虫は栄養素を吸収できなくなり死に至ります。 3 人や家畜がBtたんぱく質を摂取した場合 @消化器にはBtたんぱく質と特異的に結合する受容体が存在しないこと A消化管内の酵素によりBtたんぱく質は通常アミノ酸単体にまで分解され、高分 子のたんぱく質の持つ機能性は失われ毒性をもたなくなることから、Btたんぱ く質が人や家畜に対して毒性を表すことはありません。 アワノメイガ等 @ Btたんぱく質は、昆虫の腸内において分解されにくく、中腸の上皮細胞にあ る受容体(レセプター)と特異的に結合します。 A 結合したBtたんぱく質は、中腸上皮細胞を破壊します。 B 中腸上皮細胞が破壊された昆虫は、腸より栄養素を吸収することができず死 に至ります。 ほ乳類・鳥類 @ 通常、Btたんぱく質は、胃液中酵素及び膵液中酵素等により分解され、最終 的に毒性のないアミノ酸の形で吸収されます。 A 未分解のたんぱく質が腸内にあっても、消化器内に受容体が存在しないこと から毒性を発現しません。 B 毒性のあるたんぱく質の形では吸収されないことから、家畜体内に吸収され 畜産物に移行することはありません。 (問3)Btたんぱく質は生物農薬としての作用がありますが、他の農薬や抗生物 質のように畜産物中に残留することはありませんか。 1 農薬及び抗生物質については、 @胃や腸において分解を受けにくい A構成する分子量が比較的小さい ことから、小腸より吸収され、畜産物に残留することがあり得ます。 2 しかしながら、Btたんぱく質については、 @通常、消化管内の酵素により分解され、分子量が小さく毒性をもたないアミノ 酸単体となって小腸より吸収されること A未分解のたんぱく質等については分子量が大きいため、そのままの形では吸収 されることはないことから、Btたんぱく質が家畜の体内に吸収され、畜産物中 に移行し残留するおそれはありません。 @ 抗生物質や農薬は、消化管内での分解を受けにくく、小分子であるので小腸 より吸収され、畜産物中に移行し残留することがあり得ます。 A たんぱく質は、通常、アミノ酸単体にまで分解され吸収されるので、吸収さ れたものにBtたんぱく質のもつ毒性はありません。 B 未分解のたんぱく質が小腸に移行した場合、高分子であるため小腸絨毛部よ り吸収されることはありません。
食品 12年1月、食品衛生調査会バイオテクノロジー特別部会は、遺伝子組み換え食 品の安全性審査を法的義務化することが 適当で、法的義務化の方法としては、 食品衛生法第7条に基づく「食品、添加物等の規格基準」(厚生省告示)に規定 して行うことが適当である旨の報告書をとりまとめた。このため、厚生省は、遺 伝子組み換え食品の安全性審査を法的義務化する方向で検討や作業を行っている。 遺伝子組み換え農作物等の環境安全性の確保 農林水産技術会議に遺伝子組み換え農作物等の環境安全性の確保に関する専門 委員会が設置され、環境安全性の確保のあり方について検討を行っている。 バイオセイフティ議定書 12年1月29日、カナダのモントリオールで「バイオセイフティに関するカルタ ヘナ議定書」が採択され、組み換え体の 輸出入手続きに関する国際的なルー ルが策定されることとなった。 OECDにおけるバイオテクノロジーの検討 次の3つのグループに分かれて検討が進められており、検討結果については、 九州沖縄サミットに報告される予定である。 @ バイオテクノロジーの規制的監督の調和ワーキンググループ A 新規食品及び飼料の安全性タスクフォース B 食品安全性アドホックグループ コーデックス委員会(FAO/WHO合同食品規格委員会) バイオテクノロジー応用食品特別部会が設置され、バイオテクノロジー応用 食品の基準、ガイドライン等について、15年までに検討することになっている。 第1回会議は、本年3月14〜17日千葉・幕張メッセで開催された。 以上のような内外の情勢を踏まえて、組み換え体利用飼料の安全性確保のあ り方についても、今後、関係者の意見を聴きながら農業資材審議会で検討を進 めていくこととしている。
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