★ 事業団から


イタリアD.O.P.チーズの保護と背景
−第2回All Japanナチュラルチーズコンテスト特別講演から−

企画情報部情報第一課


 平成11年11月10日、第一ホテル東京において、(社)中央酪農会議が主催する
第2回All Japanナチュラルチーズコンテストが開催された。このコンテストは国
産ナチュラルチーズの現段階における正確な技術評価を行うとともに、生産者間
の意見交換及び専門家にアドバイスいただくことにより、製造技術の向上を図り、
日本人の嗜好に合い、かつ、日本の気候風土に合った独自のナチュラルチーズ文
化が創造されることを目的とするもので、全国に点在するナチュラルチーズ生産
者や流通・販売業界、外食産業等関係者が多数一堂に会した。

 ここでは、コンテストの模様を簡単に報告するとともに、特別審査員としてイ
タリアから招かれたマッシリミリアーノ・バガニ氏(タレッジョチーズ協会会長、
EU伝統チーズ保護組織委員会イタリア委員)によるイタリアの伝統的な地域特産
チーズの保護に関する特別講演を紹介したい。


第2回All Japanナチュラルチーズコンテスト

 国内38のメーカー・牧場等から計94種類ものチーズが出品され、出展者数、
出品数とも初回(平成10年2月)を上回った。

 コンテストは「外観」、「色」、「風味」、「うまみ」、「香り」、「組織」、
「気候風土に合わせた製造環境」、「原乳の品質」、「製造管理」について総合
的に審査が行われた。村山重信審査委員長(フランスチーズ鑑評騎士の会、チー
ズ専門職最高位を獲得)をはじめとする7名の国内審査員の他、イタリアから特
別審査員として、マッシリミリアーノ・バガニ氏、グラナ・ブルーノ氏(ラショ
ナル・ノベーゼチーズ工場長)を迎え、ハード、ソフト及びフレッシュ他の3部
門ごとに優秀賞を決定し、部門別に各1点が金賞に選ばれた。3点の金賞の中から
最高の栄誉である農林水産省畜産局長賞には新生酪農(株)(千葉県)の「ゴー
ダ」が、農畜産業振興事業団理事長賞には(財)蔵王酪農センター(宮城県)の
「フレッシュモッツァレラ」が選ばれた。また、イタリアから招いた特別審査員
が決定する特別審査委員賞には、(有)カシユニふうど工房槲館(北海道)の
「槲(かしわ)」(ハードタイプ)が選ばれた。

 審査講評で村山審査委員長は、全体に甲乙つけ難い僅差であり、一部で冒険的
な作品もあったが、誰にでも好まれるおとなしいタイプが中心で、今後はより個
性的なタイプへの展開を期待すると語った。
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【第2回 All Japan 
ナチュラルチーズコンテスト受賞者
農林水産省畜産局長賞
 新生酪農(株)酪農対策部門主任
	鈴木猛様(中央)
農畜産業振興事業団理事長賞
 (財)蔵王酪農センター事業部長
	菅井啓示様(左側)
特別審査委員賞
 (有)カシユニふうど工房槲館
	浜谷由美様(右側)】
 

 

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【最高位賞である畜産局長賞を受賞した
新生酪農(株)のゴーダチーズ】

特別講演「イタリアD.O.P.チーズの保護と背景」

タレッジョチーズ協会会長、EU伝統チーズ保護組織委員会イタリア委員
マッシリミリアーノ・バガニ
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【特別講演を行うマッシリミリアーノ・バガニ氏】
原産地呼称保護(D.O.P.)

 イタリアは、日本と同様にさまざまな分野で長い歴史と豊かな伝統を誇る国で
ある。食文化はそれぞれの文化から直接影響を受け、文化が深く根差していると
ころは食べることにも熱心で、その代表国の1つであるイタリアにおいても食材
が特に豊富である。その特徴は、一つ一つの食材が発生地に強い絆をもち、世代
から世代へとその製造が受け継がれ、伝統的食品となっていることである。

 例えば、イタリアに行ったことのある人は誰でも一度はその名を聞いたことの
ある「モデナのバルサミックビネガー」はモデナをその発祥地とし、その地域で
しかないものであるし、アジアゴチーズはアジアゴ高原、タレッジョチーズはタ
レッジョ渓谷の名をとったものである。また、チーズの王様といわれるパルミジ
ャーノ・レジャーノチーズもパルマとレッジョ・エミリアで生まれたことから、
このような名前で呼ばれている。クァルティローロ ロンバルドチーズの由来は、
クァルト タリィオ、すなわちロンバルド地方の農家が9月に行う4回目の刈り入
れで収穫した牧草を牛が食べて出す乳からできたチーズにあり、その他の食材の
多くにも同様のことがいえる。

 特産の食材は、1954年のイタリアの食品法及び1992年欧州連合の基準法により
認定され、種々の法規により広く保護されている。欧州連合においては、特定の
食材・食品について原産地呼称保護(D.O.P.=Denominazione Origine Protettaの
略)を用いることができる。このことによりD.O.P.チーズは、その特定の原産地
で製造されたものでなくてはならず、その原料となる乳もその地で生産されたも
の、その製造技術は何世紀もの間その地で代々伝授された伝統的なものでなくて
はならない。このようにD.O.P.製品はその原産地との絆が非常に強く、伝統に深
く根差していること、そして、こういった製品が評価され、保護されることによ
り、社会的、また環境保護上、さらに郷土意識に重要な影響を与えることも事実
である。こうした保護規制により、急激に過疎化する狭い峡谷の村といった人が
居着かないような地域においても、製造業が保証され、ローカルメーカーの収入
維持が可能となり、人々は豊かな暮らしを営むことができるのである。


品質管理

 D.O.P.チーズの品質管理においても、イタリアは歴史的に他の欧州諸国とは違
う独自の管理機関をもっている。イタリアにおいては、原産地呼称制度はそれぞ
れの保護協会によって管理、監視されている。保護協会は自発的意志により結成
された組織で、原産地呼称のチーズそれぞれに組織され、原産地呼称のチーズの
すべてのメーカー、時には販売会社も保護協会に加盟している。

 保護協会は非営利機関で、イタリアの法律(1954年10月4日の第125条)により、
次のような活動の権限を授与されている。まず、それぞれの保護協会は、それぞ
れの原産地呼称チーズの製造工程及び熟成工程を明確に規定し、チーズのイメー
ジを保護すること。さらに、保護協会は加盟メーカーに対して与える認証商標の
信憑性が失われないよう管理すること。また、実際に販売されている各種のD.O.
P.チーズが本当にその特定原産地で生産されたものであるかどうか常にチェック
する監視機関でもある。

 保護協会はそれぞれの認証商標を所有し、これによりチーズの原産地、製造方
法、品質等すべてを保証している。それはチーズにつけられる焼き印、刻印であ
ったり、包装紙に印刷されるマークであったりする。前述したように、保護協会
は国から製造及びその製品の営業販売に関し厳しい監視役の権限をも委託されて
おり、設立以来40年にわたりイタリアの酪農乳製品業界の保護発展に重要な貢献
をし続けてきたのである。保護協会は、すべて原産地を同じくするチーズメーカ
ーが連合して結成されているので、「その地で製造されるチーズをいかに良いも
のにするか」という統一された意図のもとに注意深く管理活動を行っているので
ある。もし、この保護協会というものがなかったとしたら、数少ない例外を除い
ては、今日では原産地呼称チーズのほとんどがただの思い出となっていたであろ
う。なぜなら、原産地呼称チーズの製造は近代工場における生産工程の標準化及
び均一大量生産といったこととは相容れない世界のものであり、それなりの保護
が必要だからである。

 欧州連合では、1992年の理事会規則EEC/2081/92で、すべてのD.O.P.製品に対し
それぞれの製造・製品基準に適合したものであるかどうかを委託を受けた民間の
検査機関が検査することを規定した。これは、製造メーカーが結成する保護協会
だけの検査では客観性が欠けることもあり得ると考慮した結果である。この条例
により、保護協会の持つ特異性及びその権限を縮小せずに、欧州諸国における検
査水準が均一化されたことになる。保護協会は、それぞれのチーズの原産地呼称
の保護と製品の普及に向けて今後も貢献を続けていくであろう。


イタリアの酪農乳製品生産

 チーズの年間総生産量は98万2千トンに上り、そのうち40万トン以上がD.O.P.チ
ーズである。牛の生乳の年間生産量は約1,100万トンで、生産地は北イタリアと中
部イタリアに集中している。生産された牛の生乳の半分以上は合計約38万トンの
D.O.P.チーズ製造に使われている。
 
羊、ヤギ及び水牛の乳の年間生産量は牛に比べてずっと少なく、羊で660トン、
ヤギ120トン、水牛150トンで、生産地は中部、南部イタリア及び島々に集中して
いる。そのほとんど全部がチーズ製造に使われている。これらのデータからも、
イタリアの酪農がD.O.P.チーズ製造によって高い評価と多大な価値を得ているこ
とが分かる。


イタリアのD.O.P.チーズ

 イタリアにはそれこそたくさんの種類のチーズがあり、その中のD.O.P.チーズ
も製造手法や熟成により形、重量、味の違いがそれぞれにある。これはイタリア
チーズの特徴であり、D.O.P.チーズのもつ重要なコンセプトの1つである。イタ
リアでは1925年の法律により、チーズは乳、凝乳酵素、塩のみを原料とし、他の
ものを添加してはならないと定められている。

 製造技術は使用する乳、凝乳酵素と温度、その所要時間、製造手法及び熟成す
るとすれば熟成期間やその環境条件等によりそれぞれ違う。フレッシュチーズや
熟成したハードチーズ、セミハードチーズまたはソフトチーズ、形も円柱形、コ
ーン型、平行六面体、西洋梨型、球形、三つ編み型その他があり、その重量も何
百グラムのものから何十キロのものまで幅広いレンジの製品が存在するのである。
このように多種多様な種類があるということは、生産標準化とか生産コスト低減
化といった観点から見るとマイナスに映ることは確かである。しかし、このこと
が逆にイタリアのチーズ産業が世界のチーズ産業界において唯一の地位を獲得す
る強みとなっているのである。

 イタリアのD.O.P.チーズは、今日30種類ある(資料1参照)。ここでは、その中
からタレッジョチーズについて、製造方法等をより詳細に紹介したい。

資料1 イタリアのD.O.P.チーズ
ASIAGO −アジアゴ
BITTO −ビット
BRA −ブラ
CACIOCAVALLO SILANO
 −カッチォカヴァッロ シラーノ
CANESTRATO PUGLIESE
 −カネストラート プリェーゼ
CASCIOTTA D'URBINO
 −カショッタ ディ ウルビーノ
CASTELMAGNO −カステルマーニョ
FONTINA −フォンティーナ
FORMAI DE MUT DELL'ALTA VALLE BREMBANA
 −フォルマイ デ ムット デッラルタ ヴァッレ ブレンバーナ
FIORE SARDO −フィオーレ サルド
GORGONZOLA −ゴルゴンゾーラ
GRANA PADANO −グラーナ パダーノ
MONTASIO −モンタジオ
MONTE VERONESE −モンテ ヴェロネーゼ
MOZZARELLA DI BUFALA CAMPANA
 −モッツァレッラ ディ ブファラ カンパーナ
MURAZZANO −ムラッツァーノ
PARMIGIANO REGGIANO
 −パルミジャーノ レジャーノ
PECORINO ROMANO
 −ペコリーノ ロマーノ
PECORINO SARDO −ペコリーノ サルド
PECORINO SICILIANO
 −ペコリーノ シチリアーノ
PECORINO TOSCANO
 −ペコリーノ トスカーノ
PROVOLONE VALPADANA
 −プロヴォローネ ヴァルパダーナ
QUARTIROLO LOMBARDO
 −クァルティローロ ロンバルド
RAGUSANO −ラグザーノ
RASCHERA −ラスケーラ
ROBIOLA DI ROCCAVERANO
 −ロビオーロ ディ ロッカヴェラーノ
TALEGGIO −タレッジョ
TOMA PIEMONTESE
 −トーマ ピェモンテェーゼ
VALTELLINA CASERA
 −ヴァルテッリーナ カゼーラ
VALLE D'AOSTA FROMADZO
 −ヴァッレ ダアオスタ フロマヅォ
タレッジョチーズ

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 タレッジョチーズについてまず最初に気がつくことは、他のチーズとは違った
形−正方形をしているということである。イタリアのチーズのほとんどは丸みを
帯びた形であるのに対し、このチーズがなぜ四角なのかという疑問に対する確実
な答えは存在しないが、ロバの背に乗せて運ぶのになるべく多くを載せられるよ
うにと考えられた結果といわれている。タレッジョチーズはタレッジョ渓谷の山
の上でのみ製造され、何世紀にもわたり唯一の輸送手段はロバであったわけで、
その輸送はとても困難であったろうと想像される。

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 最初の製造は、西暦10世紀くらいまでさかのぼる。名前の由来は、発祥地の北
イタリア、ロンバルディア州北方の山岳地方にあるタレッジョ渓谷にある。今日
タレッジョチーズの原産地はロンバルディア州の7県(ベルガモ、ブレッシャ、
クレモーナ、ミラノ、レッコ、ローディ、パヴィア)とピエモンテ州の1県(ノ
ヴァーラ)及びヴェネト州の1県(トレヴィーゾ)から構成されている。

 タレッジョチーズは全脂肪乳の牛乳で作られたソフトチーズで、「外はとっつ
きにくく、中は驚くほどだ」と言われる。これは外の皮はざらざらとし特徴のあ
る強い匂いを放っているにもかかわらず、中身は甘くソフトな味がするからであ
る。


タレッジョチーズの製造工程(資料2参照)

資料2 タレッジョチーズの製造フローチャート
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@熱処理
  牛の生乳を35℃程度に温め、設定温度に到達後、スターターを注入する。
 
A釜でのスターター注入

 スターターは生乳を凝乳化させる前に成熟させる役目があり、ラクトバチルス
ブルガリクスとストレプトコックスサーモフィルスを含有し、生乳を酸性化(ラ
クトースが発酵し乳酸となる)させ、風味を添える。
 
B凝乳酵素(レンネット)を入れる

 凝乳酵素は子牛から採取されたもののみを使用し、水に溶かして使う。遺伝子
組み換えにより微生物から得られたものを用いることは禁じられている。
 
C凝乳物(カード)の細分化

 凝乳物は2回に分けて細かくカットする。1回目は大まかにカットし、10〜15
分程度おいてから2回目のカットをする。休ませている間にカットされた凝乳物
から乳清が分離し、凝乳物がより固まってくる。2回目のカットで凝乳物がナッ
ツ1粒の大きさになるまで細分化する。
 
D凝乳物を型に入れ成型する

 凝乳物を自然素材またはプラスチックのすのこの上に置いた1辺が18〜20cmの
正方形の型にそれぞれ分配する。凝乳物は乳清が排出され、さらに固まる。乳清
が均一に抜けるよう型を何回もひっくり返す。

 この段階で、原産地を証明する認証商標の刻印版を表面に置く。タレッジョチ
ーズの成熟期間は短く、認証商標はこの段階で刻印しなくてはならない。この認
証商標の刻印のないものは、「タレッジョ」という名称を使うことはできないの
である。

E温暖室

 型に入れたものを常温(22〜25℃)に保ち、湿度の高い(約90%)温暖室に8
〜16時間入れる。

F加塩

 この段階で塩をつけるが、塩水に漬ける方法と手でまぶす方法の2通りあり、
後者が伝統的なやり方である。

G熟成

 温度が2〜6℃くらいで湿度が85〜90%の条件で熟成させる。このような環境は
自然の洞窟にしばしばみられる。熟成期間中、チーズを何回もひっくり返し、塩
水で洗う。これは外の皮の湿度を保ち、表面に既存するカビを選択することによ
り、タレッジョの特徴である自然のピンクががった外皮を形成するためである。
タレッジョチーズは、イタリアでは唯一の「洗い皮」のチーズである。

 タレッジョチーズ保護協会が行った研究により、熟成中ににチーズ表面に棲息
する選択されたカビの種類をつきとめることができた。これらのカビはチーズの
表面に棲息する微生物とともに、チーズの最終的な味、風味、チーズの生地の舌
ざわり等に対し、熟成の過程で生化学的(表面に棲息する微生物の科学的反応)
に大きな影響を与える。また、これらの微生物はある特定の環境でのみバランス
よく棲息できることも明確になり、タレッジョチーズと原産地のより強い絆が実
証された。

 チーズは外側から中心に向かって熟成するので、皮のすぐ下はより熟成してお
り、溶けるようにやわらかくなっている。タレッジョチーズの皮に対し防腐剤や
添加剤その他のもので処理することは固く禁じられている。

 タレッジョチーズの最短熟成期間は35日であるが、40日から45日くらいまで熟
成されることも希ではない。さらに、他の研究結果から、タレッジョチーズの皮
に棲息するカビには全く毒素がないことが判明した。すなわち、タレッジョチー
ズの皮は、リンゴや梨の皮のように食べられる―ナイフで皮を軽く削ぎ落とせば
充分―ということである。

 タレッジョチーズは地下室等の涼しい場所に保存するのが一番であるが、冷蔵
庫に入れる場合は、アルミ箔か湿った布巾に包み、温度の一番高い、通常であれ
ば最下段に入れるのがよい。タレッジョチーズは常温で食べるのが最適で、食べ
る1時間前くらいに冷蔵庫から取り出し、常温に戻すことをお勧めする。

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