畜産局家畜生産課 原 宏
養豚産業は、国民食生活の中で欠くことのできない豚肉を供給する産業として 発展する一方で、多くの他産業と密接に関連し、産業としてのすそ野も広く重要 な位置付けにある。また、循環型農業の一翼も担っており、今後とも耕種部門等 地域との連携を強化しつつ、肉豚生産の振興を図る必要がある。 このような中、平成11年7月に施行された「食料・農業・農村基本法」をはじ めとする新しい枠組みの策定や次期WTO交渉の動向等も視野に入れた新たな展開 が求められている。 このため、畜産局においては、21世紀という新しい時代の養豚産業のあり方に ついて検討することとし、生産、流通、加工、販売、消費等各分野の専門家の参 加により、「養豚問題懇談会」を開催し、今後の対応方向や諸条件の改善方策等 について意見交換を行った。 今後の養豚振興の方向について、12年3月に公表された「養豚問題懇談会報告 書」を基に概要を説明する。
豚肉消費は、需要の大幅な拡大が期待できる状況にはなく、今後、家計消費に おける国産豚肉のシェアを維持拡大するとともに、加工、外食、その他業務用仕 向けにおいても可能な限り国産豚肉のシェアを高めるため、これまで以上に消費 者のニーズにあった安全で高品質な豚肉の生産を目指し、品質、規格の統一化、 銘柄化、定時定量での出荷、生産コストの低減を実現していく必要がある。 1 新規需要の拡大 (1)おいしさに関する客観的指標の検討 需要サイドの評価を的確に反映させることが可能で、かつ、客観的で測定の容 易なおいしさに係る評価方法に関する検討を行う必要がある。 (2)低需要部位を活用した商品開発 「うで」、「もも」等低需要部位の新規需要を拡大するために、これらを活用 した加工品等の商品開発や部位に適した調理の簡便な惣菜等の開発、普及を行う 必要がある。 2 国産豚肉の消費拡大 (1)豚肉に関する情報の提供 消費者が適切な選択を行う上で必要な情報を提供するため、情報内容の充実と 信頼性の確保が重要であることから、「生産現場が見える豚肉」のように、豚肉 の由来に関する情報の提供を重視した取り組みを行う必要がある。 (2)消費者に分かりやすいPRの徹底 消費者へのPRに当たってはマスメディアの効果的な活用が重要である。また、 簡単な家庭用惣菜の調理方法に係るパンフレットの配布、消費者からの豚肉に関 する照会等に迅速に対応できる体制整備、地場産の豚肉加工品を学校給食で提供 するなど地道なPR活動が重要である。 3 養豚産業全体が自主的に取り組む消費拡大運動等の実施 現在、6県で実施しているチェックオフ制度(生産者の、生産者による、生産 者のための運動に必要な資金を生産者自身が拠出する制度)による消費拡大運動 を全国展開し、将来的には生産者だけではなく、広範な関係者の協力を得て継続 的な制度に強化していくことが必要である。
1 流通の合理化 豚肉流通コストの低減、安定的な集荷頭数の確保および施設稼働率の向上を図 るため、食肉処理施設の効果的な再編整備を推進する必要がある。 2 生産から流通、販売まで一貫した衛生対策の実施 (1)食肉処理施設の衛生水準の向上 「と畜場法施行規則」および「同施行令」が一部改正され、中小家畜について は14年4月1日から、これらの基準を満たすよう食肉処理施設の計画的な整備を 行う必要がある。 (2)トレースアビリティシステム導入に関する検討 生産段階はもちろん食肉処理段階での個体識別と個体確認方法の強化を図り、 個々の豚の各種生産情報、枝肉情報等の収集、分析を行うなどトレースアビリテ ィシステム導入の可能性について検討を行う必要がある。 3 消費者ニーズ等に即した品質、規格での生産 (1)特徴のある銘柄豚の生産の推進 銘柄豚は、「黒豚」等一部を除き、どういう特徴のある豚肉なのかアピールで きているものが少なく、特徴のある銘柄豚を生産するため、品種や系統の組み合 わせ、飼養管理の統一化を進めることが必要であり、生産マニュアルの策定、豚 肉の成分分析、官能検査等を行うことが必要である。 また、銘柄の認証を行うことも選択肢の1つである。 (2)生産農家のグループ化の推進 一定の出荷規模を確保するとともに、飼料等の資材コストの低減、飼養管理技 術の高位平準化を行うため、複数の農家のグループ化を図り、生産から出荷まで 一貫したシステム的な取り組みを行うことも重要である。 (3)生産、流通、加工、販売、消費の有機的結びつきの強化 生産、流通、加工、販売、消費に係る各関係団体からなる「養豚振興協議会 (仮称)」を設置し、各関連部門等との有機的結びつきを強化する必要がある。
1 改良の推進 (1)効率的な改良体制の整備 広域的な能力検定に基づく遺伝的能力の高い種豚の選抜、利用、人工授精の普 及定着およびDNA解析等新技術の開発、利用に努める必要がある。併せて、豚の 能力の変化およびその要因の分析等を行い、改良の推進に努める必要がある。 (2)多様な特性を有する育種資源の確保 オーエスキー病等の問題から、種豚の広域流通が停滞していること等により育 種資源が減少しており、多様な特性を有する種豚の確保が重要である。 (3)肉質に優れた系統豚の造成と広域利用 肉質に優れた系統豚を造成するとともに、系統造成や能力評価を広域的に行い、 維持増殖を利用県が共同あるいは民間機関に委託することにより優れた系統豚の 広域的な利用体制を確立することが課題である。 2 飼養管理技術の高度化 (1)人工授精の普及、定着 人工授精の普及定着のための条件整備を図るとともに、人工授精用精液の生産 技術や授精適期を見極める技術等基礎技術の向上を図る必要がある。 (2)SPF生産方式の普及、定着 SPF(特定病原菌不在(Specific Pathogen Free))生産方式は、多大な投資等 が必要であるため、リース方式等初度投資額を抑制できる方法によるSPF生産関 連施設の整備や衛生管理のための一定水準の技術習得が必要である。 (3)HACCP方式による体系的な生産 衛生管理手法の普及、定着 HACCP(危害分析重要管理点 (Hazard Analysis Critical Control Point))方 式の考え方に基づく体系的な生産衛生管理手法の普及、定着が必要である。さら に、抗菌剤非依存型の飼養管理技術を確立する必要がある。 (4)事前対応型の防疫体制の確立 的確な情報の収集、提供体制の整備等事前対応型の防疫体制の確立を図るとと もに、地域の連携体制整備や疾病防除マニュアルの策定等を行う必要がある。 3 生産コストの低減 (1)飼料費の低減 飼料要求率の改善による給与量の節減や共同購入による購入単価の低減等が必 要である。供給サイドでは、畜産地帯を後背地に控えた大規模港湾地帯への工場 集約化、受委託の推進、バラ流通等一層の合理化が必要である。今後、丸粒とう もろこしの関税割当制度、外国産飼料用麦のSBS方式等新しい制度の積極的な利 用とともに、飼料の供給安定対策を堅持しつつ、飼料原料輸入先の開拓や未利用 資源の活用が重要である。 (2)衛生費の低減 豚コレラ撲滅対策については、ワクチン接種中止後の再発生に対する不安解消、 万一の発生に備えた防疫体制の整備が今後の課題であり、緊急接種用ワクチンの 備蓄、死亡豚処理体制の整備とともに、ワクチン接種中止農家に適切な衛生指導 ができる獣医師を幅広く定着させる取り組みが必要である。さらに、これを契機 に生産者、関係者、都道府県家畜保健衛生所の連携体制を強化し、生産者のコン センサスを得つつ、オーエスキー病、PRRS(豚繁殖・呼吸障害症候群)等の清浄 化を推進していく必要がある。 また、多機能、省力型ワクチン等の開発促進や海外で開発されているワクチン のうち生産者の要望が高いものを早急に輸入実用化することが課題である。 (3)建設費の低減 畜舎等の建築コストの低減を図るため、たい肥舎についても建築コストの低減 を図るため、たい肥舎の設計基準の緩和を検討する必要がある。 (なお、すでにパネル豚舎、たい肥舎等の緩和を図った「畜舎設計基準」が12 年5月に認定されている。)
1 未利用資源の有効利用 (1)未利用資源の地域リサイクルシステムの確立 排出者、収集運搬、処理業者、自治体等関係者が一体となって、未利用資源の 分別収集等地域リサイクルシステムを確立する必要がある。 (2)リキッドフィーディング技術の実用化 食品残さ等高水分の飼料を液状のまま給与するリキッドフィーディング技術は、 夏場の飼料摂取の落ち込みが少なく、粉じんの減少による呼吸器病の発生が抑制 されること等のメリットがあり、本技術の確立のための技術的検討、実用化試験、 マニュアル作成等を行う必要がある。 (3)未利用資源を給与した豚肉の消費者へのPR 肉豚生産を核とした地域リサイクルシステム推進のため、生産者、排出者、消 費者、行政を含めた国民全体の理解や支援が必要であり、システムに果たす養豚 の重要性について理解を得るよう努めるとともに、未利用資源由来の飼料を給与 した豚肉について、消費者に的確にPRする必要がある。 2 排せつ物の適切な処理、利用 (1)排せつ物処理施設の整備の促進 「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」に基づく国の基 本方針や都道府県計画により関係者が一体となって補助事業やリース事業、融資 等の活用を図り、計画的な施設整備を推進することが重要である。 (2)排せつ物発生量の抑制 排せつ物の発生量の減少とともに、雨水等の処理施設への流入の防止、畜舎形 態に応じたふん尿の適切な分離、消化率の高い飼料の給与等適切な飼養管理技術 の推進を図る必要がある。また、フィターゼの利用等環境負荷物質の低減に効果 のある飼料の開発、普及に努める必要がある。 (3)畜産環境アドバイザーの養成 排せつ物の処理や施設の整備では、農家や地域の実態にあった低コストな処理 システムを指導助言する専門技術者が必要であり、適切な指導助言ができる畜産 環境アドバイザーの養成を行う必要がある。 (4)排せつ物処理技術の開発普及 家畜排せつ物処理技術(浄化処理技術、悪臭防止技術、排せつ物量低減技術等) の開発、普及を行うとともに、優良事例に関する情報の収集、提供、悪臭防止用 微生物資材の評価および情報提供を行う必要がある。 (5)たい肥流通の促進 耕種農家のニーズにあったたい肥生産に努めるとともに、たい肥センターを組 織化する「たい肥センター協議会(仮称)」の設立、たい肥需給マップの作成等 を推進する。また、エネルギー利用等も検討する必要がある。
1 後継者や新規就業者の育成、確保 (1)各種情報の総合的活用体制の整備 経営のための重要な判断材料として各種情報を総合的に収集、分析、提供して いくことが必要である。既にインターネットを利用した情報提供が行われている が、利用者ニーズを踏まえた内容の充実、タイムリーな情報提供とともに、これ ら総合的な情報を活用したきめ細やかな支援指導が必要である。 (2)地域における経営体の将来の意向把握 地域の生産計画策定等のため、生産者の将来の経営継承や規模拡大等に関する 意向を十分把握する必要があり、計画的な経営継承や規模拡大の必要性について 啓発普及し、その意向把握に努める必要がある。 (3)新規就業希望者と受入希望の経営体との仲介、調整 就業希望者に対し、技術習得に適した研修の受入先の情報提供を行うとともに、 新規就業希望者の受入れを希望する経営体を円滑に結びつける必要がある。 2 規模拡大の推進 (1)法人化の推進 法人化に伴い必要となる施設、機械の整備や飼養規模の拡大等の経営計画の策 定指導、資本構成、所得配分に係る調整指導等も必要である。 (2)離農跡地等の施設の有効活用 離農跡地等の既存施設を有効活用するための条件整備と仲介を行う必要がある。 (3)経営の多角化の推進 規模拡大や新天地への移転が困難な経営については、地域と一体となって、地 域特産品の製造等に取り組むなど経営の多角化も選択肢の1つである。 3 経営の安定 UR農業合意の実施期間に経営体質の強化を図るため創設された「地域肉豚安定 基金」が12年度をもって終了することから、13年度以降の養豚経営安定対策のあ り方について検討する必要がある。
全国段階のみならず地域段階で生産者、関係機関が一体となって、国産豚肉の 生産振興を図ることが重要であり、それぞれの段階で21世紀という新しい時代に 対応できる養豚産業の構築に向けて最大限の努力が必要である。 なお、最後になりましたが、懇談会の運営から報告書のとりまとめに至るまで、 いろいろとご尽力いただきました社団法人中央畜産会に感謝の意を表します。
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